20:王宮書庫にて調べもの
「私、これから図書館に行って過去に似たような事例が無かったかを調べてみようかと思います。今同じ状況の者が居なくても、過去には居たかもしれませんし」
「それなら図書館よりも王宮の書庫の方が良いかもしれないな」
曰く王宮の書庫は図書館と違い、娯楽を目的とした本は置いておらず、あるのは国内外の歴史書や資料ばかりだという。
「つまらない場所だと思っていた」とレオンハルトが苦笑する。
「書庫は事前申請が必要だが俺が一緒なら入れるから同行しよう。調べるのも二人の方が効率が良いだろう」
レオンハルトの申し出に、コーネリアは頷いて返した。
確かに過去の事例を探すなら王宮の書庫の方が良さそうだ。それにレオンハルトが共に調べてくれるのなら有難い。
今朝の彼は王宮の馬車でカルナン家に来たらしく、一緒に乗っていくかと問われてこの提案にも甘える事にした。馬車を用意してくれていた御者には申し訳ないが、あのやる気に満ちた御者と顔を合わせずに済むことに僅かに安堵してしまう。
自分で馬に乗ってみたいと言い出して勝手な話だ。それに御者からの好意と彼の親切心は十分に理解しているし感謝もしている。だが先程の御者の勢いを思い返すと、道中で「御者台に乗ってみますか?」と誘われそうな気がするのだ。
それを話せばレオンハルトが楽しそうに笑った。
「いっそこれから朝は乗馬の練習をしてみたらどうだ? この繰り返しを利用すれば、コーネリアの成長は劇的なものになるだろ」
「劇的なもの?」
「考えてみてくれ。俺と君は繰り返している記憶があるが、他の者達はすべて忘れてしまう。今朝きみが馬に跨った事だって、夜が明けてまた『今日』の朝に戻ったらみんな忘れてしまうんだ」
「……そうですね」
「繰り返しの中で練習をしても誰も記憶していない。だがきみは上達していく。つまり、いつだって『コーネリアが突然馬に乗りたいと言い出した』という状況で、それでいて君は悠々と馬を操るんだ。みんな『いつの間に』ってビックリするだろうな。面白そうじゃないか」
「ひとのことで面白がらないでください。それに、突然私が馬に乗れるようになっていたら、御者がきっとショックを受けてしまいます」
普段は温厚で寡黙な御者だが、馬に関する事に関しては熱いと知ったばかりだ。
仮にコーネリアの乗馬の技術がいつの間にか上達していたと知れば、きっと「言ってくだされば教えたのに」と落ち込んでしまうだろう。彼には繰り返しの記憶がないため、自分が教えた等とは思いもしないはずだ。
だがレオンハルトは意外と乗り気なようで「時間を有意義に使えるかも」と話を続ける。
「そう考えてみると、この繰り返しの中で何か習得するのも良いかもしれないな。解決して『明日』を迎えたら、皆にとっては俺達がたった一日で技術を得たことになる」
「でしたら、レオンハルト様はトマトスープを作れるようになってみたらいかがですか? 王宮のシェフが作るスープとそっくり同じ味を再現できるようになれば皆驚きますし、王妃様が好んでいらっしゃるのなら振る舞ったらきっと喜ばれますよ」
「そ、そろそろ王宮に向かおうか。調べものに時間が掛かるかもしれないし、それにラスタンス家とリネットに警備を出しているんだ、なにか情報が入ってるかもしれないからな」
慌てた様子でレオンハルトが立ち上がる。
「行こうか」と急かしてくるのはきっとこの話題を終わりにしたいのだろう。分かりやすい彼の態度にコーネリアは小さく笑みを零し、「用意をしてまいります」と告げて部屋を出て行った。
その際にヒルダに、王宮の馬車に乗っていくことになったと御者への言伝を頼んでおいた。
部屋に戻ってきたヒルダが御者の返事を伝えてくるのだが、その際の、『明日の朝には準備をしておきます』という言葉はきっと乗馬の訓練についてなのだろう。思わず生返事をしてしまう。
(だけど確かに、繰り返しの中で練習すれば誰も知らないしみんな驚くわね。意外なことを始めても良いかもしれない)
この繰り返しを受け入れるわけではないが、かといって常に後ろ向きに考えていても何も変わらない。
そう考えるようになったのはレオンハルトのおかげだろう。彼の前向きさが自分にもうつったような気がして、コーネリアは自然と表情が綻ぶのを感じつつ出発の準備をした。
レオンハルトに案内されて訪れた書庫は、なるほど確かに図書館よりも今回の調べものには適していた。
保管されている資料はどれも国内や近隣諸国に関しての『事実』のみ。伝承や迷信、不確かな噂についても書かれてはいるが、それら全て元になるであろう由来も記され、物によってははっきりと『根拠はない』と一刀両断されている。
そんな事実だけが並ぶ書庫の中で、現状と似通った過去の事例はないかと調べ始めて数時間後……。
「すまない、ちょっと外の空気を吸ってくる」
一冊を調べ終えたレオンハルトが本を閉じ、体の凝りを訴えるようにグッと腕を伸ばした。
そのまま立ち上がり、長机の上に乱雑に置かれていた本を集め出す。きっと外に出るついでに本を片付けるのだろう。
「コーネリア、きみはどうする?」
「私も少し休もうかと思います。ご一緒してよろしいでしょうか」
「もちろんだ。そういえば昼食を摂り忘れてたな。なにか軽食を用意させよう」
レオンハルトの言葉に、コーネリアは室内に置かれている時計へと視線をやった。既に昼食時はだいぶ過ぎて三時のお茶の時間に近い。
思い返せば、調べものの最中にメイドが昼食について尋ねてきたことがあった。だがその時は調べものに熱が入っており、コーネリアもレオンハルトも「あとで」と返してしまったのだ。それから数時間、口にしたのは紅茶だけだ
不思議なもので、レオンハルトが食事の話題を出すまで何も感じていなかったのに、今になって途端に空腹を覚えてしまう。