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56:三年前の今日

 



 前回の『今日』と同様に、レオンハルトは全てをヒューゴに話した。

 コーネリアとレオンハルトが『今日』を繰り返している事、これが十四回目の『今日』である事。繰り返しの中でヒューゴは必ず命を落とし、そしてリネットが『一つ先の今日のヒューゴ』を救おうとしている事。


 そして前回の今日に起こったことも全て……。


「俺が、自ら湖に?」


 怪訝な表情を浮かべるヒューゴに、コーネリアははっきりと頷いて返した。


 彼の表情が険しくなるのも仕方ない。

 繰り返しという信じられない話、そのうえ繰り返しの中で自分は必ず命を落としている。更に『前回の今日』ではリネットを追って入水自殺をしたとまで言われたのだから、縁起でもない話をと怒りを抱いても無理はない。

 それでもヒューゴは話をきちんと聞いてくれた。第一王子と公爵令嬢の話ならばと考えたか、もしくは一度リネットの異様さを目の当たりにしていたからか。

 もっとも話を聞いてはいるが困惑は隠し切れずにいた。額を押さえ、渋い声で「少しお待ちください……」と譫言のように呟く。矢継ぎ早に告げられる話を理解しきれないのだろう。


「つまり、俺は以前にも……、いえ、前回も、この話を聞いたという事ですか」

「あぁ、だがその最中にリネットが部屋を抜け出してしまい彼女を追ったんだ。リネットは西の森へ向かって、そこで……」

「俺はリネットを追って湖に入っていった。……レオンハルト様とコーネリア様のお話を疑う気はありませんが、それでもこの話はあまりにも。ですが、西の森というのは……」


 彼なりに引っかかるところがあるのだろうヒューゴが小さく呻く。

 そんな彼に、レオンハルトがはっきりと告げた。


「西の森の奥にある湖。ヒューゴ、きみがリネットに想いを告げた場所だろう」


 レオンハルトの言葉に、コーネリアは驚いて彼を見た。紫色の瞳は真っすぐにヒューゴを見つめている。

 これに驚いたのはコーネリアだけではなく、ヒューゴは目を見開き、まさに驚愕と言わんばかりの表情でレオンハルトを見つめ返していた。


「……なぜそれを。その話は正式に婚約を発表するまで誰にも言わないでおこうとリネットと約束したんです」

「君自身から聞いたんだ。もっとも、前回の今日の君だけどな」


 前回の今日、片目を負傷したレオンハルトは馬に乗ることが出来ず、ヒューゴが操る馬に同乗した。

 その際にヒューゴは西の森に覚えがあると話し、そしてリネットとの過去を手綱を操りながら打ち明けたのだという。


「ヒューゴ、君はレチェスター家に来るといつもリネットと共に西の森を訪れていた。湖を眺めながら二人で過ごしていたんだろう」

「はい……」

「そして三年前、湖畔でリネットに想いを打ち明けた。……三年前の、日付はまさに『今日』だ」


 はっきりとしたレオンハルトの言葉。

 話を聞いていたコーネリアは小さく「え?」と声を漏らしてしまった。


「レオンハルト様、『三年前の今日』とは……」

「三年前の、今日と同じ日付。リネットとヒューゴは想いを通わせあった。だから今夜の夜会でヒューゴが彼女をエスコートする手筈になっていたんだろう」


 リネットは今夜の夜会を特別視していた。

 それは恋人であるヒューゴに初めてエスコートしてもらい、そして彼と恋仲にあると世間に公表できる日だから。そうコーネリアは把握していた。いや、きっとリネットの友人達でさえもそう思っていただろう。

 だが実際はそれだけではなかった。リネットにとって、今日は『特別になるはずの日』であり、既に『特別な記念日』でもあったのだ。


「そこまでご存じという事は、本当に俺が話をしたんですね。……お二人が仰る、繰り返しの中の『前回の今日』の俺が」


 信じられない、だが信じざるを得ない。

 ヒューゴの声色はいまだ葛藤の色を含んではいるものの、それでも「お二人を信じます」と言葉にして告げてきた。


「俺に出来る事があるのかは分かりませんが、どうか協力させてください。リネットを救えるのなら何でもします」

「信じてくれてありがとう。ひとまず、ヒューゴは自身を守ることに専念してくれ」

「かしこまりました。では、レチェスター家に戻って屋敷に籠っていた方がよろしいでしょうか。それとも、有事の際に備えてレオンハルト様かコーネリア様のお側に控えていた方がよろしいですか」


