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騎士アーサー物語 Ⅰ(後編)  作者: 星野れん
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名前の消えた騎士

 

 第十一章 アンシーリーの正体



 ミルトニア城レリア王立騎士学院屋上、一人の男がそこに居た。たたずんでいるその目ははるか先を捉えているのか、はたまた何も見ていないかのような空虚さもたたえている。あの教会の爆破後も素知らぬ顔でもどり、何事もなかったかのようにこの数日を過ごしてきた。だがしかし、その間ずっといろいろな考えに悩まされ続けている。自分は何をしているのだろうか、これからどうしようというのか、自分の目的は、この街に帰ってきたときの目的はいまだ果たされぬままだ。

 それなのに、先日自分の目的の為にあの子たちを巻き込んでしまったとき、全く知らなかったこととはいえ、初めて自分のしていることに対して後悔の念が生じた。以前なら気にもとめなかったろうに、この四年間、まがいなりにも教師をしてきて、教師としての自覚というものを持ってしまったというのだろうか、……それはわからない。

 ため息とともに伏せた目を開けると、眼前に広がるのは見慣れた街並みだ。昔からこの場所より見る景色が好きだった、あの頃から街はさほど変わりがないのに、自分は随分と変わってしまった。そう思うと少し哀しく、切なくなり、また目を伏せた。

 ここに来たのも十年ぶりぐらいだ。ここに来たのはある人物に呼ばれたからだが、別に来なくてもよかったとも思う。おそらく私の正体を掴んだのだろう、いつかはこういう日が来るとは思っていた。それに私自身、自分をさらけ出したい、そんな衝動もあったが、なにより正直、「疲れた」という思いが強かったからかもしれない。目的の為にただそれだけの為にこの十年を生きてきた。正しい正しくないではない、自分にはあの時この道以外考えられなかった。それは理解していても、この場所に立ち、振り返ると、今の境遇に対し、ただただため息しか出なかった。その時、背後から誰かが来た気配がした。


「やあ遅かったじゃないか」そう言いながら振り返るとそこには予期せぬ人物、アーサー・オーウェルがいた。

「君か……、どうしたんだいこんなところに。学生は屋上には立入禁止のはずだぞ」出来るだけ優しく言ったつもりだが、アーサーの耳にはまるで入っていないようだ。

「マルク先生……、先生に聞きたいことがあります」アーサーはまっすぐ、何かを嘆願するかのような目でマルクを見つめている。

「なんだい?」

「先生が、先生がアンシーリーだったんですか?」瞬間マルクはあっけに取られたような表情をするが、すぐにいつもの笑みを取り戻していた。

「どうしたんだい急に、藪から棒だな。いいかい、誰から何を言われたかわからないが、そんなことある訳ないじゃないか」

「本当ですか」アーサーの顔がゆっくりと明るくなった。アーサーは胸を撫で下ろそうとしたが、それに水を指すようにステラの声が聞こえてきた。


「じゃあこれはどう説明しますか」声と共にアーサーの後ろからステラが現れた。

「先日姫様が襲われたのはご存知ですね」マルクの顔が少し強張ったのをステラは見逃さない。そして続ける。

「襲撃犯の言動などから、そもそもの狙いがシオン様であったことが分かっています。しかし、どうやら情報の行き違いにより、オリヴィア様を襲撃することになってしまった。連絡係と目される人物、アンシーリーは、シオン様の予定を知っていながら、オリヴィア様に代わったことを知らなかった人物です」ステラはマルクの表情を見たが、先程ほどの感情の揺れは見出せなかった。

「先生はあの日、朝から出掛けていて、シオン様の外出予定がオリヴィア様に代わったのを知ったのは遅い時間でしたよね」

「確かにそうだけど、それだけの理由で僕だと決められても困ってしまうな。何か根拠があるのかい?」

「根拠ならあるわ。まず他の先生方に確認したところ、朝の時点でみんな変更内容について知っていたわ」

「例えそうだとしても、知らない人間は学院以外にも他にもたくさんいるんじゃないかな」マルク先生はおどけるような手振りで示す。

「いいえ、舞踏会の時の警備の裏をかいたアンシーリーの動きは、警備計画を知っていないと無理だったわ。そして舞踏会の警備計画は一部の護衛騎士と先生方しか知らなかったのよ。ということは、アンシーリーは情報を得られる身分でありながら何故か今回は情報を逃した人が怪しいと考えられるわ」ステラは自信たっぷりに言い切った。

「そうだろうか、舞踏会のときは確かに警備の裏をかかれた。しかし今回は意図的に間違えたかもしれない。そもそも相手の狙いが本当にシオン様だったのか、それさえも現在の状況では分からないじゃないか。君達がその襲撃犯の一人でも捕まえていれば別だろうけどね」マルクは冷静に言い放った。

「でも、そんな……」ステラの言い分は状況からの推察だけでマルクの言うように証拠はなく、ステラは言葉を失った。


「じゃあこれはどう説明するんですか」次に現れたのはランスロットだ。ステラの肩をポンとたたき前に出る。

「前に先生が俺に言いましたね。教会での事件の時俺が足首をつかんだせいでガウェインが動けなくなり疑われたって」

「ん、そんなこともあったかな」

「あれちょっとおかしいんですよ、俺がガウェインの足を掴んだのが見れるのは、よほど高い場所からでないと無理なんです。何故かというと、あれだけの人が集まった中で、あのときそんな足元のところまで見える位置は前の方の席か上階からしかないんです。俺も実際に高廊に上って確認してみました。あの時先生はどの場所にいらっしゃったんですか、前の方、いや先生はそこにはいなかった。それは確認済みです、ではいったいどこから見ていたのですか、教えてください」ランスロットは目を見張り、胸を張って問いかける。

