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私の爪をタオルで優しく押したりしながら丁寧に拭いていく。
「自分の爪なら試すこともできるけど、友達でやるのは失敗できないから教えるだけね」
「それでいいよ。すべてやってもらったら一生撫子の家に通うことになりそうだし」
「通ってもらったほうが良かったかな?」
「それだと撫子が大変そうだもん」
マニキュアの塗り方を教えてくれたが覚えられそうにない。小さく透明なボトルや少し大きめなサイズのボトルなどを並べながら使い方について教えてくれた。
仲良くなってきたと感じて少し踏み込んだ話でもしようと考え「なんで鈴蘭が嫌いなの?」と聞いてみる。
「別に嫌いってわけじゃない」
「そうは見えなかったけど」
「あの頃の百合と似てるから」
今まで口に出せなかった言葉を不意に選んでしまった。そんな絶望にも似た青い顔をしながら背を向ける。
「中学の時か。私をそういう目で見ていたんだ」
「違うの! 昔の私と違って孤高で誰にも好かれてそうな雰囲気をして羨ましかった。私もなりたいと願っただけで嫌ってたわけじゃない!」
「自分が手を染めない形で学校全体を巻き込んだ。酷く過激なことを私にしたよね、別に恨んでるわけじゃないが理由くらい知りたかったな」
「あの頃はショートケーキノックアウトが好きで……私もファンとして高橋翔太先輩と付き合ってた百合を許せなかっただけ」
きっと全部が嘘ではないはずだが、すべてを信じることはできない。
「流石に度が過ぎてたよね」
「全部私の仕業ってわけじゃない」
「素直だね」
私が撫子の家を出る時に玄関先で彼女が「さよなら」と言っていたが振り向きもしなかった。
ベッドの上で天井を見つめて最近のことを考える。
鈴蘭と別れたことはショックだった。
今更気にしても仕方ないことだと思っていたが撫子について思うところはある。撫子が過去に起きたいじめに関わっていたことを隠そうとしている。その姿勢を思うと悲しい気持ちになってしまった。桃から聞いていたが本当に撫子が私を嫌っているのなら、何故に私と話そうとするのか不思議に思う。
人を好きになるのも嫌いになるのも面倒だった。
そもそも私は誰かを本気で好きになっていたのか。
不安な気持ちでいると急に誰かと話をしたくなってきた。
以前アイドルの話をしてから暗い話題を避けていた椿とメッセージでやり取りをする。中学時代は撫子と別のグループで詳しい話は知らないとしながらも、確かに偶然が重なって私への攻撃に繋がったことだけは事実と謝罪をした。
他に思いついたのはアイドルとしての活動だった。椿には今後アイドルとしてやっていけるのか不安な気持ちを聞いてほしくていきなり通話をかけて相談に乗ってもらう。
「えっと……踊りも歌も私より上手な人がいるのにSNSを見ると褒めるコメントばかり目につくの。どうしたらいい?」
『どうしたらって……すべて持ってる人間をアイドルとして認めるファンは少ない。私が百合を好きなのも怯えてるようなところがいいのかも』
「私って全然熱意なんてないし」
『全員が熱意持ってるわけじゃないよ。熱意なんて途中でも別にいいと思う』
そんな話を朝までして日付を見る。
今日はメジャーデビューアルバムの発売日だ。
バックボーンエレクトロンやマイルストーンラクエンなどの以前のグリモア・オブ・ジ・エンドが歌っていたシングルが入ったものも含まれている。
どの曲も私がメインで歌っているが、奇妙なことにファンの声は気持ち悪いほど称賛で溢れていた。
少し前まで炎上していたはずが気づけば何事もなかったかのように活動できている。
グリモア・オブ・ジ・エンドなんて忘れたかのように。
そこにいたはずの彼女達の場所を乗っ取ったような気分だ。
日々を和やかに過ごしていると週間アルバムランキングで一位を獲得した。
そうして楽しいはずの毎日を憂鬱な気持ちで送っていると藤原唯からセンターを譲ってほしいと言われる。今の立場を面倒に思っていたので彼女の言葉を嬉しく思ってプロデューサーに相談するも、彼は何故か私への態度が優しくなって譲らないほうがいいと反対された。
親身になって相談に乗ってくれたが堂々と口説こうとする態度に馬鹿らしくなってきた。
私は藤原唯の言う通りにセンターを譲って事務所を後にする。
帰り道でプロデューサーからプロキシモアイドルグランプリに参加が決定と言われたが興味はなかった。
忙しい合間に学校に行くと私の隣には撫子が座っていた。ここに鈴蘭がいたらと思いながらスマホを見ると真川玲から連絡が入る。駅に行くと彼女が私と一緒に辞めようという話をしてきた。佐野明などはプロデューサーに口説かれているようで、以前炎上していたのも彼の仕業などではないかと真川玲が語る。
駅で電車を待ちながら真川玲が「基本的にSNSでの活動を管理していたのは事務所で佐野明が全部を入力していたわけではない」と私の手を掴む。
「当時いた女性のプロデューサーとは違って、今のプロデューサーは真剣じゃないの。全員アイドルをやりたいわけじゃない」
真川玲は私の指を絡めると真っ直ぐな瞳は色気を含んだものに変化していく。
「今って付き合ってる人いるの?」
「いないけど」
若干嬉しそうな顔をしながら真川玲が「それじゃ一緒に辞めようね」と言って電車に乗る。
私は前よりも気持ちが冷めていた。
翌週末のプロキシモアイドルグランプリに出場したが結果はグランプリ獲得ならず、テレビ出演の権利やラジオ番組への権利などをの話をする司会者を見ながら退屈な時間を過ごす。
翌日になって真川玲と一緒に辞めることを伝える。プロデューサーは以前オーディションで通っていた子がいたなどと随分あっさり認めてくれた。
事前に真川玲が説明してくれていたからだろうか。
それとも既に少しだけでも元は取ったから人材流出についても気にしていないのかわからない。
歩きながら店を見ていくとそろそろクリスマスが近づいてきたようでサンタクロースのグッズが見える。
店内を見ていると私達の映像が流れていた。世間的には卒業したわけじゃない。ちょっと不思議な気分で私は彼女に「こんな映像二人で見るなんてね」と笑いかける。
「え? そうだね……夢中で見ちゃった。百合って前から思ってたけどさ。綺麗だよね。歌だって上手で……」
「そうかな。他にもいるでしょ、上手な人なんて」
「いないよ、絶対」
店から出ると雪が少しだけ降っていた。
「寒いね」
真川玲の手を握ると彼女は「ホワイトクリスマスだ」と呟く。
「まだクリスマスじゃないよね」
「そういう気分になりたいの。でも、あれはクリスマスツリーじゃない?」
「少し早いな」
「早いって言っても一日だけ。明日はイブだよ? ねえ、私達付き合わない?」
「急だね」
「駄目なの?」
「別にいいよ」
小さくガッツポーズをする真川玲が抱きついてから顔を近づけてキスをしてきた。
「クリスマスは大好きな人と過ごしたかったんだ!」
「私もだよ」




