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「私は百合のそういうかっこいいところが好き」
「どこが?」
「素直なところも」
後日、事務所には私を含めてエターナル・サンクチュアリのメンバー全員が揃っていた。細かな説明をプロデューサーや社長から受けていると、次第に飽きてきたのか元々グリモアにいたメンバーの一人が椅子に座る。
「長いな」
「春ちゃん、プロデューサーが喋ってるでしょ」
「それが何?」
椅子に座っているのが森崎春で隣で叱っているのが真川玲だったかな。
喧嘩を止めることもせずにプロデューサーは説明を続ける。グリモア・オブ・ジ・エンドのような黒を基調として、十字架やバラなどのモチーフの服装をしていたが今後は全然異なるものにさせるらしい。
話の内容もほとんどグリモアという過去の話ばかりで頭に入ってこない。
もう一人元からいたメンバーの藤原唯は遠くで社長と喋っている。
「……ねえ、やっぱりおかしくね?」
私の隣に立っているのは佐野明という名前で新しく入ったメンバーだ。
「おかしいとは」
彼女は私の耳元で「私の知ってるグリモアじゃないんだけど」と囁く。
「あなたの知ってるグリモアって……どのくらい前の?」
「二年……あれ? えっと、三年前?」
「その頃ってどうだったか覚えてる? 私よく知らなくて」
「……正直な話をするとセンターの子がいなくなってるし。玲は気が強くて結構私もかっこよくて好きだったの」
「へえ」
会話が止まってしまった。
「……それだけかな」
「ここって知識の浅いファンが入れるところなんだね」
「なんでだろ、私も急に合格って言われて……他の人のほうがダンス上手だったのにね」
「それは知らんけど……私もなんで合格なのかわからん」
「多分、あなたは顔が良いからじゃないかな。グリモアって元々ビジュアルとかがすごかったから」
「それならあなたも顔が良いのでは?」
「やばい、それだ」
私達を睨むプロデューサーに気づき話が終わったことを伝えられる。そこで彼からセンターを任されるように言われた。正直意味不明だったが元々いた他のメンバーも歓迎する様子で私は仕方なく受け入れるしかない。
その後は衣装を着させられて撮影を終えると今後のスケジュールを伝えられる。
視線が顔と胸を行き来するプロデューサーから事務所に残るよう言われた。その後はメンバー全員と連絡先を交換してから彼女達が帰ってからもしばらくプロデューサーと話をしていたが、少し意見を言っただけで嫌な顔をされてからは彼も大人しくなる。
家に帰ってホームページを見てみると華やかな衣装を着た私が正面に立っている。他のメンバーは少し控えめになっていたことであまり目立っていない。
既に大々的にお披露目フリーライブを開催することが決定しているが詳しい場所や日時などは公開されていない。
「……まだSNSで炎上してる。岸辺百合って誰だよって……私に言われてもな」
スマホを眺めていると森崎春から連絡が入る。
『今ちょっといい?』
「はい」
『別に大した用じゃないんだけど……百合ちゃんの動画に三浦菫いるよね?』
「確かにいますよ。一緒の学校だから会うことも多い……知り合い?」
『私元々子役で色々と活躍してるんだけどさ。知らないか』
「見たことないですね」
『そっか……ドラマで去年の春辺りに医療ミステリーのシリーズで主役の娘をやってたの』
「ほう、すごいです」
『興味なさそう』
「そんなことない」
『みんなでいる時に聞けなかったんだけど、あの子って今何してるのかなって思って』
「毎日ゲームしてるんじゃないですかね」
『こっちに戻るつもりとかないのかな』
「会ってみればいいのでは?」
『私も仕事で忙しいからな……会える日があればね』
「学校とかで忙しいのか」
『いや、学校には通ってない』
「中退? そういえば何歳です?」
