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55:書庫で二人

 


「突然兄上に叩き起こされたかと思えばラスタンス家の御者についての調査を頼まれて、そのうえコーネリアが手伝いに……。僕は朝から疑問だらけで働かされてますよ」

「それは……。レオンハルト様も確証とまではいかないので、きっと大事にはできないんです。なのでマーティス様にしか頼めなかったんですよ」

「それなら、なぜコーネリアが僕の手伝いを? そもそもどうして朝から王宮に?」

「私も偶然レオンハルト様と一緒で噂を耳にしまして、その事についてご相談をと思ったんです。だから、それで……王宮に居て、偶然、話の流れで、それだけです」


 なんとかそれらしい答えを絞り出すが、我ながらしどろもどろだ。

 ここで「実は私とレオンハルト様は『今日』を繰り返していて、その中で目の当たりにしてきた事実なんです」とは言えない。言おうものなら気は確かかと疑われるか、仮に信じて貰えても御者より繰り返しだと更に質問攻めに合うのがオチだ。

 今回で『今日』は十四回目、いちいち説明しては調査どころではない。


「とにかく、今はレオンハルト様から頼まれたことを調べましょう」

「そうですね」


 マーティスが同意を示す。もっとも、その声色はとうてい疑問が晴れたとは言い難く、ひとまずは調査を優先するだけと言いたげである。

 それでも机に広げた資料を読み遣いに指示を出したりと調査に励むのは、ひとえに兄からの頼みごとだからだ。

 レオンハルトはマーティスならば託せると信じ、そしてマーティスもレオンハルトからの頼みごとならばと、この突拍子もない頼みごとを受け入れた。兄弟の絆と信頼ゆえだ。


(繰り返しが解決した暁には、マーティス様には全てお話した方が良さそうね。この繰り返しのこと、リネットさんのこと。なによりレオンハルト様のお考えを。すべてを伝えたうえでマーティス様が王位を継ぐのが一番良いはず)


 ふと、コーネリアは『あるかもしれない未来』を想像してみた。この繰り返しを終えた先にある『明日』の更にその先だ。


 レオンハルトは自身が王位を継ぐよりマーティスをと考えている。そのために彼は夜会という人目のある場所でコーネリアに婚約破棄を言い渡し、自ら王位継承権を剥奪されようと画策したのだ。

 そんなレオンハルトの考えをもしもマーティスが知れば、兄の強い意思を汲んで自らが玉座にと名乗り出てくれるかもしれない。それが一番良いはずだ。


 だけど……。


(その時、私は誰の隣に立っているのかしら……)


 以前にレオンハルトが胸の内を語ってくれた際、コーネリアに対しても「自分はつり合わない」と言っていた。

 ならばこの『あるかもしれない未来』でのコーネリアの立ち位置は、王位継承権を継いだマーティスの隣なのだろうか。

 確かに未来の王妃になるべく、そして王を支えるべく努力をしてきた。『誰を』ではなく『王を』だ。

 この繰り返しが無ければ、隣に立つ相手がレオンハルトからマーティスに代わっても受け入れただろう。誰であれ変わらず支えるだけだと考えたに違いない。


 でも、とコーネリアは小さく首を横に振った。

 今はもう以前のようには考えられない。


(私はレオンハルト様の隣に立ちたい。未来の王妃として未来の王の隣じゃなくて、コーネリアとしてレオンハルト様のお隣に。人生を共に歩むのは彼が良い)


 はっきりとした決意が胸に湧く。

 この決意は何度『今日』を繰り返しても色褪せることはないだろう。『今日』の先にある『明日』もその先も、褪せるどころか募っていくはずだ。


 だがこの決意を実らせるためには、やはりこの繰り返しを脱しなければいけない。

 マーティスに全てを話すのも、その先を考えるのも、全ては繰り返しの後だ。

 そう考えて、コーネリアは決意を新たに手元の資料へと視線を落とした。




 二人掛かりで調べたおかげで、御者が買収された証拠を早くに掴むことが出来た。黒幕こそ突き止められなかったが、御者を捕らえるには十分だ。

 早急に伝達係に証拠を預け、あとはきっとレオンハルトが上手くやってくれるだろうと願いながら見送る。


 そうして一仕事やり終えたと深く息を吐き、コーネリアとマーティスは今になって食事を摂っていなかったことを思いだした。

 朝食も食べずに王宮に来て、それ以降は紅茶しか口にしていない。ずっと調べものばかりしていた。

 気付けば時刻は既に昼をだいぶ過ぎている。そろそろ夜会の準備に取り掛かる時間だろうか、とコーネリアが考えていると、同じように時計を見つめていたマーティスが話しかけてきた。


