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13:夜の報告会

 


 そうしてヒルダが部屋を出てしばらく、コーネリアは窓辺に椅子を置いて外を眺めていた。

 空は闇夜に染まり、地上も夜の帳が覆っている。その中にポツリポツリと外灯が灯っているだけで、敷地内ならばまだしも門の外に出るのは臆してしまう暗さだ。

 そんな中ゆらりと揺れる明かりを見つけ、コーネリアは立ちあがった。窓を開けて身を乗り出して明かりを凝視する。

 設置された外灯ならば、明かりは移動しない。それに対して、あの明かりだけは移動し、そして着実に敷地内へと近付いてくる。そうしてしばらく移動すると明かりは一角でピタリと止まり、今度はカチカチと数度瞬いた。

 合図だ。コーネリアは立ちあがり、手早く着替えを済ませると上着を羽織り、そっと音を立てないようにと扉を開けて部屋を出て行った。


「やぁ、コーネリア。合図に気付いてくれて良かったよ」


 そう声を掛けてきたのはレオンハルトだ。

 だが今回彼が居るのは夜の庭園ではない。敷地内の一角、壁が格子になっている箇所。鉄の格子を挟んで敷地の外に立っている。

 つまり外だ、ただの壁沿いの道。第一王子を迎えるべき場所ではなく、立ち話をすべき場所ですらない。自分で提案したもののコーネリアの胸に罪悪感が浮かんだ。


「申し訳ありません、レオンハルト様。こんなところにお呼びしてしまって……」

「コーネリアが謝る事じゃないだろ。それに婚約破棄を告げた身なんだから、門を通せなんて言えないのは分かってる。正面突破なんてしようものなら、きみの父上とメイド長に蹴り出されるかもしれないしな」


 わざとおどけて話すレオンハルトに、コーネリアも苦笑を浮かべて返した。


「コーネリア、きみは何て言って外に出たんだ?」

「屋敷の者には何も言っておりません。警備にだけ、眠れないから少し庭を散歩したいと伝えておきました」

「そうか。それなら手早く話を済ませた方が良いかもしれないな」


 さっそくとレオンハルトが本題に移る。

 彼の言葉にコーネリアも頷いて返して、まずは自分がと話し出そうとし……、言葉を詰まらせた。

 今回の『今日』の婚約破棄、あの時に告げられた言葉。その真意を聞きたい。

 だけどどう尋ねて良いのか分からず、続く言葉が出てこない。


「コーネリア、どうした?」

「い、いえ……。なんでもありません。今回の『今日』についてですよね」

「あぁ、まずは今回の『今日』についてなんだが、あのあと何か変わったことはあったか?」


 問われ、コーネリアは今回の『今日』についての記憶を遡った。

 胸に抱いた疑問はひとまず押し留める。尋ねる言葉がまだ見つからないのだ。それならば、今は繰り返しについて話し合う方が良いだろう。


「レオンハルト様から婚約破棄を言い渡されてからは、両親の反応も、屋敷に戻った後も、すべて以前と同じでした。私が違う返事をすればそれには返してくれるものの、やはり結果的には同じです」

「俺の方も同じだ。あの後、父上からは『馬鹿なことを』と叱責され散々な言われようだし、マーティスにも色々と言われたな。剣の講師に殴りかかった事も少しは言われたが、やはり婚約破棄についてで、結果的には以前通り自室に戻れと父上に命じられて終わりだ」

「そうだったのですね……。それで、今日ラスタンス家の方々は……?」


 尋ねるコーネリアの声にはどうしても緊張の色が混ざる。

 その緊張が伝わったのか、自然とレオンハルトの表情も真剣なものに変わった。眉根を寄せ、目を細める。苦しそうで痛ましい表情だ。

 今回もまた良い報告にはならないのか。そんな予感がコーネリアの胸を締め付ける。息苦しさすら覚え、無意識に胸元に手をやった。


「今回の『今日』、ラスタンス家夫妻は夜会には居なかった。だが王都には到着している。彼等はもともと領地を出てから北の森を抜け、王都にある知人の屋敷に寄ってからそこの家族と共に夜会に来る予定だったらしい」

「……知人の家に? 宿を取るわけではないんですね」

「数日は宿泊する予定らしいから、かなり懇意にしている家なんだろうな。その屋敷に到着したというのは確認が取れている。だが長時間馬車に揺られて、奥方が具合を悪くしたらしい。今夜の夜会は欠席し日を改めて挨拶に伺うと連絡が入ったようだ」


 レオンハルトが一連の事を話す。彼の報告を聞き、コーネリアの胸に僅かながらに期待が湧いた。


「それなら、ヒューゴ・エメルトも無事ということですよね」


 今までの繰り返しで不幸に見舞われていたラスタンス家は、ようやく無事に、誰も傷つくことなく王都に到着したのだ。夫人は具合を悪くしたが、怪我ではなく馬車酔い、それも改めて挨拶に来ると言っているのならそう酷くもないのだろう。

