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ミーテルシリーズ

継母と連れ子に家を乗っ取られ、虐げられた私が逆転するまで

作者: 佐藤謙羊

「私はね、お城の舞踏会に行くのが夢なの。綺麗なドレスを着て、素敵な馬車に乗って……」


 お屋敷の屋根裏部屋。窓の向こうにちいさく見える月下の城を眺めながら、スィンレデラ様はおっしゃいます。

 月明かりに照らされたその横顔は同性でも見惚れてしまうほどの、それはそれは美しいものでした。


 エナ王国の城下町に居を構えるベンファー男爵様がお亡くなりになられ、お屋敷は女だけになりました。


 再婚相手のムッター様と、その連れ子だというエルマ様とマナス様。

 そして、ベンファー様の実の娘であるスィンレデラ様。


 年齢的にスィンレデラ様が末娘だったのですが、わたくしがヘルパーとしてこのお屋敷に参った時から、その扱いは見るに堪えないものでした。


「レデラ! 床が汚れてるわよ!」


「は、はい、お継母さま!」


 雑巾を持って駆け付けたスィンレデラ様を、エルマ様が足を出して転ばせます。

 倒れたスィンレデラ様に向かって、マナス様がバケツの水をぶっかけました。


「きゃっ!?」


「あーあ、なにやってんのよ!?」


「す、すみません!」


「ちょっと、どこ行くのよ!?」


「どこって、着替えに……」


「そんな雑巾みたいな服、着替えても同じでしょう!」


「そうそう! せっかく雑巾を濡らしたんだから、這いつくばって掃除なさいな!」


「そ、そんな……!?」


「姉の言うことが聞けないっていうの!?」「さっさとしないとぶつよ!?」


「きゃあっ!?」


 両の頬を同時に打たれ、ふたたびに床に伏してしまうスィンレデラ様。

 泣くのを必死に堪えるように歯をくいしばり、全身を使って床掃除をはじめます。


「あはははは! 人間モップだわ!」


「きゃははは! なんてみっともないんでしょう!」


 ムッター様は暖炉の灰をひと掴みして、スィンレデラ様の顔めがけて撒き散らしました。


「おほほほほ! デレラ! あなたにはその灰の化粧がお似合いよ!」


 ムッター様は血の繋がっていないスィンレデラ様に辛く当たり、エルマ様とマナス様もそれをいいことに、3人でイジメておりました。

 スィンレデラ様は使用人のようにこき使われ、食事は残飯で、寝る場所は屋根裏部屋。


 夜な夜な泣いているスィンレデラ様を、わたくしはよく慰めたものです。


 そんなある日のこと、王城から舞踏会の開催の告知がなされました。

 これには、お屋敷の皆様が色めきたちました。


「エルマ! マナス! なんとしても、舞踏会でイディオット王子のハートを射止めるのよ!」


「「はい、お母様っ!」」


 お三方は舞踏会に向けてドレスを新調、さらにはメイクやダンスの練習を始めました。

 まるで戦争にでも向かうような気合いの入り方だったのですが、それには理由があります。


 このエナ王国では爵位を持った当主が亡くなった場合、即座に爵位が失われるわけではなく、4年後に消滅します。

 その爵位を維持するためには功績をあげるか、貴族との婚姻を結ぶ必要があるのです。


 こちらの家には遺産がありましたので、いまのところはなに不自由なく暮らしております。

 しかしそれも時間の問題。爵位が消滅する前に、良縁を掴もうとしていたのです。


 そんな折に、結婚適齢期のイディオット王子が主賓となった舞踏会の知らせ。

 舞踏会というのは出会いの場ですので、これはいわば、入れ食いの釣堀に飛び込める千載一遇のチャンスというわけだったのです。


 愛の狩人として着々と準備を進められるお三方を、スィンレデラ様は羨ましそうに見つめておられました。


「私も、舞踏会に行きたいなぁ……」


「では、こっそり行かれてはいかがですか? 口裏なら合せますが」


 わたくしがそう提案すると、スィンレデラ様は困り笑顔を浮かべます。


「ありがとう。でも無理よ。私にはお城まで行く馬車がないし、だいいち、ドレスも靴もないもの。私にあるのは、このボロ雑巾みたいなワンピースと木靴だけ……」


「そうですか。では、そのへんも全部まとめてなんとかしてくれる知人がおりますので、ご紹介いたしましょう」


「えっ? 知人……?」


 そして舞踏会の当日の夜。

 お三方がお城へと出発されたあと、屋根裏部屋の窓からその知人は訪れました。


「きゃっ!? ほ、ホウキに乗ってる……!?」


「こちらは魔女のドク・リンヴォ様です」


 ドク・リンヴォ様は大体のことをリンゴで解決されるのですが、この時ばかりは魔法を使いました。

 お台所のカボチャを素敵な馬車に変え、屋根裏のネズミを立派な御者に変え、そしてスィンレデラ様のワンピースを綺麗なドレスに。


 そして木靴は、美しいガラスの靴に変えたのです。

 わたくしがスィンレデラ様の髪を整えて差し上げると、どこに出しても恥ずかしくない立派なご令嬢になりました。


「わぁ……! き、きれい……! ありがとう……!」


「お礼ならわたくしではなく、ドク・リンヴォ様に言ってください。それとドク・リンヴォ様からひとつ注意点です。夜の12時になると、少しずつ魔法の効果が薄れていくそうです。それまでに必ず帰ってくるように、と」


「わかりました! ありがとう、ドク・リンヴォさん!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 意気揚々とお城に出かけられたスィンレデラ様が戻られたのは、日付が変わってしばらくしての頃でした。

