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41:夜会の裏で

 



 引き留めようとするヒルダや母にそれでもと押し通し、コーネリアは王宮へと向かった。

 だがさすがに夜会の会場には入れない。今着ているのは外出用の服で王宮を訪問するのに差し支えないものとはいえ、さすがに夜会向けのドレスというわけでもない。こんな服で会場に出れば無駄に周囲の注目を集めるだけだ。

 それに今の自分では華やかな空気には耐えられない。そう考え、コーネリアはメイドに自分の訪問をレオンハルトに伝えるよう頼み、案内されるままに客室へと入った。


 そうして待つこと数分。


「コーネリア!!」


 扉がノックされるや否や、返事をする間もなく入ってきたのはレオンハルトだ。

 彼は驚きを隠せない様子で足早にコーネリアへと近付くと腕を掴んできた。鬼気迫る彼の様子に紅茶の手配をしていたメイドが驚き止めようとしてくるが、それはコーネリアが軽く片手をあげることで制した。

 大丈夫、と視線で告げれば、察したのだろうメイドが部屋を去っていく。


「コーネリア、どうしたんだ、なにかあったのか!? 大丈夫か!?」

「レオンハルト様、どうか落ち着いてください。お話したいことがあってお伺いしたんです」

「話が……。そうか、きみに何かあったわけじゃないんだな」


 落ち着くよう促すコーネリアの声色から大事ないと察したのか、レオンハルトが見て分かるほどに安堵する。良かったと深く息を吐くと同時に呟き、そこでようやく腕を掴んでいた事に気付いたのか慌てて詫びだした。

 もっとも、掴まれたといっても痛むほどではない。むしろそれほどまでに心配してくれたのかと思えば感謝が募る。

 だからこそコーネリアは詫びるレオンハルトを宥め、ソファに座り直した。レオンハルトも向かいに腰掛ける。


 今夜もレオンハルトは繰り返しと同じ夜会用の服を着ている。彼の銀の髪がよく映える、濃紺の布地と銀の飾りが美しい仕立ての良い服装だ。きっとつい先程まで会場に居たのだろう。

 欠席を決めたコーネリアと違い、彼は夜会に出ることにした。

 第一王子としての務めを果たすため、そして自分まで欠席してしまっては良からぬ噂が出回るのではと危惧したのだ。それでいてコーネリアには夜会を欠席して休むように言ってきた。

「あんな事があったんだ、休んだ方が良い」と、震えるコーネリアの肩を優しく擦って促してくれた。


 自分こそが、あの瞬間を見てしまったのに。

 自分だって手が震えていたのに。


 だがそれを話せばあの瞬間の光景を思い出させることになる。

 そう考えてコーネリアはこの話題を出すまいとし、夜会の様子を聞くことにした。


「夜会は順調だよ。ラスタンス家やレチェスター家夫妻の不在に気付いた者はいるが、かといって怪しんでいるふうでもない」

「そうですか、よかった……。レオンハルト様は無理はしておられませんか?」

「大丈夫。父上や母上は事情を知ってるから気遣ってくれるし、マーティスも何かと役目を代わってくれる。俺はぼうっとしてるだけだ」


 だから平気だとレオンハルトが話し、次いで「ところで」と話題を変えた。

 コーネリアを見つめてくる。きっとここに来た理由を、先程コーネリアが口にした『話したいこと』について聞きたがっているのだろう。

 彼の紫色の瞳に促され、コーネリアは頷いて返した。


 話すのは、日中にレオンハルトと公園で会った後、彼と別れてからの事だ。

 コーネリアは予定通りレチェスター家に向かったが、リネットは医師の判断のもと眠らされ、直接様子を見ることは出来なかった。だがグレイスの話からすると、今回もまた彼女の様子は異常なものなのだろう。

