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「パパも悪かったと言ってたから大丈夫だと思うよ」
「あの人のことは一番わかってる。結構根に持つタイプだから帰っても喧嘩するかも」
「そんなに長いこと一緒にいなかったでしょ」
「年々パパと似てきてる……真面目でかっこよくて頼もしい存在」
「私を通してパパを見てるなら直接見ればいいのに」
二人の会話に混ざれないでいる私を見て鈴蘭が「それよりもさっさと帰ってよ。私の顔見たでしょ」と言って背中を叩く。
「わかったよ……またね」
ランディシュ・パリスデイジーが鈴蘭の頬にキスをすると帰ってしまった。
「やっと帰った」
「母親のこと好きなんだね」
「好きなわけないでしょ。百合ちゃんがいたから落ち着いてたけど、私一人だったら恥ずかしい話ばかりで……周りに人だっているのに」
「恥ずかしい話?」
鈴蘭は私の隣に座ると耳元で「信じられる? 自分の親から初体験や経験人数の話を意気揚々とされた時の気分を」と囁く。
「そういう人もいるんじゃない?」
「冗談でしょ」
「うん、冗談。私だったら一緒にいたくないね」
「まあ、話すことないからだろうけどさ。勉強や恋愛の話をしても同じことを繰り返すだけ。ママの話を聞くか、パパの話をするか。そのぐらい」
「普段父親とはどんな話するの?」
「何も」
「ないの?」
「随分前にしたかな。後は百合ちゃんを会わせようとした時とか。だから、ママと話す時もパパのこと聞かれても困るの。一緒に暮らしてたこともあるけどね。顔合わせても挨拶程度で他人と暮らしてるみたい」
「意外」
「私が何言ってもすべて肯定してくれるけど、時々やんわり断ろうとしてくるぐらいで何も言うことがない。逆にママのほうが頻繁に会ってるかも。あれでも私とパパのこと未だに好きらしいんだよね」
「離婚してるのにか」
ランディシュ・パリスデイジーが残した紅茶を鈴蘭が飲む。
「……冷めてんな。結局さ、別れるのに恋愛をする意味ってなんだろうとは思ってた。これはママから聞いた話なんだけど、日本に行った時パパには当時付き合ってた彼女がいて、ママが誘惑して避妊失敗させて出産したらしいの。結婚してしばらくは暮らしていたけど、すぐに子育てが向いてなくて離婚したみたい」
「普通の親ってそんな話するんだ」
「するわけないじゃん。ほぼ他人だよ」
「血は繋がってる」
「良いこともあれば悪いこともあるの。良いところとかが似てるほうが多いのに、悪いところばかり目に付くようになっちゃう……帰ろう」
鈴蘭が立ち上がるとテーブルの伝票を探したが見つからない。店を出る時に店員に聞くとランディシュ・パリスデイジーは伝票を持って会計を済ませたようだった。
雲の間から覗く太陽を眩しそうに見つめる鈴蘭が歩き出すと私も彼女の後を追う。
「ママというよりは友達みたいだった」
「確かにね。ママってたまに男の股間のサイズを私に話すの。前にいた下品な話が好きな友達と同じ感じで話しやすいけど、正直聞きたくはないと思うよ」
「羨ましいな。私にはないものばかりだ」
「そうは思えない。パパが今まで会った男で一番好きだと言いながら、私には今付き合ってる奴の話をする。私が一番好きだと言いながら他の子を口説く。私以外に子供作ってないとか信じられないよ、二人共ね」
「親なのに結構酷いこと言うんだね」
「親だから言うんだよ。身内以外が言ったら駄目だろうからね」
自分の両親についての話は非常に饒舌で特に母親の時は怒ってるようにも見えるが喜んでいるようにも感じられた。
唯一親と話ができる内容が、そんなことばかりだから怒る。それでも話せるだけでもきっと鈴蘭は嬉しいと感じているのかもしれない。
「もっと父親とも話をしたいんだね」
「……別に」
「母親とも一緒に暮らしたいんだ、普通の親子みたいな話をしたいから不満なんだね。もっと三人で話がしたい。好きだから」
「そこまでじゃないけど……ママは嫌いでパパも嫌いなだけよ」
「好きなんだよ。そうじゃないと会おうとは思わない」
私は本気で誰かを好きになれるのだろうか。
鈴蘭は私を好きと言っていた。そんな人が誰かを嫌いになろうとしている。仕方ないことかもしれないが感情は複雑だ。
きっと許せないんだ。
父親も母親も全員が勝手に思えて恋愛というものから手を伸ばしたくなくなる。その先にある未来を感じられないから自分が望む幸せを手に入れたい。
私を幸せにするのも鈴蘭自身なら可能だと感じているだけだ。
きっと私じゃなくても誰でもいいと思っているはずだ。
今他の人を選んでしまえば過去の苦労が無駄になってしまうだけだろう。
「鈴蘭」
鈴蘭が悲しそうな時、私は何もしてあげられないかもしれない。嬉しそうな時もきっと私は悲しませることがあるはずだ。
きっと今この時にしかできないことがある。
