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穏やかな笑みを向ける彼女と一緒に帰った。
私達は幸せだった。
学校内でも周囲を気にせずに触れ合うことが増える。一度クラスメイトにキスをしたところを見せつけたせいで、この程度では誰も何も言わなかったが「愛してる」と囁いた時は一瞬静かになって気まずかった。
恐れるなと思いながら勇気を持って抱き合う。
大胆になっていく私達を止める人はいない。
鈴蘭から似合うと言われてリップを唇につけさせてもらう。彼女は何を思ったのか自分の唇を近づけさせようとしてきたので流石に桃が止めてきた。
私達は視線を気にしろと桃に怒られてしまった。
世界の異物だと思っていた私は欲しいものを手に入れて満足している。
そんな私も現実と直面することになった。色々あって合格通知が届いたのだが親との話し合いは難航している。あくまでも私の意見を尊重しようと心がけているが、父と母は揃って家から通うように何度も言っていた。それでも頷かない私に父が「家賃だけ出すから他はバイトしなさい」とため息をつく。
どんな状況でも背中を押してくれる二人に感謝するしかない。
毎日を楽しく生きていた私に清水先生から廊下で声をかけられる。何故かギャラクシーパラディンナイトホークのナイトホーク役の声優で松川竜太という方から私の話が出たらしい。二人共俳優で元々同じ高校の先輩と後輩という立場で飲みに行くことがあった。
新しいものが好きなようでネット上で話題になった動画について話をしていた。その時に岸辺百合という女の子が通っている学校を誰かが公開しているらしく、清水先生は私の顔と高校名を聞いてしまって大変驚いて笑うしかなくなった。
「今更遅いかもしれんが変な人は多いから気をつけなさい」
「はい。すみません」
「あ、それと竜太が岸辺さんの歌声とか褒めてたぞ」
「本当ですか?」
「いい声だったとか言ってたかな。一度聞いて確かめたい気持ちになってきた」
「本気でやめてください」
清水先生と話をしていると授業が始まりそうで急いで教室に入る。
動画を褒められるのは素直に嬉しいが私だけの力というわけじゃない。六人全員がそれぞれの役割で動いたことが今に繋がっている。
人気に火がつくのも時間の問題かと考えていると授業が終わってしまった。
時間が経つのは思いのほか早く感じられる。窓から見る空が冬から春に変わる頃には私の髪の毛も少し長くなっていた。
二年生になるとクラス替えをして元々別の教室にいたはずの撫子や椿に菫が揃うことになる。常に一緒にいたわけではないが同じクラスメイトになったという感覚があまりない。桃と鈴蘭も同じようで雑談をしても新鮮さがなく、普段通りに次の動画の話になっていた。
私達六人が話していると周囲の目が気になる。
動画投稿をしているがクラスメイトは知っているのだろうか。
私の疑問に桃は心を見透かしたように「目立つ集団だからね」と呟く。
「何よ、急に」
「百合は当然可愛いし、撫子はモデルで有名、菫は元々子役だったから名前は知られてる。椿はアイドルとして活動中。鈴蘭は大人びてるからか人気だよ……私以外は可愛くて人気」
「桃だって可愛いよ」
「ありがと」
そういえば最近私達は六人全員の名前を呼び捨てにするようになった。仲良くなったと思ってもいいのかもしれない。
趣味で始めたSNSでの活動を私達は案外楽しんでいる。
学校に通いながらレンタルスタジオに行く日々が続くと私のスマホに母が出産したとのメッセージが届いた。その内容を五人に見せると今日の活動を中止して帰ることを言われる。素直に従い外に出ると風の強さに髪を押さえると立ち尽くす。
前に早く子供を作るように言ったことを後悔しそうだった。
「病院か」
血の繋がらない私に優しくしてくれた両親から新たな命が生まれた。
私は実際に会って素直に喜べるだろうか。
電車に乗りながら歩いていくと病院が見えた。気が進まないせいか風景を眺めながら来たせいでスマホからは通知が何件か届いていた。
静かな廊下を歩いていくと病室が見えた。
