表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

1-1.物柔らかなる殺し棘

 《青薔薇姫(あおばらひめ)暗殺(あんさつ)》。依頼(いらい)決行(けっこう)(よる)は、すべてが順調(じゅんちょう)(すす)んでいた。

 一直線(いっちょくせん)()()けた(けん)のすぐ(さき)に、標的(ひょうてき)乙女(おとめ)がいる。深々(しんしん)(おく)ゆかしい嫁入(よめい)りの生花(せいか)(よわい)20そこいらの(しゅん)なる花姿(はなすがた)は、(いま)までに(たの)しんできたどんな(おんな)よりも、かぐわしかった。



 青天(せいてん)大半球(だいはんきゅう)床上(ゆかうえ)()かせる、ボールガウン・ドレス。

 サラサラと腰先(こしさき)まで(ちょく)(なが)れた、白銀色(はくぎんいろ)(なが)つや(かみ)

 (ふか)羽織(はお)ったショールから(のぞ)く、新雪(しんせつ)人肌(ひとはだ)



 高嶺(たかね)(はな)ほど高値(たかね)()れるものだ。

 深窓(しんそう)にひとつ()(はかな)げな美貌(びぼう)箱入(はこい)りに(そだ)てられた華奢(きゃしゃ)一身(いっしん)には、(まち)がまるごと()えるだけの()()()っても不思議(ふしぎ)ではなかった。たっぷりと味見(あじみ)をしてしまってもいい。しおれかけでも、(さけ)(おんな)()きるまで()らせるだけの()がつくだろう。

 ――二度(にど)(おもて)()さなければ、(ころ)したことと(おな)じになるのだ。

 いよいよ今宵(こよい)の《花摘(はなつ)み》が(はじ)まる。宮殿(きゅうでん)外郭(がいかく)()(めぐ)らされた衛兵(えいへい)網々(あみあみ)、それらを一切(いっさい)沙汰(さた)なくくぐり()けた(さき)に、この舞踏(ぶとう)広間(ひろま)はあった。20年物(ねんもの)生花(せいか)と20年来(ねんらい)花売(はなう)り、がらんどうの密室(みっしつ)にはそれしかいない。衛兵(えいへい)侍女(じじょ)などの邪魔者(じゃまもの)はいない。王国一(おうこくいち)護衛(ごえい)剣士(けんし)も、今夜(こんや)だけはいない。

 青薔薇姫(あおばらひめ)(いま)、たったひとりだ。

 それを黒衣(こくい)大男(おおおとこ)、10(にん)(かこ)う。

 包囲(ほうい)中央(ちゅうおう)可憐(かれん)(しと)やかな小顔(こがお)(あお)ざめていた。リスのように(しき)りに見回(みまわ)しては、床丈(ゆかたけ)のスカートをあたふたと波立(なみだ)たせて、四方八方(しほうはっぽう)からの薄汚(うすぎたな)()みを、ぎらついた剛剣(ごうけん)()りかざす大男(おおおとこ)たちを、(うる)んだ()()()げていた。

 もう()もなく()(はい)る。だからこそ(おとこ)たちは(ほお)()()(なお)した。花摘(はなつ)みはここからが大事(だいじ)なのだ。十方塞(じっぽうふさ)がりの青一輪花(あおいちりんか)白長手袋(しろながてぶくろ)(ちい)さな()には――



 (ひめ)()には、レイピアが(にぎ)られていた。



 満月(まんげつ)青光(せいこう)あふれる舞踏(ぶとう)広間(ひろま)一面(いちめん)(ひろ)がる白大理石(しろだいりせき)(ゆか)(うえ)で、(いのち)()した剣戟(けんげき)(はじ)まった。

