表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/65

16:レチェスターの御令嬢

 


「私も前にお話した通り、ヒルダを連れて市街地に出てみました」

「ヒルダ? あぁ、きみのところのメイド長か」

「はい。ヒルダは顔が広いので何か有益な話を聞けるかと思いまして。そこで聞いたのですが……」


 コーネリアの記憶に、聞いたばかりの話が蘇る。

 市街地を歩いていると誰もがヒルダを見かけて声を掛け、そして「もう聞いた?」と尋ねながら話を口にしていた。

 それは……、


「レチェスター家のリネットさんが、朝からどこかへ行ってしまって戻らないそうなんです」

「……レチェスター?」

「はい、レチェスター家のリネットさんです」


 レチェスター侯爵家の一人娘。社交の場に何度も顔を出しているので王子であるレオンハルトも知っているはずだ。

 赤茶色の髪を持つ愛らしい令嬢で、年齢はコーネリアと同じ。親しいわけではないので彼女について詳しくは知らないが、控えめな性格だったと記憶している。


 そんなリネット・レチェスターが朝から姿をくらましてしまったという。

 市街地はこの話題でもちきりだった。


「早朝に自ら馬に跨って、どこかへ行ってしまったらしいんです。それだけでも気になる話ですが、私、最初の『今日』ではリネットさんは具合を悪くしていると聞いてたんです」


 記憶の限りでは、最初の『今日』、まだ繰り返すなど思いもしなかったあの日、母からはリネットは具合を悪くしていると聞いていた。

 ゆえにレチェスター家は夜会には出席しておらず、帰りの馬車でも母はその話題を出していたのだ。

 だが次の『今日』でも同じだったろうか? 様子がおかしいとは聞いたが、話の内容が違っていたように思う。


「ちゃんと覚えて居れば良かった……。ですが今回の『今日』に聞いた話は覚えています。母もその話をしておりました」


 今朝方、母から聞いた話ではリネットは早朝どこかへ行ってしまったという。

 更に市街地で詳しく情報を集めたところ、先程の内容を得たのだ。リネットは早朝に自ら馬に跨り屋敷を出て行き、昼になっても、それどころかコーネリアが市街地から帰ろうとする時間になっても戻っていないという。


 もしかしたら、いまもまだ……。


「リネットさん、どこに行ってしまったのかしら……」

「コーネリア、それはレチェスター家の話なんだな……。レチェスター家、間違いないんだな!」

「は、はい…。レチェスター侯爵家のリネットさんです。レオンハルト様もご存じですよね?」


 鬼気迫る勢いで尋ねてくるレオンハルトに気圧されつつ、コーネリアが答える。

 彼はこの国の王子だ。自国の貴族について把握しているだろうし、レチェスター家は王都に住んでいるためパーティーに顔を出すことも多い。年齢も近いこともありレオンハルトも彼女と言葉を交わした事は有るだろう。


「あの、レオンハルト様? どうなさいました?」


 様子を窺いながらコーネリアが尋ねるも、レオンハルトは険しい表情を浮かべたままだ。

 眉根を寄せて言葉を詰まらせ、考えを巡らせているのか紫色の瞳が揺らぐ。冗談めかして苦笑する時の表情からは考えられない重い雰囲気を纏っており、理由も分からずコーネリアは気圧されてしまった。

 いったいどうしたのか。何があったというのか……。

 漂う空気から声を掛けることも憚られてコーネリアが見つめていると、レオンハルトがゆっくりと口を開いた。



「ラスタンス家と懇意にしている家、彼等が北の領地を出て向かっている家は、……レチェスター家だ」



 ◆◆◆



 ラスタンス家とレチェスター家は曽祖父母の代から懇意にしており、両家は頻繁に互いの屋敷を行き来していたという。まさに家族ぐるみの仲というものだ。

 現状ラスタンス夫妻には息子はおろか娘もおらず、彼等はレチェスター家の一人娘リネットを娘のように可愛がっているという。

 それどころか、いずれリネットが結婚したら子供を養子に招き入れ、ラスタンス家の爵位と領地を継がせるのではないか……、という噂まで流れている。真偽は定かではないが、それほどの仲なのだろう。

 もちろんそれは母親から子供を奪うような非情なものではない。ゆっくりと親交を深め、そしてゆくゆくは選択肢の一つとして提案するものなのだろう。社交界では稀にある話である。


