23
正直な話をすると味に関してはわからなかった。
普段から安いものを食べているせいか柔らかいぐらいしか判断できない。
雰囲気は高級そうで気分はいいが緊張してしまった。
帰りの車で私のスマホに菫から正月休みの終わりに集まる連絡が届いた。私と鈴蘭は詳しい内容を見て顔を見合わせてしまう。
私のSNSに六人全員で自作の振り付けをして動画を投稿しようという話だ。椿が振り付けをして歌は私と一緒に桃が担当する。他の人も役割があるようだが困った話になったが特別断る理由がない。
「鈴蘭は断ってもいいよ。私はライブ配信以外だとやることないし」
「やるよ。みんなと踊るなんて面白そう」
車が私の家に到着するとドアが開いた。
「わかった。嫌なら言ってね」
私が降りると鈴蘭を乗せた車は暗闇の中に消えていった。
大晦日が過ぎてお正月になると親戚の家に行くことになる。
この父が暮らしていた家に私の居場所はないが以前なら母も同じだと思っていたが状況によって変わるみたいだ。
酒が入った父や他の人達が盛り上がる度に気分が悪くなってきた。
廊下を抜けて和室に入り、壁に背を預けると雑音と一緒に笑い声が聞こえる。目を閉じようとするも足音に耳を澄ますと和室に酔っている様子の叔父がやってきた。
「眠いのか?」
「いいえ」
「そっか」
急に叔父が消えたと思ったらぬいぐるみを持って現れた。
「ほれ」
渡されたぬいぐるみを見て「なんですか?」と聞く。
「お前の父親が荒れてた時に残したものだ。右側のボタンを押しな」
「はあ」
よくわからないが押してみる。
『百合! お誕生日おめでとう!』
女性の声が聞こえてきた。
「これは?」
「お前の母親の声だ」
「私なんで……」
「あいつが忘れてたから渡しとく。左側は押すなよ、消されるから」
私は立ち上がると頭を下げた。
感謝を伝えようとしたが声が出ない。
「……じゃあな」
家に帰る時にぬいぐるみのことを父は謝罪した。車内では母も自分のことのように喜んでいる。その姿を思い浮かべながら自分の部屋に入ると写真立てを見つめた。
私は大切な人に守られていることを自覚しながらぬいぐるみを撫でる。
「……誰かの為に、私も人を笑顔にできるようなことがしたい」
見えるところにぬいぐるみを置くと眠りについた。
正月休みが終わってレンタルスタジオで撮影を開始する。事前に私と桃の声で録音した曲を流しながらダンスを踊っていく。
全員何故踊っているのか理解できているのか。
その場の勢いで決まった話に巻き込まれただけで楽しんでいる人はいない。そう思っていたが五人の笑い声が聞こえて安心する。
激しいダンスは得意ではなかったが体は動く。
久しぶりに汗を流したことでテンションの上がった私は菫に編集を任せて、次に歌う曲の歌詞を覚えることに集中しながらダンスを踊っていた。
「こんな感じでいいかな、後はこれをアップロードして」
一人で踊っていると菫が全部済ませてくれていた。
少しだけ達成感がある。
そんな気持ちなのは私だけではないようで撫子も鈴蘭と笑い合っていた。表面上だけでも良い関係を築けるなら問題はないと思い安堵する。
学校と家を行き来する日々の中で鈴蘭が久しぶりに遊びに来た。母と父に挨拶を済ませると彼女を私の部屋に入らせて苦手なところを教えてもらう。
小一時間ほど教えられると自分でも驚くほど勉強が進む。
そうして私は彼女にお菓子を出したまま勉強に集中していた。
「ねえ」
「なに」
「わからないところないの?」
「んー、今のところはない……かな」
机でペンを握る私の頭に顎を乗せている鈴蘭は退屈そうにしている。彼女は数学の問題を解いている私の頬にキスをした。
「こっち向いてよ」
私が顔を向けると一瞬見つめ合ってから頬に彼女の手が触れる。目を閉じると柔らかな唇の感触がした。キスを拒まない私に「勉強、まだするの」と呟く。
