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15:市街地で情報収集

 


 今回もまた同じ朝を迎え、同じ朝食を摂る。

 だがその最中に変化に気付き、コーネリアは僅かながらも確信を抱いてヒルダを連れて市街地へと足を運んだ。

 母から聞いた話を、そこにあった変化を、確認する必要がある。……それに、このまま自室に居ては傷一つない己の指先にすらも恐怖を抱いてしまいそうで、別の事を考えて行動したかったのもあった。


 同行者としてヒルダを選んだのは、コーネリアの知る限り彼女が一番顔が広く、そして市街地の者達はヒルダに何かと話しかけるからである。

 この判断は市街地に着いてすぐに正しかったと証明された。


「やぁヒルダ、今日は買物かい? ところでレチェスター家のお嬢さんの話は……、おっと、今日はコーネリア様もご一緒でしたか。二人で買物とは仲が良くて微笑ましい」

「ヒルダ、このあいだ買っていった茶葉がまた入ったよ。取っておくから帰りに寄ってちょうだい。コーネリア様も、いつもご贔屓にして頂きありがとうございます。そういえば、聞きましたか? レチェスター家のお嬢様が……」

「ねぇヒルダ、レチェスター家の話はもう聞いた!? あそこのお嬢さん、いったいどこに行っちゃったのかしらねぇ! あ、あら、コーネリア様もご一緒でしたか、これはお恥ずかしいところを……!」


 コーネリアの目論見通り終始この調子である。

 歩いているだけで右から左から声を掛けられる。中には遠くからわざわざ走り寄ってくる者もおり、他家の若いメイドはヒルダに対して話す声色や表情に憧れの色さえ見られた。若いメイドにとって、公爵家に仕え続けメイド長にまで上り詰めたヒルダは憧れの存在なのだろう。

 そんな光景を見て、コーネリアは自家のメイド長の有能さと人望を再認識した。


「市街地に出るとまったくヒルダには敵わないわね。なんだか私の方がお付きになった気分だわ」

「いやですよ、コーネリアお嬢様ってば。みんなお喋り好きで話し相手を求めているだけですから」


 コーネリアの話にヒルダが謙遜して笑うも、その最中にもまた一人ヒルダに声を掛けてきた。

 彼女の言う通り、市街地に店を構える者や行き交う者達は随分とお喋り好きなようだ。とりわけ不穏なゴシップを好んでいるようで、なるほどラスタンス家の馬車が強盗にあった時にもちきりになったのも想像できる。

 不謹慎とは思えども、社交界とて似たようなものだ。さすがに立場や見栄があるため他家の不幸であからさまにもちきりにはならないが、どこぞの家に隠し子が居ただの財政が厳しいだの、家督争いがどうの、そんな話題は常に誰かが口にしている。



 そうして市街地を歩いて回り、時にお店を覗き、レストランで昼食を摂ってしばらく。

 ヒルダが「そろそろ」と帰宅を促してきた。夜会の準備もあるし、それを考えての事だろう。この提案にコーネリアも頷いて返した。


「それにしても、ヒルダの人脈と人望は凄いわね。市街地の通りを歩いているだけで国中の情報が集まりそうだわ」

「ご冗談はやめてください。それで、なにか気になるお話はあったんですか?」

「えぇ、そうね……」


 コーネリアは市街地を歩いている間に聞いた話を頭の中で整理しながら、ヒルダに促されて帰路に就いた。



 屋敷に戻り、夜会に出席する準備を始める。

 その合間に母の部屋へと向かったのは、朝食の最中にネックレスの話題が出たのを思い出したからだ。今回も同じ文言で相談に乗ってくれと頼んできた。その際にコーネリアは「出かけるから」と断りはしたのだが、もしかしたら母はまだ悩んでいるかもしれない。それならば相談に乗りたい。

 だが部屋を訪れると、既に母の胸元では金の縁取りに飾られた赤い宝石のネックレスが輝いていた。

 自分で選んだのかと問えば、途端に母が嬉しそうにはにかむ。曰く、二種類のネックレスで悩んでいたところに父が訪れ、金の縁取りのネックレスの方が良いと言ったのだという。


「『金の縁取りの方が良いと思う。お前の綺麗な金の髪によく似合う』ですって、久しぶりに髪を褒められたわ」

「そう、良かったわね、お母様」


(なんだか私が相談に乗って褒めた時よりも嬉しそうな気がするけれど……)


 胸に湧いた不服をぐっと飲み込んで、コーネリアは惚気る母を前に小さく肩を竦めた。

 これは下手に言及するべきではない。どれだけ今日を繰り返していたとしても、母親の惚気話に付き合わされるのはご免である。


(次の今日は銀の縁取りのネックレスを勧めてみようかしら)