「ちょっとまってランス」ステラがランスロットになにか言いかけるが、ランスロットは「任せろ」と言って制止した。そして、「どうですか?」と再び問いかける。それに対してマルクは微塵も動じる様子もなく、ランスロットの問いかけに答えた。

「さあ、正確には忘れてしまったけど、でも人の切れ間からたまたま見えたんだ。そう、たまたまね」マルクは少し微笑みながら首をかしげた。

「そんな、待ってください。だって……」ランスロットが言いかけると、後ろからステラがバシっとランスロットの頭を叩いた。なんだよ、とランスロットが振り返る。

「なんだよ、じゃないわ。証拠がなければ何を言ってもいっしょなのよ。悔しいけどあなたの話も私といっしょで推測の域を出ないわ、それじゃだめなのよ」ステラは涙目でランスロットを諭す。その様子を見てランスロットは無言で肩を落とした。


「では、これはどう説明されますか」二人の後ろから現れたのはガウェインだ。赤い小さな板と布に包まれた筒状のものを手にしている。

「ガウェイン卿あなたまで……、随分と彼らと打ち解けたようですね」

「マルク先生、私はベルシアの無実を証明できればそれでよいのです、今日はそのために来ました」ガウェインはちらとアーサーの方を見やり、マルクに視線を戻した。

「彼からあなたの名前を聞いたとき、ピンとくるものがあり、自分なりに調べてみました。さて、これは白銀の小道のガラス職人ムラーノ親方からお借りしてきたガラスです。ご存知の通り親方の作るガラス、特にこの赤色は特別な作り方があり、門外不出とも言われる技術だそうです」ガウェインは手にした赤いガラス板をよく見えるように差し出してみせた。

「この赤いガラス、例の事件があった教会のステンドグラスにも使われていました。もちろん、あの犯人が割ったステンドグラスにも……」そこまで言うとガウェインはマルクの様子を伺った、しかしその表情からはどんな感情も読み取れない。

「そしてこれです、覚えていますか。これは先生がずっとその腕にまいていたものです、校医のギデオン先生から特別にお借りしてきました」ガウェインが見せたのは布から取り出した先程の白い筒のようなものの一部だ。よくよく見るとそれはどうやら以前マルクがしていたギプスの一部であるようだ。

「なぜまだこんなものが残っていたのかと言うと、マルク先生のギプスを外した際、ギデオン先生はあまりに上手に外すことが出来たので見本を兼ねて記念にとっておいたそうです。それがまさかこんなかたちで役に立つとは思いもよらなかったでしょうが……」ガウェインは一息つくとある一点を指差した。

「さて、注目して頂きたいのはこの穴、なにかが潜りこんでいるように見えますね」ガウェインが指差したところ、形状からいうと肘に相当するあたりだ。そこに何かで穿ったようなとても小さい穴があいていた。

「ギデオン先生には申し訳ありませんが」ガウェインは呟くとギプスの一部を両手でしっかりと持ち、勢いよく下に叩きつけた。バラバラに砕け散ったギプスの破片の中からガウェインは一つを手に取り掲げてみせた。

「さて見てください、ここに刺さっているものを。この赤いガラス、まさしくこれは親方の作る至宝の紅、「クリムゾングローリー」に間違いありません。そして何故これがここに刺さっているのか。あの時、犯人は何をもってあのステンドグラスを割ったのかわかりませんでした。しかし、これでその正体がわかりました。あの時、この硬いギプスが答えだったんです。ただ、これを打ちつけた際にガラスが刺さり、このようにして証拠として残ってしまった。先生がこれに気付かなかったのは、この刺さっていた箇所が肘の先のところで先生からはとても見難い場所であったからでしょう。そしてもう一つ、このギプスは弓の役割も果たしていました」

「なんだって?!」信じられないという面持ちでみながガウェインを見やる。

「これはあくまで可能性に過ぎない、しかし、確たる証拠がここにあります」ガウェインは布から更にギプスの残りの部分を取り出した。それはL字型に曲がったギプスの前面の部分、そこにはクロスボウが取り付けてあった。

「それは?!」

「そう、これがあの時王を狙ったものの正体さ。肘を固定したL字型の堅いギプスにクロスボウを結びつけ、それを発射台の代わりにして王を狙ったんだ」

「そんなことが……」

「可能性の問題だよ、これなら腕一本でも射ることが出来る。そしてこれにはメリットがあった、腕を骨折している人間には弓を射ることは出来ないと思わせることさ。事件後身体検査があったが、おそらくその際腕を骨折していたマルク先生はろくな検査も受けなかったのでしょう。先生が骨折していることは学院中が知っていることだからね。マントか何かで左腕を隠していても誰も疑わなかったのだと思います。この件は私の推測にすぎませんが、肘の部分にあったステンドグラスの欠片は確たる証拠です。いかがでしょうか、さすがの先生にとってもきっとこれは誤算であったと思います」ガウェインはこれで全てとばかりに目を伏せ、マルクの返答を待った。

「それは……」マルクはステラやランスロットに返したように言葉を言いかけたが、途端にマルクを見つめるアーサーの視線に気付いた。それはとても感情の入り混じった哀しい目だった。信じた者を信じ続けたい気持ち、信じた者を糾弾しなければならない辛さ、信じた者を疑ってしまった背徳感、相手への、そして自分への怒り、様々な感情がその目には湛えられていた。その目を見たとき、その哀しい目をさせているのは自分なのだということをもマルクは瞬時に悟り、それ以降の言葉を呑み込んでしまっていた。どれだけの間沈黙が流れただろうか、時間にしてみれば僅か刹那の間であったろうがマルクには気の遠くなるような時間が流れたように感じられた。そしてその次の一言は意識したものではなく、自然とマルクの口から漏れ出ていた。