 いざ(まく)(ひら)かれてみると――(ひめ)優勢(ゆうせい)だった。

 《お(ひめ)さまの大活劇(だいかつげき)》。百千(ひゃくせん)(いのち)()()ってきた剛剣(ごうけん)10(ぽん)()()みが、(はな)をめかした細剣(さいけん)一本(いっぽん)にことごとく()(なが)されていく。銀細工(ぎんざいく)曲線(きょくせん)()()んだ湾曲柄(わんきょくえ)、そこを青爛漫(あおらんまん)生花(せいか)着飾(きかざ)ったレイピアを片手(かたて)に、青薔薇姫(あおばらひめ)大立(おおた)(まわ)りを()せていた。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)大男(おおおとこ)10(にん)正面突破(しょうめんとっぱ)視野(しや)()れた()りすぐりの面々(めんめん)(かこ)んでいるというのに、(はな)乙女(おとめ)細剣(さいけん)()てない。ふた(まわ)りは(ちい)さな身体(からだ)をいっぱいに使(つか)って、ひらりひらりと剛剣(ごうけん)()(なが)し、ひとりとして(おとこ)たちを()せつけず、(つね)包囲(ほうい)中央(ちゅうおう)維持(いじ)している。花売(はなう)り20(ねん)(おとこ)たちであっても、今回(こんかい)ばかりは()(あせ)(にぎ)らずにはいられなかった。

 かすり(きず)ひとつが金貨(きんか)ひとつを左右(さゆう)するのだ。

 素人(しろうと)(にぎ)りしめた(けん)ほど(こわ)いものはない。にわか仕込(じこ)程度(ていど)(みが)いた護身剣術(ごしんけんじゅつ)などもっともだ。下手(へた)にレイピアを(はじ)()ばして、それが商品(しょうひん)本体(ほんたい)をかすめただけでも大損(おおぞん)となる。これだけの仕上(しあ)がりの一等花(いっとうか)ともなればなおさらだ。()(ぎわ)では適切(てきせつ)力加減(ちからかげん)大事(だいじ)なのだ。

 (おとこ)たちは10(にん)総出(そうで)大活劇(だいかつげき)演出(えんしゅつ)していく。ガクガクと(ふる)えて()まない花細剣(はなさいけん)強張(こわば)りきった花乙女(はなおとめ)円陣(えんじん)()んで(かこ)()み、一見(いっけん)丁重(ていちょう)にもてなしながらも、じわりじわりと着実(ちゃくじつ)(かた)へとはめていく。細剣(さいけん)()とすか、(すそ)()むか、(かべ)へと()()むか――いずれにしても時間(じかん)充分(じゅうぶん)にあった。



 11(にん)きりの舞踏(ぶとう)広間(ひろま)で、(はな)のレイピアは(さけ)(つづ)ける。

 へっぴり(ごし)護身剣術(ごしんけんじゅつ)で、(ひめ)円陣(えんじん)(ない)()(まわ)(つづ)ける。

 たったひとりの防衛戦(ぼうえいせん)には、(だれ)ひとりとして()けつけない。



 それでも(ひめ)はレイピアを()てない。

 大粒(おおつぶ)(なみだ)(なが)いまつ()()らしながらも、おっかなびっくりの()(なが)しを(つづ)けて、(おとこ)たちをまったく()せつけない。スカートの大半球(だいはんきゅう)(ひるがえ)し、(すそ)(さき)のフリルの多重層(たじゅうそう)(ゆか)をくすぐり、細長(ほそなが)(かかと)のつま先立(さきだ)ちの(くつ)()(かく)れさせながら、ひらりひらりと()(まわ)る。(おとこ)たちがどれだけ()()んでも、細剣(さいけん)手離(てばな)さず、(すそ)()まずに、円陣(えんじん)中央(ちゅうおう)維持(いじ)していた。お(ひめ)さまにしては大健闘(だいけんとう)だった。

 いよいよ円陣(えんじん)(かべ)(せっ)しても、(ひめ)はレイピアを(はな)さない。(おとこ)たちは()()(りょう)仕上(しあ)げにかかった。十方(じっぽう)からの矢継(やつ)(ばや)のそよ(かぜ)、10(ぽん)剛剣(ごうけん)のやさしくも執拗(しつよう)()さぶりに、(はな)乙女(おとめ)はてんやわんやだ。ドレスが(かみ)がごった(がえ)して、綱渡(つなわた)りのような(けん)さばきは、(みぎ)(ひだり)にますます(かたむ)いていく。

