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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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 そこまで強く叩かれたわけじゃないのに痛かった。


「最低だな」


 家に帰ると今日はクリスマスだからと両親がチキンやケーキを用意している。あんなことをしたのに美味しい料理を食べると気分が良くなる自分が心底嫌いになりそうだった。


 正月休みを終えて学校に行くようになる。


 クラスメイトから最近どうしてたのとか聞かれるが家の話しかしなかった。エターナル・サンクチュアリとしての活動は終わったとは言えない。近々SNSで卒業が発表される予定なのは誰にも言わず、お正月での過ごし方などの話をする程度にした。


 バレンタインの日になると菫からチョコを渡される。コンビニで買ってきたもので彼女はオレンジ味で私はストロベリー味のようだ。


「菫の半分、ちょうだい」


「お腹減ったの? 仕方ないな」


 登校中に食べながら談笑していると椿が近寄ってきた。彼女もチョコを持ってきたようで私達が食べている様子を見て「ほら、どうぞ」と袋に入ったチョコを差し出す。


「さんきゅー」


 菫が一気に掴み取ると袋から半分程度はなくなっていた。


「遠慮してよ。安いからいいけどさ」


「……椿は甘いな。安いとかの問題じゃないでしょ」


「いや、だって……ごめんね」


 申し訳なさそうにしながら菫がチョコを口に入れている。


 呆れながらも学校に到着すると私も二人にチョコを渡した。そして既に学校にいた撫子や桃にもチョコを配る。 


 鈴蘭には流石に手作りチョコを渡す気にもなれず、包装だけ可愛く変えて中身は全員と同じものにした。


 少し露骨すぎたかと思ったが誰も言わなかったので一安心する。


 桃からチョコを渡されるも鞄の奥には綺麗な包装が見えた。彼氏に渡すのかもしれないなと思ったが違ったら嫌なので聞かないことにする。


 教室内で撫子がチョコを配っていくのを見ていると鈴蘭にも渡していた。


「はい、これ。百合にも」


「……どうも」


「何? 変な顔して」


「なんでもない」


 放課後になるまでに私の鞄はチョコで埋め尽くされた。本命チョコが混ざっていても胃袋に入れたら同じものなので暇を見つけては口に放り込んでいく。


 帰り道は久しぶりに一人で帰った。


 あれだけチョコを食べたのにお腹が空いて、思わずたい焼きを買いに行ってしまう。あまり食べても夕飯が入らないのでほどほどにして、ストレッチをすると家まで走ることにした。


 風が吹いている中を全速力で走ると取り込んだチョコが消えていく感覚がする。


 家に到着する頃になると少し暗くなっていた。


 不意に道路に車が止まっているのを見て驚く。


 普段止まらない場所に車があると私は危険を感じて離れようとする。


「……見たことある」


 振り返って車を見に行くと何度か鈴蘭に乗せてもらったもので間違いない。


 鈴蘭の姿が見えないので家に入ろうとするも誰かに袖を掴まれる。


 驚いて振り向くと鈴蘭が私の手に可愛く包まれたピンク色の何かを置かれた。無言で車に乗り込むと辺りは鳥の鳴き声しか聞こえなくなってしまう。


 部屋で袋を開けるとチョコレートバーが入っていた。


 口に入れた時に感じる舌先のホワイトチョコレートは濃厚で、とろけるような甘さをして人によっては過剰とも思える味をしている。好きか嫌いで言えば好きな甘さで何度食べても満足する味だった。


 私は鈴蘭にお礼のメッセージを送る。ただのハートマークだけを送信して机にスマホを置く。夕飯でも準備しようとドアを開けると鈴蘭から連続で私と同じ色のハートマークが届いた。


