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赤井少女部隊  作者: 天天ちゃそ
-1章《スタートライン前》
5/12

異変

 目覚めたのは翌朝の6時だった。

 起きた時に初め見たのは、欠伸をしながら私の身体をさする未来の顔だった。


「空姉、起きてください。朝なのですよ」

「んぐぅ……もう朝なの?」

「そうなのです。もっと寝てたい気持ちは分かるのですが、王原お姉がもう行くって言ってるのです」

「そう……」


 重い瞼をこすり、視界に光を通す。

 光が通らない大穴の中は朝になっても少し暗く、目覚めるのには不向きな環境だった。


「空姉、意識レベルが低下しているのです。疲れてるのです?」

「ちょっとね」


 昨日、不安を吐き出したのと同時に、体の奥にあった疲れも出てきたのだろうか。

 ダルさというか、倦怠感が普段より強く現れている。


「でも、頑張らなきゃね。いち早く地球に帰って、みんなに合うまでは死ねないし!」

「その意気なのです!きょーも頑張りましょーなのです!」

「「おーー!」」


 自分を鼓舞し、勢いよく起き上がる。

 そうだ。私が頑張らねば誰が頑張る。未来のサポートを、自分の出来ることを全力でやり抜くのだ。


 大穴の出口には、既に準備完了といった感じの二人が立っていた。


「お、やっと起きたの空ちゃん?おはよ」

「おはよう空。なんかやる気満々って感じね。準備できてる?」

「いつでも!」


 こうして私たちは、改めて富嶽さん宅を目指すため作戦会議を始めた。

 距離はここから約1000km。ルートはどこを辿ってもジャングルなので、直進する事になった。


「問題は時間だよネ」

「うん、のんびりしている暇はない。計画に支障が出ないためには、できるだけ日が暮れる前……17時には目的地に到着しておきたいね」

「それって、つまり……」

「現在時刻が6時だから、休憩なしで考えて時速90kmくらいで移動しなきゃって事だネ」

「無理じゃない!?」


 未来なら問題ないと言えるが、他三人からすれば無理難題である。

 手術である程度の身体能力を獲得したとはいえ、依然限界はある。時速90kmとなれば三時間維持するのがやっとだ。


「空ちゃんが考えてる通り、厳しいのに変わりない。まぁ、方法がないからやるしかないんだよネ」

「いちいち思考読まんでいいのよ。それに、方法ならあるでしょ?」


 私の言う方法。わざわざ走る必要もなく、一瞬で目的地にたどり着ける究極の移動手段。


「未来ちゃんのワープのこと言ってるんでしょ?」

「そう、それ。使えばいいじゃない」


 体内のマナを目的地のマナと接続し、空間を繋げる超高等魔法。

 未来曰く、様々な魔法の応用と併用が求められるため、そう簡単に使えないのが玉に瑕らしい。


「一応、目的地のマナとの接続は昨日の監視時にやっといたので、やろうと思えばいつでも出来るのです」

「さすが未来、仕事が早いね!じゃあ早速移動──!」

「やめといた方がいいヨ」


 王原は、ワープを発動しようとした未来の手を止めた。


「ちょっと、何すんの王原!」

「ここでワープを使うのは勿体ない。一日一回しか使えないデメリットがあるの、忘れてないよね?」

「でも、ここ以外使える場面無さそうだし、ここ以上に使うべきとこないでしょ!」

「わかってないなー、空にゃんはさ!」

「空……にゃん?」


 唖然とする私を尻目に、王原は話を続ける。


「まず、これを今使うメリットが移動時間の短縮のみってコト。確かに作戦通りに事を進めたいのは分かるけど、それ以上にこれを使うべき場面がある。昨日空ちゃんが想定したこと、覚えてない?」