「コーネリア、このまま兄上を待つのなら一緒に食事でもどうですか?」

「よろしいのですか?」

「もちろん。調査を手伝ってもらったお礼です。むしろ食事の提案もせずに手伝わせてしまって申し訳ありませんでした」


 マーティスが謝罪をしつつ、是非にと食事に誘ってくる。

 コーネリアも特に異論はなく、レオンハルトの無事を願うように一度伝達係が去っていった先を見つめ、振り返るとマーティスを追って歩き出した。


 そうしてマーティスと共に食事を摂る。

 偶然か、もしくはこれも繰り返しゆえなのか、彼が用意してくれた場所は以前にレオンハルトと調べものをしている最中に軽食を摂った場所と同じだった。

 庭園の一角。今回の今日も同じように涼やかな風が吹き抜け、増えも減りもしない草花が揺れている。


(あの時はレオンハルト様と食事をしていて、途中でマーティス様が声を掛けてきたのよね。もしかしたら、こうやってマーティス様と食事をしていればレオンハルト様がお戻りになるかもしれないわ)


 逆転しているからこそ、レオンハルトの戻りを期待してしまう。

 そんなコーネリアの胸中を知ってか知らずか、マーティスが飲んでいたティーカップをカチリとソーサーに戻してコーネリアを呼んだ。


「兄上とコーネリアのおかげで未然に防ぐことが出来ました。だけど、まさか二人が同時に噂を耳にして共に行動していたなんて……。いったいいつからそんな仲に?」

「それは……。何度かお話をしている内にレオンハルト様のお考えを聞いたりして、それで……。共にラスタンス家について調べたりもしましたし」

「なるほど、それで親しくなったんですか。それに……」


 ふっと、笑みを零し、マーティスがチラと視線を他所に向ける。そのうえ小声で「見てください」とコーネリアを促してきた。

 彼の視線の先にいるのは二人のメイドだ。彼女達はティートロリーの傍らに静かに立ち、コーネリアとマーティスからの視線に気付くと「おかわりをお持ちしましょうか」と穏やかに微笑んだ。


「調べものの最中もずっとメイドが居るのに気付きましたか?」

「えぇ、確かにそうですね。書庫に居た時も彼女達が居ました」


 マーティスの言う通り、レオンハルトと別れて以降ずっとメイドが傍らに居た。

 時には調べものを手伝い、時には合間に飲む紅茶を手配してくれる。それも常に二人体制を取っているため、片方が紅茶の淹れ直しや伝達のために場を離れても、もう片方は残っている。必ず一人は側に居たのだ。

 だが以前にレオンハルトと書庫で調べものをしていた時、彼女達は居なかった。時折は飲み物を持ってきてくれたが、それだって一時間に一度あるかないか。あとはずっとレオンハルトとコーネリアは二人きりだった。


