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63:コーネリアとレオンハルト

 


 王家が開いたパーティーで、コーネリアはレオンハルトから告げられた婚約破棄を受け入れた。

 だがその直後に続いたプロポーズも受け入れたので、居合わせた者達はもちろんだが混乱していた。

『いったいどういう事なのかしら?』

『これは……、レオンハルト様を身勝手と咎めるべきなのか……?』

『いや、まずはコーネリア様を慰めた方が……、良いのだろうか?』

 混乱の言葉がそこかしこで交わされる。

 パーティーはその後も続いたには続いたが、誰もが頭上に疑問符を浮かべていたのは言うまでもない。



 そんなパーティーが終わり、時間の経過と共にちゃんと迎えた『翌日』。

 コーネリアはレオンハルトが両陛下に事情を打ち明ける場に同席した。両親と一緒に。ついでに「お嬢様がつり合わない……? でも結婚を……?」と怒って良いのか分からず不完全燃焼なヒルダもお供に連れて。

 そうして場を準備して、レオンハルトが口火を切った。


『父上、母上、勝手な判断でご迷惑をおかけして申し訳ありません。マーティス、お前にも迷惑をかけてすまない。……だけどどうか俺の話を聞いてほしい』


 国を愛している、国民を愛している。

 そして自分を支えてくれる者達からの信頼も感じ、彼等がどれだけ優れているかもきちんと理解している。

 だからこそ自分は王になるわけにはいかない。自分より優れたマーティスが王になり国を統べるべきだ。自分が玉座にいても意味はなく、意味のない王はお荷物でしかない。

 だから身を引きたい。そのためには、王位継承権を剥奪され、一族から名前を消されることも厭わない。


 この訴えこそがレオンハルトの決意、彼の王族としてのプライドだ。


 コーネリアは彼が話をしている間ただ静かに隣に座り、緊張のため強く握られていた彼の手にそっと己の手を添えていた。

 何も言わず、口を挟まず。寄り添う事で自分はレオンハルトの考えに同意している事を訴える。

 そして陛下から問われた際には、レオンハルトが王位継承権を譲るのに合わせて自分もまた次期王妃の立場から引くつもりであると答えた。

 落ち着いた声色でゆっくりと語り、今日まで次期王妃として目を掛けてもらったのに期待に応えられず申し訳ないと詫びる。はっきりと冷静に対応することで、自分の決意もまた揺るぎないものだと示すのだ。


 話し合いは数時間ほど続き、訴えの結果、両陛下もマーティスもレオンハルトの意思を汲むことにした。


 今、王位継承権はマーティスに譲られ、彼は第二王子でありながら次代の王として職務に励んでいる。

 そんな彼を支えるためレオンハルトは新たに補佐官という役職を与えられ、元々王妃教育に励んでいたコーネリアもまた彼に続くように補佐官の職に就いた。


 ……そして、この補佐官という仕事がなかなかどうして忙しい。



◆◆◆



「仕事の面で言えば、王妃になっていた方が楽だったかもしれませんね」


 コーネリアが溜息交じりに呟いたのは、目の前の書類が高さを増したからだ。


 山を高くさせた犯人はマーティス。といっても彼はただ書類を持ってきただけで、なんとも言えない労いの表情を浮かべている。「あまり無理をしないように」と案じてくれはしたものの、去り際には言い難そうに「後で追加を持ってくるから」と告げてそそくさと去っていった。

 彼の言う『後で』がいつなのかは分からないが、それまでに多少は書類の山を低くさせておく必要があるだろう。このままでは雪崩が起きかねない。

 一人残った部屋の中、コーネリアは仕方ないと書類の山から一枚を引き抜いた。難しい文面と数字がひしめく真面目一辺倒の書類だ。


「農業の生産量について、次期外交官の候補一覧、国内の税関調査、意見書……」


 あれはこれはと山に詰まれた書類を適当に引き抜いては軽く目を通して傍らに積んでいく。

 本来ならばきちんと書類を読み込み、不備が無いかを調べ、承認印を押さねばならない。時には更に詳しく調べ上げ、書類作成者に詳細を聞いたり過去の資料と見比べる必要だってある。

 一枚だって面倒臭い書類なのに日毎どころか日に何度も追加されていく。


「王妃になればこの半分程度の仕事量で済んだのに……。むしろ補佐官が入念に調べ終えた書類が届くんだから、軽く目を通しておくだけでもいいのでは……。そうなれば仕事量は半分どころかそれ以下、掛かる時間は三分の一……。いえ、でも王妃には王妃の仕事があるんだもの、けして楽とは言えないわ。王妃教育を受けた身だからこそ楽だなんて口にしてはいけない。……あぁでも、書類仕事という一点に関しては口にしても許されるかもしれない」

