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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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 カフェを出ると森崎春は随分とすっきりした顔で「菫ちゃんの分までお金払ったから、また今度会う時あったら言っておいて」と言った。


「わかった。会って何がしたかったのか私にはわからなかったけど……」


 駅までの道をゆっくりと森崎春は歩くが口を開かない。


「久しぶりに会って……どうでした?」


「……ねえ? 今の私って何歳に見える?」


「若いと思います」


「嘘だ」


「本当ですって」


「タイミングを逃したなとは思っていたの。芸能界は私にとっては大事なところだった。そこしかないと思って生きてきたけど、最近はよくわからなくなってきた。他の仕事なんて見つからないとか思ってた私が間抜けに見えるほど、菫ちゃんはお気楽で……羨ましかったな」


「悩みがあるなら吐き出したほうがいいですよ」


「じゃあ、言っちゃおうかな。私プロデューサーと付き合ってたの」


「は?」


「冗談だよ」


「そうですよね」


「……結構かっこいいと思ってたの。浮気性なのか玲ちゃんにアピールしてて冷めちゃった」


「それってどっち?」


「本当か嘘、どっちだろうね」


 駅の入口付近で森崎春が立ち止まる。


「メジャーデビューアルバムの前ぐらいに私の卒業発表があるの」


 困惑している私を見ながら笑う。


「そんなにおかしいこと?」


「当たり前でしょ」


「元々決めてたことだよ。プロデューサーも卒業で注目を集めるのは悪くないとか言ってからね。それと菫ちゃんに会って迷いがなくなったのもある」


「プロデューサーとかの関係とか、その辺は聞いても?」


「ゼロではない。でも、それ以外のほうが大きい。今私は大学生で将来のことを考えてたの。ここでいいのかなってさ。芸能界にしがみつきたいなら何歳でもいようと思ったの。それもおしまいね」


「入ったばかりの私に言う話じゃないと思うな。多分、アイドルとか含めても色々と真面目に仕事しなかったでしょ」


「あなた結構はっきり言うね! 正しいけど」


「辞めるきっかけが欲しかったということですか?」


「そうかも。私は菫ちゃんみたいにリアリストじゃなかった。私は叶わない夢の為に努力ばかりして……今もう既に疲れてるのにね。やんなるよ」


「他の事務所なら輝けるかもしれない」


「三年前に聞きたかったな」


「みんなには話しましたか?」


「プロデューサーにはちゃんと話したよ」


 他のメンバーとは何も話していないように聞こえる。


「そうなんだ。輝けるといいね、他の場所でも」


 森崎春は親指を立てて駅に入ると人混みに流されてしまった。


「あ」


 私は急いで学校に戻るが鈴蘭はいない。


 今日は踊りの練習があった気がする。


 放課後になっているのでクラスメイトの姿もほとんどいなかった。


 家に帰ってから桃に連絡をするも彼女に「別に無理して集まる必要ない」と言われてしまう。その短いメッセージが冷たく感じられた。


 夜の間に鈴蘭と話す時にお披露目フリーライブがあることを伝える。彼女は随分と嬉しそうな声にも聞こえたが、私は素直に笑えず事実だけを話す。


 現在炎上している話などが主で事務所の詳しい内容は真実かは確認できなかったので話せない。


 私が言える内容をすべて話すと鈴蘭は「私も見に行くよ」と言う。


 誰かに笑顔を届けたい気持ちなのは変わらない。


 私の親など数人に声をかけて以前遊びに行ったフードコートの反対側のステージでライブが始まった。事務所の都合で急遽(きゅうきょ)発表されたものだったが、店内に溢れ返るファンの姿に驚きを隠せない。


 少し暑さを増してきた頃で冷房もあまり利いていないのか汗が滲み出る。グリモアとはかけ離れた白の衣装に包まれた私達は短めのスカートを揺らしながら歌声を響かせた。


 ステージ上から眺めるファンの顔は不安などは一切なく、純粋に応援する声が目立って昨日までの杞憂(きゆう)が嘘のように消えてしまう。


 ライブが終わった後には特典会でチェキを行った。色々な香りが漂うフードコートでファンの子にお願いされツーショットやグループでの撮影をしていく。短めの会話だけファンとやり取りをしたが「これからも応援してます」という言葉ばかり聞こえた。


 グリモア・オブ・ジ・エンドの曲だと比較的バラード寄りのものを、エターナル・サンクチュアリが歌っているのをどう思っているのか。そんな気持ちはあったが聞かなくてもファンの顔を見ればなんとなく伝わる。


