第2話 喋る猫とか、マジ勘弁なんですけど!?
ふかふかの羽毛布団よりも心地よい微睡みから、俺はゆるゆると意識を浮上させた。昨日はなんだかんだで疲れたもんな…。子猫拾って、風呂入れて…って、ん? 子猫?
バッと飛び起きると、枕元で小さな黒い塊がもぞもぞと動いていた。そうだった、昨日拾ったんだった。よかった、ちゃんと生きてる。しかも、昨日より心なしか元気そうだ。黒曜石みたいな丸い瞳が、ぱちりと俺を捉えた。
「みゃあ」
……じゃなかった。
「む。ようやく起きたか、下僕」
「…………はい?」
俺の耳、ついにイカれたか? いや、幻聴? 深夜バイトの疲れがまだ残ってんのか? もう一回寝よう、そうしよう。うん、それがいい。俺は現実から目をそらし、再び布団に潜り込もうとした。
「こら、待て! 無礼であろう!」
ペシッ! と軽い衝撃が額に走る。見ると、例の子猫が小さな前足(というか手?)で俺の額を叩いていた。しかも、なんかちょっと怒ってるっぽい顔で。
「い、いやいやいや! おかしいだろ! 猫が喋るわけ…!」
「喋っておるだろうが、現に! それより、腹が減ったぞ! 何か用意せよ!」
子猫はふんぞり返って、実にふてぶてしい態度で命令してきた。
マジか…。マジで喋ってる…。しかもなんか偉そうだし、下僕とか言われたし!
「え、えっと…君、猫、だよな…?」
「ん? 見てわからぬか? 妾はただの猫ではないぞ」
子猫は前足を胸(?)の前で組み、ふんす、と鼻を鳴らした。
「妾はルナ・フェリシア! 高貴なる猫獣人の血を引き、いずれは王国を統べる身! つまりは王女様じゃ!」
ルナ・フェリシア? ケットシー? 王女様ァ!?
情報量が多すぎて、俺の貧弱なCPUじゃ処理しきれん!
「ちょ、ちょ、待て! 整理させてくれ! 君は猫じゃなくて、ケットシー? で、王女様? 異世界とかそういうアレか!?」
「ふむ、察しが良いではないか、人間。いかにも。妾は訳あって、この…ええと、にほん? とやらに迷い込んでしもうたのじゃ」
ルナ・フェリシア(仮)は、さも当然のように言った。
いやいやいや! 全然当然じゃないから! なんでそんなファンタジー存在が、俺のボロアパートのクッションの上でふんぞり返ってんだよ!
「訳あってって、その訳は!?」
「ふん、下々の者に話す義理はない!」
ぷいっ、とルナはそっぽを向く。こいつ、意外とガード固いな。つーか、本当に王女様なのか? この態度、妙な説得力があるのがムカつくぜ…。
ぐぅぅぅ~~~……。
その時、静かな部屋に盛大な腹の虫の音が響き渡った。音の発生源は、もちろん目の前の自称・王女様だ。
ルナは顔を赤く(猫でも顔赤くなるのか?)して、慌ててお腹を押さえた。
「き、気のせいじゃ! 今のはお主の腹の音であろう!」
「いや、どう聞いても君のお腹からですが…」
「やかましい! とにかく腹が減ったのじゃ! 昨日のあの白い飲み物と…何か、こう、腹にたまるものを寄越せ!」
白い飲み物って牛乳か。腹にたまるもの…。猫って何食うんだ? キャットフードは昨日拒否られたしな…。あ、そうだ。
俺はキッチンに立ち、戸棚からとっておきのツナ缶(オイル不使用の高級なやつ)を取り出した。これを皿にあけて、牛乳と一緒にルナの前に差し出す。
「ほらよ。人間様が食うもんだぞ。ありがたく食え」
「ふ、ふん! 人間の食べ物など…!」
ルナは最初、鼻を鳴らしてツンとしていたが、ツナの匂いに抗えなかったらしい。くんくんと匂いを嗅ぐと、おずおずと一口、ぱくり。
「…………む?」
動きが止まる。そして次の瞬間、
「む! むむむっ!? こ、これは…! なんという芳醇な海の香り! そしてこの、舌の上でとろけるような食感は!?」
ガツガツガツ!!!
さっきまでのツンとした態度はどこへやら、ルナは目を輝かせ、小さな口で一心不乱にツナ缶にがっつき始めた。もにもに、はむはむ、と効果音が聞こえてきそうな勢いだ。
「おいおい、もうちょっと味わって食えよ…」
「やかましい! これは美味じゃ! 非常~~に美味じゃ! おかわり!」
「まだあるか!」
結局、ルナはあっという間にツナ缶一缶を平らげ、牛乳も綺麗に飲み干し、満足げに毛づくろいを始めた。…現金なやつめ。まあ、元気になったならそれでいいか。
それにしても、だ。
喋る猫(ケットシー?)、しかも王女様。異世界から来た(らしい)。
この状況、どうすりゃいいんだ? 警察? いや、頭おかしいと思われるだけだ。保健所? 論外だろ。
「はぁ……」
俺は深い深いため息をついた。
「とりあえず、あんたがその…ルナ? だってことは分かった。俺は健太だ。で、当面どうすんだ? その訳ありの事情とやらが解決するまで、ここにいるつもりか?」
「うむ。お主、なかなか話が早いのう。健太、であったか。まあ、恩に着るが良い。このルナ・フェリシア様が、しばらくの間、お主の家に滞在してやることを許可する!」
「許可すんのはこっちのセリフだろうが!」
思わずツッコミを入れるが、ルナはどこ吹く風だ。
こうして、俺と喋る猫(王女様)の、奇妙すぎる同居生活がなし崩し的にスタートしてしまった。ペット禁止のアパートで、どうやってこいつの存在を隠し通すか…。前途多難すぎるだろ…。
その時、窓辺で毛づくろいをしていたルナが、ぴくりと耳を動かした。
「む…?」
そして、鋭い目で窓の外を睨む。
「どうした?」
「…いや。気のせいかもしれぬが……何やら、少し…不穏な気配がするのじゃ」
ルナはそう呟くと、再び毛づくろいを再開した。
不穏な気配? まさか……。
俺はルナが見つめていた窓の外に目をやったが、そこにはいつも通りの、代わり映えのしないアパートの壁が見えるだけだった。
(続く)
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