第8話 犬娘マッサージ、効果は抜群だが心臓に悪い!
「……限界だ……」
深夜バイトと日雇いバイトのコンボを数日続けた結果、俺の肉体は完全に悲鳴を上げていた。全身が鉛のように重い。肩も背中もバッキバキ。アパートのドアを開けるなり、俺はリビング(という名の六畳間)のソファに倒れ込むように崩れ落ちた。もう指一本動かせん…。
「主殿!? 大丈夫ですか!?」
俺の惨状を見て、リコが子犬みたいに駆け寄ってきた。その鳶色の大きな瞳が、心配そうに俺の顔を覗き込む。近い近い近い!
「顔色も真っ青ですし、呼吸も荒いです! すぐにお水を…! それとも何か栄養のあるものを…!?」
あたふたと心配してくれるリコ。その頭のぴこぴこ動く犬耳と、不安げに左右に振れるふさふさの尻尾が、彼女の心情を雄弁に物語っている。
「いや…大丈夫…ちょっと、疲れただけだから…」
「大丈夫ではありません! こんなになるまで無理をなさって…!」
リコはぷくっと頬を膨らませて抗議すると、何かを思いついたようにポンと手を打った。
「そうだ! 主殿、わたくし、体の凝りをほぐすのが得意なんです! 王国にいた頃、訓練で疲れた兵士の方々や、時々ルナ様の肩も揉んで差し上げていましたから!」
「えっ!?」
「ですから、わたくしが主殿のお体を揉みほぐします! 少しでも楽になるはずです!」
キラキラした瞳で、自信満々に言い放つリコ。いや、気持ちはめちゃくちゃ嬉しいけど! 女の子に、しかもこんな美少女(犬耳付き)にマッサージしてもらうなんて、ハードルが高すぎるだろ!
「え、いやいや、そんな悪いよ! 大丈夫だって!」
俺は慌てて断ろうとしたが、リコは「遠慮なさらないでください!」と真剣な眼差しで俺を見つめてくる。その純粋な善意と心配がひしひしと伝わってきて…正直、体も本気でキツい。
「……じゃあ……お言葉に甘えて、ちょっとだけ……お願いしようかな……」
結局、俺はリコの申し出を受け入れることにした。だって、体が限界なんだもん……!
「はい! お任せください!」
ぱあっと顔を輝かせるリコ。俺はソファにうつ伏せになるよう促された。ど、どうしよう、心臓がめちゃくちゃバクバク言ってる!
そっと、俺の背中に温かい感触が伝わった。リコの手だ。小さいのに、しっかりとした、それでいて柔らかい感触。うわ、なんか意識しちまう……。
「では、失礼します!」
リコは俺の肩に手を置き、ぐっと体重をかけ始めた。
「ひゃっ!?」
「あっ、すみません、痛かったですか!?」
「い、いや、大丈夫……続けてくれ……」
リコのマッサージは、思った以上に本格的だった。ただ力任せに押すのではなく、凝り固まった筋肉のポイント……いわゆるツボってやつを、的確に捉えてくる。
「主殿、ここが特に凝り固まっていますね! デスクワーク……ではなくて、力仕事で酷使された感じでしょうか?」
「ああ……引っ越しのバイトで……」
「なるほど! では、念入りに……ふんっ!」
リコがぐぐっと力を込めると、凝りの芯に心地よい痛みが響く。痛い、けど、気持ちいい…!
俺は痛気持ちよさに身を委ねながらも、すぐ背後にいるリコの存在を強烈に意識していた。
時折、ふわりと彼女の髪が俺の首筋にかかる。シャンプーの甘い香り…? いや、なんか太陽みたいな、元気な匂いがする…。
真剣な表情で俺の背中を見下ろしているであろうリコの顔を想像するだけで、顔に熱が集まるのが分かった。きっと、あの大きな鳶色の瞳は真剣そのもので、ぴこぴこ動く耳は俺の体の反応に集中しているんだろう。そして、背後では尻尾が……今はどんな風に揺れてるんだろうか?
「主殿、少し失礼しますね」
リコはそう言うと、俺のTシャツの裾を少しだけ捲り上げ、直接背中に触れてきた。
「ひぃっ!?」
「わっ! すみません、冷たかったですか?」
「いや、そういうわけじゃ…!」
温かくて柔らかい指が、直接肌に触れる感触。ヤバいヤバいヤバい! これは理性保つの無理だって! 心臓、飛び出すぞ!
「……んっ……ふぅ……」
リコは集中して、額にうっすらと汗を浮かべている。きゅっと口を結んで、一生懸命マッサージしてくれる姿は、なんというか……めちゃくちゃ健気で、可愛い。庇護欲、めちゃくちゃ刺激されるんですけど!
ソファの向こうでは、ルナが猫の姿で丸くなりながら、「ふん、リコも少しは役に立つではないか」と感心したような声を出している。シズクはシズクで、「筋肉組織の深層部に的確な圧を加えていますね。疲労物質の排出を促進する効果が期待できます。興味深い技術です」とか冷静に分析していた。お前ら、もうちょいなんかこう、俺のこの状況にコメントねえのかよ!
どれくらいの時間が経っただろうか。
「……ふぅ。こんなものでどうでしょうか、主殿!」
リコがぱっと手を離し、満足げな声を上げた。
俺がゆっくりと体を起こすと、驚くほど肩や背中が軽くなっているのが分かった。さっきまでの鉛のような重さが嘘みたいだ。
「おお……すごい、楽になった……!」
「本当ですか! よかったです!」
リコは自分のことのように嬉しそうに、満面の太陽みたいな笑顔を見せた。その笑顔の破壊力たるや……。
「あ、ありがとうな、リコ。本当に助かった」
俺はまだドキドキしている心臓を抑えながら、少し顔を赤らめつつ礼を言った。
「いいえ! 主殿のお役に立てたのなら、わたくしも嬉しいです!」
リコはそう言って、また尻尾を嬉しそうにブンブンと振った。
この一件で、俺とリコの距離は、物理的にも精神的にも、ぐっと縮まった気がする。
……まあ、縮まりすぎて俺の心臓が持たない可能性も出てきたわけだが。
体は楽になった。でも、このドキドキはしばらく収まりそうにない。
これから先、この家では、もっと心臓に悪いイベントが待ち受けているんだろうか……?
問題山積みの現実と、すぐ隣にある甘酸っぱい非日常。俺の明日はどっちだ!?
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お読みいただきありがとうございました。
この作品をオーディオブック化してみました。
良ければ聴いてください。
https://youtu.be/VCuoImMK8WM
ルナ様(人間スタイル)のイラスト付き【AIイラスト】