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デジタル時計はすぐ狂う  作者: とうふ
【第一章】未来から何の目的もなく来ました。
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07 vs天才

 幸村沙月の人生はイージーモードだった。そこそこ裕福な家庭で生まれ、両親も優しく周囲の大人にも恵まれていた。勉強も運動も特に頑張ってるわけではないが人よりでき、また容姿にも恵まれてるため、いつも自分を中心に人が集まっていた。


 「幸村さんはすごいね」 「幸村さんが隣の席で嬉しい」 「やっぱ幸村さんは私たちなんかとは違うよね」

「幸村さんがそう言うなら」

 「ごめんなさい、だから嫌いにならないで」


 何もしなくても自分にペコペコしてくる、人は多かった。ちょっと自分の意思を示すと全員がそれに従う、幼いときからずっとそうだった、だから自分は他の人より優遇されて当たり前、そう思っていた。


 「邪魔だって言ってんだよ、お前如きが彩と私の邪魔をするな」


 スポーツテストの時、クラスメイトに言われた言葉だ、ただ人の椅子に座って友人と話している時、入学当初から自分を差し置いて美人だとチヤホヤされている 槇原優衣 にそう言われた。ぶっちゃけこいつはクラスで浮いている、同級生をボコボコにしたんだ当然だと思う。だからシカトしてやったすると低い声でそう言われたのだ。


 「はあ?あんた誰に向かって口聞いてんのか分かる?」


 女王様の私に逆らえばこうなるぞっと友達同士と目を合わせ、挑発するような声で槇原優衣に言う。すこし周りがざわつき始めたことに気づき、いい機会だと思った。誰がこのクラスで1番偉いのか教えてやる、そう思った瞬間、視界の横を何かが通る。


 「最近は暴力を振るうことを控えている。これでも乙女だからな、彩との約束もあるし。もう一度言うぞ。邪魔だ、退け」


 拳を収めながら槇原優衣が言う。直感的に負けを認めてしまったのだろうか、体が勝手に席を離れる。いつもなら味方してくれる女子も何とも言わずに立ち去る。

 伊上だっけ、あの人が申し訳なさそうに頭を下げている横で無言で席に座る槇原優衣の顔を私は忘れない。

 勝ち誇った顔でもなく、ホッとしたような顔でもないただ虫を払ったかの様な無表情、あいつは本当に私を個別視していないのだ。


―――――――――――――――――――――――――


 「次は負けない」


 自分が女王様じゃなくなった日を思い出しながら小さな声で呟く。


 4回戦目が始まった。


 

 最初のサーブは達也だ。速さも正確さもあるいいサーブだ、相手チームのレシーブが乱れる。


 「おっけー」


 槇原優衣が涼しげな声で返事をしボールへ向かう。トスをするにはややボールの位置が低い、しかし圧倒的柔軟さでボールの下に両手を置き、完璧なトスを上げる、そして綺麗に相手チームのアタックが放たれる。

 所詮は林間学校の班だ、一時的なチームでしかない。それ故に連携にムラがある。


 「達也っ!」


 「おうよ!」


 幸村が呼びかけると達也が返事をしボールを拾う、幸村がトスを上げる相手は、


 「晴輝っ、ミスしたら殺す!」


 殺害予告をされた晴輝が飛ぶ、相変わらずいいトスだ、さすがはバレー部。勝負中だが頭の中はクリアだ、よってどこを狙えば相手が崩れるか容易に分かる。


 「っよっと」


 余裕のある声でアタックを打つ狙いは左角の女子、見れば分かる、明らかにやる気がない。

 ボールの跳ねる音がして1点入る。


 1人で戦っている槇原優衣では、俺達には勝てない。晴輝はチームメイトとハイタッチをしながらそう思った。


 晴輝や直哉のサーブミスや、広下さんのミスなど失点もあったが、1ゲーム目を勝ち取ることは出来た。


 「この調子でいけば勝てる」


 間の休憩時間に幸村が言う。他のメンバーも頷きながら、


 「槇原さんにボールが渡るとアタックが来るけどそこまで強くもないし、なんとかなりそだね」


 「サーブで狙うなら岡村かあのメガネの女だな、あの2人のレシーブをカバーすることはさすがの槇原もできない感じがする」


 汗を拭きながら、菊池さんと直哉が相手チーム攻略を考えている。

 はっきし言って他のチームとは士気が違う、気持ちの差が点数に繋がっているのが実感できる。


 「よし!このまま勝って全勝しよう」


 達也の掛け声に皆が合わせる、円陣ももう何回したことだろうか、今最高に中学ライフを満喫できているなと晴輝を含め1人を除くメンバー全員が思っていた。



 2ゲーム目

 相手のサーブは槇原優衣だ


 ボールを叩く音が響いく、身構えてた達也と菊池さんだが、違和感を覚える。さっきよりも弱い、これなら取れるとチームメイト全員が思った、今からボールを受けるであろうこの女の子以外、


