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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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「そんなのが目標?」


「一人の人間を幸せにするって想像以上に大変だよ」


「具体的には?」


「一緒にいる時間を増やす。同居できるなら嬉しい。それに働いて帰ってきた時に誰かがいるような状況が好ましいなとは思う。普段私の親って家にいないこと多いし」


「よくわかんない」


「他の人と付き合う予定があるの?」


「そうじゃないけど。前に付き合った時は上手にできなかったから」


「任せてよ。絶対幸せにしてみせる」


「自信あるんだ」


「ないよ。今でも不安で百合ちゃんがすぐにどこかへ消えるんじゃないかと思っちゃうの」


 鈴蘭に手を引かれて公園を出ると車が止まっていた。車内に入って広い後部座席に座ると運転手が鈴蘭に向かって頷き、動き始めると私は夜の景色を眺めようと窓の外を見る。


「こういう車乗ってると偉い人なのかなって思っちゃうな」


「親が立派なだけで私は普通だよ」


「自分の親についてどう思う?」


「立派だとは思う。でも、同時に勝手な人。都合が良いから付き合って、都合が悪いと別れる。今の大人と同じ道なんて歩みたくないの」


 きっと何か不安を抱えているのはわかる。それを解決できるなら一緒になって考えたい。でも、それは鈴蘭が言う幸せになることで解決できると思うのは安易な考えだと思う。


「幸せになったとしても何も返せない」


「見返りなんていらないって」


「重要だよ。相手を好きになったとして、その後を考えたら行動なんて私はできない」


 意識してしまったことはあるが言葉にして好きと伝えてもいいのだろうか。


「私はね……百合ちゃんを誰にも渡したくない」


 鈴蘭と私が指を絡ませると自然とキスをしていた。数秒の間は時が止まったようで思考が追いつかずに鈴蘭の柔らかな唇だけしか頭になかった。


 何度もしていたはずなのに顔が赤くなる鈴蘭に、思わず暑くもないのに私は手で扇ぐ。自分の顔に僅かな風を送っていると同じように鈴蘭も手で扇ぎ始める。


「ごめんね。こんなこと言って」


 鈴蘭は今真剣な表情をしている。中学の時に高橋翔太と付き合った時は私も同じ目をしていたはずと思いたい。彼に告白した時、特別な意味なんてなかった。その場の勢いで周囲がやっていたから告白してみただけだが鈴蘭も同じとは思えない。


「今だけでいいから付き合って」


 鈴蘭が私の手を握ってきた。


「えっと」


 桃の時のように断ろうと思っても言葉が出てこない。


 あの時桃は泣いていたが私は何も言えなかった。


 今でも仲良く話せているが良い気分じゃない。


 中学の時も女の子から告白されたことがあった。その時も上手な断り方をせずに彼氏を作って、私を好きだったと言われている女の子から反発を受けた。


「少しだけでいいから」


 以前告白した時の私は悩まなかった。


 鈴蘭もきっとそうなのだろう。


「少しだけなら」


 口先だけの言葉にしか聞こえないが私も好きなのは間違いないはず。


 彼女の家でゆっくり過ごしてから家に送られると家族の様子が変だった。私が現れると動揺を隠しきれずに沈黙を破り、父と母は涙を流し始める。


「どうしたの?」


「良かった……帰ったら家に百合がいなかったから心配したんだ。風邪なのに家のどこにもいなくて探したんだぞ!」


「お父さん……ごめんなさい」


「無事ならいいんだ」

 

「私嘘をついたの。風邪じゃなかった……なんとなく学校行きたくないと思っただけで……」


 泣いていた父は笑い始める。


「なんだ。そんなことか」


「そんなこと?」


「病気じゃないなら安心したよ」


「私と一緒にいて嫌じゃないの?」


「嫌じゃないよ」


「……お母さんだって私に愛情なんて感じていないでしょ」


「愛してるわ」


 涙を拭う母は屈託なく笑う。


 私は二人から目を逸らす。


「嘘つかないでよ」


「真実なの。どう表現したら信じてくれるかわからないけど……最初は慣れなかったのは確かよ。でもね、この家で過ごすうちに百合のことを本当の娘のように感じてる」


 父は母の肩を抱きながら私の頭に触れる。


「前まで親としての心構えがない状態で一緒に暮らしてきたよな? 最初百合と出会った時は俺も若かったから子供の育て方なんてわからなかった。それに自分と血が繋がらない子供なんていくら好きだった人のでも受け入れられないと感じたよ。母さんと結婚するまで百合とまともに話さなかったのは理解しようと努力をしなかったからだ」


「そっか、同じだよ。私も前までお父さんのこと嫌いだったもん」


「わかるよ。生意気な子供で、しかも自分の子供でもない。確かに世の男が子供に暴力を振る原因がわかったよ」


「でもさ、一度も暴力なんてしなかったよ」


「好きな女の子供には普通できないよ。それでも百合と話せば自分が何をするかわからなかった。愛情を向ければいいが、怒りも少なからずあったからね。自分への怒りを百合に向けそうで怖かったのさ。その時に出会ったのが母さんだ。悩みを相談して……解放された気分だった」


