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33:十回目の今日、二度目の自由

 

 

 カルナン家の美しい庭園、補整された道を一頭の馬が優雅にゆっくりと進んでいく。

 

「今まで乗馬の経験は無いとお伺いしておりますが……、本当に経験は無いのですか?」

「えぇ、そうよ。『昨日』までは馬に乗った事はないわ」


 驚きを隠し切れぬと言いたげな御者に問われ、コーネリアは馬上で得意げに微笑んでみせた。

 その間も馬はゆっくりとだが足を進めている。コーネリアが手綱を操ると止まり、指示を出すと再び歩きだす。さすがに走らせることは出来ないし、まだ人が歩くのと同程度の速さだ。だが歩かせていることに変わりはない。

 馬に跨り眺めるカルナン家の庭の景色のなんと美しいことか。


「はじめてなのに臆すことなく手綱を操って乗りこなすなんて素晴らしい。旦那様、奥方様、本当にコーネリアお嬢様は乗馬の経験が無いんですか?」

「えぇ、そうよ……。そうよね? ねぇあなた?」

「あぁ、そのはずだが……」


 感動すらしている御者の問いに、両親は驚きと疑問を露わに顔を見合わせている。

 次いで二人が視線を向けるのは第二の母であるヒルダなのだが、彼女もやはり疑問を隠しきれぬ様子で「そのはずですよね?」と主人達に返した。様子を見に来たメイドや庭師までもが不思議そうな顔をしている。


 なにせコーネリアは『昨日』までは一度として馬に乗ったことはなく、乗馬に興味を示すことも無かった。移動は専ら馬車で、御者台に座った経験もない。

 公爵令嬢という身分、性格、どれをとっても自ら馬に跨り手綱を握るなど有りえなかったのだ。

 だというのに突然「馬に乗るわ」と言い出し、それだけでも驚きだというのに、いざ跨ると悠々と手綱を操るではないか。歩く、止まる、方向を変える、細かな指示の出し方すらも御者が説明する前に披露してみせた。


 この光景に誰もがみな驚きを露わにする。

 そんな彼等の表情が、そして注がれる視線が面白く、コーネリアは見せつけるように馬から降りた。もちろん一人で。御者が手を差し伸べて来たが、それを「大丈夫よ」と躱してひらりと降りた。――これは前回の『今日』に何度も練習してようやく習得出来た――

 手綱を受け取る御者の表情は驚きと喜びと期待が混ざり合っている。


「なんて素晴らしい。きっとセンスがあるのでしょう。毎日練習をすればコーネリア様ならば直ぐに上達しますよ」

「明日からお願いしても良いかしら」


 本当は毎日お願いしてるんだけど、とコーネリアは心の中で付け足した。

 はじめて馬に乗った時の『今日』から、朝食の後には乗馬の練習をしている。教えてくれるのは今目の前にしている御者だ。そしていつも彼は毎日練習をすればと同じことを言い、それに対してコーネリアは「明日から」と彼に練習をお願いしている。

 御者は驚いているが、コーネリアが馬に乗れるようになったのは他でもない彼のおかげだ。


「もちろん、お任せください。こういう事は一日掛かりよりも毎日コツコツと積み重ねる方が体が覚えて上達してゆくものです。それに今日は突然でしたので準備の整っている馬を選びましたが、明日にはコーネリア様と」

「私と気の合いそうな子を選んでおいてね。でも、明日までじゃなくて出来れば今夜までに選んでおいて」


 興奮気味に話す御者の話を遮って告げれば、彼は驚いたように目を丸くさせた。

 どうしてそれを、と言いたげな表情だ。だがコーネリアはいたずらっぽい笑みを浮かべるだけで詳細は話さず、「さぁ準備運動は終わり、次が本命よ」と弾んだ声で歩き出した。




 その日のカルナン家は騒然としていた。貴族の筆頭であり歴史の長い公爵家とは思えない様子で、少なくとも今代では過去一と言えるだろう。

 両親は驚愕し、ヒルダは右往左往し、屋敷のメイドや使い達も「コーネリアお嬢様がこんな事を」と慌てふためいている。誰もが驚きのあまり仕事が手につかずにいたが、それを咎める者もいない。

