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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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3/18

 写真立てには幼稚園の時に死んだパパと小学生の時に死んだママがいた。二人一緒で撮った写真は現在は一枚しか残っていない。


 この写真立ての話をしても血の繋がらない父と母は嬉しそうにするだけだった。


 それが余計に苦しく感じてしまう。


 いっそのこと二人が自分の子供でも作って追い出してくれたら良かった。


 ベッドで眠ると今日もあまり眠れずに当時が頭に浮かぶ。幼稚園の時に本当のパパが亡くなった。死を理解できずに過ごしても小学生になる頃には誰に聞く必要もなくなっていた。その時にママが新しく連れてきたのが今の父だ。


 この時に再婚してすぐにママが死んでしまった。


 途方に暮れた私と父は中学までほとんど話さなかった。中学になってから父は今の母と再婚して明るくなって私と喋るようになってくれた。


 今の生活があるのは私を育ててくれた父と母があるからだ。


 嬉しいのは確かだが写真立てを見ると悲しくなってしまう。


 そうして気づけばベッドで眠り、いつの間にか朝になっていた。


 作られた朝食を口に入れて玄関を出る。外から家を見るも違和感しかない。別に大して思い入れがあるわけじゃないが、パパとママで住んでいた家から離れたくなかった。


 世の中が変わっていく中で私だけが取り残されている。


 少しだけ冷える春の天気の中、授業は滞りなく進む。それがかえって退屈を助長して全身を凍らせていく。


 休憩時間に教室で頬杖(ほおずえ)をつきながら窓の外を眺めている私を鈴蘭が見つめていた。


「なんで見てるの?」


「百合ちゃんに見とれてた……駄目?」


 純粋な恋心なのかわからなかった。


 無防備に見せる足にドキドキしながらも平静を装う。


 鈴蘭が手を伸ばすと私を抱き寄せる。想像以上に大胆な行動を起こす彼女に驚き、私が思わず「そんなに好き?」と口にしてしまう。その言葉を聞き彼女は小さく頷く。そっと彼女が私の腰に手を回すと顔が近づいて、授業の予鈴が鳴っているのに自然と目を閉じていた。


 柔らかな唇と優しく包み込むような手の感覚。胸が当たって鼓動が聞こえてきた。緊張しているのか、それとも興奮しているのか。目を閉じているのでわからないが彼女は私を離そうとしない。


 何故誰もいない場所でしないのか。


 可能性の話として私が中学の時にみんなが見ている前でキスをしたからかもしれない。仮にそうだとしても場所は選んで欲しい気持ちが強まる。


 私が言えた話ではないが。


 永遠とも思えるほどの時間を二人で過ごしていると机を叩く大きな音が聞こえて目を開ける。抱き合う私達が振り向くと桃が立ち上がる。


「パパ!」


 桃が指差す方向には先生が立っていた。


「あ、なんか仲良さそうだなっと思って……学校では先生だろ」


「あの二人ってどういう関係?」


 私は鈴蘭に耳打ちする。


「親子なの」


 顔は似ているとは思えない。


 桃は怒りながら私達を引き剥がす。


「さっさと授業してよ!」


 苦笑いをする清水先生を見ながら私達は席に座る。授業が終わり昼休みになって鈴蘭を呼ぼうとすると桃が私の手を掴み歩き出した。


 私は立ち止まる。


「父親とは仲良いの?」


「関係ないでしょ」


「嫌いなの?」


「心の底から罵りたいのを、これでも我慢してるのよ。今のパパなんて嫌い」


 私は桃の手を振りほどく。


「自分の親のことを嫌いな人は私も嫌いだな。きちんとした理由があるならわかるけど」


「だって……昔のパパは細くてかっこよかったのに、今なんて太ってだらしないだけだもん」

 

 私は鈴蘭を向く。


「鈴蘭ちゃん、一緒に食べよう」


「私も一緒に食べる!」


「清水さんはいいよ」


「なんでそんなこと」


「パパと仲直りしない人とはお喋りしないよ」


 彼女は拳を握りしめていたが急に教室を飛び出していく。私と鈴蘭が弁当箱を食べ始めてしばらく経過して彼女がスマホで清水先生との写真を見せてきた。清水先生は嬉しそうにしていたが頬をくっつけた彼女はぎこちない笑顔をしている。


「これで許してくれる?」


「別に怒ってるわけじゃない。証拠を見せてとかも言ってないの。パパのこと何も知らずに意地悪しても自分が困るだけで本人の為にならないと思っただけ」


「……本気でパパのこと嫌いなわけじゃないのよ?」


「わかったよ。一緒に食べよ?」


 若干涙を流していた桃だったが弁当箱を開けて食べ始めると元気な姿に戻った。放課後になると鈴蘭の提案でたい焼き専門店に行く。そこに桃が加わって私は久しぶりに友達と出かけることができた。ガラス窓から出来上がったばかりのたい焼きに興奮しながら口へと運ぶ。熱々のたい焼きを三人で話しながら食べると夕飯が入らないほどお腹いっぱいになった。


