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10:繰り返しのなかで付き纏う不幸

 


「レオンハルト様がいらっしゃっています。急ぎのご用事で、コーネリアお嬢様に話があるとのことです」


 ヒルダの言葉に、コーネリアは椅子に掛けられていた上着を羽織ってすぐに部屋を出た。

 この時間帯に外に出るための服を着ていたことをヒルダに問われたが、それに対しては「眠れないから庭に出ようと思っていたの」と誤魔化しておく。

 もちろん、こんな時間にレオンハルトと会う約束をしていたとは言えないからだ。

 そこまで考え、ふと今回の自分達はまだ婚約関係であることを思いだした。もしかしたら会う約束があると話してもヒルダは嬉しそうに笑って「仲が宜しいことで」と済ませてしまうかもしれない。


 だけど……、


(婚約破棄を言い渡された時はどうしよう。レオンハルト様が来ていることを知ったら、ヒルダが箒を片手に追い出しに掛かるかもしれない……)


 婚約破棄を言い渡されたと知った時のヒルダの怒りようを思い出せば、あながち大袈裟な想像とも言えないだろう。それに父が加わり、哀れレオンハルトは屋敷の敷地から蹴り出されてしまう……。

 それは駄目だ、と共に歩くヒルダに気付かれないように小さく首を横に振る。


(婚約破棄を言い渡してくる時は、いくらレオンハルト様と言えども敷地に入るのも難しいはず。庭の一角が格子になっているから、そこでなら話が出来るかもしれないわ。そうなると、私もこっそり部屋を抜け出す必要があるわね)


 そんな考えを巡らせながら屋敷を出て庭へと向かえば、前回の夜と同様にレオンハルトの姿があった。

 声を掛ければ彼がこちらに向かって歩いてくる。その姿も、外灯の明かりを受けて輝く銀の髪も、前回の夜と同じだ。


「レオンハルト様、お越しいただきありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ。それより今夜の夜会では何か分かったことはあったか?」

「それは……、あまり。以前に帰宅した時間の頃合いにお父様が帰宅を促してきましたが、それは断ることが出来ました。ですが、かといってそれで何かが変わったかと言うと、そういう感じもなく……」


 これといって変化はなく、この繰り返しに関係していそうな情報も得られなかった。

 そう話せばレオンハルトが納得したように頷いた。次いで彼は、夜会の会場で聞いたというラスタンス家のことを話しだした。

 曰く、ヒューゴの件もあって当主本人にこそ詳細を聞くことは出来なかったが、それでも周囲の人間からそれとなく情報を聞き出せたという。


「ラスタンス家は領地問題を長く抱えているらしい」

「領地問題ですか?」

「あぁ、彼等が治めている北の領地だ。ラスタンス家には跡継ぎも居なくて親族も少ない。夫妻が今治めている領地をどうするかまだ決めておらず、それを狙っている者も少なくないという。今回の襲撃に関しては、夫妻と意見を違える者が裏で仕組んでいたのではと言われてるみたいだ」


 それだけの事が起こったのなら、本来ならば夫妻揃って夜会を欠席すべきだ。

 だが当主だけは夜会に出席した。領地問題に手を焼いていると思われまいとしたのか、家名を背負う者の意地か。それとも自分達を害する者達へ折れぬ姿勢を示すためか……。

 聞けば、レオンハルトが話を聞いた際のラスタンス家当主の仕草は貴族らしく優雅であり、それでいて表情にはふとした瞬間に影が掛かり、瞳には折れぬ強い意志を宿していたらしい。その圧を前にレオンハルトは言及が出来ず、彼に労いの言葉と、なにかあればいつでも力になると告げてその場を去ったという。


「……そうでしたのね」

「それと、この話をするのは気が引けるんだが……、ヒューゴ・エメルトが……」


 何かを言いかけ、レオンハルトが言葉を止めた。眉根を寄せて視線を逸らす。苦し気なその表情からコーネリアは彼の言わんとしていることを察して息を呑んだ。

 襲われたラスタンス家の馬車を逃すため、ヒューゴ・エメルトは自ら囮になり、そして負傷した。ナイフで複数回刺され、その傷は酷く深かったという。話を聞いた際には治療中だったらしいが……。


 コーネリアは己の中で血の気が引くのを感じた。


 結局、ヒューゴ・エメルトの死は変えられなかったのだ。


 受け入れ難い事実に自然と己の口元に手をやる。指先が妙にひんやりと冷たく感じる。これは夜風に当たって体が冷えたからではないだろう。

 なんと答えて良いのか分からずそれでも返事をしようとするも、喉からは掠れた音しか出ない。必死に紡ぐ己の声のなんと弱々しいことか。


「私、なにをどうしたらいいのか分からなくなりそうです……。なにをしても結局同じなら、私も皆のようにいっそ全て忘れてしまいたい……。そうすれば何も悩まずに居られるのに……、どうして覚えてなきゃいけないの……!」