 もちろんコーネリアのせいだ。今まで品行方正で誰もが憧れる令嬢だったからこそ、破天荒と言える行動に誰もが理解出来ず、なかには「日々の不満があってそれを発散させているのでは」だの「誰にも言えない鬱憤が溜まっての行動では」だのと精神状態を心配する者まで出る始末。


 あまりの周囲の反応に、思わずコーネリアもやりすぎたかもしれないと考えてしまった。


(これでもし『明日』になってしまったら、うまくレオンハルト様のせいに出来るかしら)


 カルナン家の通路を歩きながらコーネリアは思わず不安になってしまった。

 今日一日の行動を思い返すと、婚約破棄を脅しにされて……という理由では済まされない気がする。

 ……なにせ、先程から常にヒルダが後ろをついて歩いているのだ。もちろんコーネリアがこれ以上突飛な行動をとらないように見張るためだ。


「ヒルダ、そんなに見張らないでも平気よ。もう何もしないわ。あとはお母様の部屋に行ってネックレスを選んで、ドレスに着替えて夜会に行くだけ」

「ですがお嬢様、本日のお嬢様の様子はおかしいとしか言いようがありません。私は心配で心配で……」


 ヒルダの訴えにコーネリアは「大袈裟ね」と肩を竦めた。

 もっとも「大袈裟」とは言いつつもそれほどまでの事をしたという自覚はあるのだが。


(みんながこれほど驚いたんだもの、きっとレオンハルト様も私の話を聞いたら驚くわ。でも、レオンハルト様はどんな風に今日を過ごされたのかしら)


 最初の『五回目の今日』で、彼は剣の稽古をつけてくれる講師に殴りかかったと言っていた。

 同じことをしたのだろうか? それとも別のことをしたのか? トマトスープは残せただろうか。

 レオンハルトの今日一日を想像するとコーネリアの胸は更に弾む。今すぐに彼に今日の事を話したいが、それと同じぐらい、すぐに彼の話を聞きたいとも思う。

 自然と表情が和らぎ、それに気付いたヒルダが苦笑を浮かべた。


「驚かされましたが、お嬢様が嬉しそうにしているのが一番ですね。たまにはこんな日も良いかもしれません」

「そうね。『明日』からは五日に一回はこんな日を過ごそうかしら」

「それは頻度が高すぎます」


 ぴしゃりとヒルダに咎められ、コーネリアは肩を竦めた。


 もちろんそれ程の事をしたという自覚はやっぱりあるのだが。



 ◆◆◆



 そうして訪れた夜会で、コーネリアはさっそくとレオンハルトを探した。

 彼に今日のことを話したい。そして彼が今日どう過ごしたかを聞きたい。

 考えるだけで胸が弾む。同じ一日を繰り返すという異様としか言えない状況に置かれてもなおこんな気持ちになれるのは、レオンハルトが居てくれるからだ。


「レオンハルト様」


 夜会の会場内を探し周り、外に出ると中庭の一角に立つ彼の姿を見つけた。

 夜空を眺めているのか頭上を見上げている。夜の闇を背負うように一人立つ彼の姿は絵になっており、外灯が美しく彼の銀の髪を照らす。コーネリアが声を掛けるとこちらを向いて穏やかに微笑んでくれた。その笑みも麗しく、そして暖かくて優しい。


「レオンハルト様、こちらにいらしたんですね」

「すまない、探させてしまったかな」

「いえ、大丈夫です。それよりどうして外にいらっしゃるんですか?」

「会場内は……。ほら、父上やマーティスが居るだろう。出来るだけ顔を合わせたくないんだよ」


 やらかしたから、とレオンハルトが悪戯っぽく笑う。麗しさの中にあどけなさを見せる笑顔だ。つられてコーネリアも笑みを浮かべてしまう。

 仮に他の者ならば「いったい何をしたんですか?」とレオンハルトを問い質すだろう。今日の彼の行動を知っている者ならば咎めるか、もしくは「すぐに陛下とマーティス様のもとへ」と彼を連行したかもしれない。