 絶叫(ぜっきょう)悲鳴(ひめい)、レイピアの金切声(かなきりごえ)だけが舞踏(ぶとう)広間(ひろま)(ひび)いていく。一声(いっせい)(はっ)しない乙女(おとめ)泣顔(なきがお)()わって、(はな)のレイピアは甲高(かんだか)(さけ)ぶ。すべての(まど)(とびら)()ざされていても(あきら)めない。ひっきりなしに(さけ)ぶ。(さけ)(つづ)ける。

 結局(けっきょく)(だれ)()けつけなかった。

 (ひめ)最後(さいご)まで、ひとりだった。



 その(よる)は、(あさ)まで薔薇(ばら)三昧(ざんまい)だった。

 (おとこ)たちは夜通(よどお)青薔薇(あおばら)におぼれた。一世一代(いっせいちだい)暗殺(あんさつ)依頼(いらい)()えてもなお、まだまだ(ちから)()(あま)した隆々(りゅうりゅう)巨体(きょたい)()()い、天香国色(てんこうこくしょく)(かお)(はな)やぎを(あじ)わい()くした。

 かつてない(あじ)わいだった。(わす)れられないひと(とき)だった。(こと)()わった(あと)もなお、その(とき)(かお)(はな)やぎが()みついて(はな)れない。いつでも何度(なんど)でも、その(とき)光景(こうけい)鮮明(せんめい)によみがえる。(あか)るくなってきた夜空(よぞら)にまどろみながら、(おとこ)たちはまた(おも)(かえ)していた。



 ――豊穣(ほうじょう)処女雪(しょじょゆき)

 ぷりぷりと、(しろ)(にく)にあふれた女体(にょたい)



 20の()(にら)みを()かせる(なか)乙女(おとめ)はその(ちい)さな()(ふる)わせながら、(みずか)らの(むね)のリボンをするすると()()ろした。青一色(あおいっしょく)のショール、(ふか)上体(じょうたい)(おお)った(きら)びやかな(つつ)(ぬの)は、あれよあれよと()()くままに幕開(まくびら)かれ、(おとこ)たちは一様(いちよう)(うご)きを()めた。

 白世界(しろせかい)()()まれたのだ。

 (ちち)(はら)()()しだった。ボールガウン・ドレスの上体部(じょうたいぶ)青花(せいか)銀刺繍(ぎんししゅう)(いろど)るコルセットは、隙間(すきま)だらけで、くびれもえげつない。か(ぼそ)青幹(あおみき)のそこかしこから、むちむちと(しろ)(まる)豊潤(ほうじゅん)がこぼれて、女肉(にょにく)実々(みみ)であふれかえっていた。

 花々(はなばな)(さく)(なら)ぶコルセット上部(じょうぶ)では、たらふくに(そだ)った(もも)ほどの丸肉(まるにく)をふたつ、たぷんたぷんと()()せて、ぷっくりとした先端(せんたん)下半球(したはんきゅう)だけをかろうじて(おお)っている。すぐ(した)前面(ぜんめん)中央(ちゅうおう)には、銀刺繍(ぎんししゅう)丸額縁(まるがくぶち)、ぽっかりとくり()かれた西瓜大(すいかだい)(あな)からは、むちむちとお(なか)(ぜい)()()て、おへその深淵(しんえん)(にく)(かこ)っている。――なのに(こし)は、ぎゅうぎゅうにか(ぼそ)い。背中(せなか)では()()(ひも)極小(ごくしょう)×字(ばつじ)(つら)ね、コルセットから()()されたものたちは(みな)隙間(すきま)へとあぶれる。()()()()げ、ねじ()()()み、てんこ()りの果肉(かにく)であふれかえった洋梨型(ようなしがた)(うつわ)、その(するど)双曲線(そうきょくせん)のくびれは、(おとこ)両手(りょうて)(おさ)まってしまいそうなほどだった。

 そんな雪白(ゆきしろ)女肉(にょにく)()りに、日焼(ひやけ)(ぐろ)大男(おおおとこ)たちが()ってたかる。

 きめ(こま)かくてなめらかな雪肌(ゆきはだ)一面(いちめん)無垢(むく)(しろ)(だい)なしにしないように(おさ)えながらも、(おとこ)たちは(いき)(あら)くして征服(せいふく)にかかる。か(ぼそ)(うで)懸命(けんめい)拒絶(きょぜつ)()わせて、隆々(りゅうりゅう)剛腕(ごうわん)(すこ)しずつ(ちから)()れていく。屈辱(くつじょく)先端(せんたん)(にく)をとらえるまで、そう時間(じかん)はかからなかった。

