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04:同じ今日の、たった一つの違い


 

 コーネリアが躊躇いの声を漏らした瞬間、レオンハルトが紫色の目を見開いた。

 驚愕の表情だ。コーネリアもまた呆然として彼を見つめれば、互いの視線がかち合う。


「……コーネリア、きみは」


 レオンハルトがコーネリアに近付いてくる。

 コーネリアもまた、もしやという考えを抱いて彼へと歩み寄ろうとした。


 だが互いに明確な言葉を発する前に「レオンハルト!」という叱咤の声が割って入ってきた。

 レオンハルトの父親、国王だ。普段は温厚な彼も今だけは怒りを露わにし、レオンハルトの腕を強引に掴んで自分の方へと向かせた。

 らしくなく怒りと焦りを露わにしたその表情は、娘のように大事にされているコーネリアでさえ臆してしまう程。


「お前、いったい何を馬鹿なことを言ってるんだ! つり合わないだと!?」

「父上、待ってください、今は……!」

「まさかこんな場でそんな事を言うなんて……。こちらに来い!」


 周囲の目を気にしたのだろう、レオンハルトの腕を掴み強引にこの場から連れ出そうとする。

 レオンハルトは強引に腕を引かれたことで歩かざるを得ず、それでもコーネリアへと視線を向けてきた。

『昨日』は婚約破棄を言い渡すと未練はないと踵を返して去ってしまったのに、今夜の彼の表情には焦りや驚愕が綯い交ぜになっている。


 明らかに『昨日』とは違う。


「レオンハルト様……!」


 コーネリアが彼を追おうとする。

 だがコーネリアもまた腕を掴まれ、進むことが出来なかった。腕を掴んだのは母だ。眉尻を下げて見つめてくる。


 この後の展開をコーネリアは知っている。婚約破棄を言い渡された娘を案じた母により中庭に連れ出されるのだ。

 昨日はコーネリアも大人しくそれに従い、母の気遣いに感謝をしていた。

 だけど、今回は違う。


「放してお母様。私、レオンハルト様と話をしたいの……!」

「気持ちは分かるわコーネリア。でもここはお父様に任せて、一度外に出ましょう」

「違うの、そうじゃない。私……、」


 母に訴えようとし、コーネリアは周囲の視線に気付いて言葉を止めた。

 好奇の視線が注がれる。それでいてコーネリアが見回せば誰もがそそくさと顔を背けてしまう。だが一人として立ち去ることはない。

 なんて居心地が悪い空気なのだろうか。その視線は自分にだけではなく母にすらも向けられている。


 既にレオンハルトは父である国王により連れ出されており、今から彼等を追いかけるのは難しいだろう。

 ならばひとまず自分も退こう。

 そう考え、コーネリアは母に手を引かれながら会場を後にした。


 まるで昨日のように。



 その後は全てコーネリアの記憶の通りだった。

 中庭で一人で過ごしていたところ父が訪れて慰め、帰ろうと促してくる。両陛下が心配する必要は無いと言っていた、そう話す言葉もまた記憶にある通りだ。

 乗った馬車での会話も同じである。気に病むことはないという父の優しい言葉、そして気を遣い話題を変えた母は今回もまたレチェスター家が来ていない事を話し、それが終わるやコーネリアが選んだネックレスへと話題を変える。

 屋敷に戻ってからも同様で、メイドのヒルダは婚約破棄を言い渡されたコーネリアを慰め、そしてレオンハルトの発言に怒りを露わにした。

 まさか王子に対しての「いったい何様のつもりなのかしら!」という言葉を二度も聞くことになるとは思わなかった。もちろん、今回も「何様って王子様でしょ」という発言は飲み込んだ。


 そうしてヒルダを退室させ、コーネリアはベッドにポスンと倒れ込んだ。


「……どういう事なのかしら」


 天井を見上げて呟いても当然だが返事は無い。


 思い出されるのは、婚約破棄を言い渡した時のレオンハルトの様子。

 昨日の彼は淡々とした声色で婚約破棄を告げてきた。コーネリアに対して怒りもなければ未練もなく、ただ決定事項を告げるだけのような声色。表情も仕草も落ち着いたもので、そうして破棄を告げるや説明もせずに踵を返して場を離れてしまったのだ。

 だが先程の彼はどうだ。婚約破棄の文言こそ同じだったが、声には戸惑いの色が濃く、そして言葉を詰まらせることもあった。さながら決められた台詞を理解しきれぬまま口にしているかのようなあやふやさ。

 なにより、彼は困惑するコーネリアに気付いて驚愕していた。コーネリアに話しかけようとし、そして国王に腕を引かれて場を後にしたのだ。


『昨日』と同じように繰り返される『今日』の中で、レオンハルトだけは明確に様子が違っていた。

 驚愕に見開かれた紫色の瞳。あれは昨夜にはなかった。確かにそう言える。


「レオンハルト様は何か知っているのかしら。明日、朝一で王宮に伺って話を聞かないと」


 ヒルダを退室させる際、彼女は明日は遅めに起こしに来ると言っていた。

「明日は何のご予定もありませんので、朝は普段よりも遅い時間にお声掛けしますね」と。これもまた昨日告げてきた言葉とそっくり同じた。それに気付いた瞬間にぞっと怖気が走ったが、ヒルダは異変を感じることなく就寝の挨拶を口にし頭を下げて去っていた。

 だが明日レオンハルトに話を聞きにいくと決めたのなら、普段通り、いや、普段よりも早く起こしにきてほしい。もっとも、わざわざヒルダを探して訂正する気はない。

 自分で起きてレオンハルトに会いに行けばいいのだ。そう考え、コーネリアはゆっくりと眠りについた。



 ◆◆◆



 そうして、夜が明け、朝がくる。

 ヒルダの声に起こされたコーネリアは、眠る間際の決意もどこへやら深く眠り込んでしまった事に気付いて慌てて身を起こした。

 しまった、と己を悔やむ。だが悔やんだところで時間が戻るわけではない。すぐにでも王宮へ向かえばいいのだ。

 そう考え、身支度の準備をしているヒルダを呼んだ。王宮へ向かうことを伝え、相応の衣服と馬車の手配を頼まなくては。


「ねぇヒルダ、今から私王宮に」


 王宮に行くから、そうコーネリアが言い掛けるも、途中でヒルダがくるりとこちらを向いた。



「おはようございます、コーネリアお嬢様。本日の夜会、楽しみですね。レオンハルト様にお会いするのは久しぶりでしょう」



 彼女の言葉に、コーネリアは言葉を失った。

 そして同時に理解した。


『明日、朝一で王宮に窺って話を聞かないと』と自分は考えていた。

 だが今はその『明日』ではなく、三度目の『今日』なのだ。



 時間は戻らない。

 だけど『明日』はこない。『今日』を繰り返しているのだ。




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