 「ごめんなさい……」


 ボールが跳ねる音がして数秒後申し訳なさそうに、広下さんが謝る。


 「気にしなくていいよ、晴輝と達也はカバーよろしく、相手コートに入れるだけでいいから」


 幸村がそう指示して、晴輝と達也が頷く。

 

 ゲーム中に広下さんは自分のことが嫌いになった、いや元々自分のことが嫌いだったのかも知れない。

 サーブのボールが自分に向かってくる度に私はやっぱり置いてけぼりにされてるなあっと思う、どうして足が動かない、頭ではわかっているのに体が、心がついて来ない。ひたすらに思考が回る。

 青葉くん変わったよね幸村さんや菊池さんとも上手くやって羨ましいな。………私も変わりたい、ただ真面目に暮らして来ただけだ、変な風に思われるのが怖くて、自分のやりたいこと言いたいことを我慢してめんどくさいこと全部避けてきた。


 頭で考えて動いたわけではない、心が動きたいようにしただけだ。

 地面に落ちそうなボールを足で浮かせる、腕が入るか入らないかの隙間、その隙間を作ることに成功したことを広下向葵は誇らしく思う。

 広下向葵だけではない、チームメイト全員がそう思った。晴輝が滑り込みながら片手でボールを後ろに上げる、そして叫ぶ


 「幸村っ!」


 トスというにはあまりに雑、そう思いながらも幸村は跳ぶ、緊張はない。むしろ望むところだ。

 ボールの弾ける音が体育館中に響く、取れた点数は1点だけだ、しかし点より大事なものを手に入れたみんなが理解している。

 

 今ならみんなの目を見ても怖くない、今まで避けてきためんどくさいと向き合うときが来たのだ。前を向いてそう思い、広下向葵が口を開く

 

 「今日から私のことも向葵って呼んでいいから、この勝負勝とう!」


 「ここに来て一致団結ってやつだな」


 直哉がヘラヘラした口調で言う。しかし目は本気だ。


 「晴輝のアタックも相手が追いつき始めてきたし、直哉あんた跳べるわよね?」


 「任せとけ、マジってやつを見せてやるよ」


 笑いながら直哉が幸村に答える。相手が1点でも取れば2ゲーム目は終わる、3ゲーム目があるからと言って手を抜く理由にはならない、みんなの顔がそう語っている。


 そこからの快進撃はすごかった、直哉がスポーツテストで晴輝と同じぐらい頑張ればおそらく2位は直哉だっただろう。反対側から本気の直哉を見た晴輝はそう思う、それだけ凄まじい身体能力だった。


 2ゲーム目は負けた。相手の連携がしっかしてきたことによっていいアタックがきた。ボールを取れなかった向葵は落ち込む。


 「今の失点は気にしなくていい、次サーブだけど達也、まだいけるでしょ?」


 「当たり前だろ」


 今の幸村に女王様の面影はない、どちらかと言うとリーダーって感じだ、達也も班のリーダーではなくエースって感じがする。


 「直哉ブロックもっと積極的にやっていいよ、私カバー行くから」


 「おう、任せた」


 菊池さんにいつもの笑顔はない。それだけ真剣なことが伝わってくる、直哉もいつもはボーっとしている感じがあるが、今となっては別人だ。


 「向葵もお疲れ、大丈夫?」


 「もち。」


 晴輝が汗を拭いている向葵に声をかけると、前までは想像も出来なかった返事が来て、思わず笑ってしまう。


 「じゃあ最後の円陣行っときますか」


 「掛け声は誰にするの?」


 達也の指示でみんなが円陣を組むと菊池さんが質問する。正直、晴輝は自分も掛け声をやってみたいと思っていたが、ここは本日の主役に譲ろうと思う。


 「幸村しかいないだろ」


 「賛成」


 晴輝の答えに直哉が頷く。向葵も首を縦に振っている。幸村は少し笑うと声を出す


 「槇原優衣をぶっ倒すぞ!」


 やはり期待通りのいい掛け声をしてくれたと晴輝は思う、これはチャンスだ。槇原優衣を負かす最大のチャンスなのだ。


 

 3ゲーム目が始まる

 

 相手チームも僅かだがレベルが上がっている。序盤であったしょうもないミスは無くなっていた。だが地力ではこちらの方が上である。

 互いに点数を取り合い形でゲームは進行し、晴輝達は1点リードしていた、次とれば晴輝達は次でマッチポイントだ。そこで相手チームの配置が変わる。


 「槇原さんが後衛に行くのか」


 サーブを打つ達也が意外そうに呟く、相手チームに槇原ほど上手くトスを上げれる人はいない。つまり


 「全力でいいんだよな」


 ボールが勢いよく弾ける音がする。一直線に槇原の元にボールが向かう、槇原は体全身を使い綺麗にボールを上にあげた。相手のセッターの位置にいるのは誰だと晴輝は見る、まあおそらく知らない人間だろうが興味本位で視線を向ける、