「……もう、仕方ないな」
鈴蘭の背中に腕を回して優しく抱きしめると頭を撫でた。
今日は甘えたい日のようだ。
「……勉強やってないなら、もっと遊ぼうよ。今更何やっても同じだって」
「そんなこと言っても自信がないんだよ」
「路頭に迷ったら養ってあげるのに」
「それはプライドない人に言ってね。私は普通の人なの」
「息抜きも必要だと思うよ? それに勉強を言い訳に私を避けてない?」
「そんなことない」
「六人で集まって踊るのも楽しいけど、こうして二人でいる時は満たされている気分になるの。やっぱり恋人ってのは形だけじゃ駄目だよね。気持ちが幸せじゃないと愛されてる感じになんないや」
外は雪が降っているのか随分と寒く感じる。
「暖房つける?」
「うーん、抱き合ってるとちょっとだけ違うからな……お風呂とか入る?」
「沸かすか」
お風呂を沸かして「先に入りなよ」と鈴蘭に言われるも私は少し悩んだ末に服を脱ぐ。
「一緒に入る?」
「いいの?」
「いいとは」
彼女が服を脱いで裸を見せると恥ずかしそうに隠す。
鈴蘭って綺麗なんだなと改めて思ってしまう。
二人で一緒にお風呂に入り、ドキドキしながらも安心している自分がいた。多分、彼女も私と同じ気持ちだと思い「逃げられないね。襲われたら」と言って笑う。
「理性を抑えることで精一杯な人が目の前にいること忘れてるよ」
「別に構わないよ」
「私以外に言わないでね」
「言わないよ」
パジャマに着替える鈴蘭から私の使っているシャンプーの匂いがした。
彼女から目を逸らすとベッドで横になる。
「あら? ちょっと長くお風呂入りすぎたかな?」
「……え? ああ、うん。そだね」
顔が熱くなっているのを心配する彼女に申し訳なく思ってしまう。
同じベッドで夜眠れるか不安だったが熟睡できた。
朝食を終えて鈴蘭と歯磨きをしながら鏡を見て驚く。
「私……すっぴんじゃん」
鈴蘭は歯磨き粉を噴き出す。
「昨日からだよ! もう……寝ぼけてる?」
「そういえば恋人にすっぴん見られると駄目じゃなかった?」
「別にいいんじゃない? すっぴんも可愛いよ」
「そんなわけない」
「私はどっちも好きだよ」
「変じゃない?」
「そんなことない」
考えてみれば美意識に欠けていた気がする。
「……色々と勉強しないとな」
「終わったらね」
私が家を出ると吐く息が白くなっていた。
玄関先から私を見ようとする両親を家の中に入らせて「行ってきます」と言った。
足元の雪を踏みながら歩きながら隣の鈴蘭が私の顔を覗く。
「大丈夫?」
「平気かな」
鈴蘭が私を抱きしめると背中を優しく叩く。
「自分を信じて」
会場に到着して椅子に座って時計の針の音を聞きながらひりひりした空気を味わう。緊張する時間を迎えると問題文を読んでいく。手足を震わせながら鉛筆を走らせる。何度目かの呼吸を続けるうちに鉛筆を置く時間がやってきた。
強がりは言えなかった。
誰かの為にも勉強を欠かせないようにしたいと思いながら二日目を迎える。
昨日と同じく鈴蘭は私を抱きしめた。
安心なんてできなかったが不思議と先に進んでいる感覚がする。自信なんてなかったが鉛筆を持つ手は不安から解放された気分になっていた。
室内の暗い空気から外に出て、帰り道はよく足音が響いている。夕食時のようでいい香りが広がっていた。背筋を伸ばして一歩を踏み出す度に空気は冷えていくのを感じる。
店の前で足が止まり、ガラスに映る自分の髪の毛を整えた。
私は鈴蘭から連絡が入っていたのに気づき早足で駆けていく。
待っている人がいることを喜びながら、鈴蘭のいる場所に息を切らせて到着する。私は周囲に大勢いる人の流れに逆らいながら近づく。
「おかえり、寒かったね」
「そうでもない」
私は鈴蘭の手に触れた。