「その様子を見るに、どうやら相当疲れてるようだな」

「レオンハルト様」


 覚えのある声に、独り言をつぶやいていたコーネリアは書類から顔を上げて振り返った。

 背後に設けられた部屋の窓からレオンハルトがこちらを覗いている。銀の髪をサラリと風に揺らし、美しい紫色の瞳を愛おしそうに細め、窓枠に手をかけると「お疲れ」と優しい声で労ってくれた。

 次いで彼が見て分かるほどに眉根を寄せたのは、机の半分近くを占める書類の山を見たからだ。

 分かりやすい嫌悪の表情、それだけでは足りないと「これは酷い」と大袈裟に話す。すべてがわざとらしく、それを見た瞬間にコーネリアの疲労が消え去った。思わず笑みを零して、こちらもまたわざとらしく肩を竦めて「あんまりですよね」と返す。


「これはかなり積まれたな。雪崩が起きないのが不思議なくらいだ」

「絶妙なバランスを保っておりますので、そんなヘマは致しません」

「さすがコーネリアだ。でも流石にここまで積んでると心配だな。俺にも出来る仕事があれば回してくれ」

「あら、よろしいのですか? 私の予想では、これとほぼ同じ量の書類が午後にはレオンハルト様のもとに届くはずですよ?」

「うっ……、それは……、なんとかするよ。きみに『やっぱり王妃になります』って婚約を破棄されたら堪らないからな」


 苦笑しながら話すレオンハルトの冗談に、コーネリアも笑って返す

 どれだけ書類仕事が辛かろうと、書類の山を高く詰まれようと、彼との婚約を破棄なんてするわけない。レオンハルトもそれが分かっているからこその冗談だ。

 そうしてしばらく他愛もない会話を交わし、レオンハルトが思い出したように「そういえば」と話題を変えた。


「ここに来た目的を忘れるところだった」

「目的ですか?」

「ヒューゴとリネットが来てるんだ。時間があるなら少しお茶でもと誘っておいたが、コーネリアも来るだろう?」

「リネットさんとヒューゴ? えぇ、もちろんご一緒いたします」


 二人の名前にコーネリアの胸が弾んだ。

 逸る気持ちを抑えきれずさっそくと立ち上がる。気分はもうお茶会だ。書類の山も視界には入らない。

 この変わりようにレオンハルトが笑みを強め「待ってるよ」と告げてきた。曰く、今日は天気もいいからと庭園の一角に茶会の準備をしているという。


「今すぐにそちらに行きますね」


 コーネリアが答えた瞬間、コンコンと部屋の扉をノックされた。

 入ってきたのはマーティスだ。彼の手には新たな書類の束。思わずコーネリアは目を丸くさせてしまった。


「もう追加ですか? さすがに早すぎでは?」

「安心してください、さすがにこれは追加じゃありませんよ。さっきの書類に不備があったからその補足です。説明をしようと思ったんですが……、後にした方が良さそうですね」


 窓の外に立つレオンハルト、そしてコーネリアが立ち上がっているのを見て、きっとあらかたの事を理解したのだろう。マーティスが穏やかに微笑む。

 そんなマーティスをレオンハルトが呼んだ。


「これからレチェスター家のリネットとヒューゴとお茶をするんだ。マーティスも一緒にどうだ?」

「残念ですが、この後は父上に報告があるんです。長くなりますのでお茶はまたの機会に。お二人にはよろしく伝えておいてください」

「そうか、忙しいんだな。……すまない」


 声色を落としてレオンハルトが謝罪をする。まるでマーティスの多忙はすべて己に責任があるかのような口調だ。

 兄に謝られマーティスが肩を竦める。「どうということありませんよ」という彼の言葉は穏やかで優しい。


「優秀な補佐官が居てくれるので仕事もだいぶ楽が出来てますよ」

「そうか、優秀な補佐官か。コーネリア、やっぱり君は凄いな」

「貴方もですよ、兄上。優秀な補佐官夫妻と言った方が伝わりやすいかもしれませんね。午後にはまた仕事が増えるので、どうかそれまでお茶会を楽しんできてください」


 穏やかに、それでいて最後の言葉は悪戯っぽく笑いながらマーティスが部屋を去っていく。

 彼を見届け、コーネリアは改めてレオンハルトへと向き直った。彼はなんとも気恥ずかしそうな表情をしている。頬が少し赤く、だが満更でも無さそうな表情だ。

 常に自分より優れていると考えていたマーティスに認められている事が嬉しいのだろう。それと……。


「補佐官夫妻、ですって。聞きました?」


 クスと笑ってコーネリアが話せば、レオンハルトも柔らかく笑った。


「世間じゃそう呼ばれてるらしいな。それじゃ、補佐官夫妻はつかの間の休息を求めてお茶会としゃれ込もうか」





※次話、最終回です。

最後までお付き合い頂けると幸いです。


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