 どこか緊張していた私や佐野明と違って藤原唯は「楽しかったでしょ」とファンに語りかける。


 途中両親とも握手をしたが母から「百合って本当はフリフリの衣装似合うんだね」と言われて少し恥ずかしさを感じた。


 鈴蘭との握手は私が何を言っても上の空で帰り際に頭を下げる彼女を見送ると次のファンに挨拶をする。次々とファンの方と挨拶をする度に思うのは私個人というよりはグループ全体を好きという違和感だった。ネット上だと私への攻撃もあったが実際に会ってみると「頑張ってください」や「負けないで」とまで言われて逆に応援されているようで困惑しかない。


 私と握手することに価値でも感じているのか涙まで流す人もいた。一度も話したこともない人から会えて嬉しいと言われるのはよくわからないが、感動しているのだけは理解しているので純粋に嬉しく思う。


 印象的だったのは「アイドルになる前からファンです」や「めっちゃ歌上手ですよね」などを言われたことだ。


 炎上しているグループに入って嫌われていると思っていたが好きな人もいるのだと理解できた。


 わざわざ私達のようなグループを選ぶような変わり者に特別な体験を提供できたのなら、今日のライブは大成功と言えるのではないかと私はファンに本当の笑顔を向ける。 

 

 全体的には優れたものだと思われなくても、この中で一人だけでも費やした時間に満足してくれるならやった価値はあるかもしれない。

 

 当分の間はネットを見ずに暮らしていたが、グループ全員で集まって生配信をするので久しぶりに検索してみるとやはり炎上している。事務所がSNSで「結成記念の生配信を開始します」というアナウンスの時間帯を間違えていたことも原因のようだ。


 予定よりも遅めに生配信を開始すると大勢が見に来てくれる。


「皆様、こんばんは! いつも応援ありがとうございます!」


 私が挨拶をするとコメントが加速していく。


 やはり若干荒れているようで私がパソコンの画面を覗き込もうとカメラに近づく。


「いっぱいコメントしてくれたら嬉しいです!」


 純粋に褒めるコメントもあるが、ほぼコメント同士で言い争いをしている。


「うわー、えっちなパンツ!」


 振り向くと藤原唯が私のスカートをめくっていた。


「ちょっと!」


「何焦ってんの?」


 ほとんど話したこともないが失礼な人だ。


「え?」


 背後から森崎春が私の胸を揉んでいる。


「柔らか! おお……でかくね?」


「真面目にやってよね!」


 森崎春から離れると藤原唯が私の背後に近寄り「百合ちゃん」と耳元で囁く。気づけば藤原唯に羽交い締めにされ、正面に立っていた森崎春が私の頬を撫でると唇を重ねてきた。急いで突き飛ばすと森崎春は笑顔で私の耳元で「コメント落ち着いたね」と言って椅子に座る。


 確かにパソコンで確認すると言い争いのコメントが消えていた。


「えっと……皆様は今日とか何をしてましたか? あー、そうですね……なるほど。お仕事の方が多いのかな。学生さんもいますね」


 目についたコメントを読みながら話を進めるも最悪な気分だった。


 この配信は鈴蘭も見ている。


「改めて自己紹介しますよ! 私達はアイドルグループのエターナル・サンクチュアリです! 知ってる人もいると思いますが、私は岸辺百合で……今は学生ですね」

 

 緊張して何を話しているかわからなくなってきた。


 それぞれが自己紹介をしていくも何故私が場を回す必要があるのか理解できない。プロデューサーに言われているが歴の流さなら他に適任者がいるはずだ。


「あ、可愛いってコメントある! ありがとうございます!」


「ねえ、百合ちゃん。下着の色を教えてとかコメントあるよ」


「明ちゃん……変なコメント読まなくていいからね。えー、そうだな。あの……挑戦したいことはプロキシモアイドルグランプリでグランプリを獲得することです!」


 なるべく台本を読んでいない感じにしているが無理がある。


「あのさ、私達……グループの今後ってどうしたい?」


 唐突に真川玲が台本にはなかった話をする。誰も当然答えられない話で沈黙を挟んで真川玲が「私はファンのみんなが喜んでくれる活動をしたい」と言って拍手が起きるも彼女は無表情だ。


「まあ、当然のことを言っただけだよ。拍手するほどじゃない」

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