「どうしました?」
「母が出産したみたいで」
看護師に連れられて病院に入ると小さな体の白い布に包まれた何かを、父が緊張した様子で落ちないように抱えている。
どうやら間に合ってしまったようで感動的な場面らしい。
母は私にも抱っこをして欲しいと言っている。
首の後ろを支えながら小さな命は私の腕の中で目を閉じて息をしていた。この世に魂というものがあるのを信じているわけじゃないが、奇跡というものが起こるのなら信じてもいいと今思えてもいいと感じている。少しスピリチュアルな気分になるほど非現実的に思えてしまう。
温かな小さな体は泣くこともない。
私は自分の愚かさに心の中で笑った。
「もう、いいの?」
赤ん坊を看護師に預けると私は頷く。
今まで腕の中にいた存在はいなくなると重く感じる。
「お母さん、おめでとう」
私は人の幸せを与えられるような存在になりたいと強く願った。
病院から戻るとスマホに通知が届いていた。よく知らないアカウントからアイドルをやらないかという怪しい話だ。無視をすると次の動画の話を五人で話し合った。しばらくの間は二人が家に帰ることもないこともあって、私は夜遅くまで五人と一緒にどうでもいい話を毎日する。
そんな日々が続いた時、電車に揺られていると鈴蘭がため息をつく。
「ちょっと、無防備すぎるよ」
「そうかな」
眠くて髪型をセットせずに来たが注意されたのは服装だった。
「胸元や足も、そんな見せて」
そんなに心配するほどとは思えない。
「そういえば今日は車じゃないんだ」
「連絡つかないから家まで行ったら誰もいなくて、桃に連絡したら駅にいるとかで」
「あ、スマホ忘れてきた」
呆れる鈴蘭に服装や髪型を直されながら学校に行く。
「あんな姿、他の人に見せたくないの」
「……眠い」
「話聞いてる?」
「聞いてるよ」
下駄箱で靴を履いていると高橋翔太が目の前に現れた。
「よう」
履き終えると背伸びをする。
「無視かよ」
「何か用?」
「動画見たぜ。百合って歌えるんだな」
「上手だったみたいね」
「そうは言ってねえよ。なあ? コラボとかやる?」
「なんでよ。素人と一緒に何をしようってのさ」
「同じ高校に通う者同士で惹かれ合うものがあると思うんだよ」
立ち止まっていると鈴蘭が手を振って離れていく。
「男女で歌う曲ってのも悪くないだろ」
「そういう曲あるね。将来的には私も入れてみたりとか?」
「それもあり」
「冗談やめてよ」
「本気」
「……アイドルをやらないかとかお誘い来たから無理」
「どこの?」
「よく見てない」
下駄箱に桃が現れ「何喋ってんの?」と囁く。
「ショートケーキノックアウトからコラボ依頼があった」
「いいじゃん。やれば」
「面倒だよ」
「えー」
「とりあえずさ。百合は今度連絡してよ」
スマホを見せようとする高橋翔太に手を伸ばす。
「今日はスマホ持ってきてないから桃と連絡して」
「え……嫌だよ」
なんだか高橋翔太が悲しそうな表情をしている。
「あ、別に嫌いとかじゃないから!」
「別にいいんだ」
「わかりましたから! ほら! 私と繋がりましょ!」
桃と高橋翔太が連絡先を交換しているのを見届けると彼は「また連絡するから」と言って去っていく。
何故か桃の顔が赤くなっている。
「授業遅れるよ」
「そ、そうだねえ」
「あいつと話すのって始めてじゃないでしょ。ファンだとしても、そんなに緊張する?」
「憧れてたらする!」
急に走り出してしまった。
桃は教室の前で立ち止まると私の顔を見る。
「今までは、全然そんな気持ちにならなかった。今日は一線を越えたって……」
「大袈裟な」
「間近で見たのも何度かあったのになんでか心臓が……」
「そんなにかっこよかったか。あいつ顔はいいからな」
「そのなんでも知ってるみたいな顔やめろ」
「そうじゃないけど」
「ファンとして好きだったんじゃないの?」
「そのはずだったのに百合のせいだよ……」
教室に入り席に座ると桃が私の顔を覗く。
「おかしい」
「桃がね」
「そうじゃなくて、こんな登録者数の少ないところとコラボなんておかしい。あの人絶対百合にまだ未練あるよ」