 一方的(いっぽうてき)蹂躙劇(じゅうりんげき)一度(いちど)とらえたら()まらない。10の巨体(きょたい)次々(つぎつぎ)()()せ、()()まった(にく)延々(えんえん)(おか)()かれ、屈辱(くつじょく)淡々(たんたん)()えつけられていく。ひっきりなしの悲鳴(ひめい)をものともしない。()()てられない惨劇(さんげき)(うず)、まだまだ(ちから)(おさ)えている巨体(きょたい)(ぐん)()(なか)で――

 青薔薇(あおばら)花実(はなみ)は、より(かお)(いろ)めく。

 身体(からだ)身体(からだ)(ちか)づくほどに、くびれた(こし)()げくねる。(かお)(かお)とが(ちか)づくほどに、洗髪香油(せんぱつこうゆ)(はな)やぎを(かも)す。ボールガウン・ドレスに(ぎん)つやかみ大男(おおおとこ)10(にん)でも()(あま)海原(うなばら)とオーロラが、()じろぎの(たび)にゆらゆらと波立(なみた)ち、むんむんと女肉(にょにく)芳醇(ほうじゅん)をまき()らす。そうして(おとこ)たちのすべてを、ずかずかと雌色(めすいろ)()りかえてくる。日焼(ひやけ)(ぐろ)巨体(きょたい)()(ねつ)()びていくほどに、雪白(ゆきしろ)青薔薇(あおばら)()(おど)っていった。

 ――商品(しょうひん)価値(かち)など、もうどうでもいい。

 (おとこ)たちは本気(ほんき)になっていた。10(にん)全員(ぜんいん)(かお)身体(からだ)()()にして、()(なか)へと()かって()(くる)った。(ねら)(さき)などどこでもいい。ふっくらとした(くちびる)(はな)(たか)小顔(こがお)雪肌(ゆきはだ)のうなじ、乳房(ちぶさ)(そこ)なし(だに)(ふか)(かげ)るおへそ、やわらかなドレス、つややかな長御髪(ながみぐし)――とにかく()(まえ)(めす)目掛(めが)けて、全体重(ぜんたいじゅう)をかけて()(おそ)った。

 乙女(おとめ)健気(けなげ)にも(あきら)めない。(あせ)だくな巨体(きょたい)()(なか)で、(おとこ)たちの本気(ほんき)()めにさらされているというのに、華奢(きゃしゃ)身体(からだ)ひとつで()()いている。エメラルド(いろ)(ひとみ)(かがや)きを(うしな)っていない。大男(おおおとこ)たち10(にん)渾身(こんしん)一振(ひとふ)りに、青薔薇(あおばら)乙女(おとめ)はたったひとりで()()かっていく。



 ――血塗(ちぬ)れたレイピアを、(はな)らかに()りかざして。



 《お(ひめ)さまの大活劇(だいかつげき)》が、いつまでも()わらない。舞踏(ぶとう)広間(ひろま)白盤上(はくばんじょう)、じわりじわりと順調(じゅんちょう)(はこ)んでいた包囲(ほうい)円陣(えんじん)が、(かべ)まであと一歩(いっぽ)のところで()まってしまったのだ。さらには(かべ)から(とお)のき(はじ)め、()がつけば円陣(えんじん)広間(ひろま)中央(ちゅうおう)へと(もど)っていた。

 暗殺者(あんさつしゃ)10(にん)の、本気(ほんき)殺人剣(さつじんけん)()たらない。とっくに抹殺(まっさつ)妥協(だきょう)しているというのに、(くび)心臓(しんぞう)目掛(めが)けた必殺剣(ひっさつけん)はかすりもせず、ひらりひらりと()(なが)されてしまう。こんなことは(はじ)めてだった。

