私の役割
静かに訪れた闇夜は、あっという間に世界を包む。オレンジ色の空も、今や真っ黒に染められてしまった。
星すら見えぬ空に、小さな空は溜息をこぼした。
「はぁ……結局、なんにも出来なかったな」
すぐ考え事に走る。私はどっちかと言うとネガティブなタイプで、悪い方向に自分を追い詰めてしまう。
今日の異形獣、皆が助けてくれたから良かったけど、それが無ければやられてた。
そもそも、未来が倒してくれなければ、全滅は見えてた。
私たちの四人構成は建前上で、実質未来のワンマンチームだ。
元々適応性が未来程なかった私を含む三人は、人類兵器計画に投入されず、主に身体能力向上や各々の特性を延ばす手術を施された。
決して命の危険がないとは言えないもの。しかし、やらなければ未来についていけず、異界での死は確実。命の前借りとも言えた手術の末、私の身体機能や細胞は人間のソレを凌駕したものへ変貌していた。
だが、これだけやっても未来には遠く及ばない。身体能力だって、魔法を使えば私たちのソレを難なく超える。
「私って、役立たずなんだな」
目頭が熱くなり、頬はしぼむ。夜風に凍えた肌は震え、必死に身体を温めようとしている。
しかし、落ち込んでいる暇はないと、私自身が思い出させる。
私はこんな所で死ぬ訳にはいかない。であれば、もうやることは決まったも同然だ。
「……落ち込んでても良いことはない。私は、私のやるべき事をやらなきゃね!」
目を瞑り、耳を澄ませ、集中する。私がこの部隊にいる理由、存在価値は、私が生まれつき持った五感の良さにあった。
視力は、検査で測定不能を叩き出すほど優れていた。聴力も、通常では聞こえない心音や拍動、超音波なども聞き取れる。味覚、痛覚、触覚も、方向性様々に並外れた性能を持ち合わせている。それに加えて手術を施された五感は、人類では到達しえない究極へと迫っていた。
昼間は油断して異形獣に接近を許してしまったけど、その気になれば半径50kmの生命体、無機物の動き全てを把握できる。全て処理しきれるかは別として。
「南西10km先に二体、24km先に五体、東6km後方にも一体……襲ってくる気配なし、こちらから触発しての戦闘は避けたい。ここは大人しくしておくのが吉ね」
ふぅ、と息を吐き、集中を解く。想定するよりもこの集中には体力を使う。その気になればとは言ったものの、これレベルを行うとなると一日一回が限界である。
しかも、一つの感覚に集中して行うため、今回だと聴力以外の全てはほぼ機能しない。つまり、集中している時は完全な無防備である。結構がコスパ悪い。
だが、明確に役割がある。それが、私を奮い立たせる理由だ。
「私にはできることがあるんだ。だからここに居る。うん、そうだ……頑張れ、私!」
そんな事をいいながら自己肯定感を高めていると、時間はあっという間に過ぎ去っていた。
特に異常はなく、敵の気配もそのままだった。
敵が来るのは嫌だが、暇すぎるのもそれはそれで何か違う。思っていた事と全く違う現状に、私は完全に集中が切れていた。
それに、そろそろ交代の時間である。五分ほど早いが声をかけてしまおう。
そう思い、15mほどある高さから飛び降り、余裕の着地。我ながら人外にも程がある。
「ええと、次は奈緒お姉ちゃんか」
みんなが寝ている大穴に向け、歩き出す。
大穴の手前まで来た時だった。ふと、近くから誰かが話すような声が聞こえた。
「何でだろ……あんまりよく聞こえないな?」
私の耳は、正常に音を聞き取れなかった。声というより雑音に近いそれは、仮拠点の大穴に近づくにつれ、大きくなっていった。
そして、私は見た。声の主である2人の姿。大樹の裏で何か怒りを顕にした姉と、それをいなすように笑みを浮かべる妹。
「奈緒お姉ちゃんと……王原?」
二人は全くこちらに気づく様子を見せず、何か口喧嘩を匂わせるような話し合いをしていた。
「弥福、アナタね……そんな無茶なこと出来るわけないでしょ!?」
「ワッカンナイヨ?それは姉さんの狭い頭で考えた上での話でしょ」
「違う!リスクも考えないで、ただ危険突っ走ることが何になるっての!?」
「それだけのリターンがあるって事だろ!それに、この程度のリスクなら実行すべきだヨ!」
二人とも無我夢中でお互いを否定していた。話が掴めない私は、どうすればいいのか困惑してしまう。
しかし、話し方から察するに王原が何か無理難題を実行しようとしている、という事だけは理解した。
時間の経過と反対に後退する口論。依然王原は引き下がらず、奈緒お姉ちゃんは必死に説得を試みようとしているように見える。
「……今回もどうせ王原が悪いんでしょ」
零れた言葉は、私の心境を表していた。普段から真剣味を感じられないアイツと、真面目で優しいお姉ちゃんを天秤にかけたなら、私は迷わずお姉ちゃんに味方する。
それに、アイツには昔のこともあってか信用は薄い。
私が、お姉ちゃんに味方しなきゃ。
「王原、何でそんなにお姉ちゃんを否定するの?」