 そんな事を考え、準備の途中だからと母の部屋から出て行った。



 ◆◆◆



 夜会の会場で過ごしてしばらく、レオンハルトが声を掛けてきた。

 今回は両親と話している時だ。「少し良いかな」という彼の言葉に、コーネリアも頷いて彼と共に会場を後にした。

 案内されたのは会場から少し離れた一室。「今日はここなんですね」とコーネリアが冗談めかして告げれば、レオンハルトもまたこの冗談に乗って「場所の変更は二回までは受け付けるよ」と笑った。


 そうしてソファに腰掛け、用意された紅茶に口をつける。

 白いティーカップだ。うっすらと鳥の絵柄が描かれているのを見つけ、コーネリアは小さく「カップ……」と呟いた。

 記憶に蘇るのは愛用しているカップ。割ったはずが今朝は元に戻っていた。じわりと左手の親指の腹がうずいた気がしたが気のせいだ。だって傷は無くなっていたのだから。


「……昨夜、いえ、前回の『今日』の夜、レオンハルト様と別れた後にカップを割ってみたんです」

「カップを?」

「もしかしたら、繰り返しの記憶を持つ私の行動なら何かが変わるかもしれないと思いまして」


 そう考えてあえて落として割った。愛用していたカップは大きく二つに割れ、更に細かな破片を散らしていた。その光景は今でも思い出せる。

 だが今朝、割れたはずのカップはすっかり元に戻っており、修復の跡も無かった。


 それを話せばレオンハルトが露骨に眉根を寄せた。

 彼もこの話に薄気味悪さを感じているのだろう。


「それに、カップを割った時、破片で指先を切ってみたんです」

「指を切った?」

「はい。私自身に関する事ならどうなのかと試してみたんです。ですが、その傷も消えていました」


 左手をそっと開いてレオンハルトに見せる。右手でそっと親指の腹を擦り、そこを傷つけたと教える。

 だが親指の腹に傷跡は無い。傷を押さえたはずのハンカチにも血は着いていなかった。


 カップを割ったという事実も、指を切ったという事実も、割れたカップも、指の傷も、すべて繰り返しの中でどこかに消えてしまったのだ。

 周りだけではなく自分達も、少なくとも体と行動は繰り返しに逆らえずにいる。

 意識と記憶だけを引き継いだまま……。


 そう考えると寒気がし、コーネリアは無意識に腕を擦った。

 険しい表情をしていたレオンハルトが深く息を吐いた。この事実に圧倒されて呼吸を忘れていたが、今ようやく息を吸えたと言いたげだ。

 前髪を雑に掻き上げたのは己の中の混乱や蟠りを払拭するためか。王子らしからぬ男臭さのある仕草だ。


「結局は俺達の体も行動もこの繰り返しの中ということか……。でも、怪我をしても一晩で治ると考えると便利かもしれないな。これで多少の無茶が出来る」

「そんな、危ないことはしないでください! 治るからといって無茶をして、それでもし明日になってしまったら……!」


 物騒なことを言い出すレオンハルトに、コーネリアは悲痛な声をあげた。

 それに対してレオンハルトは驚いたように目を丸くさせ、慌てて「冗談だ」と訂正してきた。


「実際に何かする気はないから安心してくれ。ただの冗談だから」

「冗談……。そうだったのですね、良かった……」


 ほっとコーネリアが胸を撫で下ろす。

 それを見たレオンハルトが心配させたことを詫び、そうして今度は自分の番だと話をし始めた。


「昨日、……じゃなくて、『前回の今日』だな。あの時に話した通り、俺は朝からラスタンス家が懇意にしているという家に行ってみた。だがこっちも全て元通りだ。彼等は何も覚えていない。件の小屋を見せてもらったが事件の痕跡も何も無かったよ」


 そこでヒューゴが何者かに殺されたはずなのに、小屋には警備も誰も居らず、中を覗くレオンハルトに当主が「何もない小屋ですが」と不思議そうにするだけだ。

 確かに何の変哲もない小屋だったという。……事件の痕跡すらも無い。


「挙げ句に、その家の者達からも夜会の欠席を告げられたよ。なんだか慌ただしくてラスタンス家の話どころじゃなく、門前払いとは言わないながらも早々に話を終いにされたんだ」

「そうだったのですね……」

「その後はラスタンス家について調べていたんだ。領地争いで問題はあるようだが、ヒューゴ・エメルトはあくまで護衛であって家督や領地とは無関係なはず。彼が狙われる原因はまったく分からなかった」


 あまり成果はなかったようでレオンハルトが肩を竦める。

 彼の話が終わるのを感じ取り、コーネリアは今度は自分の番だと話を始めた。



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