「そうだね、もはや全てが誤算だよ。そう、そうだ……、僕がアンシーリーだ」その場に居た全員の視線がマルクに集まった。そして、それを待っていたかのように一呼吸おくと、マルクは続けた。

「大聖堂で王を狙い、また舞踏会においても再びそのお命を奪おうとした。そして先日、オリヴィア様を襲った一団の手引きをしたのも全て僕だ。どれも今一歩のところで上手くいかなかったけど、その中でも一番の誤算だったのは、王子の予定が変更になり王女が代わりに出られたこと。そして君たちとガウェイン卿がまさかそこでいっしょに共をしていたとはまるで予想だに出来なかった。この不思議な巡り合わせには驚かずにはいられないよ。そして君たちはあの窮地を切り抜け、私の正体にまで辿りついた。適わないな、もはや誰かがこうなるように仕組んだみたいだ。踊らされていたのは君たちではなくこちらのような気さえするよ」

「先生……」マルクの独白に一同は完全に言葉を失っていた。アンシーリーの正体がマルク先生だった、もちろんそれを予測してはいたが、いざとなると何をすることも出来ず、みな立ち尽くしていた。

 突然、自嘲気味な笑みを見せていたマルクが、強い意志を秘めた表情で一同を見渡し、気勢を制するかのように言葉を発した。

「しかし、私にはまだやらなければならないことがある。申し訳ないが君達に捕まってやることはできないんだ」マルクは剣を抜き、切っ先をアーサーらの方へ向け突きつけた。 

「そこをどいて道をあけてくれ」落ち着き払ってはいるが深い意志を感じる威圧するような声だ。


 ランスロットとガウェインの二人は揃って抜刀した。というよりも抜かされたというのが正しいか、自らの意志には関係なく反射的に二人はいつの間にか剣を正中に構えていた。

「貴公らのようなひよっこの剣で、私が止められると思うな」マルクは臆した様子も無く歩を進める。二人が静止しようと同時に切りかかるが、瞬く間にいなされていた。

「つ、強い」

「ランスロット、君はいつも踏み込みが浅い。そしてガウェイン卿、貴方は動きを目で捉えようとしすぎている。動きというものはもっと視野を広く捉えるものだ」

「う、く……」二人を退けたマルクが今度はアーサーを視野に捉えた。

「さて、アーサー君もくるのか?」マルクの視線が射るようにアーサーを貫いた。

「う、これだ、この殺気というか気当たり、あのときバルコニーで僕が感じたものに 間違いない。やっぱりあれはマルク先生だったんだ」アーサーはマルクの方を向き直り問いかける。

「なぜです、なぜ?」

「それを君たちに答える義務は無い」アーサーたちの方へ歩み寄るマルク、更に歩を進めようとしたその時、いずこからか短剣がマルク目掛けて飛んできた。

「!」素早く短剣を叩き落とし、飛んできた方向を見やる。そこでマルクが見たのはラヴェル・ロウであった。

「ラヴェル先生!」

「いったい何が起きているんだ。話があるからとアーサーたちに少し時間をやったが、生徒たちに剣を抜くとはお前……」ラヴェルが睨み据えるとマルクは少したじろいだ。

「マルク先生がアンシーリーだったんです」いまにも泣きそうな声でアーサーがラヴェルに向かって言った。

「お前達それを自分達で……、この子たちがここまでしたんだ。それだけお前を慕っていたということだぞ、もうこれ以上その気持ちを裏切るようなことをするな」ラヴェルがアーサーらを庇うように前に出る。

「ふ、裏切るもなにも、私はただ彼らを見張っていただけだ。この時分の子供たちは探索をやめろと言ってもやめないだろうと相談にのることで見張り、真相に近づきそうな子らから情報を集め、あえて接触しミスリードさせていたにすぎない。君たちやサーヴァル公の息子たちのようにね。さあ、お前が相手だろうとそこをどいてもらうぞ」言うなり体を正し、剣を構えなおす。

「もうやめるんだ、ロナン」

「ロナン?」聞き慣れない名に、アーサーが首を傾げた。

「ロナン・デジラス、それがあいつの本当の名さ。もういいだろうロナン」

「そこまで分かっているのなら……、この名では久々の対面というわけだラヴェル。相変わらず遅刻癖はなおらんな」

「マルク先生がまさかお前だったとは……、情けない話だが全くわからなかった。舞踏会の時はしてやられたよ、ランスロットとカルヴェロをたきつけ騒ぎを起こさせ、さらに屋上を用いるとは。さあ、もうやめるんだロナン」手を差し出すラヴェルに対して、マルクはラヴェルの鼻先に剣を突きつける。

「大聖堂、舞踏会、そして今日か、貴公はことごとく邪魔をしてくれるな。今日はその因縁を断ち切ってくれる、ここは通らせてもらうぞ!」

「くっ、やめるんだ。復讐などしても君の家族、妹君が喜ぶことなどない」

「貴様なぜそれを!」

「君についていささか調べさせてもらった。しかしどちらかというと君というよりもバーリントン村の方についてだがね……」

「!」

「なんですその村は?」ランスロットが問いかけ、それに応えるようにラヴェルが神妙な顔つきで語りだした。

「いまからおよそ十年ほど前、我が国が南の隣国と戦争状態にあった時のことだ。比較的隣国との国境に近い場所にバーリントンという村があった。バーリントンは山あいにあり、毛皮を扱った品が特産の静かな村で、戦争状態にあったとはいえ当時はこう着状態で前線とも離れており、村では人々は割と平穏に暮らしていた。ところがだ、ある夜隣国の兵が押し寄せ、住民を一人残らず惨殺した上に村に火を放ち、全てを焼き払ってしまった」ラヴェルは目を閉じ一呼吸置いて続けた。