 だがコーネリアは別だ。彼が『十回目の今日』を自由に過ごせたのだと分かれば、自分のことのように嬉しくなってくる。


 いったい彼はどんな事をしたのだろうか。

 それを問おうとするも、レオンハルトが先に「今日はどう過ごしたんだ?」と尋ねてきた。


「私ですか?」

「あぁ、『十回目の今日』は俺を驚かせるんだろう? 何をしたんだ?」


 レオンハルトの声は心なしか弾んでおり、瞳にも期待の色が見える。

 それに対してコーネリアは得意げに笑みを浮かべ、朝からの事を話し始めた。


 同じ朝を迎えつつ、一字一句違わぬヒルダの言葉に先手を打って返した。あの時の彼女の驚きようと言ったらない。

 朝食を取り、その後は馬に乗った。手綱を操り優雅に馬を歩かせると誰もが驚き、御者や家族どころか使い達までもが初めての乗馬なのかと確認しだす。御者は自分が教えたなどと露程も思っていないのだろう。


 そしてその後は……、


「私、カーテンとベッドシーツを結んでロープにして、窓から外に出てみたんです!」


 声高にコーネリアが宣言すれば、レオンハルトは言われた言葉が理解出来なかったのか一瞬唖然とし……、


「窓から!?」


 驚いたと言わんばかりに声をあげた。


「えぇ、窓からです。カーテンとシーツを三枚結び合わせました」

「そ、それは大胆なことをしたな……。夫妻は随分と驚いただろ、夫人は卒倒しかねないな」

「私もさすがに降りる様を見せたら心配させてしまうと思い、終わった後に報告しようと思ったんです。……ですが」


 結び合わせて造った即席ロープは窓から地面まで十分な長さがあり、するするとまではいかないが、それでも順調に降りていくことが出来た。

 ……のだが、コーネリアの自室の真下にある客室に両親とヒルダが居り、よりにもよって降りている最中をばっちりと見られてしまったのだ。それどころか母とは目が合ってしまった。


「どうやら、客室の調度品を変える相談をしていたそうなんです。その最中に窓の外に布が垂れてきて、なにかと話し合っていると……」

「そこに上からコーネリアが降りてきたというわけか。それは……、さぞや驚いて……」

「レオンハルト様、我慢は毒ですので笑いたければどうぞ」


 笑ってください、とコーネリアが許可を出せば、レオンハルトが声をあげて笑いだした。


「いいなぁ、俺も見てみたかったな!」

「もしも繰り返しが今回で終わって『明日』がきたら、すべてレオンハルト様の責任にさせて頂きます。そうしたら私を脅してもう一度やらせてみたらいかがですか?」

「そうか、俺がやらせたことになるんだもんな。そうしたら是非とも見せてもらおう。その時には上質な布を用意するよ」


 楽しそうに話すレオンハルトにコーネリアも笑って返す。

 それと同時に思い出すのは、カーテンを結んで部屋から出た時の緊張と、地面に足を着けた時の爽快感。地面に立って自室の窓を見上げ、改めてそこから降りたのだと考えれば、自分でやっておきながらとんでもない偉業に思えてしまう。

 両親達は慌てて駆け寄って窓越しに案じてくるが、それに対しては「どうってことないわ」と返しておいた。あの言葉も爽快感に拍車をかけた。

 それを誇って話せば、レオンハルトはまるで自分が行ったかのように嬉しそうな表情で頷いてくれた。


「だが、どうしてそんな事をしたんだ?」

「五回目の『今日』に読んでいた本に書いてあったんです。閉じ込められた主人公がカーテンを結んで部屋から逃げ出すんですが、そんな事が実際に出来るのかと気になって試してみました」

「そうか、俺も参考にさせてもらおうかな」


 レオンハルトがコーネリアに婚約破棄を言い渡した後、彼は父親から自室にいるように告げられる。部屋の外には監視付きだ。

 それでも彼は窓から外に出てコーネリアに会いにカルナン家を訪ねてくれる。曰く、レオンハルトの自室は三階にあるが、窓の外には背の高い木が植えられていて容易に移れるという。


「さっそく今夜はカーテンを使ってみようか」


 笑いながら話すレオンハルトに、コーネリアもまた冗談めかしてカーテンを結ぶ際のコツを教える。

 そうして今度はレオンハルトの番だと彼を呼んだ。



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