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45:華やかな夜会の静かな小屋

 



 一度自宅へと戻り、夜会に出る準備を始める。

 その最中にふと思いたって母の部屋へと向かったのはネックレスについての相談に応えるためだ。

 思い返せばここ最近は母の部屋を訪ねていなかった。朝食の時にネックレスの話をされても心ここにあらずでお座成りな返答をした記憶しかない。

 結果的にコーネリアが答えなくとも父が答えるとはいえあんまりだ。リネットの豹変を嘆くサラの姿が記憶に蘇り、それがどうしようもなく母への会いたさを募らせる。

 そう考えて部屋を訪ねれば既に父の姿もあった。寄り添うように話す母の胸元には金の鎖と赤い石のネックレス。


「あら、コーネリアどうしたの?」

「お母様のネックレスを選びに来たのよ。でもお父様に先を越されちゃったみたい」


 残念、とわざとらしく肩を竦めて見せれば、母と父が揃えて苦笑を浮かべた。

 父が冗談交じりに詫びてくる。もっとも詫びてはいるものの「早い者勝ちだな」と告げて挙げ句に母の腰に手を添えるあたり、仲睦まじさを見せつけているのだろう。これにはコーネリアも「娘の前よ」とわざとらしく目元を覆ってみせた。


 他愛もないやりとりだ。

 だがそんなやりとりこそがコーネリアの胸中を穏やかにしてくれる。ほぅと深く息を吐けば、それとほぼ同時にメイドのヒルダが部屋に入ってきた。


「コーネリアお嬢様、こちらにいらっしゃったんですね。そろそろ髪を整えましょう」

「そうねお願いするわ。お父様、お母様、また後でね」


 室内に両親を残して、ヒルダと共に部屋を後にした。




 そうして支度を終えて王宮へと向かえば、十二回目の今夜も会場は華々しく飾られ、誰もが楽しそうに話している。

 見慣れた光景だ。もはや見慣れてしまった事への落胆も無く、まるで壁に掛けられている絵画を眺めているような気分でしかない。

 だがそれを顔に出すわけにはいかず、コーネリアは何度も繰り返した周囲への挨拶をそつなくこなし、それが終わるやすぐさまレオンハルトを探すために両親のもとを離れた。


 繰り返しの会場内、誰もがみな同じことを話している。

 慣れたとはいえやはり薄気味悪さは胸に宿り、早くレオンハルトに会いたいと会場内を歩く足が自然と早まる。出来るならば駆け出して、それどころかレオンハルトの名を大きな声で呼んでしまいたいが、さすがにそれは駄目だと己を心の中で叱咤する。


(レチェスター家にいる最中、ラスタンス家についての報告は入って来なかった。つまり彼等は順調にレチェスター家を目指していて、きっとレオンハルト様も無事なはず……)


 コーネリアがカルナン家に戻った後、ラスタンス夫妻を乗せた馬車はレチェスター家に到着しただろう。もちろんヒューゴも共に。

 レオンハルトはどこで彼等と合流したのだろうか。レチェスター家にまで一緒に着いていったのか、それとも彼もまた夜会の準備があるからと途中で別行動を取ったか。

 その道中に何かあっただろうか、怪我をしていないだろうか。


 悲惨な光景を目の当たりにして辛い思いをしてはいないだろうか……。


 彼のことを考えればコーネリアの胸が不安で押しつぶされそうになる。

 日中だって彼を案じていなかったわけではない。だが心配して過ごすよりも自分がすべきことをと考えたのだ。

 そんな押し留めた思いが今この夜会の場で溢れ出し、会場内を歩く足を急かす。


 だがどれだけ会場内を探し回ってもレオンハルトの姿はなく、彼の弟であるマーティスに声を掛けても明確な居場所は分からないという。


「兄上なら今日は朝から外出していたが夕刻前には戻って来ていたし、今も会場のどこかにいるはずですけれど」

「いらっしゃるんですね? ……良かった」

「そりゃあ王家主催の夜会ですから、兄上抜きでは始められませんよ」


 コーネリアの安堵が大袈裟に感じられたのか、マーティスが苦笑を浮かべる。

 繰り返しの記憶がない彼にとってレオンハルトの行動は、朝から出かけ、かと思えば他家と合流して王都に戻ってきただけである。大事にするほどでもないのだろう。


「兄上を見かけたらコーネリアが探していたと伝えておきます」

「えぇ、お願い致します」

「しかし兄上も困ったものだ。婚約者であるコーネリアを放ってどこに行っているんだか」


 参ったと言いたげにマーティスが肩を竦めた。


 確かに、自家主催の夜会で婚約者を放っておくのは問題だ。

 たとえ政略結婚でしかなくそれが周知の事だったとしても、エスコートをするという姿勢ぐらいは見せるべきである。

 現に過去のパーティーや夜会ではレオンハルトはコーネリアをエスコートしていた。早々に別の行動をとってはいたが、それでも婚約関係にあり支障はないという姿勢を周囲に示すためだ。