 そうしてレチェスター家を出たあとはリネットの友人に話を聞いてまわった。


「オリビア・リスタールをご存じでしょうか」

「リスタール伯爵家のオリビアか。何度か話をしたことがある。彼女と仲が良かったよな」

「はい。それにオリビアはリネットさんととても親しくしていたんです。なので詳しく話を聞けると思い伺ったんですが……」


 オリビアもまた、他の令嬢達と同じような――そして繰り返しの中で聞いたものと同じ――話をしてきた。

 リネットがいかにラスタンス家の訪問を心待ちにし、今夜の夜会を楽しみにしていたか。

 それは以前にもコーネリアが聞いて、そしてレオンハルトにも伝えた情報だ。彼も覚えているのだろうさして驚くでもなく話を聞いている。

 だけど……、と、コーネリアはオリビアとの会話を思い出した。


「私、疑問に思ったんです。リネットさんはどうして今夜の夜会をそれほど楽しみにしていたのか……。今までも王宮の夜会やパーティーに来ておりましたよね?」

「確かにそうだな。ラスタンス家と一緒に夜会に来るのも今回が初めてというわけじゃない。王家主催だから楽しみに、というのも分からないでもないが、かといって友人達に話してまわるほどかというと……」

「だからオリビアに聞いてみたんです。そうしたら、リネットさんにとって今回の夜会は『特別』なんだと」

「特別?」

「はい。リネットさんは今夜……」


 オリビアに聞いた話を思い出せば、あの時の感覚が再び戻ってくる。

 心臓が潰されそうで痛い。心音が自分の身体の奥で響き渡る。


「リネットさんは今夜、婚約者にエスコートをしてもらう予定だったんです」

「婚約者? リネットにか?」

「はい。今夜初めてエスコートされ、そして彼を社交界の方々に紹介すると……。リネットさんは、本当に親しい友人にだけ話していたそうです」

「そうか。リネットに婚約者が……」


 言いかけ、レオンハルトが言葉を止めた。

 きっとリネットの婚約者が誰か勘付いたのだろう。彼の顔色が一瞬にして青ざめる。サァと血の気が失せ、見開かれた瞳が信じられないと訴える。


「まさか、リネットの婚約者というのは……」

「ヒューゴ・エメルトです。リネットさんと彼は、何年も前からお付き合いをし……、今夜それを周囲に話す予定だったんです」


 震えそうになる声をおさえてはっきりと告げれば、レオンハルトが息を呑んだ。

 驚愕と言いたげな表情。紫色の瞳が動揺で揺らぐ。何かを言おうとし、だが言葉に出来ず、それがもどかしいと言いたげに片手で口元を押さえた。


「そうか……、だからヒューゴが狙われていたのか……」


 そういう事だったのか、とレオンハルトが掠れる声で呟く。

 コーネリアはそれに対してゆっくりと深く頷いて返した。



 ラスタンス家は長く領地問題を抱えていた。

 彼等には子供は居らず、親族も少ない。誰に継がせるか決められずにいたのだ。

 そこで夫妻は、娘のように可愛がっていたリネットがいずれ誰かと結婚して子供を産んだ際、その一人を養子にして領地を託そうと考えた。


 そこまでは繰り返しの中で把握している。

 ……だけど。


「『リネットがいずれ誰かと結婚したら』ではなく『リネットがいずれヒューゴと結婚したら』という話だったのか。まだ漠然とした考えだと勝手に思っていたが、もしかしたらかなり具体的に話を進めていたのかもしれないな」

「だから繰り返しの中でヒューゴが狙われていたんですね」

「ラスタンス家の領地を狙う者にとっては、夫妻もだが、なによりヒューゴが邪魔な存在なんだろう。なぜ護衛の彼が狙われるのかと思っていたが、そこで繋がってたなんて……」


