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第3話 雨に響く裏切りの紋章

 

 雨が村の石畳を叩く音が、俺の心臓の鼓動と重なって響いていた。


 三人で辿り着いたこの小さな村は、まるで恐怖に包まれているかのように静まり返っている一方で、軒先から垂れる雨水が石畳に落ちる音だけが、まるで村そのものの涙のように聞こえていた。村の中央にある唯一の酒場から漏れる黄色い光だけが、この暗闇の中で唯一の希望のように見えたが、その光すらもどこか不安げに揺れている。


「なんか嫌な感じがするね」


 レイナが金髪を雨で濡らしながら呟く。その指先が無意識に短剣の柄を撫でているのを、俺は見逃さなかった。いつもの軽快な口調に混じる微かな緊張が、この村の異様さを物語っている。


「ああいう黒いローブの連中、昔、似たようなのに追われたことあるし」


 彼女がぽつりと漏らした言葉に、俺は興味を引かれた。だが、今はそれを深く聞く時ではない。


 俺も同感だった。刑事時代に培った直感が警告を発している。取調室で容疑者と向き合った時のような、空気の重さがこの村全体を覆っていた。


 酒場に入った瞬間、アリアが肩を震わせた。


「大丈夫か?」


「……なんでもない。ただ、少し頭が痛むだけだ」


 雨の音に紛れて聞こえたその声には、どこか苦しさが滲んでいた。アリアの横顔を見ると、普段よりも青白く見える。まるで何かに怯えているかのように。


「入るしかないだろう」


 俺がそう言うと、アリアは無言で頷いたが、その動作に迷いがあった。まるでこの村に来るのを後悔しているかのような。


 酒場の重い木製の扉を押し開けると、煤けた匂いと安い酒の臭いが鼻を突いた。中は薄暗く、天井から吊るされたランタンが揺れるたびに壁の影がゆらゆらと踊り、まるで生き物のように蠢いて見えた。


 客は十人ほどいたが、俺たちの入場と同時に全員が振り返り、その後すぐに視線を逸らした。だが、その一瞬の視線の中に、恐怖と何かしらの期待が混じっているのを俺は読み取った。刑事だった頃、容疑者の嘘を見抜く時の感覚だった。


 特に気になったのは、アリアを見た瞬間の村人たちの反応だった。まるで何か禁忌に触れるものを見たかのような、そんな表情を一瞬だけ浮かべていた。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうから髭面の店主が声をかけてきたが、その声に込められた緊張は隠しきれていなかった。汗が額に浮かび、手が微かに震えている。


「三人分の部屋と、何か温かいものを」


 俺がそう注文すると、店主は少し安堵したような表情を見せた。だが、その安堵の裏にも別の感情が隠れているのを俺は感じ取った。


「分かりました。ただ、今夜は少し騒がしくなるかもしれません」


「騒がしく?」


「ああ、その…最近、変な連中がうろついていましてね」


 店主は声を潜めて言ったが、周囲の客たちは皆、耳を澄ませているのが分かった。


「この辺りも『ラズア戦役』で焼け野原になってから、変な宗教が増えましてね」


 老人の一人がぼそりと呟いた。その言葉に、他の村人たちも暗い表情を浮かべる。


「あの戦争で王都が陥落してから、もう十年か…」


 別の村人が続けた。


「国が乱れると、こういう怪しい連中が湧いてくるもんさ」


 この村では、秘密を守ることは不可能に近いらしい。


 レイナが俺の袖を引く。その指先に込められた微かな緊張を感じ取り、俺は視線を向けた。そこには、静かにこちらを窺うフード姿の男たちがいた。


「あっちのテーブル、見てみなよ」


 彼女が小声で囁く。角のテーブルに座る三人の男。フードを深く被り、顔は見えないが、その佇まいから普通の旅人ではないことは明らかだった。そして、彼らの視線がちらちらとアリアに向けられているのを俺は見逃さなかった。


