第三十八話
「ほら、お姉さん良かったね、試合が始まるよ」
「いやいや、ノルド、親衛隊の仕事は?戻らなくていいの?」
「立ってるの疲れた」
「戻りなさい」
自分としては語気を強めて言ったのだが、聞こえない顔をされる。
もう一度、強めで仕事に戻れと促そうとするとノルドに肩をたたかれ、指をさされた。
「ほら、隊長が出てきた」
「だから、ノルド。あのね」
言いながら目線を舞台に移す。
そこに武装したエドアルドがゆっくりと舞台へ上がってくるところだった。
親衛隊長なので、ノルドとおそろいの隊服かと思いきや、鎧を着こんだ完全に戦支度の武将のようである。
お祭りのようなそわそわした空気が彼の登場で一気に冷めていく。
「隊長、やっぱりかっこいいや」
武装姿にあこがれるとはやはり男の子だなと思いながら、自分自身は明らかに気迫の違うエドアルドに圧倒される。
剣を突き付けられた時に感じたよりもはるかに上回るそれにかなりの距離があるにもかかわらず身構えてしまう。
あの時でさえ恐怖を感じたが今のエドアルドは近づけもしないくらい命の危険を感じる。
御前試合は決勝を残すだけと思っていたが、会場の空気が違うようである。
「今から何があるの?」
「模範演技。隊長と辺境警備隊の隊長が試合するんだ」
すでにノルドの心は舞台に奪われているようである。
それは客席も同じでいつの間にかざわめきがなくなっている。
エドアルドとは反対から一人の男が現れる。
同じように武装した姿はエドアルドと比べやや細身である。それでもしなやかさを感じる身のこなしで、さらりと背中のマントを払うあたり舞台映えがする。
対照的な二人は中央で一定の距離をあけて立つ。
しんと風さえも止まったように静かな時間が流れた。
遠くで銅鑼が鳴る。
それが合図だった。
舞台中央の二人は剣を抜くと一気に距離を詰める。会場内に金属のぶつかる高い音が響き、激しい足音で砂ぼこりが舞う。
いつのまにかこちらも呼吸をするのを忘れてしまう。
握りしめていた拳をほどいて冷たくなった指先をさする。真剣に見入ってしまうほど二人の試合は並みならぬ緊張感があった。
応援するならエドアルドになる。
顔見知りであるし、親しい気持ちもある。
だからこそ、不安がある。戦争が身近にある国、今目の前で行われている試合でなく真剣な戦いがある世界。
親しくなった者たちが戦争に行き、埃や泥をかぶりながら戦う。
いざとなった時に私はどうするのだろうか。
彼らは無事で帰ってくる約束はできないし、しないだろう。
私は毎日、彼らの無事を祈り、静かに暮らすことになるだろう。
この国がなくなったりしたときは、路頭に迷うだけでは済まないだろう。
厳しい過酷な世界だ。
文字で苦しんでいるのはほんの小さいことなのだ。もっと、頑張って彼らの役に立たなければ。
自分より若く将来のある子たちが少しでも生きやすくなる世界になりますように。
実際に厳しい戦争が起こりませんように。
私ができる精一杯のことを。
おかあさんだから、私。みんなのおかあさんだから。
でも、あのエドアルドが息子って身体つきがあまりにごつくて威圧感もあるし少し考えるかな。
誤字修正のため更新しました。ご指摘ありがとうございます。