 「えっ、岡村!?」


 思わず声に出してしまう岡村が相手チームにいたことは知っていたが、岡村は運動できない、それはもう周知の事実だ。相手が何を考えているか思いつくより先にボールが岡村の手に触れる。

 岡村はボールを真上に上げた、いや少し向こう側に角度がついている。すると茶色のポニーテール揺らしながら女が跳んだ。


 「バックアタック……」


 漫画で見たことあるぐらいのものだった。高校の時、授業でやったが後ろから撃つとボールがネットを越え無いので放物線を描くようなアタックしか撃てなかったのを覚えている。


 しかしこのアタックは本物だと認識する、なにより角度が違うジャンプ力の問題なのか中1だからネットが低いのか上手くいったバックアタックを初めて見る。

 槇原がアタックをするのは初めてだ、だから目が速度に慣れていないのだろう、達也と幸村の間にボールが打ち込まれ、勢いよくバウンドする。ここでの失点は痛い、マッチまでいけば最悪デュースに持ち込めた。


 そして何よりサーブ権が槇原優衣に移った。


 「……おもしろい」


 ボールを持った槇原優衣が誰にも聞こえない声で呟き、サーブを撃つ。


 「任せろ!」


 達也に向かってボールが飛んできた。先程の向葵狙いではないためか、速くそれも強いサーブだったがずっとレシーバーをしている達也には受け取れる自信があった。

 違和感がある。おそらくそれに気づいたのは晴輝と幸村それと菊池さんぐらいでだろう。サーブの撃ち方が違う、あれは


 「達也、オーバーで受けろ」


 晴輝が叫ぶが間に合わない、達也の腕の上でボールの動きが変わる。

 

 「フローターサーブまでできんのかよ」


 これで槇原優衣のチームはマッチポイントだ。


 「悪い……」


 「気にすんな、次は行けるか?」


 「ああ頭ぶつけてでもボールを浮かせてやる」


 達也の心は折れていないようだ。なら問題はない、1点を取る、そのことだけを考える。


 「行くぞ!」


 晴輝より先に幸村が叫んだ、サーブは相手なのに掛け声が違う気がするが、まあいい勝ちに行くんだ、むしろピッタリの掛け声だ。

 

 槇原がサーブ撃つ、フローターじゃない普通のサーブだ、狙いは達也だろうボールの動きを見れば分かる、後ろを振り返る必要はない。ただ集中する。


 達也がボールを上げる、晴輝には槇原優衣のような芸はない。ただ全力で気持ちをぶつける、少し後ろに下がって助走をつける、上がったボールをトスをした幸村と目があった。

 ああ分かってる 心の中でそう言って、アタックを撃ち込む。狙いはもちろん槇原優衣だ。


 晴輝のアタックは力もありスピードもあった、しかし槇原優衣の防御力は突破できない。なら何度でも撃ち込むだけだ、またバックアタックが来る、菊池さんが滑り込みボールを上げる。

 苦しそうにして幸村がトスをする、しかしその目に負の感情が映ることはない。また晴輝がアタックを撃つ、狙いはもちろん


  槇原優衣だ

 

 晴輝はなぜ幸村が槇原優衣に勝つことに拘っているかは知らない、ただ幸村の気持ちが乗ったこのボールに自分の思いをさらにのせて、全力で槇原優衣にぶつけるだけだ。


 しかしボールは槇原に拾われ、また岡村ところへ、岡村が真上にトスを上げた、また槇原優衣のアタックが来る、流石に3度目だ後衛には受け取れる自信があった。


 ボールが弾ける音がする。どうして気づかなかったのだろう、ボールが真上・・に上げられていることに、槇原優衣の狙いは後衛ではない、高く跳んだ槇原優衣は真下にボールを叩きつけた。


 今日セッターをやっている幸村がアタックを受けたことがなかった、そんな言い訳を自分にしないのが幸村沙月という女なのだろう。


 長く続いたゲームが終わり、それを見た教員が昼休憩の指示を出す。


 「ごめ――」


 謝ろうとした晴輝だが幸村の潤んだ目を見て、言葉を止める。


 「今話しかけないで、泣きそうだから」


 顔を赤くした幸村がそう言って体育館にうずくまる。


 相手チームの喜ぶ声だけが体育館中に響いた。


 そして1人で体育館に向かう槇原優衣が勝ち誇った顔をしていたことを

 

      幸村沙月が知ることはない

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