「何か飲み物でも」


 俺たちがカウンターに座ると、店主が震え声で聞いてきた。


「エールを三つ」


 注文を終えると、隣のテーブルから小さな囁き声が漏れ聞こえてきた。


「また今夜も来るんだろうか」


「シッ、聞こえるだろう」


「でも、あの司祭様は…」


 司祭。その単語に、俺の注意が一気に集中した。刑事時代の習慣で、重要な情報を逃さないよう神経を研ぎ澄ませる。


「すみません」


 俺は隣のテーブルの老人に声をかけた。


「司祭というのは?」


 老人は慌てたように首を振り、その目に恐怖の色が浮かんだ。


「いえ、何でもありません。ただの…」


「闇の司祭アシュヴィン・ゼルティス様のことだろう」


 突然、酒場の奥から声が響いた。皆が一斉にそちらを向くと、薄汚れた商人風の男が立ち上がっていた。酒に酔っているのか足元がふらついているが、その目には絶望と諦めが宿っていた。


「おい、黙れ」


 角のテーブルの男の一人が鋭く制したが、その声には明らかな動揺が含まれていた。


「何が黙れだ。どうせみんな知ってることじゃないか」


 商人は自棄になったように続けた。


「星の裏側に潜む古き御方より啓示を賜った、あの司祭様がドラゴンの血を求めて各地を回ってるってことぐらい」


 ドラゴンの血。その瞬間、アリアの身体が僅かに強張り、グラスを持つ手が震えたのを俺は見逃さなかった。彼女の横顔に、深い苦痛の色が浮かんでいる。


「詳しく話してもらおうか」


 俺は立ち上がって商人に近づいた。刑事時代の職業的本能が蘇り、相手の目線、動き、声色の変化を読み取ろうとする。


「あんた、何者だ?」


 商人は俺を見上げた。その目には恐怖と、そして何かしらの諦めのようなものが宿っていた。だが、嘘をついている様子はない。


「ただの行商人さ。だが、あの司祭様の過去を知っている数少ない人間でもある」


「過去?」


「ああ」


 商人は震え声で続けた。その声に込められた悲しみは、演技ではなかった。


「アシュヴィン・ゼルティス。元は名門貴族の跡取り息子だった。美しい妹がいて、幸せな家庭を築いていた。だが、王宮の権力争いに巻き込まれ、一夜にして全てを失った」


 商人は酒瓶を手に取り、一気に煽った。その手の震えが、語られる内容の重さを物語っている。


「家族は皆殺し。財産は没収。彼一人だけが生き残った。そして、その後に彼が辿り着いた結論は…穢れを根絶やしにし、神意の光を地に満たすことだった」


「浄化?」


「腐敗した世界を一度リセットし、理想の世界を作り直す。そのために、古の邪神の力を借りようとしている。そして、その鍵となるのが…」


 商人の視線がアリアに向いた瞬間、彼女は身を強張らせ、まるで過去の悪夢を見ているかのような表情を浮かべた。


「ドラゴンの血だ」


 酒場内が水を打ったように静まり返った。アリアの表情は石のように硬くなり、レイナは警戒するように短剣の柄に手をかけた。


「なぜそんなことを知っている?」


 俺が問い詰めると、商人は苦笑いを浮かべた。


「俺も、昔は彼の屋敷で働いていたからな。あの頃の彼は、本当に優しい青年だった。妹を心から愛し、領民を大切にしていた。だが、あの事件の後…」


 商人は首を振った。


「別人になった。いや、別の何かになったと言った方が正しいかもしれん。闇に蠢く神への狂信に取り憑かれ、魂の奥底まで変わり果ててしまった」


 その時、酒場の扉が勢いよく開いた。


 重い扉が軋む音とともに開かれ、雨に濡れた黒いローブを纏った男が三人、松明を手に静かに足を踏み入れてきた。フードの奥から鋭い目が光り、酒場内をゆっくりと見回している。その動きには、獲物を狩る肉食獣のような冷酷さが宿っていた。


