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素敵な一夜


『温泉街でそのような事が……悪霊がいることも私は全く知りませんでした』

『まぁそれは仕方がないよ。そういう家業……払い屋でもない限り教えても騒ぎを大きくするだけだしね。餅は餅屋。知らぬが仏というやつだよ』


 温泉街で宿泊すること一週間。


 僕は何度も何度も……


 何度も何度も……


 何度も何度も……


 温泉に入ることを繰り返し、すっかり腑抜けたスライムになっていた。

 例の悪霊は『宿に封印されていた』という事を秘密にして、突如現れた変異レイスという事にしてある。

 僕だけの証言では心もとないが、ルナさんにエリスも辻褄を合わせてくれたので、問題なくそういう事で処理された。

 一応レオーラには本当のことを伝えてある。

 実は三日に一回くらいのペースで連絡を取っているのだ。

 当然、レオーラには神様の依頼の事も教えてある。


『確かに。王族で得た情報を民たちに全て伝えるかと言われると制限しますね。当時の払い屋は誰にも理解されないとわかっていたから秘密裏に封印したのでしょうね』

『そうかもね。世の中には知らなくても良い事が多すぎる気がするよ。おかけで知ってしまった時はいつも巻き込まれる』

『ふふ、使徒様は大変でしょうね。神様方から依頼が舞い込んでくるのですから』

『中には面白そうな依頼もあるんだけど、基本あの人たちの保身とか欲望任せな所が多いよ』

『指輪の件ですね。でも少しだけ羨ましいです。その神様の依頼を通して、使徒様は多くの人たちと出会い、助け、世を正していくのでしょうね』

『あはは、そんな大袈裟なものじゃないよ』

『ふふふ』


 偉い人が部下の人たちと旅をしながら世直しをする時代劇を思い出してしまった。

 今度こっそり真似してみようかな?

 スライムだから一人でもギリギリキャラが揃うと思う。

 え? そこは仲間を作れって?

 う、う〜む、一人って気楽でいいんだよねぇ。


『レオーラなら連れて行きたいんだけどなぁ』

『え?』

『ごめん。忘れてくれ。さすがにお姫様を連れ出すのは問題がある』

『…………いえ、待っております。お城での生活も、王女としての生活も、大変楽しいものです。でも、使徒様と旅をする生活も、きっととても楽しいものになるでしょう』

『レオーラ……』

『私を連れ出す覚悟ができましたら、その時は遠慮なく攫ってください。その時に備えて研鑽を積んでおきますので』

『うん、ありがとう。じゃあもう少し待ってて』

『はい!』


 僕は湯に浸かりながら伸びをする。


「ん〜っ! さて、頑張りますか」

 

 先ずはエリスから引き受けた件から片付けよう。

 あ、その前にオロチ様と酒盛りかな?

 そろそろヒドラの毒酒が完成するだろうし、王都の酒造所に行ってみよう。




「すみませーん! ヒドラの毒酒を取りに来ました! 完成してますか?」

「おう坊主! できてるぞ。ほれ。仕事料として少しもらうからな!」

「はい。ありがとうございました」


 酒造所のドワーフ親方から完成したヒドラの毒酒を貰った。

 胃袋に収納し、黒猫の姿になってから裏路地に入ってオロチ様に連絡する。


『オロチ様、ヒドラの毒酒が用意できました』

『ようやく、ね。うふふ、昼から欲に溺れるのも悪くないわねぇ。じゃあこっちに招待するわ。動かないでね』

『あ、はい』


 足下に転送陣が現れる。

 ちょっと緊張してきたな。

 名前と酒好きからして蛇の神様なんだろうけど、怖い女神様じゃありませんように。


 そして、僕はオロチ様の住処に転移したのだった。



 黒髪、紅い瞳、褐色肌で肩に白い蛇を掛けている美女がいた。

 この(ひと)が……


「オロチ様でしょうか?」

「そうよ。先ずはお礼かしら? 私の依頼を受けてくれてありがとう。スライムさん」

「いえ、それほどでも……。あ、これ依頼の品です」


 オロチ様にヒドラの毒酒が入った酒を渡す。


「うふふ、可愛い子……そんな子には、報酬をあげないと、ね」


 キラリ。

 オロチ様の紅い瞳が僕の目と合う。


 ……あれ? 動けない?


 僕は蛇に睨まれた蛙のようになっていた。

 実際は蛇の神様に目を合わせられた黒猫である。

 オロチ様は動けない僕を抱くと、肩にかけていた白蛇を動かして僕に巻きついてきた。


「うふふ……」


 妖艶な顔をするオロチ様。

 白蛇のヒンヤリとしてスベスベとした感触が全身を蝕んでいく。


 ――めっちゃ怖いんですけど…………!?