 だというのに今回の夜会ではそれすらもしない。それを身内の無礼と取ったのか詫びてくるマーティスに、コーネリアは慌てて彼を制止した。


「レオンハルト様も大事なご用事があっての事ですし、仕方ありません」

「兄上に大事な用事? 今日の外出と何か関係が?」


 マーティスが小首を傾げて尋ねてくる。

 兄の行動に対しての疑問を抱くと同時に、なぜコーネリアがそれを知っているのかと尋ねたいのだろう。


「それは……、以前にお話をしたんです。北の領地について知りたいと仰っていて」

「北の領地? あぁ、ラスタンス家ですか」


 コーネリアの話を聞いて、合点がいったと言いたげにマーティスが頷いた。


「跡継ぎがまだ決まっておらず揉めているとだけは僕も聞いています。確かに把握しておくに越した事はありませんね。だから兄上は朝から出かけてラスタンス家と合流したんですか」

「えぇ、そうなんです。私も気になっていたので、もしも何か分かったなら教えて頂こうと思いレオンハルト様を探しておりました」

「なるほど。それなら僕も兄上を探してみます。遠くには出ていないはずだからすぐに見つかるだろうし、コーネリアも、兄上を探すのも良いけれどせっかくだから夜会を楽しんで」


 穏やかに微笑んで話すマーティスの気遣いにコーネリアは感謝を示し、「では失礼いたします」と品良く頭を下げて場を後にした。



 マーティスと別れ、再びレオンハルトの姿を探しながら会場内を歩く。

 彼の無事を知れたことで気分は少しだが楽になり、落ち着きを取り戻すと同時に自分がいかに足早に会場内を歩いていたかを改めて思い知らされた。知人に声を掛けられ「さっきは随分と急いでいたようだけれど」とまで言われてしまうほどだ。


 そうしてレオンハルトの姿を求めて会場を出て庭園へと向かえば、ひんやりとした心地良い風が肌を撫でた。

 会場内の賑やかさに疲れたか酒が回って夜風を求めたか、先客の姿がちらほらと見える。だがそこにもレオンハルトの姿はなく、コーネリアは小さく溜息を吐いた。

 周囲を念入りに見回してみる。夜の暗がりの中、外灯の明かりを受けて輝く彼の銀の髪……、今のコーネリアならば見逃すはずはない。


「やっぱりいらっしゃらない。もしかして、ヒューゴと話をするためにどこか別室にいらっしゃるのかしら」


 もしそうだとしても、彼ならば一声掛けるかマーティスに言伝を頼むかするだろう。

 だがもしかしたらこれといって深い話ではなく、ただ他愛もない雑談のために移動をし、わざわざ呼ぶほどのものではないと判断したのかもしれない。それとも逆に、コーネリアを探して一声掛けるどころか他者に言伝を頼む余裕すらない状況にあるか……。


「どこか別室にいらっしゃるなら、給仕なら何か分かるかもしれないわね。マーティス様に頼んでメイド長に繋いでもらおうかしら。もしくはラスタンス家の方々を探すか……」


 どうすべきか、と独り言ちながら会場へと戻ろうとし、ふとコーネリアは庭園の一角へと視線をやって足を止めた。

 外灯が等間隔に照らす、厳かでありつつ美しい庭園。低く揃えられた生垣は景観の一端を担いつつ、見て歩く者が奥へと迷い込まないようにと囲いの役割も担っている。


 そんな生垣で覆われた一角、平時であればさして気に留めないであろう場所。庭園の更に奥へと続く道がある。

 生垣もなく花壇もないそこは、誰が見ても観賞用の場ではないと分かるだろう。庭師や関係者以外は立ち入ってはいけないと雰囲気で訴えている。


「あっちは……、そうだわ、確かあっちには小屋があるはず」


 コーネリアの記憶に蘇るのは、前回の今日、十一回目の今日。

 リネットとヒューゴが恋仲にあると、本来であれば連れ立って今夜の夜会を訪れていたはずだったと知り、コーネリアはそれをレオンハルトに伝えるべく彼を追って西の森に向かった。

 そして森の中で……、と蘇った記憶に、コーネリアは一瞬眩暈を覚えた。あの時の体中を占めた緊張感、心臓が凍てつくような恐怖、消えたはずの銃声が耳の奥で響く。


 じわりと滲むように恐怖心が湧き上がり足が竦むも、ふると首を横に振ってそれらを掻き消した。

 そうして既に繰り返しの中に消え去った銃声を意識の奥に追いやり、また記憶を辿る。


(あの後、レオンハルト様に会うために王宮を訪れて別室に案内された。あっちの方角だったはず。そこで窓から小屋が見えて、リネットさんの声が聞こえて……)


 夜の暗がりの中、リネットが姿を現した。

 彼女は何を考えたのか小屋に水をかけ続けていた。バケツで水を汲んではそれを小屋にかけ、空になればまた井戸から水を汲み、また水をかける。その間は終始、言葉にならない声をあげ……。

 レオンハルトが止めようと腕を掴んでも、コーネリアが何度声を掛けても、彼女は水をかけるのを止めなかった。止められていることも知らないかのように。

 あの姿は一心不乱を通り越し鬼気迫るものがあった。


 あの小屋が道の先にあるはず。

 もっとも、リネットが小屋に姿を見せたのは前回の今日のこと。今回も彼女が現れるかは分からない。


「でも、何か分かるかもしれない」


 誰にともなく呟いて、会場内へと向けていた進路を変えて足早に歩き出した。





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