 母が父の顔に触れる。


「あなたが百合のことを愛そうとするのも憎もうとするのも、すべては好きだった人の為で別に何も悪いことじゃない。口だけならなんでも言える。気に入らない娘と暮らしても家族だから大事にしないといけないと言われたから思ったことを口にしたの。本気で育てる気持ちがないなら娘さんを捨てればいいのにとね」


「捨てられなかっただけでしょ」


「百合……何も知らない時に愚痴を言われたから、そうやって返しただけなの」


「お母さんは悪くない。別に誰も悪いなんて思ってないから」


 父の顔を見られずに母を見ているとまた涙を流していた。


「私……今も初めての母親としてどうしたらいいかわからない」


「それなら叱って。私が間違ったことをしたら」


「わかった。私も説教できるほど立派な人間じゃないけど、きちんと頑張るよ」


 父と母が私が二階に行っている間にしていることを知っている。形だけだとしても家族を演じようとしているのは立派な大人だからだ。


「それなら二人の子供見せて」


 二人は黙ったまま動かなくなってしまった。


 家を出る理由はなんでも良かったが不快な気分にさせてしまったのだろうか。


「それは」


 父は言いづらそうにしていた。


「ごめんなさい」


「いや、別にそうじゃないんだが」


 常日頃私は居心地の悪さを感じていた。


「私死んだパパとママに会いたいなんて思わないから怒らないで」


 二人が突然私を抱きしめた。


「不安な気持ちにさせてすまない……本当にすまない。こんなこと言わせて失格だ」


「痛いよ」


「すまん」


 力強く抱きしめる父と替わるように母が腕を背中に回す。包み込むように抱きしめながら母は私の服に鼻水をつけて泣き始めた。


「料理も掃除も任せてごめんね……嫌なこと全部言っていいからね。わがままできなかった分、これからは私達がすべて引き受けるから……だから」


「もう……汚いな。お母さんは何もできないでしょ」


「仕事も頑張るし、家事もなんでもするから遠慮しないでね。私はあなたの母親だから」


「私にとって死んだパパとママは大切だった。それを忘れたほうが本当の家族になれるんじゃないの?」


「忘れないでいいから! なんで自分を傷つけることばかり言うのよ!」


「だって」


「私達はどこにも行かない。愛してる! 信じて」


 母の顔は面白いぐらいに涙と鼻水で汚れていた。


 私の頭を撫でる母の顔は偽りのない本心に見えて嬉しくなる。


「私も二人には幸せに過ごして欲しいから」


 その日父は残された遺品を渡してきた。亡くなった家族との思い出は他にも存在していたが私自身が元々死にたかったこともあって拒否していた。


 当時の私も父も精神的に不安定だったことも関係してお互い酷い言葉を使っていたと思う。死にたいなら死ねばいいと言われていたことを未だに覚えている。そんな父が遺品を未だに持っていたことに驚きを隠せない。


「言われた通りに全部捨てることもできた。今思えば百合に逆らいたくなっただけで特別な意味なんてなかったな」


「その時仲直りしなかったから今があるんだよ」


 渡されたのは中身が見られないママのスマホとパパが作ったアルバム。残念ながらどちらもほとんど私が見たいものは残されていなかった。


 私達は本当の意味で親子になれたと思う。


 昨日仮病を使った私は以後も度々女子バスケットボール部を見に行った。部員を募集していたが中学の頃と同じように居場所を求めることはない。


 数日の間に鈴蘭と桃は前よりも関係は良好になっていた。


 私と鈴蘭との関係を聞き桃は嬉しそうに歓迎してくれる。二人と遊ぶ機会が増えても恋人としての関係を優先することは鈴蘭もしない。桃との関係を蔑ろにしてまで鈴蘭と仲良くなりたいと思わないのを私達は理解していた。


 過去を受け入れて親に相談した私は新しいスマホを手に入れた。


 新たに購入したスマホには家族と友達の四人が登録してある。


「あれ? メッセージ……」


 家に帰ってきた私は通知に気づく。そこには桃が柿崎撫子から遊びに誘われたという話が書いてあった。桃の話では撫子の提案で菫と仲が良い私も誘おうとしているらしい。明日の放課後に詳しい話をするようだ。


 翌日の放課後になると私を含めた六人が教室に集まっていた。鈴蘭は帰ろうか迷っていたが会話に混ざって菫の家で遊ぶ約束をしてしまった。


「清水さんもありがとうね。それに鹿島さんとも私喋ってみたかったし」


「私も柿崎さんってどんな人か気になってたからさ」


 鈴蘭と撫子が話をしていると菫が私の背中から顔を出す。その様子を見ていた桃が菫の背丈に合わせて膝を曲げる。


「よろしくね」


「うん、よろしくお願いします」


 菫が緊張しているとは思ってもみなかったが彼女の震えを見た撫子が笑い始める。


「菫ちゃん友達少ないから百合ちゃんと仲が良い人なら安心できるね」


 菫が撫子の足を蹴ると頬を膨らませた。


「一言余計!」


「悪かったよ、菫ちゃんは可愛いな」

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