 (おとこ)たちは(けっ)して()るがない。愛用(あいよう)剛剣(ごうけん)古傷(ふるきず)(あせ)(くろ)ずみだらけの質実(しつじつ)()が、過去(かこ)一番(いちばん)(ちから)をよこしてくるのだ。(きた)()げた巨体(きょたい)はますます(たぎ)り、どんな血生臭(ちなまぐさ)戦場(せんじょう)()()けたときよりも(ちから)()いてきている。10(にん)全員(ぜんいん)がギラギラと()()やし、片時(かたとき)(てき)から(はな)さない。10(ぽん)剛剣(ごうけん)(やいば)も、()(なか)()()ませた(かがや)きを一片(いっぺん)たりとも(うしな)っていない。なのに――



 青薔薇(あおばら)剣舞(けんぶ)は、()わらない。



 白盤上(はくばんじょう)花爛漫(はならんまん)、ボールガウン・ドレスが満開(まんかい)はつらつと(まわ)()いては、(あお)舞踏会(ぶとうかい)へと、(だれ)(かれ)もをエスコートしていく。床丈(ゆかたけ)のスカートはひだを目一杯(めいっぱい)()(はな)ち、裾先(すそさき)では幾重(いくえ)ものフリルがらんらんと大円弧(だいえんこ)()(めぐ)り、そのまま(しん)へとぎゅうぎゅうに(から)みついては、螺旋(らせん)のつぼみをぷっくりと(はら)みづける。そこからすかさず逆回(ぎゃくまわ)りにいっぱい、くるりくるりと(はな)びらをおっぴろげては、ぎゅうぎゅうにつぼみ逆巻(さかま)いてと、うら(わか)雌花(めばな)はのさばって()まない。(おう)(ふく)に、右巻(みぎま)きに左巻(ひだりま)きに、ふくらふくらな大半球(だいはんきゅう)を、青一輪花(あおいちりんか)はとめどなく()()とす。どこまでも(まわ)(ひろ)がる花海原(はなうなばら)のすぐ(うえ)では、銀糸面(ぎんしめん)のオーロラが(おど)りゆらめく。腰先(こしさき)まで()()ぐに()びたつや(かみ)一本(いっぽん)一本(いっぽん)は、どれだけ()(みだ)れてもひと(ふさ)(おさ)まり、まとまって波打(なみう)ちながら(あお)月明(つきあ)かりを()(かえ)す。青薔薇(あおばら)のドレスと白銀(はくぎん)長御髪(ながみぐし)二色(にしょく)(かな)でるうららかな円舞曲(ワルツ)を、乙女(おとめ)はしなやかな()つきで指揮(しき)()りながら――

 またひとつ、()()(はち)()仕上(しあ)げていく。

 花々(はなばな)青色(あおいろ)にめかしたレイピアが、次々(つぎつぎ)大男(おおおとこ)たちを赤色(あかいろ)にめかしていく。白長手袋(しろながてぶくろ)細腕(ほそうで)一本(いっぽん)から()()される連続(れんぞく)()きが、延々(えんえん)()()まった筋肉(きんにく)(おか)していく。()いた()をたおたおと(かか)げてバランスを()りながら、淡々(たんたん)花細剣(はなさいけん)先端(せんたん)()えつけていく。

 野太(のぶと)悲鳴(ひめい)()()(あか)、そのどちらにも()もくれない。青一輪花(あおいちりんか)一番棘(いちばんとげ)が、一方的(いっぽうてき)にまくし()てて、はやし()てて、ずかずかと(おとこ)をしだいていく。1(アン)2(ドゥ)3(トロワ)と、みるみる花剣(はなけん)調子(ちょうし)づく。4(キャトル)5(サンク)6(シス)と、ますます花棘(はなとげ)(はず)みづく。ハイヒールの(かかと)(うわ)つかせて、一本足(いっぽんあし)でくるくると(まわ)って、青薔薇(あおばら)のドレスはむくむくとどこまでも増長(ぞうちょう)していく。なのに(おとこ)たちは()()せない。花乙女(はなおとめ)(えが)くのびやかな剣跡(けんせき)に、10(ぽん)殺人剣(さつじんけん)()いつけない。

