25:夜会で彼を探す
リネットの友人のもとを訪ねても、残念ながら今以上の情報は得られなかった。
分かった事と言えば、リネットが今夜の夜会と、そしてラスタンス家の訪問を随分と楽しみにしていたと言う事だけだ。
聞いて回った令嬢達の殆どが話すのだからよっぽどなのだろう。リネットは控えめで奥手な性格だと思っていたが、気分が弾むと饒舌になるのかもしれない。
(それほど楽しみにしていたのに、今のリネットさんは夜会どころじゃなかった……。むしろ夜会の事なんて覚えているのかも分からない。なんだか別世界に行ってしまったようだった……)
「……リア、コーネリア、どうしたの?」
母に名を呼ばれ、考え込んでいたコーネリアははっと我に返った。
目の前には絢爛豪華な夜会会場が広がっている。……見慣れた夜会の会場だ。沈んだ胸中にはあまりに眩しすぎて眩暈すら覚えかねない。
「いえ、大丈夫よ。ちょっと考え事をしていただけ」
「考え事?」
「ええ、そうなの。……レオンハルト様にお話があるんだけど、どちらにいらっしゃるのかと思って」
すぐにリネットの事を説明しなくては。
だがそんな事を母に言えるわけがなく、「ご挨拶をしたいの」とそれらしい事を言い、レオンハルトを探してくるとそそくさと両親のもとから離れていった。両親は不思議そうに見つめてきたが、幸いそのタイミングで知人が話しかけてくれたおかげで追いかけては来ない。
だが夜会の会場を探してもレオンハルトの姿はなく、それが妙にコーネリアの気持ちを焦らした。
思い返せば、繰り返しの夜会の中では常に彼の方から探して声を掛けてくれていた。夜に話をしに来てくれたのもレオンハルトからで、それ以降もずっと彼が来てくれている。コーネリアが自ら率先して彼のもとへ足を運んだのは三度目の今日ぐらいではなかろうか。
そう考えると話しかけるだけで手こずっている自分がもどかしく、そして彼にばかり負担を掛けていたことが申し訳なく、会場内を探してまわる足が自然と早くなる。
そうして焦燥感に駆られながら会場内を足早に歩き……、「コーネリア」と呼ぶ声と、同時にぐいと軽く手首を掴まれた。
「レオンハルト様!」
彼の名を呼びながら振り返る。
だがその振り返った先に居たのは、レオンハルトではなく……、
「あ、マーティス様……」
紫色ではなく青色の瞳がコーネリアを見つめる。
その瞳に、目の前にする青年の姿に、コーネリアの思考が「違う」とはっきりと訴えた。
レオンハルトではない、マーティスだ。違う。兄弟だけあり顔付きは似ているが、それでも確かに違う。
「コーネリア、突然すみません」
掴んだことを詫びながらマーティスが手を放す。それに対してコーネリアは胸の内のざわつきを落ち着かせ、「こちらこそ」と彼の呼びかけに応えられなかった事を詫びて返した。
夜会の会場は賑わってはいるが騒々しいという程ではない。あちこちで聞こえる談笑の声は品良く穏やかで、楽団は音楽を奏でるがそれも会話を邪魔するものでもない。
そんな中でもマーティスの声に気付けなかったのは、それほどコーネリアが必死になっていたという事だ。
「申し訳ありません。少し急いでおりましたので。何かありましたでしょうか?」
「それは僕の方こそ申しわけない。ただ兄上がコーネリアに話があると言っていて」
「レオンハルト様が! どちらにいらっしゃるんですか!?」
レオンハルトの名前を聞くやぐいと身を寄せて問えば、その勢いにマーティスが驚いたと言いたげに目を丸くさせた。
彼の態度にコーネリアは己が取り乱してしまった事をようやく自覚し、慌てて身を引いた。「失礼しました」と詫びる。
どうやら思っていた以上に自分は焦燥感に駆られていたようだ。マーティスには気付かれないよう深く息を吐いて己を落ち着かせる。
