35
夏休み中はショートケーキノックアウトとのコラボをする予定が決まった。広い部屋で現在付き合っている桃と高橋翔太の雑談を聞きながら私は席を立つ。
壁に寄りかかると私の隣に工藤亜子が座ってきた。
「ねえ、お話いい?」
「いいよ、コラボ配信のこと?」
「違うよ。歌を続けないのかなというお話」
「それか」
向こうで的場陽二と中原夏芽が鈴蘭と話をしている。
「趣味でいいかなと思ってる」
「もったいない」
私が的場陽二と中原夏芽を見ていると鈴蘭が桃や高橋翔太を呼ぶ。
どうやらコラボ配信の話をしている様子だ。椿や菫も話に加わって意見を出している。
「行かないの?」
「百合ちゃんも行けばいいのに」
「私はいいよ」
コンビニでお菓子などを買ってきた北村芳正と撫子が帰ってきた。二人が加わって和やかに話が進んでいく。
桃と高橋翔太の顔は明るく見える。
昔の桃が一番楽しみにしていたのはみんなで遊ぶことだ。踊りなんて手段にしか過ぎないはずが、今の桃は若干目的と入れ替わっているようにも感じる。
「正直私は数字持ってない人とコラボなんてしないつもりだったんだよ」
「酷いこと言うね」
「あくまでも仕事だからね。それでいいと思ったのは翔太の考えを聞いて仕方ないと納得したからだよ。歌は百合ちゃんと翔太だけど、ミュージックビデオに全員入れたら面白そうだもんね」
「任せて」
「信頼してるよ」
向こうで話をしている人達に加わろうかと考えていると工藤亜子は動こうとしない。
「行かないの?」
「百合ちゃんも行けばいいのに。楽しくお喋りするのも仕事だよ」
「そうだっけ?」
「今日はみんなで仲良くなる為の会。それで後日出演してもらうの」
「それなら焼肉とかが良かったな。狭い部屋でお話するんじゃなくてさ」
「このレンタルスタジオを指定してきたのはそっちでしょ」
「私じゃなくて桃が急に呼んだの」
「じゃあ、焼肉や寿司とか食べさせてあげるから頑張ってね」
「めっちゃ! 頑張る!」
「若い子は元気だね」
その日は話をして終わったが翌日からはミュージックビデオに出演する為に撮影をした。全員が仕事に全力で向き合っているのが伝わる。昨日のような笑い声は一切聞こえず、スイッチを切り替えたように指示通りに動く。
夏休みの間はミュージックビデオでの撮影も進めていたが当然遊びもしていた。
六人で鈴蘭がバイトをしていたイタリアンレストランに行くことも増えた。もう働かなくなっていた鈴蘭と一緒に何時間も話をして一日が終わってしまった時もあった。
卒業間近の時期に六人全員で動画を投稿してみた。太陽に焼かれながら歩き慣れた道を行き、三年間を振り返りつつ動画の話をする。
現実味が増してきた卒業という言葉を誰も口にはしなかったが、思い出を残そうと普段よりも気合を入れて椿は振り付けを教える。スケジュール管理もしていた椿は懐かしそうに持っていた手帳を見て「菫と二人で来た時もあったよね」と言った。
「全員誰も踊ってみようって話をしなくなって寂しかったな。椿は今後もアイドル続けるの?」
「続けると思うよ。大学行きながらでもやるからね」
パソコンを見ていた菫は動画内の桃を見て頷く。
「やっぱり桃は表情豊かでいい。いつも楽しそうに踊ってるから、こっちも見ていてテンション上がるよ」
「そう? 普段通りにしてるつもりだけどな。菫だって踊ってる時も、そうじゃない時も変わらずにテンション高いから楽しいよ」
「よし……今回もサムネは鈴蘭にしよう」
「また? 菫が私を目立たせるから時々恥ずかしくなるんだから」
「鈴蘭って顔がいいから、こういう時に主役にしないとね」
「そこだけですか」
「拗ねないでよ」
鈴蘭が笑うと菫は撫子を見る。
「どう?」
「……またお金かかることをしやがって、鈴蘭に私お願いしたくないからね」