「皆の衆、聞いてもらいたい」


 先頭に立つ男が声を張り上げた。その声は低く、どこか詩的な響きを持っていた。


「我々は偉大なるアシュヴィン様の使いである。この村に、古き血を宿す者が潜んでいるという啓示を我が主より賜った」


 酒場内に緊張が走った。村人たちは皆、俯いてしまい、子供の泣き声すら聞こえなくなった。


「その者を差し出せば、村に害は加えない。だが、隠し通そうとするならば…」


 男は松明を高く掲げた。炎が天井を照らし、不気味な影を作り出す。


「この村全体が、神意による浄化の対象となる」


 俺は冷静に状況を判断した。三人の男はいずれも武装している。剣と魔術の心得があるようだが、動きを見る限り、それほど手強い相手ではない。問題は、村人を巻き込まずにどう対処するかだった。


 商人の目が揺れた。ほんの一瞬、視線がアリアの方に逸れた。


「……嘘だな」


 無意識に出たその言葉に、俺自身が驚いた。刑事だった頃の癖は、まだ抜けていなかったらしい。商人は何かを隠している。


「どうする?」


 レイナが小声で聞いてきた。その手は既に短剣の柄を握り、戦闘態勢に入っている。


「まずは様子を見る」


 俺はそう答えながら、アリアの様子を窺った。彼女の拳が固く握られ、その瞳には怒りの炎が宿っていた。だが、その奥には深い恐怖も隠れているのを俺は見て取った。


「我々はドラゴンなど知らん」


 角のテーブルの男の一人が立ち上がった。だが、その声は震えていた。


「嘘をつくな」


 カルトの男が松明を振り回した。


「闇に蠢く我らの神は、魂の奥底すらも覗き込む。お前たちの嘘は、とうに暴かれているのだ」


「いないものはいない」


 今度は店主が震え声で言った。額に大粒の汗が浮かんでいる。


「それならば、血の贖いを捧げるまで、一軒一軒調べるまでだ」


 カルトの男たちが動き出そうとした、その時だった。


「待て」


 俺が立ち上がった。酒場内の視線が一斉に俺に集まる。刑事時代に培った威圧感を込めて、相手を見据える。


「何だ、貴様は」


「ただの旅人だ。だが、無実の村人を脅すのは見過ごせない」


 俺は刑事時代に培った交渉術を思い出していた。相手の心理を読み、冷静に対処する。だが、あの時のようには、もう誰も失わせない。


「旅人風情が口を出すな」


 カルトの男が剣を抜きかけた、その瞬間だった。


「やめろ」


 アリアが立ち上がった。その瞬間、酒場内の温度が一気に上がったような気がし、ランタンの炎が一斉に大きく揺れた。


「ほう、美しい女だな。だが、我々の邪魔をするというのか?」


「邪魔ではない。ただ、無関係な者を巻き込むなと言っているだけだ」


 アリアの声には、抑えきれない怒りが含まれていた。そして、その奥には深い悲しみも隠れている。


「無関係? この世界に住む者で、我が主の神聖なる浄化に無関係な者などいない」


 カルトの男が松明を振り上げた瞬間、それは起こった。


 酒場の入り口から、新たな黒いローブの集団が雪崩れ込んできたのだ。総勢十人近く。明らかに最初の三人とは規模が違い、その中には明らかに魔術師と思われる者もいた。


「村人たちよ」


 新たに現れた集団のリーダーらしき男が、まるで説教でもするかのような口調で声を張り上げた。


「アシュヴィン様の慈悲により、最後の審判の機会を与えよう。胎より選ばれし血を差し出せ。古き契約に従い、光の時代を終わらせ、主の胎内に還るが定めなり」


 その言葉は、まるで古の神託のような響きを持っていた。村人たちの間に恐怖が広がり、子供の泣き声が聞こえ、女性たちが震えている。まるで死刑宣告を聞かされたかのような絶望が、酒場全体を覆った。


 俺は状況を冷静に分析した。十三人のカルト信者。武装しており、魔術の使い手もいるようだ。だが、狭い酒場内という地形は俺たちに有利だった。取調室で暴れる容疑者を制圧した経験が蘇る。


