人類の希望
事の始まりは1900年、地球に遡る。
突如として開かれた、地球と異界を繋ぐ扉。そこから出現した、人間以上の知性を持った地球外生命体、後の呼称を異界人。
他世界との友好を求め、この世界にやってきたと語る異界人は、地球人との友好条約の締結を願い出てきた。
その言葉に好意を感じた先人は、警戒しながらも心を許し、締結に応じた。
締結後、10年も経つ頃には合計5000万の異界人が地球に、合計300万人の地球人が異界に移住すると言った関係にまで発展した。
永久の友好が約束されたかに思えた双方だったが、1927年、ある事件が発生した。
その事件により、地球人は異界人の怒りを買った。報復として異界人は、1927年当時地球に存在した扉約5000を30まで減らし、1930年、友好条約を完全に撤廃した後、異界に手を引いた。
その際、異界人はこれまで人類に惜しみなく与えてきた技術を剥奪。報復とばかりに、作り与えてきた製造物や異界とのインフラ全ての機能を停止。
それに加えて、異界に存在する化け物、通称、異形獣を地球に放った。
突如出現した未知の生命体に地球人は対応できず、初めて異形獣が確認されてから1ヶ月が経つ頃には地球人の約2%が死滅し、扉が集中して存在していたアフリカ大陸は世界地図から姿を消した。
ただ、問題はこれだけでは終わらなかった。それが、異界に移住した地球人……つまり、在異地球人たちの救出である。それも含め、世界各国の首脳たちは対策を講じた。それが、異界への部隊派遣である。目的は、在異地球人たちの保護、及び救出。そして、異界人との間に破棄された友好条約の再締結の目論見があった。
しかし、これも簡単には行かず、5度にわたる遠征を行ったが、扉周辺に群がる異形獣に阻まれ、異界に一歩すら踏み出すことはできなかった。
追い詰められた地球人。だが、地球の命運は終わってはいなかった。
とある国が独断で試みた計画。法外かつ非人道的な"ソレ"は、断腸の思いで実行される。
名を、【兵器人類計画】と────
◆◇◆◇◆◇
照りつける太陽は、地球のものとさほど変わりないようだ。生い茂る草木は規格外の大きさで、つけている実も初めて見るのものばかりだ。
異界の森を走り続けてから、早2時間経過した今、特に異常はない。私はホッと心の中でため息を吐いた。
なぜ、私たちが森を走っているのか……そもそも私たちが何者なのかというのは、先に言っておかねばいけないだろう。
私の名は赤井 空。歳は12歳で、四名で構成される白井少女部隊所属の一般隊員。
白井少女部隊とは、異界との友好を取り戻すため、地球から派遣された国家機密部隊である。私含めたメンバーは特別な理由で選出されたらしく、知る人たちからは"人類の希望"だとか呼ばれてるらしい。
12歳の少女が所属する部隊が人類の希望って、笑っちゃうかもしれないけど、実際そうなのだ。荷が重いとかいう話では収まらないから、正直考えただけで胃がキリキリするけど、現実は残酷なのである。
「……空、何ボーっとしてるの?油断大敵、気を引き締めなさい」
「あ、ゴメンなさい。ちょっと気が緩んでた」
思いがけず放心していた。悪い癖だ。
今私を呼びかけてきたのが、白井少女部隊最年長で、リーダーの白井 奈緒。歳は私のふたつ上で、しっかり者で頼りになるお姉ちゃんである。
「空ちゃんまたボーっとしてたのぉ?数年たっても、そのクセは治ってないみたいで安心だヨ〜」
「うっさい!毎回毎回そーいう事は言わないでいいの!」
こんな感じでいつも私をからかってくるのが、白井少女部隊三番目の構成員である王原 弥福。
私と同い年なんだけど、毎回毎回私の事をバカにしてくるウザイやつ。まぁ、なんだかだ憎めないやつなので怒るにも怒れない。
「王原お姉、あんまり空姉のことイジメないでほしいの」
「未来ぃ……」
そして私を庇ってくれる超絶可愛い女の子は、白井少女部隊最年少の赤井 未来。
純白の肌にシルバーの長髪がなびいていて、前髪から覗かせる紅い瞳はルビーのように輝いている。
歳はわずか7歳。私の自慢の妹だ。
「確かに、空姉はおっちょこちょいな所もあるけど、それも含めてお姉ちゃんだから、許して欲しいの」
「あれ、庇われてるのかどうかちょっと怪しいラインだね?」
たまにあるこういう発言に胸を抉られるが、基本的には私の味方だ。
「あははー、未来ちゃん相変わらず毒舌なんだから〜……と、そんなこんなしてたら、あっちの方から来たみたいだよ」
王原の言葉から、私たちは警戒態勢に入る。
和やかなやり取りに差し込んでくる、嫌な雰囲気。大気を揺らす咆哮を放ちながら、ソイツは私たちの前に立ちはだかった。
