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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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 一週間が経過しても撫子は学校に来ない。


 他の誰が連絡をしても返事がない様子で不思議に思っていると桃やから聞いた話では変な画像が出回っているらしい。


 少女が何かの事件で報道されていた時のものだった。傷だらけの少女を見て撫子だと言う声も聞こえるが到底同一人物には見えない。


 桃と話をして全員で家に押しかけるのも迷惑かもしれないと考えて菫と一緒に行くことに決める。


 撫子の家にいた母親と話をするも浮かない表情をしていたが、私達のことを信じてようやく言葉を絞り出す。


 小学生の時に撫子は自転車を乗った女性にリードをつけられて走らされた。その時に顔面や手足などを傷つけながら必死に走って助けを呼んでいた当時が彼女のトラウマとなっているらしい。


 その自転車に乗った女性も特別な理由などなく、犬の散歩のつもりでいたと思い撫子に謝罪していたと聞く。


 当時の話をするのは家では禁止されていたが、何故今になって知れ渡ったのか撫子の母親は不思議に思っている。

 

 母親は私達にケーキを用意するからと言って家を出る。


 私と菫は勇気を持って撫子の部屋をノックすると彼女は意外にも「どうぞ」と言って入れさせてくれた。


 カーテンを閉めた暗い部屋の隅で膝を抱えて座る撫子の髪は縮れて伸び放題となっている。隠れてしまっている髪の隙間から覗く瞳からは光が見えない。


 青白い肌に手を伸ばすと冷たい感触に驚く。


 真夏とまではいかないが外は相当暑い。彼女の冷えた体を案じて冷房を止めると顔を覗き込む。


「冷房、止めたよ」


「そっか」


 私の言葉に反応はしているが何か変だった。


「どうして学校に来なくなったのか教えてくれる?」


「なんでかな」


 撫子の視線の先は天井を捉えていた。私達が彼女に近づこうと一歩前に進むと距離を取ろうとする。仕方なく私達が撫子から少し離れた正面に座って、彼女と一緒に天井を見上げ「私達は撫子と話に来たんだ」と言った。


「そうね。ありがとう、来てくれて。百合と菫も忙しいはずなのに」


「全然大丈夫だよ。ね? 百合?」


 私は徐々に撫子に近づく。


「悩んでることがあるのなら話してほしい」


 私が壁まで追い込むと撫子は「お風呂入ってないんだけど」と言って匂いを気にしている。


 想像より元気に見える撫子の目元を覆う髪の毛をゆっくりと払って耳にかけた。


 話せる気分になってきた撫子が「別にあの事件自体は嫌な思い出だっただけ。ちょっと変な人に会っただけなんだよ」と嘘をつく。


「正直に答えて」


「誤魔化せないな」


 虚ろな目をしていた撫子が語り始める。


 小学生の頃は誰とも喋れず、仲間外れにされていた。その時に偶然女性から声をかけられてリードをつけられて地面を引きずられながら走ることを強いられてしまう。手足から血が流れ出て、目や口に土が入り込んだ。顔面は信じられないほど血だらけになって、今でも当時の傷跡が僅かに残っているらしい。


 撫子は人に助けを呼んで日が沈んだ頃に解放された。


 リードをつけた女性が困惑しながら犬の名前を叫んでいたのを今でも思い出してしまうらしい。


「誰が広めたのか知らないけど、私にとっては嫌な思い出。それを他人に知られるのはとても苦痛だった……あの頃の自分を思い出すと昔に戻って誰とも話せなくてなっていたの。それで自分がどうやって他人と話をしていたか忘れちゃった」


 私は黙って撫子の頬を触れると涙が伝っていた。


「鈴蘭が苦手だったのは私みたいに孤立してたと思ったのにみんなから好かれていたから……百合も似たようなものね」


「知らなかった」


「誰とも孤立しないように他人の真似をして好きな夢は保育士になった。みんなが好きだからショートケーキノックアウトを応援して、そんなメンバーと中学時代に付き合ってた百合がいたの。別に誰でも良かった。みんなが百合を嫌っていそうだったからいじめただけなの……昔私がやられたことをやってどういう反応になるかなと思って……」