『……二十歳は過ぎてる』
「見えない。グリモアは何歳ぐらいで入りました?」
『十七歳とかだっけな。途中加入だったのよ』
「元々のメンバーだとか聞いてましたけど」
『それは玲だけ。あの子は初期からいた。私は少し経ってから入ったの』
「だからか」
『あの子以外はアイドル続けるつもりとかないよ』
「え?」
『別に聞いたわけじゃないけど』
「よく知りませんでしたけど、グリモアって有名なんですね。今私の顔が映ったサムネの記事見て思いましたもん」
『私は一切見てない』
「なんでグリモアじゃなくなったとか聞いても?」
『元々は解散するつもりだったんだけど、玲が投げやりな感じで別のグループを作ろうとか言って、前のプロデューサーが話をまとめていたんだけどね。まあ……今のプロデューサーは何も知らないわけで』
まるで他人事のように彼女は笑っている。
「なるほど。入った当初は良いと思っていたんですよね?」
『元は小さな事務所で活動して人気になったグリモアの時はね。そこから大手グループ傘下に入ったわけよ。私も良いことだと思ってたの。でも、気づけば卒業の連続でコンサートのチケット収入とかも含めて全部減って、それじゃ別のことやろうかと迷走中』
「なんだか……いや」
『どうしたの?』
淡々と話しすぎていて不気味に思えてしまう。
「なんでもないです。菫と会いたいなら明日とかは?」
『大丈夫だよ』
翌日は学校周辺のカフェで菫と一緒に森崎春を待つことになった。時間通りに到着する私達と違って彼女は少し遅れている。三十分程度経過してから彼女がやってきた。
「ごめんなさい。ちょっと迷って」
森崎春が向かいの席に座る。
「いいですよ、私達は時間に余裕ありますから」
「久しぶり、春ちゃん。元気してた? 顔変わんないね!」
「元気だよ! 菫ちゃんも全然変わんない!」
「少しは変わってるから! それよりも用って何?」
「菫ちゃんって今は何かしてたりする?」
「特別……何も。最近は新作のゲームしてるかな」
「受験は?」
「大丈夫」
「何もしてないの?」
「してはいる」
「いい大学とか行くとか考えていたりは」
「ないね。毎日楽しくゲームしているよ」
「こっちに戻ってきたりは……どう考えてるのかなって」
「ん? 子役の時に散々やったし、別にもうやることないよ」
「そうなんだ。じゃあさ、私達は今アイドルやってるんだけどやってみない?」
「遠慮しとくよ。他にも優秀な人がいるから迷惑かけられない」
「そんなことない。菫ちゃんは優秀だよ……誰よりもすごかった」
「そうは思わないかな。当時私って演技や表現力とかを褒められたよ。でも、成長した今は案外大したことないものだと思ってるの。私は特別な存在じゃなかった」
「私から見てもすごい人だと思ってたよ。年下なのにしっかりしてて尊敬してた」
「役になりきることも子役なら誰もできることだった。他にも色々あるけど……プロとして芸能界に残り続けるほどの気持ちがない。親から言われたからやってただけでなの。今後やっていくなら手抜きなんてできないけど、私は多分子役の時ほど売れない。真面目に演技もできないと思う。だって……あの頃既につまないと思ってたから」
森崎春はため息をつく。
「残念だな……こっちに来たら楽しいこともあると思ったのに」
「そうでもないよ。普通の生活ってのも悪くない」
「変わったね」
菫は嬉しそうにしながら立ち上がると森崎春に近寄る。
「やっぱり何もかも捨てて良かった。私……今とても幸せ。好きな人が大勢いるところで本当の私を見てくれる。そんな場所で春ちゃんから変わったと言われるのが、とても幸せな気分……」
森崎春の手に触れると菫は「今後も頑張ってね! 私も応援してるから!」と言ってカフェから出て行った。
「急に帰っちゃったね」
私を見る森崎春は笑いながら伝票を手に取る。
「百合ちゃん、帰ろうか」