「えっ、それって、富嶽(フガク)さんのこと?」

「そう、富嶽さんについての最悪の事態。なんだっけ?」

「……富嶽さんが異界人側についている場合」

「せいっかーい!」


 王原は謎のハイテンションでタッチを求めてくる。

 タッチし返そうとしたらスカされたので、とりあえず後でグーで殴る。


「という事で、富嶽さんが異界人側の場合に起こる事を考えてみよう。それはズバリ、異界人が富嶽さん宅に何か仕掛けてる可能性だ」

「なんでそうなるの?」

「そりゃ、異界人にボクたちの作戦がバレてるかもしれないからね」

「えっ!?」


 そりゃそうでしょ、という顔の王原とは正反対に、私は驚きの表情を浮かべずにはいかなかった。

 なにせ、この作戦は人類側の国家機密であり、しかも国が単独で行ったもの。つまり、コレを知るものが極小数に限られるからだ。


「な、なんでそんな事が言えんのよ」

「分かりやすく例えを出すね。異界に来る時のゲート、あれって誰が作ったんだっけ?」

「あっ」

「そう、異界人のものだ。そんなもの通ってきたんだから、コッチの存在知られててもおかしくないよね」

「そう……だね」

「うん。他にも、異界人のスパイが紛れ込んでるかもしれないしさ。可能性としては低いけどこんな感じに……」


 聞いていればいるほど、自分の考え無しさが露呈するのに涙が止まらない。異界人を舐めていた、と言うより、異界人が持つアドバンテージを理解していなかったのが原因だ。

 王原が10分ほど喋り続けて話が止まる頃には、ボロボロで何も言えず突っ立っていることしか出来なかった。


「……と、軽く説明したけど、どう?」

「理解シマシタ」

「良かった。じゃあここからどう移動するかって問題だけど、予定通り走って移動するヨ。

 各々準備を整えて十分後に出発。ボクは皆がここにいた形跡を隠滅するから、少し離れるよ」


 当たり前だが、自分たちが通ってきた道には何らかの痕跡が残る。それを消し去っておかなければ、自分たちの動向を相手に把握されるかもしれない。

 ただでさえ昨日のように派手に異形獣を倒して痕跡を残してしまったのだから、これ以上残しておく訳にはいかない。


 痕跡隠滅の役割を王原に任せ、私たちは各々準備を始めた。


「にしても、徒歩は面倒臭いなぁ」

「面目ないのです。ワタシがみんなに魔法を掛けられれば、こんな面倒には……」

「別に未来のせいじゃないよ。未来でも、他の人に魔法を掛けることは難しいんだよね?」

「なのです」


 魔法というのは結構複雑であるらしい。

 私は使えないから分からないが、未来曰く他者に魔法の効果を使う際には、自分の細胞で性質変換したマナを相手の細胞に適合させる必要があるのだとか。

 それがまた難しく、相手の細胞に拒否されないような形質にマナを変化させるのは至難の業であるらしい。


「地球ではマナを受容できる人がいなかったから、こういう訓練は出来なかったんだよね?」

「そうなのです。不甲斐ないのです……」


 しょんぼりした未来を見ていると、私までしょんぼりしてしまう。

 元はと言えば、私たちが魔法が使えないのが原因なのだから。不甲斐ないのは私の方だ。


「大丈夫、心配しないで!私には最終兵器があるから!」

「もしかして空姉、アレを使うのです?」

「そう!ほんとは使いたくないけどね」


 そう言って、手提げカバンからアレ(・・)を取り出す。


「注射……痛そうなのです」

「そうなのよね。私も注射嫌いだし」


 先端の針がキラリと音を立てるように光る。施設を出発する前に、教官から渡された品物。

 何やら疲れを感じさせないようにするお薬が入っているらしいが、試作段階で今回の遠征で機会があれば試してみろ、と言われた。


「特に説明とかなしに受け取っちゃったけど、ものは試しってやつよね!」

「ふ、不安なのです。一回奈緒姉に相談してからの方が……」