「この惨事を受け、我が国ではバーリントンの仇を討つということで一致団結し、膠着状態にあった戦況から一気に盛り返し、終息への運びとなった。そして戦争終結への兆しとなったバーリントン村跡には犠牲になった村人の鎮魂の為、慰霊碑が建てられている」ここまで話すとラヴェルは一同を見渡し次のように結んだ。

「以上が国の公式見解だ」そこにマルクが割って入った。

「そうだ、しかしそんなものはでっちあげだ」

「どういうことですか?」一同がラヴェルを見やった。ラヴェルは一瞬戸惑う様子を見せたが促されるまま話し出す。

「もはや資料などは一切残っていないが、私の調べたところでは、バーリントン村を殲滅させたのは……、隣国ではなく我が国の仕業であったようなのだ」まさかの言葉に一同がざわめく。

「いったい……」信じられないといった感じでステラが呟いた。

「そもそも隣国との戦争は、当時流行した病が原因であった。隣国はその猛威にさらされ甚大な被害を受けていたが、それにひきかえ我が国は思いの外軽度ですんでいた。おそらくは下水などインフラの整っていた我が国の政策が功を奏したのだと考えられるが、隣国は病そのものが我が国の仕業であるとし、報復として戦争状態に入った」

「いいがかりじゃないですか!」ランスロットが憤るように唸った。

「そうだ、しかし飢えと病に苦しむ隣国としてはもはやそうするより人心の掌握は難しいと考えたのだ」ラヴェルが頷いた。

「国が大変なのに戦争に頼るしかないなんて……」ステラがあきれた様に首を横に振る。

「要はその状況の原因が国の外にあるのだとすることで、為政者が体面を保とうとしたのだよ」

「……最低ね」ステラが嫌悪感を隠さずに言い放った。

「そうだね、隣国の民衆も後でそれに気づいた、結局は内乱が起こり当時の政権が倒れ、それもあって戦争は終息に進んでいったんだ」

「じゃあなぜバーリントン村はそんな目にあわなければならなかったのですか?」みな、同じ疑問を抱いたようだ、再びラヴェルに視線が集まる。

「それは、当時流行ったその病は三年間でおよそ島民の三分の一を死に追いやる、それは酷いものだった。わが国もインフラが整っていたとはいえ、郊外においてはそれほどでもなかった。そして、その病は動物の毛につくノミを媒介とすることが多く、毛皮を生業とするバーリントン村は我が国のなかでも病の発症率の高い地域ではあったのだ。そしてその年、バーリントン村は病に酷く犯されていた。原因となるのが毛皮のノミだとわかったとき、国のとった行動は村ごと焼き払うという非情な方法だった。その理由としておそらく病がそれ以上国内に入り込まないようにしようとしたこと、そして当時膠着状態におちいっていた隣国との戦争の中で、国境近くにあったバーリントン村の悲劇を隣国の仕業とし、戦争へのプロパガンダとして利用したのだと思われる。事実その効果は大きく、戦争の終息へ大きく貢献することになるのだが、しかし、この行動は決して許されるものではないと私は思う」ラヴェルが語り終えると、それに呼応するようにマルクが語りだした。

「そうだ……、国のやつらはバーリントンを見捨てたんだ。本来救うべき民を見捨て、なおかつ知らぬ顔で戦争における意気高揚の道具として使うなど決して許せない。死んでいった者たちの中には私の肉親、親兄弟もいたのだ」

「先生はその時の生き残りなのですか?」アーサーの問いかけにラヴェルが答えた。

「いや彼はその時この騎士学院にいたのだよ」当時を思い起こしたのか、少し伏し目でマルクを見やった。

「そう、あのとき僕はここに居た。そしてバーリントンの惨劇を知り愕然とした。すぐにバーリントンに向かったがもう何も跡形もなかった、父も母も、妹はまだ二歳になったばかりだったのに……。そして僕は自暴自棄になりもう学院に戻ることはなかった。しかし後にあの惨劇が自国によってもたらされたということを知った。そのことを知った時、僕はその命令を下したとされる王への復讐を誓った。必ず、必ず復讐をするとね」拳を強く握り、ねめるように一同を見るマルク。

「わかるかっ、殺された家族はもうもどらない、でもなにか復讐や恨むことをせずにはいられない、気持ちの整理などできない……、あの暗く重い気持ちが……」

「でも復讐なんてこと、ご家族はそんなこと望んでいないと思います」ステラがおずおずと述べる。

「何が分かるっ、あの笑顔がもう戻らない、あのぬくもりにもう二度と手を触れることが出来ない。……この気持ちがお前らにわかるか! 痛かったろう、怖かったろう…… なにもしてやれなかった。無念さ、虚無感、抱えていたものが両手からこぼれ落ちていく感じ……、あのどうしようもない感じ」何かをすくうように手を差し出すマルク。

「許さない、許せない、必ず復讐を、のうのうと生きているやつらにもこの辛さを思い知らせてやりたい。おれはこんな想いをしているのに普通に世界が流れていくことが憎い、この心が黒く染まる感触をお前たちは味わったことなど無いだろう。そのやり場の無い気持ちがいまの自分を突き動かす全てだ!」マルクの狂気に一同が戦慄を覚える。