 新たに得た情報を元に改めて過去の繰り返しを思い出しているのか、レオンハルトが眉根を寄せて考え込む。

 真剣な表情だ。普段は穏やかな紫色の瞳が今だけは鋭さを宿している。

 そんなレオンハルトに、コーネリアは度々感じていた違和感についても相談しようとし……、


 聞こえてきた声にはっと息を飲んで背後を振り返った。

 視線の先には窓がある。外には小さな小屋。


「コーネリア、どうした?」

「……今、なにか声がきこえませんでしたか?」

「声? だがそっちは誰もいないはず」


 曰く、窓の外にある小屋は庭師が道具を保管したり休憩を取る場所だという。その奥には小さいながらも水を汲める井戸がある。

 美しい庭園からは少し離れており、王宮の裏とまでは言わないながらも関係者以外は足を踏み込まない場所だ。それゆえか、外灯こそ灯ってはいるものの夜会の会場や庭園のような煌びやかな明るさはない。

 今は夜会の真っ只中、来賓達はここまで入り込まないだろうし、メイドや使い達も夜会の給仕に忙しくしているはず。こんな暗い中で庭師が仕事をしているとも思えない。


 となれば、風で起こった葉擦れの音を聞き間違えたのだろうか。

 そうコーネリアは自分の考えを改めようとし……、それでもやはりと立ち上がると窓辺へと寄った。

 なぜだろうか、気になって仕方ない。胸の内がざわつく。


「夜会の客が迷い込んだかな」


 コーネリアに続くようにレオンハルトも立ち上がり窓へと近付く。

 窓を開けると夜の匂いを纏った風が入り込み、コーネリアの金の髪と、レオンハルトの銀の髪を同時に揺らした。

 暗がりの中をじっと見つめて耳を澄ませば、風に乗って夜会の音楽が微かに聞こえてくる。


 それと……、聞こえてくる高い悲鳴じみた声。


「この声は……、リネットさん!」

「コーネリア、見ろ! あそこだ!」


 コーネリアがリネットの名を呼べば、それとほぼ同時に、レオンハルトが窓の外を指さした。

 薄ぼんやりとした外灯に照らされる小屋。誰もいないはずのそこからふらりと姿を現したのは、間違いなくリネット・レチェスターだ。

 彼女は何かを叫ぶように小屋の壁に貼り付き、かと思えば小屋の後ろへと身を隠してしまった。


「リネットさん、待って!」

「駄目だ、こっちの声は届いてない。コーネリアはそこで待っていてくれ!」


 レオンハルトが窓の縁に手を掛け軽い身のこなしで飛び越えると、すぐさまリネットが消えた小屋へと駆けていった。


「レオンハルト様……」


 残されたコーネリアは弱々しい声で小さく彼の名を呼び、縋るようにカーテンを握りしめた。

 胸がざわつく。先程まで聞こえてきた夜会の音楽も、今はもう己の内で響く心音に邪魔をされて耳に届かない。

 つい先程までレオンハルトと居たのに、扉を開けて通路に出れば誰かしらいるかもしれないのに、ましてや同じ建物内で夜会が開かれ大勢の来客がいるというのに、それでも自分だけが隔離された別世界に放り込まれたかのように感じてしまう。


「どうしてリネットさんが……」


 いったい何があったのか、どうしてリネットがこんな所に居るのか。

 確かに彼女が夜会に来たことはあった。会場に突然現れたかと思えば、何かを喚き、そして何かを追うようにして会場を出て行ってしまったのだ。

 ならば先程の彼女も何かを追っているのだろうか。だけど小屋の周囲にはリネット以外の姿は見つけられなかった。


「そうだわ、誰か呼ばないと」


 突然のことに足が震えそうになるのをなんとか堪え、窓と対極にある部屋の扉へと向かった。


 部屋を出て、たまたま通りがかったメイドに事態を伝える。

 もっとも詳しく話す暇はない。様子のおかしいリネットが窓の外に現れ、レオンハルトが彼女を追っていった。警備を呼んで欲しい。それとレチェスター家への連絡を。だが大事にはしないように、と、それらを手早く伝える。

 話を聞いたメイドが慌てた様子で小走り目に駆けだすのと同時に、コーネリアは再び客室へと戻った。


 開けたままの窓から風が入りカーテンを揺らす。

 窓へと近付くと縁に手を掛け、コーネリアは先程のレオンハルトのように軽い身のこなしでひらりと……、とはいかないながらも、窓を乗り越えて外へと降り立った。




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