「レイナ」


 俺は小声で彼女に指示した。


「カウンターの裏に回れ。村人を避難させろ」


「了解」


 レイナが素早く動いた。彼女の身軽さは、こういう時に頼りになる。


「アリア」


「分かっている」


 彼女は既に戦闘態勢に入っていたが、その表情には複雑な感情が浮かんでいた。まるで運命と向き合う覚悟を決めたかのような。


「村人たちを傷つけるな」


 俺がそう言うと、アリアは小さく頷いた。


「古き血を宿す者よ、出てこい」


 カルトのリーダーが再び叫んだ。その声には、獲物を確信した狩人の余裕が込められていた。


「ここにはいない」


 俺が答えた。


「ならば、全員が贖罪の炎に包まれるがいい」


 リーダーが魔術を発動させようとした、その瞬間だった。


 俺は素早くカウンターを蹴飛ばし、それを盾代わりにしながら前に出た。長年の刑事経験が、身体に染み付いた反射神経を呼び覚ます。あの爆発事件の時のような無力感は、もう味わいたくない。


「今だ!」


 俺の合図と共に、アリアが動いた。彼女の手から青白い炎が放たれ、カルト信者の一人を包んだ。人間の姿を保ったまま、ドラゴンとしての力を解放している姿は、美しくも恐ろしかった。


 レイナも動いた。彼女は村人たちを酒場の奥に誘導しながら、投げナイフでカルト信者の動きを封じている。その手際の良さは、長年の盗賊生活で培われたものだった。


「やっぱりこういうのは慣れてるんだよね」


 彼女が軽く呟きながら、的確に敵の急所を狙う。その動きには、単なる盗賊技術以上の、何か深い経験に裏打ちされた確実性があった。


「貴様ら、何者だ」


 カルトのリーダーが怒鳴った。その声には、計算外の事態に対する動揺が含まれていた。


「正義の味方だ」


 俺は刑事時代に習得した格闘術で、信者の一人を取り押さえた。相手の動きを読み、的確に急所を狙う。この技術だけは、決して錆びついていなかった。


 戦闘は激しくなった。カルト信者たちは魔術を使って反撃してくるが、狭い酒場内では大きな魔術は使えない。むしろ、俺たちの連携の方が有効だった。


「くそ、こんなはずでは」


 リーダーが歯噛みした。完璧な計画が崩れていく焦りが、その表情に浮かんでいる。


「撤退だ」


「逃がすか」


 アリアが追いかけようとしたが、俺がそれを制した。


「待て。村人の安全が最優先だ」


 カルト信者たちは慌てて酒場から逃げ出していった。残されたのは、散乱したテーブルと椅子、そして恐怖に震える村人たちだった。だが、誰一人として怪我をしていないことを確認して、俺は安堵した。