「それで、私を狙ったのですか」凍りついたような静寂を破ったのは、オリヴィアの静謐な一声であった。

「えっ、姫っ」

「なぜ貴方がここに……」

「オリヴィア様、ここは危険です、お下がりを!」突然のオリヴィアの登場にみなが慌てる。

「構いません。そうなのですね、復讐の為に私達を狙ったのですね」凛とした姫の言葉にはマルクを射るような響きがあった。

「いえ、あの時は貴方ではなく……」マルクはオリヴィアの気迫に気圧され、先程までの狂気が霧散していた。

「順番が違うだけのことでしょう。兄さまが狙われるなら、それは私が狙われたも同然です」マルクはうなだれるように目線を落としていた。

「しかし悲しいことです、復讐に身をやつさねばならぬとは。信じられませんが本当にその惨劇がお父様の命によるものであるのであれば……、私はこの命を貴方に捧げましょう」その言葉の揺るがぬ意志を示すように、前へ歩を進めるオリヴィア。

「何を言うのです、姫様」姫を庇うというよりも、制止するようにラヴェルが前に出た。

「真相は元より、民を救う事が出来なかったのは間違いありません。それは統制者として恥ずべきこと、責任を取らねばなりません」オリヴィアは眼前に立つラヴェルに真っ直ぐ瞳を向ける。

「しかし、なにも姫様が」

「いいえ、これは我が王家の責任です」オリヴィアがラヴェルの制止を振り切ろうとしたそのとき、後ろから思いもかけぬ人物の声が響いてきた。


「ならば、わしが責任を取るのが筋というものじゃろう」

「!」

「王っ!」

「ディナダン様っ」

「父上!」

「何故このような所へ……」

「途中からじゃが話はきかせてもらった。 マルク、いやロナンや」

「!」ディナダンの登場に驚いていたところに突然声をかけられ、ロナンは自身も驚くほど動揺していた。

「本当にすまなんだ。バーリントンがあのようになってしまったのも、貴殿がこのように復讐に身を落とさねばならなかったのも、わしのせいじゃ」真摯に頭を下げるディナダンの姿からは嘘偽りの無い謝罪の心が見てとれた。

「それではお父様、あの命は本当に……」父王の方へ振り返りオリヴィアが尋ねる。

「それは誓ってわしではない。しかしそのような惨劇を止めることができなんだは、わしの責任じゃ。すまなかったな、マルク。どのような言葉もお主を癒すことは出来ぬであろうが、わしが真実を究明し出来うる限りのことを償おう」ディナダン王に真っ直ぐに見つめられロナンは何も言えずにいた。そして観念したかのようにただただその場に立ちつくした。

「しかし何故ガウェインを利用した。復讐だけであるならわしだけをねらえばいいものを、どうやら貴殿の復讐は別の企ての一部にすぎぬようじゃの」王の言葉にラヴェル以外の一同が驚きの顔を見せる。ロナンは王の問いに臆することなく答えた。

「はい、私個人としてはガウェイン卿に何も恨み等ございません。しかし彼を利用するということは協力者からの要請でございました……」

「なぜガウェイン卿なのだ?」ラヴェルが探りを入れるよう問いかける。

「彼にはただ火種になってもらう予定だったのさ……、ベルシアとのね」

「!」ベルシアと聞いてガウェインの顔色が変わった。

「どうやら我が国の中にベルシアとの戦争を望んでいる人達がいるみたいでね、もっとも僕自身は個人的な恨みを晴らす為に協力していただけで、戦争には興味は無かったんだけど」マルクの言動にアーサーがたどたどしく反論する。

「でも……、でも戦争なんかがはじまったら、また先生みたいな境遇の子供たちが増えるかもしれないんですよ、それでもいいのですか……」そう言うアーサーの瞳には強い意志、そして哀しみが込められていた。そしてその瞳はロナンの心に響いたようだ。

「そうだね、僕は復讐心にかられてそんなことも忘れていたみたいだ。悲しい戦争の犠牲になった妹の仇を討つ為に動いていたのに……、思い出させてくれてありがとう。そして、僕を止めてくれてありがとう」ロナンは憑き物が取れたように力が抜けていた。アーサーたちはほっとし、顔を見合わせたが、意気消沈したように見えたロナンの目に再び力が宿るのを感じた。

「でも、復讐だけは果たさなければならないんだ、これが終わらないと僕は前に進めない」そう言うなり、ロナンは屋上の端まで後ずさりし、足をかけた。屋上には手すりなどなにもなく、足を踏み外せば真下を流れるラーズ川まで真っ逆さまに落ちることになる。みなが固唾を呑む中、ロナンが懐から羊皮紙を取り出した。

「ディナダン様、これは当時の青蘭騎士団副団長に手渡された、バーリントン殲滅の命令書です。先程おっしゃられましたが、本当にこのような命は出されていないのですね……」皆の視線が王の元に集まる中、王はゆっくりと口を開いた。

「そのような命は、わしは決して出さぬ。ロナンよ、わしとともに真の犯人を捜そう、もう一人で背負い込むのはやめるのじゃ」王が手を差し伸べるように一歩前に出るが、ロナンは首を横に振った。

「ディナダン様、ありがとうございます。しかし、わたしにはもう目星がついております。そして、この件は私が自らの手で決着をつけたいのです。……ご厚意を無にすること、お許しください」ロナンは剣を収め、王に軽く頭を下げると、アーサーらの方に向き直った。

