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赤井少女部隊  作者: 天天ちゃそ
-1章《スタートライン前》
8/12

身体の傷

定期連絡を終え、幸せに浸っていた私たち。

少しの間を置いて、部屋の扉が開く音がした。


「やぁやぁ皆さん、居心地はどうかな?」


富嶽さんだった。


「至極の居心地、と言わんばかりですよ」

「こんなにいい部屋定期してもらって、むしろ申し訳なく思えてくるほどにはネ」


王原とお姉ちゃんが感想を述べる。


「それなら良かったよ。ところで君たち、何か物足りない事ってないかい?」

「物足りない事?」


投げかけられた質問に頭を悩ませる。

正直、家にあがらせてもらってる地点で物足りない事などない。むしろ願ってもない。


「君たちのその服……随分と汚れてるよね。それに君たち自身も、ここに来るまでの経過でボロボロだ。

それを含めて、俺が何を言いたいのか分かるかい?」

「服、汚れ……もしかしてお風呂とか?」

「その通り」


改めて自分の姿を見直す。

白い軍服は泥や土に汚れて、とてもこの部屋に居ていいものではない。


その事実に気づき、思わず寝転んでいたソファから飛び起きた。自分の考えなさに恥ずかしさが込み上げてくる。


よくよく思い出すと、お姉ちゃんは最初からどこにも座らず部屋の隅で壁にもたれていた。

王原は初手こそソファにダイブしていたが、その後はお姉ちゃんの横で一緒に立ちっぱなしだった。


つまり、この部屋で汚れを気にせずはしゃいでいたのは私と未来だけという事になる。


「ゴ、ゴ、ゴメンナサイ!」

「いいよいいよ。別に掃除すればいいし、なんなら君たちが風呂に行ってる間に綺麗にしとくよ。

それに、既に湯は沸かしてある。案内するから着いてきて」


そう言うと、富嶽さんは振り返って歩き出した。


怒っている様子では無いが、自責の念からか、そう見えてしまう。

マナーは孤児院で死ぬほど教えられたのに、いざ実践となるとこうなんだ。


未来も同じ気持ちなのか、顔がショボーンとしていた。

それを見て王原はまた笑ってる。なにわろてんねん。


「いくわよ皆。これ以上富嶽さんの手を煩わせるマネはしちゃダメ」


お姉ちゃんが扇動するように前を歩く。

これ以上マナー違反を犯してなるものかと、私たちは意識を改めるのだった。





◆◇◆◇◆◇






「はぁ……生き返るわぁ」


天井を見上げながら、ほぉ……っとゆっくり息を吐いた。


私たちは今、富嶽さんに案内されお風呂にいる。

と言っても、その広さはとても風呂という言葉で完結するものでは無かった。


指図め大手旅館にある温泉……行ったことないから分かんないけど、それほどの広さを誇っていた。


「デカイわ広いわで、ホントこれが1人の家だなんて考えられないわ」

「そうだネぇ……」


横で足湯を嗜んでいる王原も満足そうな様子だった。


「て言うか、なんで全身浸からないのよ?」

「これくらいが丁度いいんだヨ。お湯を傷に触れさせたくないからネ」


傷?と思い、王原の身体を見る。

年相応でない、言ってしまえば貧相な体。私たちと比べても痩せていたその体躯は、コイツが歩いてきた道を想像させる。


それはそうと、前側は特に傷らしきものは見当たらない。

後ろか?と少し覗き込もうとする。


「ダメダメ。乙女の傷は見るもんじゃないヨ?触れないでそっとしておいてあげるのが、男の子のマナーってもんじゃない?」

「私女だし……見られたくないなら最初から言わないでよ」


タオルで隠されて見えなかった。


別に傷なんて見られたところでどうという事もないと思うが、嫌がっているのを無理やりにまで見る趣味もないので、放っておく事にする。


ふと視線を変えると、お姉ちゃんと未来が2人で談笑している姿が見える。

多分さっきの通信の事だろう。


「未来ちゃん、楽しそうだネ」

「うん、一年以上顔すら見れなかったもん。私もなんか……来ちゃうものがあるな」

「ぶっちゃけ空ちゃんが一番楽しんでたよネ?」

「……間違ってはいないから否定はしない」

「ふーん、案外素直に認めるんだネ」

「実際凄く嬉しかったもん。もう、会えないんじゃないかと思ったし」


こんな場所に来たんだ。当然覚悟は決めてる。


別に私だけじゃないと思うけど、ここに来るまでの現実でよりソレは明確になった。

現実は想像以上に真っ直ぐで、残酷なくらい素直だ。


嘘なんてなくて、想像のど真ん中を貫くように襲ってくるんだ。

