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21:その結末を分かっていても

 


 王宮の中庭へと出て、用意してもらった軽食をとりながら話すことしばらく……。


「コーネリア?」


 ふいにコーネリアの名を呼ぶ声が聞こえた。

 見れば、建物同士を繋ぐ通路に一人の青年が立っている。不思議そうな表情をし、そのうえ進路を変えるとこちらに向かって歩いてきた。


「マーティス様」


 第二王子の名を口にし、コーネリアはティーカップをティーソーサーに戻すと慌てて立ち上がり、スカートの裾を摘まんで品良く挨拶をした。


 マーティス・ベルティエ。この国の第二王子でありレオンハルトの弟だ。

 彼はコーネリアの挨拶に返して座るように促すと、次いで不思議そうな表情を浮かべた。彼の視線が、コーネリア、茶器や軽食の置かれたテーブル、そしてコーネリアの向かいに座るレオンハルト、と順繰りに巡っていく。


「コーネリア、今日はいったいどうしたんですか?」

「王宮の書庫で調べものをさせて頂いております。マーティス様にご挨拶もせずに申し訳ございませんでした」

「いや、それは気にしないでください。それより……、調べものは兄上と?」


 マーティスの視線が、今度はレオンハルトへと向けられる。

 相変わらず不思議そうな表情だ。彼どころか後ろに控えている使い達も同じような表情をしている。

 だがコーネリアが王宮に居ること自体はさほど珍しいことではない。公爵家令嬢として、そしてレオンハルトの婚約者であり次期王妃として、幼少時から何度も王宮を訪ねている。

 その際に、こうやってマーティスと会って挨拶をすることも少なくない。


 ならばなぜマーティスが今に限って不思議そうにしているのかと言えば、コーネリアがレオンハルトと居るからだ。

 それも、共に調べものをして、休憩がてら中庭で昼食を摂っている。意外だ、とマーティスの表情が言葉にせずとも訴えてくる。


(……そうね、昨日までの私とレオンハルト様しか知らないのなら、不思議に思うのも仕方ないのよね)


 以前まで、否、『今日』を繰り返していない者達にとっては『昨日』まで、コーネリアとレオンハルトはそこまで親しくなかった。

 といっても仲違いをしたことはないし、会えば話もする。必要な時には彼にエスコートを頼んでいたし、その際には互いにそつなくこなしていた。ぞんざいに扱ったことも無ければ、ぞんざいに扱われた事も無い。

 少なくとも、コーネリアはレオンハルトに対して嫌悪や負の感情は抱いていなかった。だがあくまで『嫌悪や負の感情は無い』というだけで、さりとて好意を抱いていたわけではない。


 そんな仲の二人が中庭で親しく食事をしている。

 繰り返していないマーティスや周囲の者達からしてみれば、昨日まで疎遠だった二人が一日どころか半日程度で突然親しくなったのだ。彼等が疑問を抱くのも当然である。


 だからといって、いったい何をどう説明すればいいのか。そもそもコーネリアが今の状況を説明してほしいぐらいだ。

 説明の仕方を考えあぐねていると、レオンハルトが代わりに話し始めた。


「北の領地について調べようと思って、コーネリアに協力して貰ってたんだ。あそこは、ほら……、少し問題を抱えているだろ」

「北の領地? あぁ、ラスタンス家ですか」

「そうだが、何か知ってるか?」

「いえ、そこまで詳しくは。ただ、跡継ぎがまだ決まっておらず揉めているとだけは聞いています。確かに把握しておくに越した事はありませんね。僕も手伝いましょうか?」

「今のところ俺とコーネリアで十分だ。何かあれば頼むよ」

「分かりました」


 穏やかに会話を終え、マーティスが使いを連れて去っていく。

 去り際にコーネリアに対して「ではまた夜会で」と告げ、これにはコーネリアも恭しく頭を下げ「楽しみにしております」と返した。


 そうしてマーティスの姿が見えなくなると、コーネリアは深く息を吐いた。

 咄嗟になんと答えるべきか分からなくなってしまったが、レオンハルトがうまく話してくれて良かった。

 彼が話した通り、問題を抱えた領地について王族が把握しようと調べるのは当然の事だ。それが次期王であるレオンハルトと、未来の王妃であるコーネリアなら誰も疑問には思わない。


「レオンハルト様、先程はありがとうございました。私、咄嗟にどう言って良いのか分からなくなってしまって……」

「いや、構わないよ。だが既に北の領地の問題を把握してるなんて、さすがマーティスだな」


 ふっと軽い笑みを浮かべ、レオンハルトがマーティス達の去っていった先を見つめる。

 穏やかで柔らかな表情だ。……だけどどうしてか、コーネリアにはどこか悲しそうに見えた。


「……レオンハルト様?」

「そういえば、この繰り返しが始まった当初、俺はマーティスを慕う人物が繰り返しを起こしているんじゃないかと考えたんだ」


 コーネリアが名を呼ぶのと同時に、レオンハルトがパッとこちらを向いた。

 ほぼ同時に話しだしてしまい彼が目を丸くさせる。驚いた様子で「どうした?」と尋ねてくるが、それに対してコーネリアは答えようもなく「気にしないでください」と笑って返した。


「それより、マーティス様を慕う方が繰り返しを起こしたというのは?」

「たんなる推測だよ。今のところマーティスは誰とも婚約をしていないし、良い人がいるという話も聞いていない。だがもしも秘密裏に恋仲にある女性がいたり、密かにマーティスを慕う者がいたらと思ってさ」