「ありがとう若きレリアの騎士たち、君らならきっと立派な騎士になる。アーサー、剣は型じゃない気持ちだと教えたね。騎士もまた型じゃない気持ちでもいいんじゃないだろうか。型にはまらない自分なりの騎士というものを目指してごらん、君ならきっと出来るはずだ、楽しみにしているよ」ロナンはいよいよ屋上の際に足をかけた。

「お前、なにを!」ラヴェルが駆け寄ろうとするのをロナンが目で制すと、ラヴェルの動きが一瞬止まった。

「ラヴェル、まだ全ては始まったばかりだ。ディナダン様を、レリアを、セブロンを、……頼む」そう言い残すとロナンはのけぞるように宙に身を躍らせ、ラーズ川へ身を投げた。



 改めてラヴェルが端に駆け寄り下をのぞき見たときには、すでにロナンの身体は川の中に消えていた。ラヴェルは振り返りランスロットを目に留めると早口でまくし立てた。

「またしてやられた、あそこは川底が深く、落ち方が悪くなければ死ぬようなことはない。すぐにあの少し下流に向かいあいつを見つけてくれ。私はまだ王の元を離れるわけにはいかない、頼む!」ラヴェルが言うが早いかランスロットは既に駆け出しており、ステラがその後ろに続いていた。二人を確認した後、ラヴェルはロナンが置いていった例の命令書を拾い上げ、ディナダンのもとへ歩み寄った。

「校長は知っていらしたのですか、マルク(ロナン・デジラス)のことを……」

「うむ、教師として採用する際にな。名を変えてこの学院に戻ってきたことは疑問に感じていたが、故郷の事もあるしの、子供たちに教えることによって、子供たちの成長を見守ることによって未来に希望を抱いてくれればと思ったのじゃが……」王は一時目を伏せた後、事の顛末に驚き動けずにいたアーサーに向かって語りかけた。

「彼がマルク先生として、熱心に教える姿も見ていたからのう。よい教師であったろう」

「……はい」アーサーはなんとか一言返事をするのが精一杯であった。

「十年前の真実を知る者、おそらく仇である者に利用されるとは、無念であったろう……。ラヴェルよ、この度の黒幕必ず見つけ出せ、よいな」

「はっ! しかしこのようなものが偽造できる人間、その上偽名でわが校の教師になれるなんて……、人事に口を出せる人間、人事院にも影響力のある人間が関わっているとなると大変なことです。早いうちにあぶり出しておかなければなりません」ラヴェルは先程拾い上げた命令書をディナダンに差し出し、決意を込め述べた。

「青蘭騎士団か……」



 ランスロットたちが辿り着くより数分前、ロナンは既に岸に上がっていた。屋上からラーズ川へ、あの場所から飛び込むのは学生時代以来だ。あの場所は川底が深いので余程運の悪いやつ以外死ぬことはない。しかし、さすがに学生時代のような若さはない為、体力の消耗は激しかった。それでもロナンはゆっくりしている訳にはいかない。先程アーサーらにも言ったように、これから本来の目的である復讐を果たすのだ。例の命令書をディナダン王に見せたとき、王はそのようなものに覚えはないと言った。あのときの王の目を見れば、またその後の真摯な謝罪の姿勢を見れば、本当に知らないのだろうと思われた。ただし、そこでロナンはピンときたのだ。あのようなものを偽造できる人物とは……と。自分に命令書の存在を知らせ、復讐心に逸る気持ちを利用し、協力と言いながら、実のところ体よく動くコマとして自分を扱っていた。やつだけは、何があってもやつだけは許せない。今回の件、全ての黒幕はあの男だ。あの男はこの時間は必ずといっていいほど城内を歩き回るのが日課だ。ロナンは出来うる限り目立たない場所でその人物が現れるのを待った。いまかいまかと焦る心を鎮め待っているとその人物が離宮の方へ向かう姿を見つけた。物陰から機を計るロナン、剣を抜き突きの形に構える。そして、その人物との距離が百メートル程まで近づくと、ロナンは物陰から飛び出し、その人物目掛けて一目散に駆け出した。


 ロナンが飛び出したとき、相手は一人、まだロナンの存在には気付いていない。ロナンは全速力で一気に相手との距離を縮める――そのとき、前方の物陰から人影が躍り出たように見えた次の刹那――ロナンは地に伏していた。

「……!」ロナンは何が起こったのか全く理解出来なかった。全身の力が抜けていく感覚だけはわかる、胸と脇二箇所に短剣が深々と刺さっていた。物影から誰かが出てきたというところまでは認識していたが、その人物にいつ刺し貫かれたのか全く自覚のないまま体が崩れ落ちた。二箇所の傷はどちらも致命傷であった。うつ伏せで地に伏しながらロナンは最期、自分は始末されたのだと思うよりも頭によぎるのは幾度となく思い浮かべていた今は亡き妹の顔であった。あの故郷でのあたたかな日常、父も母も、牛や馬たち、みなに囲まれたあの日々の思い出がロナンを優しく包み込んでいた。そしてそのあたたかみの中で、ロナンは静かに生涯の幕を閉じた。



 数日後――十年前のバーリントン村殲滅の実行犯と目された当時の青蘭騎士団副団長ならびに関係があると思わしき者たちは、皆行方をくらますか既に死亡していることが調査の結果判明した。これにより、捜査の糸が切れ、手掛りが途絶えてしまった。



 ベルシアとの国境に近い某所、オリヴィア姫を襲った漆黒の騎士たちが駐留していた。

「例の連絡係を始末したのですか?」オリヴィア姫襲撃時タリス卿を討った騎士ガルムが、彼らが団長であるジークフリートに学院でのことを報告していた。

「ああ、どうやら身元がばれたうえに反旗を翻そうとしていたらしい。幸い我々についての情報は漏れていないようだったが、面倒ごとが増えるまえに片付けるよう指示をしておいた」