その前にはどんな心構えさえ砕く厳しさがある。覚悟なんてものは、前提条件依然の問題だった。


「……空ちゃん?」

「……え、何?」

「なんというか、泣いてる?」


考えにふけっていた所を現実に引き戻される。

湯だと思っていた雫は微妙なしょっぱさを含んでおり、頬を濡らしていた。


恥ずかしさがほとばしり、思わず顔を湯に沈ませる。

しかし、動揺しているからか息は長くは続かず、あえなく水中から脱する。


考えれば考えるほど溢れる。

なんか私、泣いてばっかだな。

覚悟とか言っておいて、ちょっと思い返しただけでボロボロになっちゃって。


もう消えてなくなりた───


「もう、そんな思い詰めることないって言ったじゃん!」

「いでっ!」


背中に強い衝撃が走る。


「ちょっ、何すんのよ!」

「喝を入れてやった、的な?」

「なんで上から目線なの?いっっつぅ……」


ヒリヒリと鋭い痛みが巡る中、後ろから思いっきり叩かれたのだと認識する。


思わずキッ!と王原を睨んでしまう。


「そんな怖い目で見なくても、ネ?」

「いきなり叩いてきたら誰でもそうするわ。てか、いきなり叩くとか何考えてる訳?」

「空ちゃんが壊れちゃいそうだったから」

「……は?」


そういうと、王原は背中にかけていたタオルをはらりと捨て、ゆっくり湯へ入ってきた。


お湯には浸かりたくないんじゃ?と思うもつかの間、今度は私の体をぺたぺたと触ってきた。


「ちょっと……何がしたいのよ」


唐突な行動に困惑してしまい、手が出ない。


自然と顔を逸らしてしまう。


「空ちゃんの身体、傷だらけだよ。こんな歳の子がしていいものじゃない」

「こんな歳の子って……体に傷なんてないわよ。治してもらったし」

「体じゃなくて身体ネ。空ちゃんもうちょっと気楽に生きようよ。責任とかさ、背負うものが多いんだからサ」

「……そういうわけにもいかないでしょ」


この作戦は、私のためだけじゃない。皆の命がかかってるんだ。

そりゃ、できることならこんな作戦投げ出したいよ。けど、それじゃダメなんだ。


「……空ちゃん」

「何よ?」


逸らしていた視線を戻した瞬間だった。

王原は私を包むように抱擁していたんだ。


「えっ!?ちょ、お、王原!?」


困惑は加速する。


しかし王原はそんな私を置き去り、耳元で囁く。


「後でちょっと話があるんだ。お風呂終わったあと、落ち着いてでいいから時間空けててくれない?」

「じ、時間空けとけって……どういうつもりよ」

「空ちゃんにとってもいい話だと思うんだ。それに、今は話せない」


話せないって何よ。と口にしようとした、その時だった。

さっきまでグッと私に抱きついていた王原は、後ろに回していた手を離し、近づいてくる人物に視線を向けた。


湯けむりの中に見える人影が二つ。


「おーい、二人とも〜」


お姉ちゃんと未来だった。


「あ、お姉ちゃん、どうしたの?」

「いやぁね、そろそろ作戦会議でもと思って呼びに来たって訳」

「あぁ」


そういえばお風呂に行く途中にそんな事するって言ってた気がする。


「二人とも、何してたのです?」

「え、何が?」

「遠目からなのでハッキリ見えなかったんですけど、二人がハグ?してた気がして」

「あー、ソレは……」


未来からの素朴な質問だった。


そういえば、私もハグした理由はよく分からない。いきなり王原が抱きついてきたから?というのが正解なのだろうか。


特に何かしていたわけでもなく、ただ私が泣いてたから……


「あ」

「あ、なのです?」

「え、いや、チョットね」


思い出した。私は王原に慰めを受けていたんだ。

呆然とした意識の中、無意識に涙を流した私の姿が想起する。


こんな事、バレる訳にはいかない。


理由は単純明快。

昼間、未来に「今度からは未来の言うこと、ちゃんと聞く」だとか、「もう未来を心配させないように、もっと自分を大事にする」だとかぬかしたクセして、当の自分は悩みを抱え込んで仕舞いには涙するなんて。


大見得(?)を張った手前、未来に見せる顔がない。


「チョット、じゃ分からないのです」

「イヤハヤ、ホントにチョットシタコトナンデス」


カタコト日本語で辛うじて状況の停滞を測るも、昼間の事もあって未来も一歩も引かない。


「空、抱え込んでばかりじゃ私達も支えきれないわ。全部吐き出すことも大事」

「う、うん……(クワバラッ)」


お姉ちゃんの言葉が思考にダイレクトアタックを仕掛けてくる。シールドがもう無い。


崩壊する戦線。いや涙腺。

待ってなんでこの状況で涙腺が崩壊するのバカ!私のバカ!アホ!マヌケ!