「申し訳ありません、私もレオンハルト様にお話があって探しておりましたので、つい……」
「コーネリアも? そうだったんですか。兄上はあまり夜会には出たくないと言って奥にいるんです。一緒に来てもらっても?」
「夜会には? レオンハルト様はどうなさったのですか?」
マーティス曰く、レオンハルトは人前に出ることを嫌がり、わざわざマーティスにコーネリアを探してくれと頼んできたらしい。
その話にコーネリアの胸に再び不安と焦燥感が湧き上がる。今までの繰り返しの中でレオンハルトが夜会を拒否する事は無かったのに……。
そんな不安が顔に出ていたのか、マーティスが気遣うように「落ち着いて」と宥めてきた。
だが理由は話さずにひとまずはと移動を促してくるあたり、表立っては話せないことなのか……。
そうしてマーティスに連れられ、夜会の会場を出る。
会場の裏手と言えるだろうか。もっとも裏手と言えどもここは王宮だ。飾られている絵画や調度品は品良く高価なもので、厳かな空気は失われず、通りがかったメイドも慌てる様子はなく落ち着いた態度で頭を下げてくる。
だが夜会の華やかさは流石にここまでは届かず、それでいて夜会の音は聞こえてくる。
同じ場所にいるのに別の次元に迷ってしまったような、夜会の会場にいるのに一人だけ違う場所に迷い込んでしまったような違和感。それが余計に不安を煽り、胸の内がざわつく。
「マーティス様、レオンハルト様はどうなさったんですか?」
「今朝、兄上は早くに北の領地に向かったんです。北の領地を治めているラスタンス家に不穏な噂があるらしくて。だけど途中で……」
「途中で、何が?」
「落石にあい……」
マーティスの沈んだ声にコーネリアは息を呑んだ。自分の喉から細い声が漏れる。
すぐさまマーティスの腕を掴み「それでレオンハルト様は!」と彼の無事を尋ねた。
「あ、安心してください。兄上は無事です。腕を痛めたけれど数日で治ると医者も言っていました」
「そうなのですね……。でも、『レオンハルト様は無事』ということは……」
レオンハルトが無事だと知り一度は安心したものの、すぐさまマーティスの言葉に引っかかりを覚え、コーネリアの胸の内が凍てつく。
レオンハルトは無事だった、と言う事は、彼以外の誰かが被害にあったということだ。
まさかまた、と考えるのとほぼ同時に、「コーネリア!」と呼ぶ声が聞こえてきた。
見れば、通路に並ぶ扉の一つ、そこを開けてレオンハルトがこちらを見ている。
彼の姿にコーネリアはすぐさま駆け寄った。青ざめた彼の表情が、肩から腕を布で吊ったその姿が、なんて痛々しいのだろうか。
「レオンハルト様、御無事で……。あぁ、でも、腕が……。それに、落石は……!」
「落ち着いてくれコーネリア。ひとまず部屋に。マーティス、彼女を連れてきてくれてありがとう」
レオンハルトが声を掛ければ、マーティスが頷いて返した。
どことなく驚きを隠しきれぬ表情をしているのは、レオンハルトを案じるコーネリアと、そして二人のやりとりが意外だったと言いたいのだろう。彼の知る『昨日』までの関係を考えれば仕方ない。
だが今のコーネリアにはそれを説明する余裕などなく、せめてと自らもマーティスに礼を告げた。その声も上擦っている。
「少ししたら俺も顔を出すが、この姿だと余計な心配を掛けさせかねないな。ラスタンス家についてはまだ少し伏せておきたいし……。マーティス、悪いんだがそれとなく根回ししておいてくれないか」
「かしこまりました。兄上は年甲斐もなく馬に乗ってはしゃいで走り回って落馬した、と皆に伝えておきます」
「あぁ、それは良いな」
マーティスの冗談にレオンハルトが苦笑を浮かべて返す。次いで「よろしく」と一言告げて夜会の会場へと戻る彼を見送った。
コーネリアも託すようにマーティスが去っていくのを見届け、レオンハルトに促されて部屋へと入った。