「……異形獣!」
人類の敵にして、私たちの目的を妨げる四足歩行の鬼門。
30mの巨体は、先程まで前方を見ながら走っていたにもかかわらず気配すら感じられなかった。
おそらく、デカすぎる木に擬態して獲物を待っていたのだろう。
「グルオオォォォオオ!」
咆哮が響く。
鼓膜が割れるほどの衝撃に思わず耳を抑えずにはいられない。
しかし、敵は依然として殺意を向けながらこちらを威嚇している。
知性が高いのか、こちらの様子を伺っているようにも見える。
「陣形形成、タイプB!未来が後方、他3人は前方で耐える!空は距離30mを維持しつつ、周囲を警戒!!」
「「了解!」」
リーダーの奈緒お姉ちゃんが素早く指示を出す。さすがリーダーだ、と私も指示に従って移動を開始しようとする。
「え?あ、あれ?」
足が動かない。
足元を見ると、地面から木のツタのような植物がはい出ており、私の足に絡んでいた。
急いで抜け出そうとするも、思った以上に拘束が強くいつまでもその場を動けない。
苦戦していた次の瞬間、瞬きをする間にツタは無気力に地へ落ちていた。
「空、焦らず冷静にね!」
お姉ちゃんがナイフでツタを切り裂いてくれたようだ。
ありがと!と心の中でお礼し、急いで陣形に加わる。
「と言っても、どう攻撃すればいいのやら!」
見上げた存在はこの世のものかを疑うほどの怪物。これを人間が討伐するなど、通常なら不可能である。
足が竦む。初めて目の当たりにする実物は、恐怖を掻き立て、見る者の生命力を奪う。思考は動いているが、依然として倒せるビジョンは浮かばない。
「それでもやるしかないのよッ!」
奈緒お姉ちゃんが特殊加工のナイフ片手に異形獣に向かい走る。
俊敏なステップで移動する姿はさながら忍者だ。
「シッ!」
フェイクを何度か入れ、右手に持っていたナイフを顔近くに投げた。気が逸れた瞬間を見逃さなかったお姉ちゃんは、素早く一閃を繰り出し、退避する。
足の付け根に当たった斬撃は、本来なら大型トラックですら真っ二つにしてしまう程の衝撃波を生み出すシロモノ。しかし───
「ぜんっぜん無理、手が痺れるぅ!」
かすり傷すら付けることすら叶わず、ナイフの方が折れてしまった。
私たちの中で二番目に力が強いお姉ちゃんでこれである。恐らく私が何をやろうと無駄だ。
それはそうと、少しでも役に立つため、私は遠くから投擲物を投げ注意を引きつける。
幸い、この異形獣は巨体なためか動きが鈍い。攻撃もたまに植物を使っての拘束や、踏みつけようとしてくるくらいで、注意していれば避ける事は難しくない。
「さてさて、どうしたものかネ?」
「アンタは余裕ぶっこいてないで手伝いなさいよ!」
ニヤニヤと笑いながら傍観する王原。
その余裕はどこから生まれるのか、木の上で呑気にあぐらをかいて欠伸までしていた。
さすがに不真面目の域を飛び越してる。許せん。
だが、王原の言いたいことは分かる。私たちにできることは何も無い。私たち程度では、アイツの薄皮一つ剥ぐことすら出来ない。
それでも諦めず足掻くのには、理由がある。
「みんな、離れるのです」
後方から声がする。
「未来!ついに準備が──!!」
「魔法形成」
未来の掌から溢れ出る眩い光。
宙に出現する魔法陣に無数の光が集まる。その瞬間、数多の元素はぶつかり合い、混ざり合う。
炎と呼ぶにはあまりにも規格外すぎたそれは、人智を超えた"魔法"によって生み出された無窮の輝き。
「炎弾撃……なのです!」
異形獣を穿った"魔法"は、爆炎を放ちながら周囲を地獄の様に変える。
発生した衝撃波は周辺の物体全てを破壊し、半径10kmの地形は更地と化した。
しかし、私たちに暴風の魔の手が差し掛かることは無い。事前に彼女が用意していた"魔法"が守ってくれているのだ。
「無事討伐完了ってとこかしら」
「全く、何度見ても規格外って言葉がお似合いだネ」
「もう、未来一人でいいんじゃないの?」
後方で眺めるだけの私たちは、口々に零した。
先程まで私たちを殺さんとしていた巨獣は、遺骨を残すことすら許されず、この世から消え去っていた。
巨獣をこんな目に遭わせた少女は、何事も無かったかのように笑顔で手を振っている。
ふと、訂正せねばと思った。白井少女部隊が人類の希望であると言ったが、少々語弊があった。
"兵器人類計画"の唯一の成功例にして、完成されし最高傑作。
現代技術の全てと、異界の魔法技術の一部を取り込んだ、異界との道を切り開く救世主。
赤井 未来。
生き残った地球人たちは、彼女を"人類の希望"と呼んだ。