 撫子の爪を見ると折れている。


 彼女の爪に触れて両手で包み込む。


「痛かったね」


「始めは私にキスしたのがわからなかった。椿も菫も百合を好きとか言うんだもん。みんなおかしいと思ったよ。でも、同調していじめてた人の話を聞くと私も好きになってた……本当に私って中身がないよね。嫌になるくらい空っぽなんだ。ねえ……小学生の時に私をいじめてた人を恨んだのよ。それなのに百合は私と仲良くなった。こうして家まで来たのってなんで?」


「特別な意味なんてない。心配だったからね」


 若干撫子の手は震えている。


「許されないことをしたのに百合は私を本気で嫌わない」


「疲れることはしても意味ないでしょ」


「百合は壊れてる。もっと私を口汚く罵るのが普通なの!」


 人は簡単に死ぬ、罵ったら後悔する。


 私は死ぬ前のパパと同じことを簡単にできなくなった。


「まあ、一度壊れたのは事実だね。それで私に何をしてほしいの?」


 撫子が突然キスをしてきたと思ったら私の開いた口の奥にある舌に柔らかい何かがぶつかる。思わず突き飛ばしてしまった。


「私は百合が好き。大好き。だからね、私を一人にして。好きな人を傷つけてしまったから、そのぐらいしないと駄目なの」


「一人にしないよ」


「私はきっと一人になったら昔みたいに良くないことが起きる。私はやってはいけないことを百合にしたの」


「もう終わったことだと思ってたけど」


「だって、あのみたらし猫トーストを私が壊しちゃって……」


「すぐに直せるものでしょ」


「昔の私だったらそう思ってた。百合と仲良くなった当初は鈴蘭への牽制(けんせい)と思って、みんなでつけようと提案したけど……気づけば仲間の証になってしまったの。好きな人が悲しい顔になった状況を自分が作り出して……そんなのに今更中学の頃を思い出して積み重なった罪に……耐えられなくなった」


 話し始めてからは以前のような明るさも若干戻ってきたように思える。


「私達がいるから耐えられるよ」


「そう願いたい。本当の私は明るく誰とでも喋れないの。友達だって少なかったし……いつしか私を仲間外れにした人と同じようにすることでしか、友達を大勢作れなくなって……それが嫌だった。モデルも友達から言われてやってたの」


「素を晒すのが怖いんだ」


「怖い」


「友達なのにすっぴん気にする人みたい」


「意味わかんないよ」


「いや、私達には全部晒してもいいってこと」


 納得したのかわからないが撫子は頷いてカーテンを開ける。


「……明日は学校行くよ」


 何も言わない私を見て黙って聞いていた菫が「百合、私が連れて行く。安心して」と言い出す。


「わかった」


 部屋を出て行く時に撫子の母親が帰ってきた。撫子と一緒にケーキを食べた後、菫と二人の帰り道に「いつの日か撫子が元の自分を取り戻せるように見守って行こう」と誓った。


 翌日学校に行くと撫子が元気な姿で現れたが私達以外とは積極的に喋らなくなっていた。元々仲が良かった人と不自然なほど会話に加わらない態度に、昔の私を見ているようで不安に思っていると彼女の横顔が昨日とは違って明るい表情をしている。


「百合、私の顔見てどうしたの?」


「そりゃあ……気になるから」


「ありがと。私は嫌われることを恐れていたんだと思う。自分を隠して生きるのって大変だ」


「今わかったならいいでしょ」


 私の隣に鈴蘭が近寄ってきた。


「ごめんなさい、鈴蘭」


 席を立とうとする撫子の肩に手を置く鈴蘭が「これからも仲良くやろうよ。撫子が衣装担当なんでしょ?」と言う。


「ああ、動画投稿の話か。まだ続いていたんだ」


「今後も暇があればやろうって話になったの」


「勝手に衣装担当も決めたんだ」


「そう。みんなで決めた。今更嫌と言っても変更はできないよ」


「嫌なことは言うよ。私みんなのこと大事な友達だと思ってるから」


「それなら私からもっと連絡していい?」


「いいけど……毎日は嫌」


 鈴蘭と撫子がまともな話をするまで時間がかかった。


 安心して私の席に座ると授業が始まる。


 放課後までの時間も退屈とは思えなかった。私達にとって大切な時間は簡単に過ぎ去って、最後の夏休みに突入してしまう。

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