 その頬は紅潮し、瞳はまだ夢から覚めていないかのようでした。


「はぁ、イディオット王子……」


 伺った話によると、スィンレデラ様はイディオット王子に見染められ、ダンスを踊ったそうです。

 求婚までされたそうなのですが、12時を告げる鐘が鳴って、スィンレデラ様は後ろ髪を引かれる思いで帰ってきたとのこと。


「ああ……冬の夜のようだった心が、ぽかぽかぽかしてる……。これが、恋というものなのね……」


 イディオット王子とのひと時が、よほど素晴らしかったのでしょう。

 その夜はずっと、スィンレデラ様の心はここにあらずでした。


 それはイディオット王子も同じだったようです。

 明け方には、こんなお触れが城下町じゅうを駆け巡っていました。


「このガラスの靴に合う令嬢を、イディオット王子の婚約者候補とする!」


 スィンレデラ様は舞踏会から抜け出す際に、ガラスの靴をお城に置いてきてしまったようです。

 ドク・リンヴォ様の魔法はもう解けているはずなのですが、ガラスの靴はなぜか消えておりませんでした。


 まぁ、そんな細かい疑問はさておき、イディオット王子の特命を受けた大臣と近衛兵たちが、朝からガラスの靴を持って貴族たちの家々を回りはじめたのです。

 これにはスィンレデラ様だけでなく、お三方も大興奮。


「エルマ! マナス! なんとしてもガラスの靴を履いてみせるのよ!」


「「はい、お母様っ!」」


「問題はサイズよね。前持ってわかればいいんだけど……」


 その時わたくしはちょうど、作戦会議中のお三方にお茶をお持ちしているところでした。


「ガラスの靴のサイズならわかりますが」


「えっ? 本当に?」「ウソでしょ、ヘルパーメイドのクセして……」


「ウソではございません。今回の調査にあたっている大臣のお屋敷でヘルパーをしたことがありまして、そちらでいまなお働いているメイドづてで、耳にいたしました」


 使用人、特にメイドには独自の情報網があります。

 なぜなら雇い主の情報というのはメイドにとってのゴシップであり、メイドにとっての生命線でもありますから。

 特にこの手のウワサが広まる速度は、早馬の伝令を凌駕するほどです。


 しかし今回、わたくしはその情報網を必要としませんでした。

 なぜならば、ガラスの靴を間近で目にしておりますからね。


 固唾を飲んで次の言葉を待つお三方に向かって、わたくしは告げました。


「ガラスの靴は、サイズ23です」


「に……23っ!? エルマ、マナス! あなたたちの靴は……!?」


 まずは長女であり、チビデブ……。いえいえ、ぽっちゃりで可愛らしいエルマ様がおっしゃいました。


「私は、26……」


 つぎに次女であり、ガリノッポ……。いえいえ、スレンダーで格好良いマナス様がおっしゃいました。


「私も、26……」


 ムッター様はため息とともに頭を抱えていましたが、さらっと恐ろしいことをおっしゃいます。


「さ……3サイズも違うなんて……! あ、そうだ! 親指を切り落とせばいいんだわ!」


「「ええっ!?」」


 これにはさすがの姉妹も目を剥きます。かばうわけではないのですが、わたくしが言い添えました。