 だがこの決断に異論を唱える者も居り、これもまた稀にある話と言えるだろう。

 領地と跡継ぎの問題は複雑だ。誰もが同じ考えを持ち反論が一つもあがらないという方が珍しいくらいである。


「まさか、ラスタンス家の領地問題にリネットさんが関わっていたなんて……」


 思いもよらぬところで繋がりを知り、コーネリアは頭の中を整理するように呟いた。

 だがその呟きに返事はない。

 夜会の会場である王宮のテラス、そこにはコーネリアと数人の来賓しかおらず、その来賓達も自分達の雑談に夢中でコーネリアの呟きに耳を傾ける者はいない。ここにはレオンハルトの姿も無い。


 あの後すぐにメイドがレオンハルトを呼びに来てしまい、話を続ける事が出来なかった。

 本音を言えばすぐにでもレチェスター家の屋敷を訪ねたかったのだが、門前払いを喰らう可能性が高く、ひとまずコーネリアも夜会の会場に戻る事にした。

 だが夜会の賑やかさに浸れる気にはならず、さりとて混乱した状況では情報集めに回る事も出来そうになく、結果的に夜会の音楽から逃げるようにテラスに出て今に至る。


「リネットさんはいったい何をしにどこに行ったのかしら……」


 噂では、今朝のリネットの様子は随分とおかしかったという。

 言葉にならない声をあげ、誰も居ない場所に向かって何かを叫び、そして家族の制止も聞かずに自ら馬に飛び乗ってどこかに去っていった……と。

 その様子は一つとして理に適っておらず、想像するだけでも異常と感じてしまう。

 娘がそんな状況なのだから、たとえ第一王子であるレオンハルトの訪問であってもレチェスター家が対応しきれなかったのは仕方ない。


「だけど、どうしてリネットさんは屋敷を出て行ってしまったのかしら。最初の『今日』では確かに具合が悪いと聞いていたけど……。それとも、具合が悪いというのは不調ではなく様子がおかしいということ? だとしたらリネットさんは最初の『今日』から異常な行動をとっていたのかも……。あぁ、お母様の話を最初から全部覚えていれば良かった……」


 考えがまとまらない。思い出したいことが思い出せず、それがまた気持ち悪い。

 聞き流していたことが悔やまれる。


 混乱のまま、それでもとコーネリアは夜会の会場へと戻った。

 レオンハルトからこの時間には会場内に居てくれと言われていたのだ。

 だが考えは一向にまとまらず、賑やかさの中にあっても心ここにあらずである。周囲の音も、声も、なにもかもが耳に届いても意識までは届かずにすり抜けていく。


 そんな状態なので、レオンハルトからの婚約破棄に関してもなんとも言えない生返事をしてしまった。


「……はぁ」


 と。それは半ば吐息に近い。むしろ溜息が深いあまりに声が漏れたと取られてもおかしくない。

 まともな返事とは言えず、王族からの言葉に対して不敬と言われても仕方ないほどだ。

 だが傍目には突然の婚約破棄に理解が追い付かずにいると映ったようで、幸いにも批判する者はいなかった。

 それどころか母に手を引かれて外に出るコーネリアの姿には同情が集まっていた。



 ◆◆◆



 夜会で彼に婚約破棄を言い渡され、その後は何からなにまで以前と同じだった。

 父は慰め、母は話題逸らしのためにと今回の『今日』もまたレチェスター家が来ていないことを話す。

 だがその際の「そういえば、レチェスター家は今夜はいらっしゃってなかったようね」という言葉に、コーネリアは何と答えていいのか分からなかった。以前は「風邪かしら」だの「具合が悪いのね」と返していたが、今回ははっきりと、リネットが行方不明だと知っているのだ。


 そうして何と答えて良いのか分からないまま馬車は屋敷に戻り、「何様のつもりなんでしょう!」と怒るヒルダを宥める。明日の起床時刻について話して就寝の言葉を交わすのも何から何まで同じだ。

 さすがに六度目となればいちいち悲観する気にはならないが、さりとて気分の良いものではない。


 だがレオンハルトが屋敷を訪れると気分が晴れる。

 窓を覗いて灯りが近付いてくるのを見ると自然と気持ちが和らぎ、上着を羽織り外へと出て行く足取りは自然と軽くなる。もちろん、窓はちゃんと閉めた。


 そうして格子を挟んで落ち合うと、彼は開口一番、コーネリアの生返事について話し出してきた。


「まさか婚約破棄に対してあれほど心のこもってない返事をされるとはな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