「マーティス様に……。ですが、仮にいたとしてどうして繰り返しを?」

「俺がコーネリアに対して婚約破棄を言い渡せば、きっと王位継承権はマーティスに譲られるだろう。そして改めてきみとマーティスの婚約が成立される。そうなるとマーティスを慕う者には望みが無くなるだろう」

「それは……」


 レオンハルトの話に、コーネリアは言葉を詰まらせた。


『王族らしからぬ身勝手さゆえレオンハルトは王位継承権を剥奪され、弟のマーティスが次期王となる。兼ねてから王妃教育に励み次期王妃には他にいないと言われていたコーネリアは、改めてマーティスと婚約を結び次代の王妃に……』


 これはかつてコーネリアも予想していた事だ。最初に婚約破棄を言い渡された際、そうなるかもしれないと考えていた。

 両陛下と話をした父も『心配はないと仰っていた』と言っていたのだから、この展開の可能性は高かっただろう。コーネリアも、仮にこの話を他の人から聞かれていたら頷き、同意を求められれば「そうかもしれませんね」と断定こそせずとも暗に肯定はしていたかもしれない。


 だがそれを、他でもないレオンハルト本人が言うのは……。

 肯定など出来るわけがない。


(そもそも、レオンハルト様はどうしてそこまで分かっていて婚約破棄を言い渡したのかしら……)


 そんなコーネリアの疑問をよそに、レオンハルトは自分の発言の歪さにも気付かずに話を続けた。


「マーティスはあれで意外と自分の事には疎い一面があるんだ。だから密かに思いを寄せられていても気付いていない可能性は高い。そんな女性が、マーティスを取られまいと俺達の婚約破棄を阻止するために……、って考えたんだ」

「レオンハルト様、それは……」

「だから三度目と四度目は婚約破棄を口にはしなかった。四度目に至っては俺と君の仲が良いと周囲が言い出すほどだった。だが結局は夜が明けても『今日』になったから、この可能性は無いと思ったんだ。事前に君に話しておくべきだったな」


 あらかた話し終え、レオンハルトが一人で推測し行動していた事を詫びてくる。

 だがコーネリアはこれに対して碌に応えることは出来ず、上擦った声で「謝らないでください」と返すだけだった。

 むしろ自分の方が謝りたいくらいだ。だが何に対しての罪悪感なのか。レオンハルトの話にはコーネリアを責める色など一切無く、ただこの繰り返しについてを真剣に考えているだけなのだ。


 だけど……。


(レオンハルト様は、自分が王位継承権を剥奪されると分かっていて私に婚約破棄を言い渡したの? もしかして、それほどまでに私との結婚が嫌で……)


 その可能性を考えた瞬間、コーネリアの胸がズキリと痛みを覚えた。


「……っ」


 思わず声を詰まらせる。心臓が鷲掴みにされたかのような感覚。

 咄嗟に胸元を押さえれば、異変に気付いたレオンハルトが案じるように名前を呼んできた。


「大丈夫か?」

「いえ、……特に、なにも。大丈夫です」

「それなら良いんだが。少し長く休憩し過ぎたな、そろそろ書庫に戻ろうか」

「はい……」

「まだこの後は夜会があるんだ。俺は今回も婚約破棄を言い渡すつもりだから、君の周りも少し騒々しくなる。あまり無理をしないでくれ」


 具合が悪かったら直ぐに言うように告げてレオンハルトが席を立つ。

 手近にいたメイドに片づけを命じる彼の姿は普段通りだ。「行こうか」と声を掛けてくるその表情も穏やかで優しい。


 だけど今夜、彼はコーネリアに婚約破棄を言い渡す。

 一方的に、コーネリアの話もろくに聞かずに、つり合わないという理由で。


 その結果、王位継承権が剥奪されると分かっていて。


「昨日まではそんな素振りもなく、かと思えば日中は一緒に調べものをして向かい合って食事を摂る。それなのに夜には婚約破棄だ。今夜の夜会ではきっとマーティスはわけが分からないと混乱するだろうな」


 書庫へと向けて歩きながら、レオンハルトが悪戯っぽく笑う。

 きっと出来た弟が混乱する様を想像しているのだろう。凛々しい顔付きの中に、まるで悪戯を企む子供のようなあどけなさが混ざる。


「マーティスはいつも落ち着いていて、混乱する姿なんて見せたことがないんだ。いったいどんな顔をするかな」


 そう話すレオンハルトの隣を歩きながら、コーネリアは上擦った声で「そうですね」とだけ返した。



◆◆◆



 書庫での調べものを終え、カルナン家に戻り夜会の準備を始める。

 そうして迎えた夜会で、予定通りレオンハルトは婚約破棄を言い渡してきた。


『コーネリア・カルナン、きみと俺とではつり合わない、きみとの婚約は破棄させてもらう』


 その言葉は一字一句コーネリアの記憶の通りで、返すコーネリアの返事も同じものだ。

 二人のやりとりどころか周囲も同じで、今回は抗う気にもなれず大人しく母に促されて中庭へと向かう。一人で過ごしていると父が来て、早々に夜会を出て屋敷へと戻る。その最中に母が話すリネットについてだけは違っていたが、これで気分が良くなるわけがない。

 そうして屋敷の自室でヒルダの「何様のつもりでしょう!」という怒りの声を聞く。


 うんざりするほど何から何まで一緒だ。


 もはや驚きも、ましてや薄気味悪さも無くなった。


 そうコーネリアが話せば、格子の向こうに立つレオンハルトが苦笑を浮かべた。

 場所はカルナン家の敷地内。だがレオンハルトが立っているのは敷地の外。今回は婚約破棄を言い渡したのだからと格子を挟んで会いにきている。



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