疫病神の自殺依頼
俺は殺し屋をやっている。
楽しんで目標を殺す俺を「死神」と呼ぶ奴も居る。
意外に多い依頼が、依頼者自身の殺害だ。
要は自殺依頼。
保険金のために自殺では困る奴。死にたいが踏ん切りがつかない奴…。
今回もそんな依頼が来た。
期間は来週月曜までの一週間。この一週間のどこかで殺害する約束だ。
まず最初の3日は依頼人=目標の経歴や行動パターン等を調べる。
彼は何度もニュースに載っていることが分かった。
「子供の頃に溺れたが救出された。」
「大学山岳部数人が滑落して遭難したが生還した。」
「運送会社で働いている時、高速道路で衝突事故。」
事故が原因で服役している。恐らく、この頃に心を病んでしまったのだろう。
「出所後に飛び降り自殺を図るが脚の骨折だけですんだ。」
「入院中、病室で火災にあうが、一番に救出され軽い火傷。」
何度も死にかけているのに奇跡的に生き延びている。こんな「疫病神」みたいな奴、初めて見た。
死にたくても死ねないため、俺に依頼してきたのだろう。
だが、この目標の「自分は死なない運気」は厄介だ。
事故死に見せかけるような凝った殺し方をしようとしても、どんな運で生き延びてしまうかもしれない。
今回は近距離からの銃撃で確実に仕留めよう。暴力団の抗争に巻き込まれたように見せかければいい。
金曜の夜。
今日を決行日とする。
彼は病院の後、行きつけの店で飲む。
帰り道に薄暗い路地を通る。
そこまで調査済みだ。
軽い千鳥足の彼の後ろを静かにつける。
人通りが切れた。
今だ!
俺は彼の真後ろに立つ。
銃を取り出そうと服の中に手を入れる。
その瞬間、彼の脚がもつれ、俺に体当たりをしてきた。
パァン!
銃が暴発する。
俺の左胸を弾が通り抜けた。
「あ、あぁ…。」
こんな事が。
これも彼の「運気」のせいなのか。調査した彼の奇跡の生還を思い出す。
わざわざニュースに載るのは死亡事故だ。
「溺れる子供を助けた老人」
「滑落した山岳部の仲間」
「衝突事故の相手」
「飛び降りの下敷きになった通行人」
「同じ病室の患者」
彼の奇跡の生還の代わりに誰かが死んでいる。
そんな「自分は死なない運気」を持った「疫病神」の依頼なんて、受けるべきではなかったのかもしれない。
俺は消えゆく意識の中で後悔した…。
彼は俺の顔を覗き込んで、ニヤリと笑った。
パァン!
…違う。彼は「疫病神」なんかじゃない、俺以上の「死神」だ。