「親指を切り落とせば入るとは思いますが、不正したことがすぐにバレてしまいますよ」


「じゃあ、どうすればいいっていうの!?」


「わたくしにいい考えがあります。この件はすべて、わたくしにお任せくださいませんか?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから数時間後の正午。ガラスの靴調査隊がやってきて、お帰りになりました。

 その直後のムッター様はいつになくハイテンションで、諸手を挙げておられます。


「やった! やった! やったわ! エルマとマナス、ふたりとも婚約者候補に選ばれるなんて!」


 エルマ様とマナス様は額に脂汗を浮かべておりましたが、おふたりともたいそう喜んでおられました。

 お城にお引っ越しすることが決まり、お三方はウキウキと準備を始めます。


 そのお手伝いもそこそこに、わたくしは屋根裏部屋へと向かいました。

 戸口はいまにも壊れんばかりに揺れています。


「出して! 出して! 出して! 私にもガラスの靴を履かせて! お願い! お願いだからぁ!」


 戸口に立てておいたつっかえ棒を外すと、スィンレデラ様が転がり出てきました。

 廊下に倒れたスィンレデラ様は、涙目でわたくしを見上げています。


「ガラスの靴のサイズを教えるばかりか、調査隊の人たちが帰るまで部屋に閉じ込めるなんて……! 信じていたのに、あんまりだわ! あなたは、お母様の手先だったのね!?」


「違いますよ」「ウソばっかり!」


「ウソではございません。スィンレデラ様を屋根裏部屋に閉じ込めたのは、わたくし自身の意志でございますから」


「えっ……!?」


 丸くなっていく濡れた瞳に向かって、わたくしは淡々と申し上げました。


「スィンレデラ様がガラスの靴をお履きになれば、婚約者候補としてお城に行くことができるでしょう。でもそこには幸せなどありはしないのです」


「そんなことない! イディオット王子と結婚すれば、私はこの酷い暮らしから抜け出せたのよ! それをあなたが……!」


「靴のサイズが23の貴族令嬢が、この王都に何人おられるかご存じですか? 城下町だけでなく郊外も含めると、ざっと数えて300人です」


「そ……そんなに……!?」


「それだけのご令嬢が(つど)った先にあるのは、蠱毒のような醜い争いです。それに勝ち残ったとしても、イディオット王子と結婚はできないでしょう」


「えっ、どうして……?」


「王族の結婚というのは、当事者だけでできるものではないからです。元老院や上院などの有力者からの協力を得て、外堀を固める必要があるのです」


 スィンレデラ様が黙り込んでしまったので、わたくしは一気にたたみかけました。


「すでにイディオット王子のまわりには、権力者のご令嬢が多勢おられます。彼女たちは父親の働きかけで、地ならしは済んでいるのです。そこに、ただ舞踏会で知り合っただけの、なんの後ろ盾もない娘が現われて結婚すると言い出したら、どうなると思いますか?」


 待っている運命はひとつ。

 この屋敷でメイド扱いを受けていたほうが、よほど幸せだと思えるほどの、生き地獄……!