 湧き上がる不安から弱音を吐露すれば、レオンハルトがぐいと近付くとコーネリアの肩を掴んできた。

 大きな手だ。コーネリアの細い肩は彼の手にすっぽりと収まってしまう。強く掴まれ、コーネリアがその反動のように顔を上げて彼を見た。

 紫色の瞳がじっと見つめてくる。深い色合い、涼やかな目元だが瞳の奥には熱に似た強い意志がある。それがコーネリアを真正面から捉えた。


「コーネリア、辛いとは思う、怖いのも分かる。だけどどうか心折れないでくれ」

「レオンハルト様……」

「何もしなくても良い、繰り返しについて考えずに過ごしたって良い。俺がきみの分も動く。だから諦めないでくれ」


 真っすぐに告げてくるレオンハルトの言葉に、コーネリアもまた彼を見つめて返した。

 辛そうな表情。それでも瞳の奥には強い意志がある。

 こんな状況においても彼は諦めまいとしているのだ。掴まれた手から、見つめてくる瞳から、伝わってくる。


「……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、俺の方こそ突然触れてしまって申し訳ない。肩は痛くなかったか?」


 慌てた様子でレオンハルトがパッと手を放して案じてくる。

 それだけでは足りずに更に一歩後ろに下がるのは、これ以上は触らないというアピールだろうか。

 次いで彼はなにか思いついたのか「そうだ」と小さく口にした。


「もし今夜が終わってもまた同じ『今日』だったら、次は好きに過ごしてみようか」

「好きに、ですか?」


 どういう意味かとコーネリアがレオンハルトを見上げれば、彼は先程までの真剣な表情から一転してニヤリと笑みを浮かべた。


「どんなことをしても『今日』に戻るからこそ、好きなことをやるんだ。今までやりたくても出来なかったこと、周りに止められていたこと、何をしたって皆が忘れて『今日』に戻るなら、やったもん勝ちってものだろう」

「でも、もし好きに過ごして、繰り返しが突然終わって明日になったらどうするんですか?」

「俺のせいにすればいい。『レオンハルト様に婚約を破棄すると脅されて、こんな事をしてしまいました』とでも言えばきっとみんな信じるだろ」


 レオンハルトの提案に、コーネリアは「そんな」と声をあげた。

 それではレオンハルトが責められてしまう。だがそう訴えても彼はあっけらかんと笑うだけだ。


「なにか面倒事が残ったとしても、繰り返しが終わったんならそれで良いじゃないか。晴れて迎えた新しい『今日』を、『好き勝手過ごした昨日』の後始末のために過ごすんだ。なんだか皮肉が効いてて面白いだろ」


 あっさりとした口調でレオンハルトが同意を求めてくる。

 彼の提案にコーネリアは疑問を表情に残したまま、それでも「構いませんが……」と答えた。

 コーネリアの返答にレオンハルトの表情が明るくなる。「決まりだな!」という彼の声は随分と弾んでいる。こんな異常事態においてもなお、まるで遊びを前にした子供のようではないか。


「あ、でももちろんラスタンス家への警備の手配は忘れないから安心してくれ」

「はい、それはお願い致します。なにかお手伝いすることがあれば仰ってください」

「今のところは大丈夫だ。これでも一応は第一王子だから警備を動かすぐらいは出来るよ」


 穏やかに笑い、レオンハルトが「それじゃぁ」と別れの言葉を告げて去っていった。



 ◆◆◆



 そうして迎える朝。


「おはようございます、コーネリアお嬢様。本日の夜会、楽しみですね。レオンハルト様にお会いするのは久しぶりでしょう」


 今日も、否、今回の今日もまた、朝の支度をしながらヒルダが話しかけてくる。

 覚えのある言葉にコーネリアはそれでも穏やかな笑みを取り繕って返し、手渡されたカップで紅茶を飲んだ。


 そうしてふと考える。

 昨夜、否、前回の今日の夜、レオンハルトは『次は好きに過ごしてみようか』と言っていた。

 どうせ繰り返しで元に戻るのならという彼の話は、開き直りというよりは気晴らしに近かった。きっと繰り返しに心折れかけたコーネリアを気遣ってくれたのだろう。


(駄目ね、私……。レオンハルト様に気遣われてばっかり。王を支える王妃候補なんて言われてたけど、これじゃ全く逆じゃない)


 自分の不甲斐なさを感じつつ、飲み干したカップを軽く撫でる。


 今回の今日は好きなことをしよう。

 そうすればきっと幾分は気分が晴れて、前向きになれるはず。

 だから……、


 でも、


「好きなことって、何をすればいいのかしら」




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