 どちらが安全かとヒューゴが尋ねてくるが、コーネリアにはどちらが安全なのかは分からない。むしろ彼にとって安全な場所はあるのだろうか。

 屋敷に籠っていたところで、御者のように買収された者が他にも潜んでいるかもしれない。仮に誰にも会わないよう部屋に籠っていたとしても火を放たれてしまえば終わりだ。

 現に十二回目の今日では屋敷ではないが王宮の庭にある小屋が放火され、ヒューゴと、居合わせたレオンハルトが命を落としている。有り得ない話ではないし、有り得ない話なんてものは存在しないと嫌というほど思い知った。


 だからこそどうすべきか……、とコーネリアは考えを巡らせた。


 そもそも、ヒューゴが無事だからといってこの繰り返しが解決するわけではない。

 前回の今日、ヒューゴは命を落とすことなく夜を迎えている。だがリネットは一度として彼を見ることなく西の森へと向かってしまった。そばに居て、しきりに名前を呼んでいたのに、どれもリネットには届かなかったのだ。


「ヒューゴが無事でいる事をリネットさんに伝えないと意味がないんですよね。それをどうするか……」

「それが最大の問題だな。ヒューゴが無事で居ても、またリネットに逃げられたら意味が無い。……だけど、どうして前回リネットはわざわざ西の森に行ったんだろう」


 自殺を図るなら他の場所でも良い、そうレオンハルトは言いたいのだろう。


「以前にもリネットさんが自殺をはかった事がありましたが、あの時も西の森の湖でしたね」

「自殺……。確かにあったな。あれは『九回目の今日』だったか。あの時は助けが入って未遂で終わったが、きっと前回の今日と同じように自ら湖に入っていったんだろう」

「それに『十一回目の今日』でも、リネットさんは夜中に突然西の森へと向かって馬を出しました。彼女を追っている最中に意識が揺らいでしまったんですが、記憶の限りではリネットさんは湖へと向かっていて……」


 あの時は……、とコーネリアが記憶を辿る。

 森の中を走るリネットを追いかけている最中、零時が近付いて意識が揺らぎだした。それでもと必死で彼女を追いかけたのだ。

 思い返せば『前回の今日』と同じではないか。もっとも、あの時はヒューゴもレオンハルトも居らず、森の中にはリネットとコーネリアだけだったのだが。


 そうして揺らぐ意識でリネットを呼んで、意識が途絶えた。


(あの時もリネットさんは迷うことなく湖へと入っていって……、それを追おうとしたけど意識が揺らいで手を伸ばすことも出来なかった。それで意識が途切れて、目が覚めたら自室のベッドで同じ朝を迎えていたんだわ。だけど……)


 その間際に何かがあった気がする。

 だが思い出そうとするも記憶は朧気で、少しの衝撃で崩れ落ちそうな程に脆い。ふとした瞬間に消えてしまいそうな記憶を必死で繋ぎ止めるため無意識にこめかみに手を当てた。

 今この時に思い出さなければならない、重大な何かがあったはずだ。それが何なのか分からないながらも『大事な記憶』という事だけは分かり、コーネリアの胸にもどかしさと焦りが募っていく。

 早く、早く、と心の中で自分を急かしていると、様子がおかしいと気付いたのかヒューゴが名前を呼んできた。


「コーネリア様、どうなさいました?」

「い、いえ、なにも……。ただ、何かを思い出さなきゃいけない気がして」


 だけどそれが思い出せない、そう話し、改めてヒューゴへと視線をやった。

 こんな信じられない話を立て続けに聞かされ、本来ならば彼の方が案じられるべき立場だ。それでもコーネリアの異変に気付いて心配するあたり優しい性格なのだろう。もしかしたらリネットはそんな一面に想いを寄せたのかもしれない。


 ふと、コーネリアはヒューゴとリネットが並ぶ姿を想像した。

 想像の中で二人が見つめ合い、穏やかに笑みを交わす。なんて仲睦まじいのだろうか。微笑ましく、そして微笑ましいだけに現状が辛くなる光景だ。

 ぼんやりとそんな光景を思い描いていると、想像の中のリネットがゆっくりと唇を開いた。


 そして……、


『待っていてヒューゴ。次はきっと、貴方を救うから……』


 と、痛々しいほど掠れた声で隣に立つはずの最愛の恋人へと声を掛けた。


 この繰り返しの中で幾度と聞いた悲鳴じみた叫び声ではない、明確な意味を持った、そしてコーネリアが聞き取り理解出来る言葉。


 それが想像のはずなのにはっきりとコーネリアの頭の中に響いた。

 まるでこの言葉だけ聞いた覚えがあるように……。いや、違う、実際に聞いたのだ。だからはっきりと思い出せた。


 瞬間、コーネリアは鮮明になった記憶に息を呑んだ。




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