「次はどう動きますか」

「依頼主は例の連絡係の凶刃から守った件については謝礼を述べてきたが、姫(本来は王子だが)の暗殺失敗についてはいたくご立腹のようだ」

「申し訳ありません、私がしくじらなければ……」

「済んだことだ、必要以上に気に病むな。しかし、しばらくは動けんな。今後は我々の本来の仕事、探索を中心に動くぞ。ようやくこの国に入れたのだ、まずは「あの場所」を探す。なに、焦る必要はない。我々の計画はまだ始まったばかりなのだからな」ジークフリートは手にしていた古い書物を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。





 第十二章 ラウンズの発表



 終業式――

「早いものでもう一年じゃ、みなそれぞれにこの一年を充実にすごしたものと思う。しばし夏季の休暇に入るが、休暇の間にはこの一年で学んだことを思い出し、復習や稽古に励んでもらいたい。そしてまた休み明けには一人も欠けることなく、この学院にて共に学べることを願うぞ」レリア王立騎士学院終業式、大聖堂で執り行われるそれは、例年通り校長であるディナダン王のお話から始まっていた。

「さてさて今年はなにかと大変な年であった。入学式の騒動に始まり、寮対抗試合、また姫が山賊に襲われたことは記憶に新しい。そして先日のことだが、わしは友人の一人を失くしてしもうた。みなも知っておると思うが、我が校にて剣技を担当されていたマルク先生がお亡くなりになった。とても悲しいことじゃ、マルク先生は若く優秀な先生であった、わしはな彼にはもっと未来を生きて欲しかった、生きてこそ成し遂げられることもたくさんあるのじゃが、本当に残念なことじゃ。すまんがみなも一緒に亡くなったマルク先生を悼んでくれるかの。しばし黙祷を捧げよう、黙祷……」大聖堂内を静寂が包みこむ、その中にあってアーサーは在りし日のマルク先生との日々を思い出していた。授業後の練習、騎士について、また騎士になることについて教えてくれた人であった。ただなればいいのではない、どのような騎士になるのかが大事だと教えてくれた。アーサーの心の中ではまだ漠然とはしているが、自分の目指すべき姿が形を成そうとしていた。

「よいかみな、死とは忘れることではない、誰かがその者のことを覚えていてくれていれば、例え身体は死しても生きていくことができる。若い君たちにはまだわからんかもしれぬが、どうか覚えていてやってほしい、そして意志を継ぐのじゃ……」王の言葉を聞き思わずアーサーは目を開け王を見た。するとディナダン王がアーサーの方を見て優しく微笑んだような気がした。

 マルク先生の生涯は哀しいものであったかもしれないが、マルク先生が本当に望んだものは、アーサーら若い騎士に受け継がれていくのだろう。王は心からそう願わずにはいられなかった。


「さて、暗い話はここまでじゃ。最後は楽しい話題で締めくくらんとな。みなもずっと待ちわびておったろう、今年度のゾディアックナイツの発表じゃ!」静まり返っていた堂内が一瞬にして歓声の渦で埋めつくされた。

 王の宣言を受け、オリヴィア姫が貴賓席より前へ出てきた。

「今年選出されたのは五名じゃ、いまから名前を読み上げるので呼ばれた者は前へ出るように」いよいよ最初のラウンズが読み上げられる。もはや先程の歓声がうそのように、堂内は物音一つ聞こえないほどの静けさに再び包まれていた。オリヴィア姫が王に、選出された五名の名が記された羊皮紙を手渡す。王は手にした羊皮紙をうやうやしく広げ、一人目の名前を見て小さく頷いてみせた。その最初に記された者の名は……。


「トリスタン・ヴァインベルグ!」

 王によって名が告げられると、大聖堂が震えるほどの歓声が湧き上がった。

「汝をナイトオブサジタリウスに任ずる」ここでもう一度歓声が湧き起こる。


「射手座だ、弓の得意な彼にふさわしい。まずは一人目だ、順当な感じじゃないかな」

「大公の息子で文武に優れ、先日の姫が襲われた際にもリーダーシップを発揮し、その危機を脱したということだからな。この選出は当然だろう」訳知り顔の者、情報通と呼ばれる者たちが次々と聞き知ったことを口にする。その度にまわりの者たちは「ほお」、「へえ」と感嘆の声を上げ頷いたりしてみせた。


 そして、二人目――

「エヴァディアン・デュー!」

 最年長の学年から一際大きい歓声が上がった。

「汝をナイトオブキャンサーに任ずる」


「あの占星術師か、若いのにその先読みの力は既に師であるヨハネス様に並ぶものだと言うが」

「まあ、彼は姫のお気に入りだし、それになんといっても女性は占いとかの類が好きだからな」

「でも先日の襲撃は回避できなかったじゃないか、それでもなのか」

「ところがだ、それを予測してか彼が推薦する者達を一緒に同行させたところ、護衛についた騎士がほぼ全滅したのに対し、その者たちは全員生き残り、またその活躍によって姫は難を逃れたという噂だ」

「でもその中の一人はあの……」ざわめきが収まりきらぬまま三人目の発表を向かえようとしていた。全員が注目する中、王が羊皮紙を更に広げ三人目の名前を目にすると、少し微笑まれたように見えた。


「次の者は……、ランスロット・ベンウィク!」

 堂内の誰もが一瞬誰のことかわからず、戸惑ったような空気が流れたが、一学年の所から我に返ったように弾けるような歓声が上がり、次第に広がっていった。名を呼ばれたランスロットは信じられないといった面持ちでその場に固まっていた。うろたえる様子のランスロットに対して、アーサー、ステラが飛びつき、周りからも祝福の嵐が浴びせられていた。