人通りの少ない道を歩いていると私は立ち止まる。鈴蘭に手のひらを向けながら腕を伸ばす。ゆっくりと左右に腕を広げ「おいで」と言ってみた。
「鈴蘭と同じ趣味を持って、毎日を楽しく過ごす。お互いに支え合い、いつまでも幸せに暮らしていくの。私は誰かを幸せにしようと考えたことがない。だから……私は今本気で鈴蘭を好きになろうと思う」
私の胸に飛び込んできた鈴蘭の頭を撫でる。
今度は口先だけの言葉じゃない。
「私も好きだよ、鈴蘭」
一瞬だけのキスをした。
柔らかい唇に触れ合うだけで終わる。
「ありがとう、受け入れてくれて。ずっと不安だった……不安で、え、あの……百合ちゃん」
「どうしたの? 顔赤くして」
「顔近いよ……」
「百合でいい。恋人なんだから呼び捨てでもいいかなとは前から思ってたの」
鈴蘭が私から離れ「どこ行こうか」と言って手を伸ばす。
「なんで、そんな照れてるの?」
私と手を繋ぐ鈴蘭は目を逸らしてしまう。
「だって……今までは友達の延長線上でというか。百合ちゃん……百合も……恋人になろうという気がなかったから」
「これからは私も普通の恋人として頑張るよ」
鈴蘭の握る手が震え始める。
「その、私の家は……誰もいないから。パパも帰ってくることないし」
「私の家は親いるけど、今日とかまた泊まったりする?」
「いや……どうかな。できれば私の家がいいかも」
「さっきから私の顔見ないのはなんで?」
「急に積極的になって普通の恋人みたいになろうとして緊張しないほうがおかしいよ。だって! これから私色々経験するだろうし……」
「経験……変なこと考えてないよね? 私は普通の恋人の話をしてるんだけど」
「普通の恋人は付き合ったらすぐに体を重ねるんでしょ?」
「どこで聞いたか知らないが深い関係になる手段であって、どうしても必要なことじゃないからね」
私も知識として知ってるだけで詳しくはわからない。
「私だってわかってるよ! ママがそう言ってたの! まずは体の相性を確かめておくべきとか!」
「……相性って話し合いでわかる問題でしょ。それ単純にやりたいだけの話を全体の意見として言ってるだけのものだと思うけど」
ようやく落ち着いた鈴蘭は私の家の前で手を繋ぐとキスをしてきた。目を閉じてお互いの唇を重ねていると鳥の鳴き声が聞こえて体を離す。先程まで太陽が見えていたのに私の影が長く伸びている。周囲に誰もいないことに安心して鈴蘭に向き直ると抱き合う。
「また学校でね」
「学校で……」
見つめ合っていると自然とお互いの顔が近づこうとするので私から離れていく。
「迎えが来るから」
「わかった。待ってる」
慌ててスマホで確認していた鈴蘭は「もうちょっとだけ待ってもらおうか?」と呟く。
「そう……そうだね」
鈴蘭は連絡を取ってから私に「デートしてなかったよね」と言った。日が傾いていたが私は迷わず頷き両親に連絡をして制服のまま夜道を歩く。
「どこ行こうか。あまり遅くなると百合の親も心配するだろうから近場で」
スーパーに通りかかるとカプセルトイを見つける。
「このシリーズ可愛いよね。鈴蘭は知ってる?」
入口付近に置かれているカプセルトイを見て鈴蘭は首を横に振る。
猫トーストシリーズで比較的、どの場所にも置いてあることが多い。私達は設置されているカプセルトイで遊んでいるとみたらし猫トーストを偶然二つ手に入れることができた。
「これ鞄につけようよ」
「いいね。百合と一緒だ。私あまり詳しくなかったけど、これって結構可愛いね」
「みたらし猫トースト、小倉猫トースト、ごま猫トースト、きなこ猫トースト。これだけあるから全部揃えることもできるよ」
スーパーの前で話をしていると目立っていることに気づく。
「あ、パパだ」
持っていたスマホを見ながら鈴蘭は私を見る。
「見せて?」
「これ」
鈴蘭はため息をつくと私にスマホの画面を見せる。父親から夜遊びしないで帰りなさいとだけ書かれたメッセージに彼女は「なんかデートらしくないね。今度はもっといいところを選ぶから」と言う。
「形だけ整えても楽しくないから私達だけのデートにすればいいよ」
「難しいな」
「私からも提案するから」
一度私の家に戻ると鈴蘭の迎えの車が見えた。彼女に手を振ると私は家に入る。リビングでは母と父の笑い声が聞こえていた。特に父の声が大きくて何事かと思いながらドアを開けると二人の笑顔が私に向けられて驚く。
「百合! 母さんが……私の子供を妊娠した……」
突然泣き出す父に母は笑い始める。
「泣くことないのに」
「無理だと思ってたから嬉しくて……」
私は言葉に迷って「おめでとう」と笑顔を作ると母の隣に座った。
その日あまり話に入れずに父が男の子ならお互いの名前から取って優一と言い出して、母が祖母の名前で美代子にしようと提案した。
夕食が終わってからも子供の話が続いていた。実感がないと言いながらも楽しそうにする父に母は自ら膨らんだお腹を触らせる。私も同じように触れてみたが不思議な感覚から言葉が出てこなかった。