「私とレオンハルト様が婚約関係にあるからでしょうか。たとえマーティス様とはいえ、婚約者以外の異性と二人きりで一室に籠るのは褒められた事ではありませんものね」


 きっとそうだ、とコーネリアが己の考えに自分で納得したと頷けば、マーティスがクスと笑みを零した。

 一つ年下だというのに落ち着き払った笑みだ。兄弟だけありレオンハルトに似ている。


「実を言うと兄上から指示があったみたいなんです」

「レオンハルト様から?」

「『マーティスとコーネリアを二人きりにならないようにしてほしい』って、そうメイドに伝えていたらしい。兄上は秘密にしたがっていたみたいだけど」


 その時のことを想像したのか、マーティスの笑みに悪戯っぽい色合いが混ざる。これもまたレオンハルトに似た笑みだが、今のコーネリアには笑って返す余裕は無い。

 思い返せばレオンハルトは去り際に何か言い掛けていた。今更になって記憶が蘇り、『出来れば二人きりには……』という彼の言葉も蘇る。

 それと同時にコーネリアの頬が熱くなった。カァと音がしそうな程だ。慌てて頬を押さえる。


「そ、そうだったんですね……。レオンハルト様が……」

「いつの間に二人がそんなに仲良くなったのか、ぜひ詳しく……。っと、どうやら兄上が戻ってきたみたいですね」


 話を途中で止め、マーティスが視線を他所に向けた。

 庭園へと続く通路。そこを一人の使いが小走り目にこちらへと歩いてくる。あれはきっとレオンハルトの帰還を知らせるためだろう。「残念」とマーティスが苦笑と共に肩を竦めて立ち上がった。

 このままだったなら彼に茶化され詳細を問われていたのだろうか。それを考えればレオンハルトの戻りはまるで助け舟のように思え、コーネリアはほっと安堵の息を吐くとマーティスに続いて立ち上がった。

 マーティスに気付かれないよう、高鳴る胸をそっと押さえながら……。



◆◆◆



「兄上、ご無事で良かった。報告は間に合いましたか?」

「あぁ、おかげで御者も捕らえることが出来たよ。ありがとう。たがまだこれで終わりとは言えないな。すまないんだが、この件について父上への連絡と、それと御者の監視と尋問を頼まれてくれないか? 俺は少しコーネリアと話がしたいんだ」


 レオンハルトが視線を向けてくる。それに対してコーネリアは頷いて返した。彼の無事に対しての安堵が胸に湧くが、さりとて安心しきっている場合でもない。これからヒューゴに全てを話すのだ。

 少し離れた場所ではヒューゴが王宮の使いに馬を預けており、それが終わるや足早にこちらに歩いてくる。

 怪訝な表情、焦燥感の色も見える。きっと今すぐにでもレチェスター家に戻ってリネットの側に居たいのだろう。だが第一王子であるレオンハルトが話をしたいというならば従うほかなく、表情や仕草にもどかしさが漂っている。


「マーティス、御者についての問題を頼む。コーネリア、ヒューゴ、一室用意するから来てくれ」


 手早く指示を出して移動を促すレオンハルトに続き、コーネリアもマーティスに一礼して歩き出した。レオンハルトの隣に並べば、ヒューゴが着いてくるのが背中越しに分かる。それと部下に指示を出すマーティスの声も聞こえてくる。

 それを背後に感じながら、コーネリアは隣を歩くレオンハルトを見上げた。


「レオンハルト様、御無事で良かったです。何か問題はありませんでしたか?」

「いや、大丈夫だ。むしろ前回の今日より早く証拠が届いたから動きやすかったよ。コーネリアのおかげだな。そっちはどうだった? マーティスに色々と聞かれただろう」

「マーティス様も疑問を抱いているようでしたが、レオンハルト様の頼み事だからと疑うことなく調べてくださいました」

「やっぱり持つべきものは出来た弟だな。マーティスは頼りになるよ」

「……それと、メイドは必ず一人は居たので二人きりにはなりませんでしたよ」


 こそりと小声で囁けば、レオンハルトが一瞬目を丸くさせた。そのうえむぐと言葉を詰まらせてしまう。

 咳払いをするのは誤魔化しだろう。


「……そうか。まぁ、それは……。とりあえず、まずはヒューゴに全てを話そう。その件については繰り返しが終わったらきちんと話をさせてもらうから」


 心なしかレオンハルトが早口になっている。

 それが分かり、コーネリアは小さく笑みを零すと「かしこまりました」とこの話題を終らせた。


 これからヒューゴに全てを話す。その後にどうなるのか、これで解決できるのか、何かが変わってくれるのか……。

 不安も緊張も疑問もいまだ胸に残っている。

 だがレオンハルトの隣を歩いていると、息苦しかったはずの胸中はいつの間にやら和らいで楽になっていた。


 何が起こるのか、どうなるのか、いまだ何一つ分からない。

 それでもレオンハルトの隣にいると大丈夫だと思えるのだ。


(やっぱり、私は私としてレオンハルト様の隣に立ちたい)




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