 私は仲が良さそうに話す二人を見て言った。


「じゃあね、鈴蘭ちゃんと清水さん」


 帰ろうとする私の手を掴む桃が鈴蘭の顔を一瞬見る。慌てた様子の桃に笑みを浮かべた鈴蘭は彼女と顔を見合わせると2人は無言で頷く。


「あ、えっと……なんで私だけ清水さんなんだろうなって」


 彼女が私に言わせたい言葉がわかる。


「そうだね。桃ちゃん」


 鈴蘭が私を見ると彼女も空いている手を掴んできた。両手を塞がれた状態で駅に着くと残念そうに掴んでいた手を離す。先程まで掴まれていた手の感触を思い出していると鈴蘭が私に抱きつく。


「百合ちゃん!」


「急にどうしたの?」


「私は少しだけ百合ちゃんの中学の時に起きた話を聞いたの。彼氏さんができて……大勢に恨まれたこと。それをずっと考えていた。桃から教えてくれた話だと、すごく嫌なことばかりして学校に来なくなるようにさせた。私はいじめなんてしないから……桃ちゃんだって二度とやらないから信じて」


 私から離れる鈴蘭の頭を撫でる。


「信じるか。難しいな」


 桃が頭を下げる。


「あの時は……本当にごめんなさい。百合ちゃんは嫌になるくらい美人でよく男子と話してたじゃんか。それで妬ましいと思うことが私にもあった。女子のグループ内でも何度か目をつけられたこともあって、私が好き勝手に悪口とか言ってやりすぎたの。男子達に百合ちゃんを呼び出すように私が言った時があったの覚えてる?」


 突然中学の同級生から告白とかいう話で美術室に呼び出された。その時大勢いた男子に囲まれていたが彼らは命令されていたのか。


「ああ、あれか」


「ちょっとだけ脅そうと思ったけど、あなた何も気にしなくて男子達と話しながら帰り道を歩いてたのは驚いたよ」


「元々よく知ってた男子達もいたから気にしたことなかった」


「私は酷い人なのどこかでもっと怖い男に襲われないかと考えてたこともあった」


「そっか」


「もっと罵ってよ」


「……それであなたが他の女子にスマホを取り上げるように指示して、最終的には歩道橋で男子との取り合いになって、橋の下にスマホが落ちたということか。まさか車に潰されるとはね」


「指示したつもりはなかったの。ただ、あなたがスマホで連絡取っている彼氏のことを聞いてるとほんのちょっとだけ羨ましくなったの。許してもらえるかわからないけど。何度でも謝りたいの」


 頭を下げる桃を見下ろす。


 罵声を浴びせても失ったものは返ってこない。パパとママの大事な写真や動画の入ったスマホは元に戻らないのに謝罪されても困る。バックアップなんて私は必要性を感じていなかった。それだけが唯一の後悔だった。


 中学の時に三人組の唇を奪ったのも心が折れたからだ。どうにでもなれと好き勝手に暴れた結果、なんだかすっきりしただけで何もなければ私は桃や他の人を恨んでいたかもしれない。


 思い出したくない記憶を話させたのは少し不愉快だが桃に対する恨みは残っていなかった。


 恨むほど興味を持てない。


「頭を上げていいよ。私達友達じゃん」


「友達になってくれる?」


「うん」


 そういえば私のことを桃は好きと言っていたな。


「そういえばなんで桃ちゃんは私のこと好きなの? 私のこと嫌いと思ってたんじゃないの?」


 桃は持っていた鞄で顔を隠す。


「堂々としてるところをかっこいいと思った。私みたいに誰かの悪口言ったところみたことないし、純粋で真面目な部分をいっぱい持ってそうで友達になりたかった……後は単純に顔が好み」


「別に純粋でもないし、真面目でもない。話していると前よりも嫌いになることだってあると思うよ」


「……多分百合ちゃんのことを本気で嫌いになることはないと思う」


「なんでよ」


「教えない」


 笑顔の彼女に何も言えずにいると隣の鈴蘭が気になる。会って短いが彼女は若干暗い表情をしているような気がしてならない。抱きつく彼女は悩みを抱えているように思える。桃がいるから彼女の為に色々と話を合わせたが本当は別の話をしたいのではと考えていた。


「百合ちゃん? 帰らないの?」


「先に帰って、私は用事があるの」


 桃は私達が気になっている様子だが駅まで歩き出した。


 桃の姿が見えなくなるとさり気なくスマホを取り出した鈴蘭は画面を私に見せる。そこには百合ちゃん教というSNSのアカウントが表示されていた。フォロワーは三十万人ほどいて私の顔で写真が投稿されているようだ。


「顔は私だけど……こんなに服持ってない。体は別人かな」


「百合ちゃんはスマホを持ってない。前まであなたがやっていたのかと思ってたの。この百合ちゃん教をあなた以外の誰かがやっている。危険だと思う」

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