 それは確かな、そして喜ばしい変化である。

 ……だというのにレオンハルトの表情は浮かない。

 真剣味を帯びた表情の中に、強張った緊張と、そして少しの落胆が混ざっている。その表情を見ればコーネリアの胸にあった期待が徐々に崩れ、靄のような不安に変わる。

 胸の内がざわついた。夜風は涼しいはずなのに妙に体の内が熱く、息が詰まる。


「ヒューゴ・エメルトに何かあったのですか?」

「彼もラスタンス家夫妻と一緒に王都に到着して、知人の家に招かれている。その報告は上がっている。……だがその後、馬小屋に居たところを何者かに襲われたらしい」

「そんな。……それなら、ヒューゴは」


 震える声でコーネリアが問えば、レオンハルトは一瞬言葉を詰まらせ……、そしてゆっくりと首を横に振った。

 争うような音を聞きつけた警備が小屋に向かったところ、既にヒューゴは息絶えていたという。


「誰がそんな事を……!?」

「分からないんだ。発見された時には既に犯人の姿は無く、もちろん王宮からも調査に向かわせて今も調べている」

「どうしてまたヒューゴが……」

「何か盗まれた様子もないし、そもそも貴族が居る敷地内に忍び込んで、わざわざ護衛であるヒューゴを襲うのも引っ掛かる。物取りの線は薄く、ヒューゴを狙った可能性が高いとも言われているんだ」

「ヒューゴが狙われてる?」


 レオンハルトの物騒な発言に、コーネリアは恐怖を覚えながらも尋ねて返した。


 ヒューゴ・エメルトとは会ったことが無く、性格も、今まで彼がどんな生活をしていたかも、それどころかどんな外見をしているのかも、コーネリアは一つとして知らない。知っている事と言えば『ラスタンス家の護衛を務めている青年』という事ぐらいだ。

 だからこそヒューゴが狙われているという話を聞いてもピンとこなかった。あまりにヒューゴについて知らなさ過ぎて、納得することも、そんなまさかと否定する事も出来ない。

 この件に関してはレオンハルトも懐疑的なようで、自分で話しながらも眉根を寄せて腕を組んだ。難しい表情で考えを巡らせている。


「状況からみると、確かに犯人は元からヒューゴ・エメルトに狙いをつけていた可能性が高い。だが聞いた限りではヒューゴは他人の恨みを買うような性格でもないし、彼の家や立場にも目立った問題は無いんだ」

「それなら、たとえば誰かに間違えられたり、なにかの誤解で狙われたということはあるんでしょうか」

「分からない。そもそも、ヒューゴについての情報も外部からの伝聞でしかないんだ。さすがにラスタンス家に彼の詳細を聞くわけにはいかないし、判断を下すには時間が無さすぎる。『明日』になれば多少は分かるんだろうけど……」


 その『明日』は自分達が思い描く『明日』なのか。

 再び『今日』になってしまえば事件そのものが無かったことになる。ヒューゴのことを考えれば彼の死が無くなり同時に彼を救える可能性も出てくるのだが、何も分からないままでは同じ轍を踏む恐れもあるのだ。


 コーネリアの胸中に焦りが浮かぶ。だが焦ったところであと数時間で『今回の今日』は終わってしまう。

 そもそも焦る必要があるのだろうか。ヒューゴが無事だと考えれば、ひとまずまた『今日』が来ることを望むべきなのかもしれない。だけど解決策の無いまま『今日』を繰り返す事に意味はあるのか。

 でも、だけど、もしかしたら……。そんな考えが矢継ぎ早に浮かんではぐるぐると頭の中で回る。


「……コーネリア、コーネリア」


 考えを巡らせるあまりレオンハルトの声に気付かず、数度名前を呼ばれてようやくはたと我に返った。

 彼が心配そうにこちらを見つめてくる。


「大丈夫か?」

「あ、はい……。申し訳ありません、お話の途中でしたのに考え込んでしまって」

「いや、こんな状況なんだから考え込むなって方が無理な話だよ。だけど考え込むのは自室に戻ってからの方が良さそうだ」


 促すようにレオンハルトが視線を遠くへとやった。彼が見ているのはカルナン家の屋敷だ。そして屋敷の玄関には警備と話すヒルダの姿がある。

 コーネリアが自室に居ないことを知り探しに来たのだろうか。


「確かに戻った方が良さそうですね。では、今夜はここで失礼いたします」

「あぁ、それじゃあまた。そうだ、俺は次の『今日』がきたら、ラスタンス家に警備を出して、その後すぐに彼等が懇意にしている家とやらを訪問してみようと思う。話を聞いて、もしかしたら彼等を出迎えることが出来るかもしれない」

「かしこまりました。私も次は市街地に出てみようと思います。以前にラスタンス家の馬車が強盗に襲われた時、市街地はその話題でもちきりだと聞きました。市街地の話題がラスタンス家の不幸と関与しているかもしれませんし、社交界の方々とはまた違った話を聞けるかもしれません」

「それなら次に会うのは夜会になるな。どこで何かあるか分からないから気を付けてくれ。出来れば、どこかに何かあってくれると有難いけれど」


 この繰り返しを終わらせる切っ掛けを求めているのだろう、肩を竦めながらのレオンハルトの言葉にコーネリアも頷いて返した。

 そうして「また」と告げて去っていくレオンハルトの後ろ姿を見送った。




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