 しかしスィンレデラ様は、まだ信じられないようなお顔をされていました。


「あ……あなたはそのことを知っていて、お継姉たちの足を23サイズにしたというの……? でも、それについても気になっていたの。あなたはいったい、どうやって足のサイズを……?」


 わたくしはエプロンに付いているカンガルーポケットから、あるものを取り出しました。


「こちらを使わせていただきました」


「か、金槌っ!? そういえば朝方に、断末魔みたいな悲鳴がしたわ。屋根裏部屋の床の穴から下の部屋を覗いてみたら、お継姉様たちが泣き叫びながらのたうち回ってたけど、まさか……!」


「はい、こちらでカカトの骨を砕いてさしあげました。足の親指を切れば見た目でバレてしまいますが、カカトの骨なら外見上はわかりませんので」


 スィンレデラ様は、すっかり魔法が解けたようなお顔になっていました。

 それと同時に、わたくしの意図も察したようです。


「実をいうと……お継姉様たちが苦しむ姿を見て、少しだけスッとしたの……。ああ……そういうことだったんだ……。あなたは、イジメられていた私の仇を取ってくれたんだね……」


 しかしその理解は、まだ浅いようでした。


「ありがとう……。でもあなたは、大変なことをしてくれたわ……。お継母やお継姉がお城に行っちゃったら、私は用済みになって、この屋敷から追い出されてしまうのよ……」


「そのことにつきましては、こちらをどうぞ」


 わたくしはカンガルーポケットから、ある書類を取り出しました。


「これは……? えっ? まさか、この屋敷の権利書……?」


「はい、わたくしがムッター様にお願いしたのです。エルマ様とマナス様が婚約者候補になれたら、その見返りとして、このお屋敷を譲ってほしいと」


『お城暮らしに比べればここはゴミ屋敷みたいなもの、安い買物だわ!』とムッター様は快諾してくださいました。


「この権利書は、スィンレデラ様に差し上げます」


「えっ? ……い……いいの? あなたがこの屋敷に住めば……」


「いいえ。わたくしはヘルパーの身ですので、住むところを必要としておりません」


「な……なんで!? どうして!? どうして、そんなに良くしてくれるの!?」


 その疑問についての答えは、ごく短いものでした。


「恩返しです」


 わたくしがこのお屋敷にお仕えするのは、これで二度目なのです。

 一度目は、スィンレデラ様が物心つく前の頃。


 ベンファー夫妻は、わたくしにとても良くしてくださいました。

 しかし奥様がお亡くなりになり、ご自身にも病が見つかり、ベンファー様は残すことになるスィンレデラ様のことを心配されておりました。


『この子のために、私は再婚するよ。ムッターはやさしい女性だし、歳の近い連れ子もいる。私がいなくなっても、きっと仲良くやってくれるだろう』


 しかしそうならなかったのは、もはや言うまでもないでしょう。

 わたくしはスィンレデラ様の手を取って立ち上がらせたあと、深々とお辞儀をしました。


「わたくしのすべきことは終わりましたので、お暇をいただきます」


「えっ!? そんな!? 行かないで! ヘルパーは賤職って言われているんでしょう!? だったら、この家の専属メイドになって……!」


「それもご遠慮させていただきます。わたくしは、ひとつ所にとどまる性分ではありませんので」


 屋根裏部屋からカバンひとつ持って、お屋敷から出ていきます。

 スィンレデラ様は表に出て見送ってくださったのですが、わたくしはいちどだけ振り返りました。


「あ、そうそう。カカトの骨を砕かれると一生、マトモには歩けなくなります。婚約者候補も早々に離脱して、お屋敷に戻ってくると思いますよ」


 泣きついてきたお三方を突き放すか、受け入れるか……それはいずれ、メイドたちのウワサで耳に入ることでしょう。


 なにはともあれ、スィンレデラ様にはひとときの平穏が訪れました。でもヘルパーメイドのわたくしには平穏などありません。

 その足でさっそく、次の職場へと向かいます。


「ごめんくださいまし。『ハピネス・ヘルパー紹介所』から参りました、ミーテルと申します。……ごめんくださいまし!」

好評でしたら連載化したいと思っております。

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