何とか思いを隠すこと1分、踏ん張ったがもう限界だ。

もう、無理───


「いやはや、空ちゃんったら記憶まで無くなってたの?やっぱりのぼせてたんだネ。介抱するのも大変だったヨ」


ふんっ、と鼻を鳴らす王原の一言が投げ入れられた。


「えっ、そうなのです?」

「ウン、空ちゃん人生初温泉で気が抜けすぎたんだろーネ。全身使って10秒でノびてたよ」

「そうなの、空?」


一同の視線が一斉に私に向けられる。


「う、うん!そうか〜、そうなんだ〜、ソウカモナ〜」


我ながらド下手くそな演技である。

恐らくこれは助け舟だ。王原からの気遣いという名の。


乗らない手はなかった。

しかし、私は嘘をつくのが馬鹿みたいに下手なので、こんな感じになってしまった。

これはさすがにバレる……か?


「そうだったのですね!それならそうと、最初から言ってくれればよかったのです!」


純粋無垢な未来は私の嘘を見抜けなかったようだ。

助かった〜、大きすぎるため息が心の中で溢れる。


「そう、それならいいんだけど……」


お姉ちゃんは少し納得が言っていなかったが、王原がちょいと付け足した情報により一旦納得したようだった。


「ウンウン、納得してくれて何より!さーて、本題の作戦会議始めよー!」

「おー、なのです!」

「空ちゃん、張り切ってるね。窮地を脱したから?」

「ん?窮地ってなんの事です?」

「なんでもないから!王原ァ……さぁん?」

「アッハッハッ、冗談だヨ」


いつの間にか雰囲気は元通りになっていた。


しかし、作戦会議は一時間後、客間にて行われることとなった。

多分私がのぼせたってのに配慮してくれたのだろう。優しさが痛い。


「空姉、ワタシ先に上がってるのです」

「ボクも上がらせてもらうネ。未来ちゃんは任せて」


そう言って2人は先に脱衣所へと姿を消した。

風呂場には、私とお姉ちゃんのふたりが残っていた。


嘘をついた手前一方的に気まづさを覚えた私は、ずっと黙りしていた。


会話が始まったきっかけは、無言の空間が5分と経たない頃だった。


「ねぇ空、さっき嘘ついたでしょ?」

「うぇ?」

「のぼせたなんて嘘。ホントは落ち込んでたところを王原に慰められてた……ってとこかしら?」

「……正解です」


知ってました。いや、未来なら分かる。

あのクソバレバレな嘘だって、未来なら信じるって。


でも、お姉ちゃんを誤魔化せるなんて、最初から思ってなかった。


「……ごめん」

「いいの。別に怒ってるわけじゃないから」


申し訳ないという気持ちが先行する。

しかし、お姉ちゃんは意外にも何か言ってくるわけじゃなかった。


ただ、一言。



「自分を信じて」



それだけだった。


お姉ちゃんはその後、何も言わずお風呂場から去っていった。


その数分後、私もお風呂場を出た。頭の中には、お姉ちゃんの言ったことが巡っていた。


お姉ちゃんはいつも私に対して「私を信じて」って言い聞かせてきた。


いや、いつもって言うほどじゃない。

記憶に残っているのは、一年間の訓練期間中だっただろうか。


同じ部屋で二段ベットの一段目と二段目。季節も分からない中過ごした時間。

逃げ出したい毎日を堪えるため、お姉ちゃんから貰った言葉は、今ではお守りのようなものだ。


お姉ちゃんがこの言葉をくれたから、拠り所があったから耐えてこられた。

たった一つの言葉という支えがあるだけで、人はこんなにも安心できるんだって思える。


だけど、今言われたのは「自分を信じて」であり、何かいつものお姉ちゃんとは違った。


富嶽さんから貸してもらった浴衣に着替えながらも、ずっとずっと考えた。


鏡を見ながらも考えた。

こんな自分を信じる?それがどういう事なのか、どんな意志を伝えたくて、お姉ちゃんはこの言葉を私に言ったのか。


首筋の傷に触れる。


そもそも思えば、信じるってなんだろう。

過信すること?自分勝手に動くこと?頼ること?……多分どれも違う。


結局、真意に至ることはできず、ただ渋々と客間で時間が経つのを待つのみだった。


次の話から展開が動いたり動かなかったりするかも……

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