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01:最初の今日の、最初の婚約破棄

 


「コーネリア・カルナン、きみと俺とではつり合わない、きみとの婚約は破棄させてもらう」


 夜会の最中、婚約者である第一王子レオンハルトから告げられた言葉に、カルナン家令嬢のコーネリアは呆然とし……、


「……はい」


 とだけ返した。

 わけが分からず、理解も追い付かず、こんな返答しか返せなかったのだ。辛うじて絞り出した返事は、自分の声でありながらも自分のものではないように思える。

 それでも返事を絞り出せたのは、王族から話しかけられたなら無視はできないという公爵家令嬢としての考えゆえであり、殆ど無意識に近い。

 なにせそれ程までに考えが追い付いていなかったのだ。


 ……そして、まさかこのやりとりを今後何回も繰り返すとは思いもしなかった。



 ◆◆◆



 公爵家のコーネリアは、誰もが認める才色兼備な令嬢である。

 金色の髪と翡翠色の瞳は宝石のように美しく、整った顔付きをより美しく映えさせる。細くそれでいて女性らしさのある体付き、それらが織りなす所作は一つ一つが洗練されている。

 佇むだけで品の良さを纏い、同年代の令嬢どころか年の離れた夫人でさえも羨む美貌。だがけして己の美をひけらかすことはしない。

 更には勤勉家であり、第一王子レオンハルトとの婚約が決まった八歳の時には既に才女の片鱗を見せていた。そこから更に自己研鑽を重ね、今では「王妃にはコーネリア以外考えられない」と誰しもから言われるほどである。


 そんなコーネリアとの婚約を破談にするわけがない。

 とりわけこの国を背負う身分なら猶更だ。

 そう誰もが考えていた。




(それなのに、よりにもよってこんな夜会の場で言われるなんて……。まだ信じられないわ)


 コーネリアが溜息交じりに考えたのは、レオンハルトに婚約破棄を言い渡された直後。

 場所は夜会の会場である王宮の中庭。あの後、コーネリアは母に手を引かれ中庭に連れ出され、今は一人で夜の庭園を眺めている。

 広い庭園だが今はコーネリアと離れた場所に警備が居るだけだ。誰も出てこないのは両陛下が気を遣って計らってくれたからだろうか。それと、レオンハルトからの婚約破棄を受けたコーネリアを誰もが気遣ってくれているのかもしれない。

 だが当のレオンハルトだけはコーネリアを気遣う素振りもなく、婚約破棄を言い渡すとすぐさま踵を返して会場を後にしてしまった。父親である陛下からの叱責の声にも耳を貸さず、コーネリアを振り返ることもせず。


「いったい何を考えていらっしゃるのかしら。……でも、もう婚約者じゃないのだから考える必要もないのかもしれないわ」

「コーネリア、ここに居たのか」

「お父様」


 声を掛けられ振り返れば、父がこちらに歩いてくる。

 その表情は参ったと言いたげだ。だが無理もない、つい今しがた娘が王子に婚約破棄を言い渡されたのだ、胸中は穏やかとは言い難いはず。

 だがそれにしては落ち着いているあたり、既に手を打っているのだろうか。


「コーネリア、そろそろ帰ろう」

「もう? 夜会はまだ途中だけど……」

「この調子じゃ夜会どころじゃないだろう。両陛下も今夜はもう屋敷に戻った方が良いと仰っていたからな」

「せっかくの夜会を駄目にしてしまって、両陛下には申し訳ないわ……」

「お前のせいじゃないことは理解してくださっている。今後の事も案じる必要はないと仰っていたよ」


 穏やかな声色で宥めてくる父に、コーネリアは柔らかく微笑んで返した。



 そうして両親と共に馬車に乗り込み、コーネリアは開けた窓から外の景色を眺めた。

 夜の暗がりの中にポツリポツリと街灯がともり、その先には華やかに輝く王宮の光が見える。

 きっと今頃王宮は夜会どころではないはずだ。だが相手が相手なだけに来賓達も真意や今後を聞き出すことが出来ず、気にはしながらも夜会の体を取り繕っているだろう。

 穏やかなパーティーを取り繕い、その実だれもが気もそぞろ。想像するだけで息が詰まりそうだ。渦中の人物でありながらも抜け出せて良かったと思ってしまう。


「レオンハルト様も、あんなところで婚約破棄を言い出せば混乱を招くと分かっているでしょうに……」

「そうだな。だがお前は一方的に破棄を言い渡された身だ、なにも気に病むことは無いからな」

「ありがとう、お父様」


 コーネリアが微笑んで答えれば、父も母も安堵の息を吐いて笑みを浮かべた。

 そうして別の話題を振ってくるのは、これ以上婚約破棄についてコーネリアに考えさせまいとする優しさだろう。

 ……あるいは、本当に婚約破棄については深く考える必要がないと思っているか。既に両陛下に話をつけているあたり後者の可能性は高い。

 コーネリアにとっては穏やかで優しい両親だが、世間的に見れば社交界の上位に君臨する公爵家夫妻だ。突然の婚約破棄とはいえ焦燥感と驚愕だけでは終わらない。混乱の最中にあっても次に繋がる一手を打っているはず。


 ならば自分は何も心配する事はない。

 そう考えてコーネリアが深く息を吐けば、切り替える機会と取ったのか母が話し出した。


「そういえば、レチェスター家の皆様は今夜はいらっしゃってなかったようね」

「リネットさんね、確かに見かけなかったわ。まだ具合が悪いのかしら」


 母の話に、コーネリアは今朝方の事を思い出した。

 朝食の際、母からレチェスター家の娘リネットの具合が悪いらしいと聞いた。今夜の夜会には来られないかもしれない、と。

 もっとも、コーネリアとリネットは年は同じだがそう親しいわけではない。共に社交界に生きる令嬢として会えば挨拶を交わし、共通の知人が開く茶会には同席するが密に話をしたことはない。ゆえに朝方彼女の不調を聞いても過剰に案じることはなかった。


 今も同様、母も話題にこそ出したがこれ以上続ける気はないらしい。「長引くようならお見舞いを贈りましょう」と結論付け、話はそれで終いとなった。

 そうしてすぐさま話題を自分の胸元で輝くネックレスへと変えてしまう。

 迷っていたところをコーネリアの意見を聞いて選んだのだと父に話し、そして感謝を告げてきた。赤い宝石を金色の縁で飾ったネックレス、金の髪によく映えており、どうやら夜会の最中に褒められたらしい。

 その話に、コーネリアもまた笑んで返した。取り繕った笑みではない、純粋に、心から微笑んだのだ。


 レオンハルトから婚約破棄を言い渡された事への辛さや嘆きは、あの瞬間から今もまだ一つとして無い。

 胸も痛まず、あるのはただ疑問だけだ。






※新連載です。皆様どうぞよろしくお願いいたします。

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