振り切った思考が、私を突き動かす。
「なっ、空!?一体いつから──」
「2分45秒前から、10m後方の茂みにいたでしょ」
驚くお姉ちゃんと、知ってたように言う王原。
さも動揺してないよう振る舞う王原に、私は詰め寄りながら問いただす。
「さっきからお姉ちゃんの否定ばっかりして、何がしたいの?」
「別に否定なんかしてないヨ。姉さんがいくら言っても聞いてくれなくてさ」
「そんなの、アンタが無茶苦茶言ってるからに決まってるでしょ」
「ふーん」
王原はこちらを見下したような表情を変えない。私の事をなめているのだろう。
イラつきはさらに深まる。気づけば私の手は王原の胸ぐらを掴んでいた。
「へ〜、空ちゃんもやるようになったじゃん」
「昔とは違う……アンタはどうせ、今回のことも真面目に見てなんかないでしょ!?」
「そんな事ないヨ」
相変わらずのヘラヘラした態度。
あぁ、そういえば昔からコイツはこんなヤツだったなと思い出す。
数年たって少しは変わったと思ったのに。だから心を入れ替えてコッチも接していたのに。
私の感情は決壊し、爆発する。
「嘘だ!どうせまたアンタは──!」
「空、止めなさい」
無意識に振りかぶっていた拳は、あっさりと止められていた。
「あ、その……つい」
「暴力に走るのだけはダメって、昔から言ってるでしょ。それと王原も、もう少し真面目に話してくれない?」
「至って真面目だヨ」
お姉ちゃんが止めに入ったことにより、この場は一旦落ち着いた。
それと同時に王原とお姉ちゃんの話も中断することになり、王原は見張りの交代で去っていった。
私とお姉ちゃんは、次の交代に備えて大穴に戻ることにした。
大穴では、未来がさっき寝ていたところより大分離れた場所で寝ていた。寝相が悪いのは野宿でも治らないものなんだろうか。
私とお姉ちゃんは、未来のすぐ側に行き、川の字になって寝転んだ。
少し乾いた土の感触が肌を伝う。おそらく、未来が発動した魔法によって野草などは全て焼き払われたのだろう。
そんなことを考えながら、ふと思ったことをお姉ちゃんに尋ねてみる。
「お姉ちゃん、さっき王原と何話してたの?」
「あ〜、特に気にすることでもないよ?」
「ホントに?」
「ホントホント!ホントに気にすることでもないから!」
嘘だとすぐに分かる喋り方。お姉ちゃんは昔から人が良すぎるからか、嘘をつくのが超下手くそだ。と言うよりも、嘘は極力つきたくない性格というのが正しい。
そんなお姉ちゃんが嘘つくって事は、それだけ大事なことなんだろう。
少し寂しい気持ちになる。
「そっか……みんな元気かな?」
「孤児院のこと?」
「うん」
寂しさが不安を吐き出させる。
私たちがここにいる本当の理由は、地球を救うなんて大層な理由では無い。ただ、私たちの居場所を、孤児院のみんなを守るためだ。
異形獣が地球に襲来して間もない頃。孤児だった私たちを、軍のお偉いさんを名乗る人が勧誘してきた。
『君たちの才能を世界を救うことに活かしてみないか?』
『英雄になって、みんなを助けたいとは思わんかね?』
『力を貸してくれれば、ここの安全を最優先にしてあげよう』
お偉いさん達は私から見ても余裕がなさそうに感じた。
何せ、私たちの孤児院は異形獣の被害が比較的少ない地域にあり、軍の保護の手が行き届いていない状態だった。
何故軍部が無名の私たちに目をつけたのか、理由は分からない。お姉ちゃんも未来も、それは同様だったようだ。
だからといって、この提案は断れないものだと知っていた。
こうして、私、お姉ちゃん、未来は軍の計画の一員として加わり、一年の施設期間を通して白井少女部隊として今を過ごしているのである。
「軍の人達はあぁ言ってたけど、本当にアッチは大丈夫なのかな」
「そうだね。心配だけど、今は信じるしかないよ」
「うん」
私たちには未来がいるが、あっちは未来のような異形獣に対抗する術はあるのだろうか。
一年間の施設期間を通して異界人が地球にもたらした影響と、異形獣の驚異について知った。
だからこそ、不安はより強まった。
「……空」
「なぁに、お姉ちゃん?」
「不安な気持ちはわかるよ。でもね、そればかり考えていても作戦は進まないの。心配なら、私たちがより早く目的を達成して、地球に帰ることが大事だと思わない?」
「そう……だね」
「うん、だから今は作戦以外の事は忘れて。私を信じて、一緒に頑張りましょう。そうすれば、全部上手くいく」
「うん、信じる」
私が頷くと、お姉ちゃんはニコッと笑い、いつものように頭を撫でてくれる。
「それでこそ私の妹だわ。安心して。私がアナタを守るから」
お姉ちゃんの胸に包まれ、私はスっと目を閉じた。
心臓が脈を打っているのが分かる。先程までバクバクと心配に揺られていた拍動は徐々にゆっくりになり、落ち着きを取り戻す。
「おやすみ、お姉ちゃん」
意識が落ちる前に、いつものように。
「うん、おやすみ空」
優しい声に揺られ、不安が消し去られた私の意識は闇に落ちていった。