「鈴蘭って普段は短い文章ばかりなのに……今日はテンション高いな。いや、私も人にこんなの送ったことないか」


 私はお返しにハートマークを送り続けると鈴蘭も同じことを繰り返す。


 流石に夕飯を作る時間がないので終わりにしたが、もう少しゆっくりと楽しみたかったので夜にまた鈴蘭に無意味なメッセージを繰り返し送った。


 時間が過ぎ去るのは想像以上に早く、私と真川玲の卒業が発表される。


 ベッドで天井を見ながら以前真川玲と事務所で会った時のことを思い出す。彼女は「私のこと好きじゃないなら何故付き合ったの?」と言われて何も言い返せなかった。


 スマホで真川玲に連絡を取ろうにも既にブロックされている。


 その場で謝罪すらできなかった。


 誰と付き合っても上手な恋などできそうにない。そもそも私には恋というものを深く理解できていたのかどうかも怪しかった。


 春になる頃には私達が高校三年生となる。もう二度と一緒になると思わなかった五人はまた同じクラスで過ごすことが決まった。


 教室内で桃と話す機会が増えると自然と彼女が付き合っている男についての話になる。高橋翔太とは付き合いが続いているようで大学に入った後も遊びに行っているらしい。


 トイレでも行こうかと考えて席を立つと急に桃が私の腕を掴む。


「あ、そういえばさ……百合って中学の時に翔太と一瞬にカラオケ行ったよね? あの時のことって覚えてる?」


「確かに行った記憶はあるけど」


「二人でカラオケに行って彼が百合の歌声に惚れたらしいの」


「そんな話聞いたことない」


 確かその時は下手だと言われたような。


「それで最終的に嫉妬したらしい」


「女性と男性だと違うはずでしょ。低音とか私出せないし」


「そこじゃなくて、純粋な歌という部分の話。歌なら誰よりも自信があったらしいの。それなのに急に告白してきたよくわからない女。音楽もほぼ聞かない女。歌ったことも数回しかない女が私下手なんですと言いながら美声を聞かせてきた」


「美声って」


 思わず笑うが桃は真面目な顔をしている。


「彼とカラオケ行った時の話をしてくれたの。私の歌を聞いて思いついたと言っていた……」


「知らなかった」


 桃は苦笑いをしていた。


「本気で惚れることができなかったのは百合の歌声を聞いたから……そうなんだって」


 桃は私の腕から手を離す。


「それ私が下手って言われてるようで傷ついたよ」


「桃だって動画内では歌ってるのにね」


「そうだ! 最近動画投稿してないじゃん! いつやるの?」


「忙しくてやってなかったな」


 嬉しそうな桃と話をしていると時間が過ぎているのも忘れて授業が始まる。怒られる覚悟でトイレに行ったが廊下で桃が教室に向かう清水先生を呼び止めていた。


 私は桃に感謝をして教室に入ったが清水先生には結局怒られてしまった。


 翌日桃の提案で久しぶりに六人全員でレンタルスタジオに集まって撮影を行う。一から踊りを練習する必要があっても私達は不満一つ言わない。当初は惰性で集まっていたが、今では気軽に汗を流すスポーツのような感覚で楽しんでいる。


 椿はアイドルという仕事ではやらない踊り、菫はゲームばかりしている体を動かす為にやっていた。桃と鈴蘭は誰かと話せる場所として踊りを選んでいるだけだが、結果としてレンタルスタジオでの日々は友達と遊ぶには適している。


 撫子は何を考えているかわからないが表情は楽しそうだ。


 踊りの練習が終わって帰っている時に私と鈴蘭は二人で前を歩いていた。後ろにいた他の四人の会話内容も聞こえていなかったが、一瞬撫子の悲鳴が耳に入った瞬間に音が聞こえて振り向く。


 後ろを歩いていた撫子が転んでいた。痛そうにしながら立ち上がろうとする撫子が指差す方向に目を向ける。


 私の鞄についていたみたらし猫トーストが消えていた。


「ごめんなさい」


 撫子が転びそうになった時に掴んでしまったようでみたらし猫トーストを彼女が渡してきた。


 今までの言動からわざとのようにも思えてしまうが人を疑うのは良くない。


 そして別に大したものでもない安物だ。


 ここにいる六人全員が鞄につけているものだった。


 特別なものでもない。


 そう思っていたのに泣きそうになって上を向いてしまう。


「百合?」


 落ち着くと撫子の顔を見て「大丈夫だよ、怪我ない?」と手を差し伸べる。


 その時の撫子からは笑顔が消えていた。


 踊りを楽しんでいた時とは違って明らかに慌てているようで、差し伸べた手を取らずに一人帰ってしまった。


 翌日も撫子と顔を合わせたが様子が変で、普段は私達以外とも話をしているが今日は他の女子達と距離を置いている。


 その後何事もなく進む学校生活に撫子の姿が現れることがなくなった。

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