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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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10

 女子バスケ部に入る話は断ったが彼女達は試合を見てみたいと言ってきた。


 高校生になって昼休みにバスケをするとは思わなかった。


 私は一年のチームで相手は二年のチームのようで両者やる気に満ち溢れている。


 勝ったほうがジュースを奢る約束をしているらしい。どうやら一年のほうから持ちかけたようだが途中で早退した人がいるらしくて人を探していたようだ。


 ついでの入部は叶わなかったが彼女達も生きるのに必死らしい。


 巻き込まないで欲しかったが仕方ない。


 試合が始まりドリブルをしながら少し走ると体力が落ちたことを自覚した。全速力でコートの端まで走ると近くにいた女子にパスをして離れる。素早いパス回しに翻弄されている相手チームを見ながらボールを受け取るとジャンプしながらシュートをした。


 二年は手を抜いているのか動きが遅く感じる。


 ボールを受け取ると声を出してすぐにパスをした。


 走っただけなのに疲れている自分に驚く。


 全身から汗が大量に流れて出ている。


「駄目だ……体が」


 周りを見ていると自分のチームは少し苦戦しているようだ。


 相手の動きを見ながら息を整える。


 三年最後の大会で優勝できなかった記憶が蘇って気分が悪くなってきた。


「食べたもの吐きそう……」


 ボールを運んでいる一年の女子がパスをする。その瞬間に相手チームの一人がボールを弾いた。一気に動きが変わる二年を見て唐突に昔の光景が思い浮かぶ。


 大会で負けて悔しかった記憶だ。


 高校に入れば何もかも忘れられると思っていたが嫌なことばかり思い出してしまう。


「あ、点入れられた……」


 思わず私は走り出していた。


 小学生の時と違って中学生になると大人の考えていることがわかるようになる。父親が何故自分に冷たかったのかは、血が繋がっていないことや子供の育て方がわからないことも理解していた。


 再婚した父は昔よりも私と話してくれた。


 成長していく父と違い変わらない私に自分を罵ることしかできなかった。


 私は動きを止めようとする女子の前に足を入れてボールを奪う。ドリブルをしながら徐々に昔の感覚が戻ってきた私は全身の血が巡り、痛みや疲れも忘れてゴールまでの距離を一気に駆け抜ける。


 ゴールの下で構えるとジャンプをしながら腕を伸ばしてリングにボールを届けた。


 一瞬だけでも逆転できたことに安心して足がふらつく。


 不安定な足取りで歩くと壁に手をついてしまう。


「え? 百合ちゃん?」


 気づけば目の前に鈴蘭がいた。


 思わず彼女にキスをすると自分の汗の匂いが気になり離れた。


「ごめん!」


「いいよ、別に」


 気づけば周囲にいた大勢の女子が私を見ていた。男子もいたが女子の声に掻き消されて聞こえない。あの甲高い声は中学生の時も聞いたことがある。


「どうして、こんなにも人が」


「みんなイベントが好きだからさ」


 私は冷静になって別の人と交代を申し出ると鈴蘭の隣に座った。近くには桃がいて困ったように鈴蘭を見ている。


 座りながら二人の会話を聞いていると練習試合が終了したのか一年生のチームが笑っているのが見えた。


 バスケを終えて体を拭くと疲れて眠たくなる。午後の授業は出たが疲労から集中できなかった。多少の筋肉痛に翌日は学校を休むことを決める。


 流石に筋肉痛とは言えず風邪ということで嘘をついたが両親は私に対して何も言わなかった。


 久しぶりに体を動かしたことで中学の時のことを思い出した。完璧な人間とは言えなかったが、それなりに楽しかった日々を送っていたと思う。あの頃に戻りたいと思ったことはあったが、今更戻っても結果は変わらないと感じている。


 ベッドで寝ているとお腹が空いてきたのでカップラーメンを食べた。


 未だに自分は昔と変わっている感じがしない。


 住み慣れない家に引っ越しても新しい自分には程遠いと感じている。


 私は気分転換に目的を決めずに家を出て歩き始めた。


 多少の罪悪感を抱きながら線路沿いの道を気ままに進む。


 不真面目な学生の一人旅を誰に咎められることもない。


 昼間の時間帯は商店街も人通りが少なくて新鮮な気持ちになれる。


「この商店街は見覚えがあるような……」


 目の前から警察官が歩いてきたので細い路地を進むと猫が目の前を塞いでいた。一瞬こちらを振り向くとすぐに鳴き声を上げて歩き出す。先頭を歩く猫についていくと記憶の中で一致する景色に混乱する。


「この神社……どこかで」


 懐かしい神社に感動していると歩いた先には公園があった。錆びついたブランコと滑り台が見える。隅にある木に背を預けた。


「幼稚園の頃に遊んでた場所だ」


 揺れる尻尾に目を奪われながら眠気が襲ってくる。地面に倒れるようにして目を閉じると昔の夢を見ていた。幼稚園の頃の夢を楽しんでいると突然猫の鳴き声と一緒に鈴蘭の顔が目に入ってきた。