 のろまなレイピアを、()められない。

 (ちょう)()まるほど(おそ)(はら)いに、あれよあれよと(おど)らされる。(はち)(わら)うほど(ちから)ない()きに、あれまあれまと(うた)わされる。なまくらの儀礼剣(ぎれいけん)にひっかき(まわ)され、青若(あおわか)護身剣術(ごしんけんじゅつ)につっつき(まわ)され、いつまでも深手(ふかで)にはいたらないものの、いつまでも悪夢(あくむ)()められない。(こし)(はい)っていない連続突(れんぞくづ)き、そのすべての軌道(きどう)()()るように()える(はな)(けん)に、もれなく(はち)()にされていく。

 しなやかな白長手袋(しろながてぶくろ)に、(おし)()まれていく。

 剛腕(ごうわん)暗殺者(あんさつしゃ)がボールガウン・ドレスの乙女(おとめ)に、手取(てと)足取(あしと)(おど)らされていく。10(にん)大男(おおおとこ)がひとりの乙女(おとめ)に、おんぶにだっこに(うた)わされていく。(いた)れり()くせりの花細剣(はなさいけん)を、(おとこ)たちは()められない。()まって()えるレイピアを、いつまでも()められない。

 ――身体(からだ)(おも)いのだ。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)、どんな死地(しち)でもともにあった錬磨(れんま)巨体(きょたい)が、まったくいうことをきかないのだ。(ちから)ならいくらでも()いてくるというのに、(いま)にも足場(あしば)(くず)()ちそうな、むかむかと気味(きみ)(わる)感覚(かんかく)が、全身(ぜんしん)にまとわりついて(はな)れないのだ。

 包囲(ほうい)した当初(とうしょ)はこんなではなかった。しかし()がつけば悪寒(おかん)(かこ)まれていた。(はじ)めての反撃(はんげき)(くる)(まぎ)れの細剣(さいけん)(ほほ)をかすめたときが(さかい)だった。(ふく)らみ(はじ)めたら()まらない。抹殺(まっさつ)妥協(だきょう)しても()えていかない。それどころかますます(ふく)()がってきている。(けん)()わせば()わすほどに、ねっとりと四肢(しし)(から)みついて、ぬらぬらとうねり(のぼ)ってきている。じわりじわりと、着実(ちゃくじつ)にこちらへと(せま)ってきている。

 毒霧(どくぎり)錯乱魔法(さくらんまほう)気配(けはい)はない。毒剣(どくけん)でも魔法剣(まほうけん)でもない。深手(ふかで)(きず)はひとつもなく、体力(たいりょく)()(あま)っている。全身(ぜんしん)筋肉(きんにく)無尽蔵(むじんぞう)()(たぎ)り、(あし)(てき)へと何度(なんど)でも()かわせる。がらんどうの舞踏(ぶとう)広間(ひろま)、11(にん)きりの密室(みっしつ)必殺(ひっさつ)包囲陣(ほういじん)――(なに)をとっても順調(じゅんちょう)だ。間違(まちが)いなく順調(じゅんちょう)なのだ。なのに――



 青薔薇(あおばら)剣舞(けんぶ)は、()わらない。



 戦勲(せんくん)古傷(ふるきず)が、次々(つぎつぎ)とかすり(きず)上書(うわが)きにされていく。

 戦友(せんゆう)剛腕(ごうわん)が、延々(えんえん)とつつき(きず)苗床(なえどこ)にされていく。

 なにもかもが、淡々(たんたん)一色(いっしょく)()りつぶされていく。

 20年来(ねんらい)花売(はなう)りの(やいば)が、20年物(ねんもの)生花(せいか)(とげ)に。

 10の剛剣(ごうけん)大男(おおおとこ)も、一度(いちど)(さわ)れないままに。

 たったひとりの、顔色(かおいろ)(いろ)めく花乙女(はなおとめ)に。

 ()きたままに、(ころ)されていく。



 (おとこ)たちは、(ふる)えていた。



 (あお)薔薇(ばら)のドレスが(ひるがえ)(たび)に。

 白銀(はくぎん)長御髪(ながみぐし)がゆらめく(たび)に。

 (はな)のレイピアが()(おど)(たび)に。



 (おとこ)たちは、(ふる)()がっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