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第24話 開かれる過去の扉、かけられない言葉

 公園での激闘を終え、俺たちは昏倒した追手二人をアパートへと運び込んだ。レイヴンと、あの黒装束の女。勝ちはしたが、後味は悪かった。特に、シズクの様子が明らかに普通ではなかったからだ。


 アパートに運び込み、シズクが即席の魔術的な縄で二人を拘束する。その手つきは正確無比だったが、表情は硬く、どこか遠くを見ているようだった。


 まずはレイヴンから尋問を開始したが、予想通り「お前たちに話すことなどない」の一点張り。大した情報を持っているようにも見えなかった。問題は、もう一人……あの黒装束の女だ。


 やがて、女がうめき声を上げて意識を取り戻した。その目はゆっくりと開き、最初に捉えたのは、冷徹な表情で彼女を見下ろすシズクの姿だった。女の口元に、歪んだ、憎悪と嘲りが入り混じった笑みが浮かんだ。


「フフ……久しぶりね、シズク。相変わらず、そんな氷みたいに澄ました顔をして……。でも、その仮面の下は、どうかしら? あの時の後悔と絶望で、今も満たされているのでしょう?」


 粘りつくような、嫌な声。その言葉は明らかにシズクに向けられたもので、彼女の肩が微かに震えるのを俺は見た。


「あなたと話すことはありません。ルナ様にかけられた呪印について、そして宰相ヴァルガスの目的について、知っていることを全て話しなさい」

 シズクは努めて冷静に、だが硬い声で尋問を続けようとする。


 しかし、女はせせら笑うように続けた。

「あら怖い。でも無駄よ。それよりも、思い出させてあげるわ。貴方が見殺しにした、あの仲間たちのことを!」


 女の言葉が引き金になったように、シズクの呼吸が浅く、速くなる。その紫色の瞳が揺らぎ、焦点が合わなくなっていく。まるで、目の前にいない何かを見ているかのように。

 燃え盛る炎の幻影? 誰かの悲鳴? 降り注ぐ絶望的な光景が、彼女の脳裏にフラッシュバックしているのかもしれない。


「貴方がもっと早く決断を下していれば!」

「貴方が、あの時、あんな中途半端な優しさを見せなければ!」

「あの人たちの死は! 私の仲間たちの無念は! 全部、全部、貴方のせいよ、シズク!!」


 女の甲高い声が、狭いアパートに響き渡る。その言葉は呪いのようにシズクに絡みつき、彼女の心を容赦なく抉っていく。女自身も、あの事件で何かを失い、その深い恨みをシズクに向けているのは明らかだった。


「…っ…う…」

 シズクは顔を伏せ、唇を強く噛みしめていた。か細い嗚咽が漏れ、その体は小刻みに震えている。いつも冷静沈着で、どんな時も最適解を導き出そうとする彼女が、完全に心を乱し、立ち尽くしている。


「シズク殿……!」

 リコが心配そうに声をかけるが、今のシズクには届いていないようだ。


「シズク! しっかりせい!」

 ルナ(猫)の声も、虚しく響くだけだった。


 俺は、そんなシズクの姿を、ただ見ていることしかできなかった。

 苦しんでいるのは痛いほど分かる。助けてやりたい。力になりたい。でも、俺には彼女の過去が分からない。女の言葉が真実なのか、それともシズクを貶めるための嘘なのかも判断できない。


 どんな言葉をかければいい?


 「気にするな」? 無責任すぎる。

 「お前のせいじゃない」? 何も知らない俺に、そんなことを言う資格があるのか?

 「大丈夫だ」? 何が大丈夫なんだ?


 軽々しい励ましは、きっと今の彼女をさらに傷つけるだけだろう。かといって、このまま黙って見ているなんて、できるはずがない!


 俺は、苦悩に顔を歪めるシズクと、憎しみをぶつけ続ける女を前に、ただ立ち尽くす。かけるべき言葉を探して、必死に頭を回転させる。


 どうすれば、彼女の心を覆う暗闇を、少しでも晴らしてやれる?

 どうすれば、俺は、彼女の力になれる……?


 何かを言わなければ。でも、何を…?


 俺は、震えるシズクの肩に手を伸ばそうとして…ためらい、そして、何かを言おうと、わずかに口を開きかけた。


 その瞬間が、永遠のように長く感じられた。


(続く)


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