「おはよう。不真面目な猫ちゃん」


 隣で一緒に寝ている猫を撫でる鈴蘭が笑う。


「お……おはよう……何してんの?」


「今日なんで学校来なかったの?」


「非行に走る少年少女の気持ちを知りたくなった」


「理解できた?」


「少しだけ」


 私鈴蘭と一緒に猫を撫でながら「ここにいる猫って長生きなの?」と聞く。


「知らないな」


「前にいた猫と似てる気がする。間違ってるかな」


「どうだろ。名前なんて知らないし、猫の違いなんて私はわからないよ」


 私は鈴蘭の顔を見ずに猫を撫でるもいきなり遠くに走り出してしまう。


 懐かしい公園と猫に隣から聞こえる女の子の声。


 逃げ出した猫を見ながら鈴蘭の手を握る。


「やりすぎたかな。あの猫のことも思い出してあげたかった」


「同じ猫とは限らないでしょ」


「きっと同じだよ。私、ずっと忘れていたの。幼稚園の頃にここで遊んでたこと、そして一緒に遊んだ女の子がいたこと。その子の名前と顔は薄れてたけど、今こうして声を聞いて……顔を見たことで思い出した」


 私は鈴蘭と昔会っていた。


「あのブランコで遊んだのも忘れてたんだね」

 

「鈴蘭ちゃんはすごいね。私はすっかり忘れてた」


「小さな頃に百合ちゃんから好きだよと告白されたから私は忘れなかったの」


 思わず驚くも「嘘だよ」と言われ安心してしまう。


「なんだ」


「勉強ばかりしていた時に暇を貰って公園とかで遊んでたの。そこに百合ちゃんが現れた。他の子と遊べなかった私に普通に話しかけてくれたのが印象的でよく覚えてる」


「……会えなくなってごめんね」


「いいよ。私も百合ちゃんが突然来なくなってから忙しくなったし。そこから別の地域に引っ越してから高校生になる頃に思ったの。もしかして百合ちゃんに会えるかもって」


「鈴蘭ちゃんと会ってた頃の私ってどんなこと言ってた?」


 彼女と見つめ合うと不意に抱きしめながら頭を撫でられた。


「こうして頭を撫でながら私の悩みを聞いてくれた。親が立派だと私も頑張らないといけないと思って小学校受験に向けて勉強をしてた記憶がある。小学校受験だけじゃない。その先まで父から何度も言われてた。私は恵まれてるから怠けるのは失礼だと叱られることもあった。国語や英語に限らずに勉強を教えられてたな……」


「大変だったんだね」


「その時はきついなと思ったよ。嫌になってた時に公園で遊んでたら百合ちゃんが来た。傍から見れば贅沢な悩みばかり言ってたと思う……今思えば私に友達ができないのも当然だったけど、百合ちゃんからの言葉でようやく理解できた」


 確かに鈴蘭と出会ったことは覚えているが詳細なことは記憶にない。


「正直小さかったから思い出せない」


「そうだね……無自覚に他人を見下してた時に百合ちゃんに金持ち自慢をしたら地面にいるアリを捕まえて『わかんないけど、このアリも親がすごいかも。でも、私からしたら同じ顔』と何気なく言ってた。私は小さな公園で偉そうにするアリでしかなかったの」


「私鈴蘭ちゃんのことアリだと思ってたんだ」


「まあ、人間なんてどれも同じだから調子に乗るなよと言いたかったんじゃないかな」


 笑う鈴蘭の頭を撫でる手を私は掴む。


「流石にそんなこと思ってないって」


「冗談だよ」


「もう」


 彼女は私を抱きしめたまま「みんなは私が裕福だと知ると距離を取るか態度を変えるかだけど、あなたはすごいじゃんとは言ってたが具体的に何が立派なのかわからないようで普通に接していた」と呟く。


「単純に話を理解できるほど賢くなかっただけだと思う」


「どうだろうね? 百合ちゃんがいなくなってから徐々に私も変わった。あなたのような人になりたいと思うようになったの。私という存在を否定されることで父の努力が理解できた。肯定も否定も同じように百合ちゃんからされた」


「私多分何もしてないよ」


「そうでもない。そこから家族に話をして私に色々と買い与えるのを止めて貰った。きちんと社会経験を積む為という理由もつけて高校生になったらバイトをすることを決めて、何を買うにしても私だけの力でやるのを選んだ。できる限りだけど」


「私よりもすごいじゃんか」


「あのまま百合ちゃんと会わなかったら父に反発していた。勉強をするのも親に言われたからだったけど、百合ちゃんって褒めながら普通に貶すから感情がぐちゃぐちゃになったの。それで色々と自分を見つめ直すと将来の目標もできた」


「へえ、将来か」

 

「百合ちゃんと幸せになることだよ。私の目標」

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