「これから過ごす時間は人の世界では味わえない極上のものにしてあげるわ」

「そ、それはどういう意味でしょうか……?」

「報酬通りの意味よ。私が相手じゃ不満かしら?」


 え? えええ? あれってそういう意味……


「ぼぼぼ、僕、スライムで無性なんですけど!?」

「でも快楽は感じるでしょう?」

「え、え〜と、僕には心に決めた人が……」

「大丈夫よ。神様だって間違えることがあるんだもの。素敵な一夜くらい問題ないわ」


 あると思います!

 と、声を大にして言いたかったが、オロチ様の瞳が僕の全てを呑み込んでいくような感覚に襲われた。

 ふとレオーラの顔が過ぎる。

 身体は動かず、徐々にオロチ様に侵食されていくようだ。

 だが、神は僕を見捨てなかった!


「こらぁーっ! オロチー! 何をしているのですかっ!」

「アマテラース様! って、うわっブレザー服!? ホントにJKしてるぅ!」


 どこかの高校のブレザー服姿で登場したアマテラース様。

 なんだか女神衣装よりも似合ってる気がするな。


「また私の弟を消し掛けますよ!」

「それは面倒ね。貴方の弟さん、冗談が通じないから」

「冗談じゃなくてもアレは怒りますよ! 酔っ払って生贄を求める神がどこにいるんですか! しかも下界に降りて罪のない村人にそれを迫るなんて!」

「ここにいるわ」

「開き直りましたねー!」


 話から察するにオロチ様ってやっぱりヤマタノオロチだよね?

 酔っ払ってたから生贄を求めたのか……お酒飲まない方がいいのでは?


「まあいいです。でも今後、貴女はスライムさんには手出し禁止とします」

「何の権限で?」

「神の権限です」

「私も神よ?」


 言い返されてますよ、アマテラース様。


「ふぅ、まぁいいでしょう。でも私はこれからもお酒を求めるわよ。今度はそうね……蜂蜜酒がいいわ」


 オロチ様がそう言ってくる。


「市販の物でいいんですか?」

「そんなわけないでしょう?」

「ダメですスライムさん。オロチが言ってるのはきっと密林蜂の蜂蜜です。南の熱帯林にありますが、生息している魔物も強く、スライムさんでも集めるのは面倒だと思います」

「よいではないか、アマテラース! 修行にちょうど良い!」


 と、どこから入ってきたのか知らないが、僕の師匠であるタケミカヅーチ様が突如登場した。

 タケミカヅーチ様は適当な酒瓶を掴み、ガーッと飲み干す。

 騒がしくなりそうだ。


「タケミカヅーチばかりずるいです。私にもお酒ください。日本酒がいいですねぇ」

「料金払ってもらうわよ」

「まあそうケチ臭いことを言うな、オロチよ!」


 わいわい、ガヤガヤ。

 いつの間にか空間が多くの神様で埋め尽くされていた。

 この神ら暇なのかな?


「ねぇ、キミがスライム君?」


 神様たちが酒盛りをする中、僕に話しかけてきた女神様が一人いた。

 水色髪で可愛い系の女神様だ。


「やっほー! 初めまして、ミミューズだよぉ!」

「あぁ、歌の女神様」

「そうそう! 私の依頼も忘れないでね!」

「あ、はい。確か吟遊詩人でしたね」

「うん! なるべく可愛い女の子で歌が上手くて踊れる子がいいなぁ!」

「アイドルかっ!」

「ライブ楽しみだねぇ! あっ、私もそれ飲むー!」


 ミミューズ様は席を移動しながら酒盛りを楽しんでいるようだ。

 しかし難易度が上がったんじゃないか?

 あの世界にいるのかな?

 歌って踊れる人。



「さて、もうそろそろお開きにしましょうか」


 酒瓶が尽きた頃、オロチ様がそんな事を言い出した。


「え〜、まだいいじゃないですかぁ〜。もっと飲みましょうよ〜」


 それに対してベロンベロンに酔っ払ったアマテラース様がオロチ様に絡んでいる。

 面倒だったのだろう。オロチ様は魔法でアマテラース様を転送してしまった。

 邪魔者がいなくなったとばかりにオロチ様は僕に近付いてくる。


「美味しいお酒をありがとう。また依頼するわ」

「あ、はい」


 ほろ酔い状態のオロチ様はどこか色っぽくてドキドキしてしまう。

 が、そのドキドキは別の意味に置き換わった。


「ところで戻る方法だけど……どんな死に方がいいかしら?」

「はい?」

「アマテラースから貴方は色んな死に方を求めて冒険してるって聞いたんだけど?」


 あの女神様何言ってんの!?


「誤解です! そんなの求めてません!」

「あら? そうだったの?」

「普通に転送してください」


 僕は黒猫の姿になって言う。


「わかったわ」


 と承諾しつつも、オロチ様の右手は蛇に変化する。


 そして、なんで口を開けているのでしょうか?


 それどうするつも――あぷっ。


 僕はたぶん死亡し、地上に残しておいた分裂体に復活した。

 って、結局死ぬのかよっ!



お読みいただきありがとうございます。


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