「大丈夫ですか」


 俺は村人たちに声をかけた。皆、まだ震えているが、その表情には感謝の色が浮かんでいた。


「ありがとうございました」


 店主が頭を下げた。


「あなた方がいなければ、どうなっていたことか」


「礼には及ばない」


 俺はそう答えながら、床に落ちているものに目を留めた。銀のペンダントだった。カルト信者の一人が落としていったのだろう。


「これは…」


 ペンダントを拾い上げると、そこには見慣れない紋章が刻まれていた。黒い蛇と金の王冠。その紋章を見た瞬間、アリアの顔が青ざめたのを俺は見逃さなかった。


「アシュヴィンの紋章だね」


 レイナが俺の肩越しに覗き込んだ。


「これで確信が持てた。あの司祭は本気でアリアを狙っている」


 俺はペンダントをポケットにしまった。


「今夜は村に泊まろう。明日の朝、出発する」


「それがいいでしょう」


 店主が同意した。


「部屋を用意させていただきます」


 村人たちが帰っていく中、俺たちは酒場の奥の部屋に通された。簡素だが清潔な部屋で、三つのベッドが並んでいる。窓の外では、まだ雨が降り続いていた。


「疲れた」


 レイナがベッドに倒れ込んだ。


「でも、いい運動になったよ」


 彼女はそう言いながら、今夜の戦闘で得た戦利品を取り出した。カルト信者から奪った短剣と、小さな金貨袋だった。


「レイナ」


「何? 正当な戦利品でしょ?」


 彼女は悪びれる様子もなく笑ったが、その笑顔の奥には安堵の色が浮かんでいた。


 俺は窓の外を見た。雨はまだ降り続いているが、その音が村人たちの安堵の息遣いのように聞こえた。少なくとも今夜は、この村に平穏が戻っている。


「アリア」


 俺は彼女に声をかけた。彼女はベッドに座り、窓の外を見つめていた。その横顔には、深い悲しみと決意が混じっていた。


「何だ」


「あの司祭について、何か知っているのか?」


 アリアは長い間沈黙していた。雨音だけが部屋に響き、時間だけが過ぎていく。そして、ようやく重い口を開いた。


「この村に来るのは、本当は避けたかった」


「なぜ?」


「……昔、似たような場所で、大切なものを全て失ったことがある」


 その言葉には、深い傷を抱える者だけが持つ重みがあった。


「アシュヴィン・ゼルティス。奴は私の一族を滅ぼした張本人だ」


 その言葉に、俺とレイナは言葉を失った。


「奴の目的は邪神の復活。そのためには、古のドラゴン王の血が必要だ。それが…私の血だ」


 アリアの声には、深い悲しみと怒り、そして諦めが込められていた。


「だから、どこまでも追ってくる。私が生きている限り、奴の野望は叶わない」


「なら、俺たちが守る」


 俺は迷わずそう言った。刑事だった頃の、人を守るという使命感が蘇る。


「何?」


 アリアが振り返った。その瞳には、驚きと困惑が浮かんでいる。


「俺が君を守る。それが俺の正義だ」


「正義? そんなもので、どうにかなると思っているのか」


 アリアの声には苛立ちが含まれていたが、その奥には微かな希望も宿っていた。


「俺一人じゃない。レイナもいる」


「そうそう」


 レイナがベッドから身を起こした。


「私も加勢するよ。面白そうじゃない」


「面白そう、だと?」


 アリアは呆れたような表情を見せたが、その頬に微かな赤みが差していた。


「あのね、これは遊びじゃないのよ。相手は古の邪神を復活させようとしている狂信者よ」


「だからこそ、放っておけない」


 俺は真剣な表情でアリアを見つめた。


「俺は刑事だった。人を守ることが俺の使命だ。君も、この世界の人々も、全て守る。あの時のように、もう誰も失わせない」


 アリアは俺の言葉を聞いて、何かを考えているようだった。そして、小さく息を吐いた。


「勝手にしろ」


 そう言いながらも、彼女の表情には僅かな安堵が浮かんでいた。まるで長い間一人で背負ってきた重荷を、少しだけ分けることができたかのような。


 外では、雨がまだ降り続いている。だが、俺たちの心には、新たな決意が芽生えていた。


 アシュヴィン・ゼルティス。その名前は、俺の記憶に深く刻まれた。奴がどんな目的を持とうとも、どんな過去を背負っていようとも、アリアを、そしてこの世界を守るために、俺は戦う。


 それが、俺の新しい正義だった。


 雨音を子守唄に、俺たちは束の間の休息を取った。明日からの旅路が、どれほど険しくなるかは分からない。だが、少なくとも俺は一人ではない。


 アリア、そしてレイナ。この二人と共にならば、どんな困難も乗り越えられる気がした。


 そして、俺の心の奥で、一つの誓いが生まれていた。


 アリアの笑顔を守る。彼女が背負う運命の重さを、少しでも軽くしてやりたい。それこそが、俺の新しい使命だ。


 窓の外で雷が光った。まるで俺たちの決意を天が見届けているかのように。そして、その光の中に、俺は未来への希望を見た気がした。

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