「いや、こうでもしないと、私じゃみんなに追いつけない」


 施設でもそうだった。五感に優れた私だが、身体能力はお姉ちゃんや王原に遠く及ばず、一年間教官に怒られっぱなしだった。

 早く作戦を達成するためには、多少の無茶は必要なんだ。特に私みたいな、出来損ないには。


 覚悟を決めた私は、唯一教わった使い方を思い出しながら、一思いに腕に針を刺す。


「痛っ……!」


 思ったより強い痛みが肌を突き抜け、血管に薬液を流し込む。

 一瞬、何かが身体中で暴れているような感触に襲われたが、特に違和感はない。


「ふぅ」

「ど、どうなのです?何か感じるのです?」

「特には……ないかな?走らないと分かんないかも」


 動作不良も副作用も感じられない。かと言って、身体が軽いなどの効果も感じられない。本当に効果あるのだろうか?


「おーい空ちゃん、未来ちゃん。そろそろ行くよ!」

「りょうかーい!」


 こうして、改めて富嶽さん宅の場所を確認し、一同は走り出した。







 ◇◆◇◆◇◆◇◆






「前方、異常なし。順調だネ」

「各員、油断しないで。空と未来はなにか感じたらすぐ報告して」


 王原とお姉ちゃんが先頭で私たちを誘導する。私中間で、後ろを未来に任せて周りの異常がないか確認しながら走る。


 走行開始から五分たったが、特に敵の気配はない。と言うより、こちらに気づいていないので無視できる。

 それより問題は、なにか身体が変である事だ。


 身体が軽い。


 背中にあるはずのない翼が生えたような爽快感が全身を駆け巡るように、不思議と疲れが感じられない。


 いつもより早く走れそうだ。


「そ、空!?」


 気づくと私は、前線の二人を追い越していた。

 ルートは分かっている。ならば、私が先に走り、みんなの安全を確保すればいい。


 元より敵を感知するのは私が優れている。前方に出るのは間違えではない。

 何より、今はこの状態を切らさない方がいい。何故か、そんな感じがする。


「空、あんなに早く走れたっけ……?」

「いや、訓練期間のデータは全員分記憶してる。あの速度は空ちゃんのデータ上有り得ない訳じゃないけど、何かおかしい」

「どういう事?」

「恐らくだけど……」


 王原とお姉ちゃんが後ろでなにか話している。

 でも、今はそんな事気にならない。不思議な気分だ。


 今なら、なんでも出来る気がする。


「速度が上がった!?王原!」

「データにない速度だ。こりゃ確定かな」


 感じる。集中しなくても、敵の気配から羽虫の飛ぶ音まで、全てが手に取るように聞こえる。

 見える。木々の間を通り抜けて、流れる川を飛び越え、最短で最速の道が。


 楽しい……私じゃないみたい!


 高揚した気分の理由を考えることもせず、自分の世界に入った私は颯爽と道を駆ける。


 そう、意識外の可能性を考えず、ただ己を信じて。


「空ちゃんッ、上!」


 後ろから痕跡を隠蔽しながら移動する王原の声がする。何をそんなに焦っているのか、私にはいまいち動揺の理由が見つからなかった。


「上がどうしたって──」


 次の瞬間、私の胴体は異形の足に踏み潰される。


「ゴブっ!?」


 舞う鮮血、肉の爆ぜる肉、砕ける骨、潰れた臓物の音が耳にハッキリと届く。意識は途切れず、鮮明に痛みを感じる。


 血を吐き、地を這おうともがく。しかし体は下敷きになっており、腹と背がくっついているほど薄く轢き伸ばされている。


「空姉!」

「空!」


 追ってきていた二人の声が聞こえる。


 何が起こったのか分からなくて、理解できない。しかし、思考は回り続け、ただ地獄が脳内を駆け巡る。

 考えた結果、無力な私は手を伸ばすことしかできないかった。


「みっ───」


 私の意識は、やっとそこで途切れた。

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