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18:馬に乗ってどこかへ……

 


 夜間だけあり屋敷内は人が少ない。それでもメイドの一人に見つかり、コーネリアは「少し夜風を浴びていたの」と誤魔化した。

 嘘は吐いていない、ただ誰と一緒だったかまでは言わなかっただけだ。

 そうして自室に戻り、手早く就寝の準備を進める。

 不安や心配はまだ胸にある。リネットの行方、ラスタンス家とレチェスター家の繋がり。疑問は尽きず、そもそもこの疑問が繰り返しに関係しているのかも分からない。分からないことだらけだ。


 だが自分が考え込んでいても何が変わるでもない。

 起きて調べようにも、両親や屋敷の使い達は殆どが眠っており情報収集もままならないだろう。

 ならば今夜はもう寝てしまおうとベッドに横になり……、ふと考えた。


(そういえば、リネットさんは自ら馬に跨ってどこかへ行ってしまったのよね)


 早朝、彼女は言葉とは思えないことを叫び、両親の制止の声を振り切り、そして馬車ではなく自ら馬に跨ってどこかへ行ってしまったという。

 話を聞いた時こそ「どうしてそんな事を」と疑問を抱いたが、時間を置いて改めて考えてみると疑問とは少し毛色の違う違和感が湧いてくる。


 どうしてそんな事をしたのか、ではない。

 そんな事をどうして出来たのか、である。


 つまり、なぜ馬に跨って走る事が出来たのか、だ。

 それも、制止を振り切り、追いかけてきた者達すらも追いつけないほど早く……。


(そんなに活発な風には見えなかったし、話にも聞いたことが無いわ)


 親しいわけではないが、リネット・レチェスターのことは記憶に残っている。

 赤茶色の髪と瞳が温かみを感じさせる令嬢。顔を合わせても挨拶と二言三言交わす程度で、共通の知人が開く茶会に招かれても彼女と個別に会話をすることはなかった。

 それでも奥ゆかしく控えめな性格という印象は残っている。話が盛り上がっていてもたいていは聞き役に徹しており、微笑みながら相槌を打つ。そんな令嬢だ。

 世には確かに自ら馬に跨り走らせる令嬢も居るには居るが、少なくともリネット・レチェスターはそういったタイプとは思えない。


 それに、とコーネリアは記憶を引っ繰り返した。


「確か……、そうだわ、刺繍が得意って言ってた気がする」


 ポツリと呟けば、それを切っ掛けに記憶がどぉと滝のような勢いで蘇った。

 この繰り返しの『今日』の記憶ではない、それよりも昔の記憶だ。


 一年か二年程前だろうか。あれは共通の友人が開いた茶会でのこと。

 リネットを交えた数人の令嬢達と話をしている最中、たまたま趣味の話になった。

 読書、観劇、音楽、と順繰りに趣味をあげて話をする。中には自ら文章を綴ったり、画家に絵を習っている者もいた。それこそ乗馬が趣味という者も居り、たまに遠乗りに出るという話にはコーネリアも驚いた。


 そんな中でリネットの番になり、彼女が自らの趣味としてあげたのは『刺繍』だった。


 普段はハンカチ等の小物に季節の花や動物の刺繍をするが、時には帽子や上着といった衣類にも自ら刺繍を施すという。

 話すリネットの表情や仕草はいかにも淑やかな令嬢そのもので、気恥ずかしそうに自ら刺繍をしたというハンカチを広げて見せてくれた。その出来栄えを皆で褒めたのも思い出せる。美しい薔薇の刺繍で、リネットは習作だと話していたが見事なものだった。


「あの時、リネットさんは馬に乗るなんて話してなかった……。それどころか、彼女、乗馬が趣味だってひとに対して驚いていたはず……」


 あの様子から考えても、リネットが自ら馬に跨ってどこかに行くというのは違和感でしかない。

 それに、仮に理由があって馬を走らせたとしても、慣れぬ技術では馬に暴れられるだけで遠くには行けないはず。

 とりわけ貴族の屋敷で飼われている馬なら相応に調教されているはずで、見様見真似の指示では一歩も動き出さない可能性だってある。運よく走らせたとしても、速度は出せず、後を追ったレチェスター家の者達に直ぐに追い付かれて終わりだ。


「だけどリネットさんには誰も追いつけなかった……。どこかで乗馬を習っていたのかしら」


 それに、彼女が言葉とは思えないことを口にしたというのも気になる。

 いったい何があったのか……。

 やはり分からないことばかりだ。


「明日になったら……、いえ、次の『今日』になったら私も馬に乗ってみようかしら。そうしたらリネットさんの考えが少しは分かるかも」


 コーネリアも移動は専ら馬車で、自ら馬に跨って走らせた事はない。幼少時に両親が見守る中で専属の調教師に誘導されながらゆっくりと歩く馬の背に乗ったぐらいだ。――あれは乗馬とは言い難い。強いて言うなら『馬に遊んでもらった』といったところか――

 そんなコーネリアだからこそ気付けるものもあるかもしれない。

 徒労に終わるかもしれないが、有り得ない状況に置かれている今、何が無駄かを勝手な理屈で判断するわけにはいかない。試せるなら試してみよう。


 そう考えて、コーネリアはゆっくりと息を吐いて訪れた睡魔に意識をゆだねた。




 ◆◆◆



「おはようございます、コーネリアお嬢様。本日の夜会、楽しみですね。レオンハルト様にお会いするのは久しぶりでしょう」


 ヒルダのいつも通りの言葉に、コーネリアはベッドから上半身を起こしながら「そうね」と返した。

 また『今日』なのだという落胆と、やはりこの繰り返しからは逃れられないのかという不安と絶望、それでいて「やっぱり繰り返したのね」という達観した気持ちが入り混じる。

 なんとも言い難い気持ちだ。もちろんどれ一つとっても気持ちの良いものではない。

 だからこそコーネリアは差し出された花柄のカップを受け取り中の紅茶を一口飲み、変わらない味を堪能しながらも深く息を吐いた。


 昨夜、否、前回の夜。眠る前に馬に乗ってみようと決めた。

 その際に一度「明日になったら」と考え、その後すぐに「次の『今日』になったら」と己で訂正した。

『明日』は来ない。現にまた『今日』に戻ってきた。だからこうやって手探り状態ながらに解決の糸口を探しているのだ。


 それを実感すると気分が沈みかける。

 だがそんな己の胸の内に溜まる靄を、コーネリアはふると首を横に振る事で晴らした。


(たとえ『今日』を繰り返しているとしても、私は前回と同じことはしない。今回の『今日』は馬に乗るって決めたし、その後の行動も違う。それにレオンハルトも前回とは違う行動をしてる)


 同じ『今日』を繰り返しているわけではない。そしてそれは自分一人だけではない。

 ならば落胆している暇はない。そう自分に言い聞かせる。


「ヒルダ、今日は朝食を摂ったら図書館に行きたいの」

「かしこまりました。馬車の手配をしておきますね」


 恭しくヒルダが頭を下げる。

 それに対してコーネリアは話を続けた。


「馬車じゃなくて、私が馬に乗って図書館に行くわ」


 そう訂正すれば、顔を上げたヒルダが不思議そうに目を丸くさせ「馬に?」と尋ねてきた。




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