今回の撮影で使った衣装とは違うものを撫子が用意しようとしている。今は撫子が衣装を作っているがいざという時には鈴蘭がお金を払うという話になっていた。
「私はいいよ」
「鈴蘭が良くても私は嫌なの」
「強情だな」
菫の動画を見ると中央に私がいる。
ここにいる全員とも最後と考えるのは切ないが仕方ない。
「あ、撫子。鈴蘭にお金借りれば一生会えるよ」
「……百合は色々と、そういう才能ありそうだね」
撫子から引かれた気がした。
動画の広告収入は全額私に入っている。衣装は別にしても機材の用意やレンタルスタジオなどや交通費は出しているが、流石に申し訳ない気持ちだったが誰もお金を受け取ろうとする人はいなかった。
下手に分けようとして問題が起きても困るのだろう。
正直趣味として始めた動画投稿でお金を稼いでいるので当分の間は大学生活は問題なさそうだ。
夏休みが終わって放課後の学校で鈴蘭を見かけた。声をかけようとするも知らない女の子と話を始めてしまう。楽しそうな表情を見て一歩後ろに下がるとバランスを崩して転んでしまった。
「百合、大丈夫?」
「ええ、まあ」
隣にいたいと伝えたいのに私は何も言えずに、鈴蘭が伸ばした手を取って廊下を歩く。
無言で歩く私の顔を覗き込む鈴蘭が「百合はこの後って予定ある?」と言う。
「ないよ」
「ちょっとだけ歩かない? 神社まで」
「あー、なるほど。あそこか」
鈴蘭に連れられて神社まで行くと彼女は私の手に触れる。
「ちょっとだけ焦ってたんだと思う。百合を幸せにすると言葉にすれば私の中で何かが変わると思ってた」
私達が昔出会った場所は時の流れは止まっているように感じる。時折聞こえる猫の鳴き声さえも当時のまま変わらない。
「無理しないでいいよ。ずっと一緒にいて支えるから」
鈴蘭の戸惑いが見え隠れするようで口を開こうとしてはうつむいた。
顔を上げると儚げに笑い「ここからすべてが始まった。ここで関係も終わりにしようと思う」と呟く鈴蘭に吸い寄せられるかのように私は彼女の胸の中に飛び込んだ。
涙が出ないようにしていたのに自然と流れ出る。静かに溢れる涙を拭うこともできずに鈴蘭の心臓の鼓動を聞きながら抱きつく。
「ずっと……一緒にいたい。婚約者と付き合ってもいいから、側にいさせて」
「そうじゃないの。誤解させてごめん……ちょっとだけ離れるよ」
鈴蘭が立ち上がるとスマホを持って誰かと小声で話し始めた。通話が終わった数分後、緊張した様子でスマホの画面を見つめていた鈴蘭は何かを入力している。
真剣な表情の鈴蘭がスマホを耳に当てて口を開き「パパ?」と言ってから遠くに行く。遠ざかっていく足音を寂しく思いながら彼女を見つめていると通話が終わったのか私に近寄る。
「彼とは別れることにしたよ。まだ話し合いが必要だけど、反対はされないと思う」
私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「いいの?」
「これが自分らしい選択だよ」
見下ろしていた鈴蘭が私の隣に座ると肩をくっつけた。
「今よりもっと楽しくなれそうだ。百合のおかげで明日の私に自信が持てた。ありがとう」
「私も迷惑かけちゃうかもだけど、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
お互い笑い合っていると自然と沈黙が訪れる。
スマホが鳴り響くと鈴蘭はメッセージを入力していた。
「明日にでも会ってくる。今日はそろそろ帰ろうかな」
立ち上がる鈴蘭の腕を私は掴んだ。
「あ、そういえば鈴蘭は……あの」
遠くにいる猫を私が指差す。
「あの色……あの猫ってなんだろうね」
「なんだろう……普通の猫じゃないかな」
「そうだよね」
「大丈夫。まだすぐには帰らないよ。百合の家まで送るつもりだから」
「何も言ってない」
「また夜になったら話そうよ」
私は鈴蘭の車で家に送ってもらう。
告白はしなかったが気持ちは伝わっていた。