「汝をナイトオブレオに任ずる」


「おお、わずか一年生で大抜擢とはサプライズだ。例のエヴァディアンが推挙して姫と同行した一人だ」

「寮対抗杯でも一年生の一騎打ちの代表選に出ていたし、なによりあのシルバーナイトの息子だ、伊達じゃないってことか」ランスロットはコチコチに緊張した面持ちで前に出ていった。

「さてあと二人だな」ディナダンが更に羊皮紙を広げ、四人目の名前を確認した。先程のランスロットのときと同じように、王は名前を見ると、軽く二度頷いてみせた。


「アーサー・オーウェル!」

 最初アーサーは自分が呼ばれたことに全く気づかなかったが、はっとして同じようにワンテンポ遅れて気付いたステラと顔を見合わせた。

「汝をナイトオブアリエスに任ずる」

 ランスロットと同じように、回りの同級生から歓声とともにアーサーはさんざんもみくちゃにされ、ボサボサ頭で苦笑いしながら前に出た。


「ここにきてまた一年か、彼も同行した一人のはずだ。ホントかウソか難を脱した一番の功績者だとも噂されているが真偽の程はわからん」

「彗星のごとく現れたチェスの名手との噂だぞ。一度あのナンシェを破ったことがあるそうだが、他の候補者を差し置いてとは、なんにせよこれもサプライズだ」

「じゃあ最後は……」

「最後は順当に獅子寮監督生のノーマンあたりか」

「立ち消えた以前の選定メンバーには女性がいたらしい、それが本当ならラウンズでも史上初のことだ。姫様の性格上、女性が選ばれることがあるやもしれぬぞ」いよいよ最後の一人、一年生の二人はサプライズだとして、トリスタンとエヴァディアンは割りと順当な選出であった。残る一人はどのような人選になるのか、みなが固唾を飲んで見守った。


「さて、最後の一人じゃ、今年選ばれる最後の者は……」王が最後の一人の名が記されたところまで羊皮紙を広げた。すると王は一度見たあとオリヴィア姫の方を伺い、もう一度羊皮紙に視線を落とした。オリヴィア姫の方は特に動じる様子もない。王は意を決したように名前を告げた。


「ガウェイン・ベルシア!」

「……」堂内にざわめきが走る。

「汝をナイトオブリーブラに任ずる」

 王の言葉の意味を飲み込めた者たちが、驚きと困惑の入り混じった声を次々に上げた。


「いやこれは驚きだ、というよりも選ばれた本人が一番驚いているぞ」

「そんなまさか、姫は何を考えているのだ。これは深読みすると隣国の王子を姫の配下にするということでは……」

「いくら第二王子とてベルシアが黙ってはいないのでないか、それとも王も承知ならば今後の隣国との関係への提示とも取れるが……」様々な声が上がる中、みなこの状況をどのようにするのか、ガウェインに注目が集まる。

 一時目を伏せるガウェイン。目を見開きオリヴィア姫を見据える。真摯な眼差しでそれに応えるオリヴィア。再びガウェインが目を伏せた時、その口元には見えるか見えないかぐらいの微笑が漏れていた。辞退するかと思いきや堂々と前へ出て先に選ばれた四人の横に並ぶガウェイン。それを受けまたざわめく堂内。困惑する堂内において、ただ一人冷静に事の成り行きを見守っていたオリヴィアが、王に代わり壇上に立った。


「みなさん……」

 オリヴィアの発した一言にみながピタっと静まり返った。

「たったいま今年のゾディアックナイツに選ばれた方々を発表させて頂きました。数々の候補者がいらっしゃいましたが、私自らの判断にて、こちらにいらっしゃる五名を選出させて頂きました。いろいろと疑問をお持ちの方もいらっしゃるでしょう、現時点ではもっと他に剣技に優れた者もいるかもしれません、またもっと知識のある方がいらっしゃるかもしれません。しかしこちらにいる五名は将来性という点も含め、また何よりも私が現時点で最も信頼する騎士であるということです。その点を皆さんにはご理解いただき、また選ばれた彼らには、これから私と共にこの国とそれに関わる人々の安寧と安心の為に力を尽くしてくださることを望みます」


「ということは、配下ではなく信頼する者ということであれば、友好の証ということでもあり得るのだろう」

「あのおっしゃりようであれば決して悪いようには取れないが、それにしてもいやはやこれは驚きだ……」得心のいった者いかぬ者、様々ではあったが興奮冷めやらぬ会場にて五人の叙任式が執り行われた。


 先程選ばれた五名が鎧、武具などを身につけた正装で現れ、祭壇に立つオリヴィア姫の前に整列した。そこに大司教レジナルド・アランデルが祈りを捧げた聖剣を掲げて入場し、姫に捧げる。姫は聖剣を受け取ると、剣の柄に口づけを行い剣に祝福を与えた。

 大聖堂内の人々が見守る中、オリヴィアが剣を掲げると、前に整列していた五人がひざまずき頭を垂れた。


「主と聖ゲオルギウスの御名において、われ汝等を黄金十二宮の騎士とす。勇ましく、礼儀正しく、忠誠であれ」オリヴィア姫が叙任の言葉を唱え、順に左の肩を剣のみねで三度ずつ軽く打つ刀礼を行った。その後、トリスタンが代表としてその剣を授けられ、騎士道の誓いを宣言する。


「我ら姫の騎士として騎士道精神に則り、不屈の勇、高潔な精神、生涯の忠誠をここに誓う。我らは常に貴女の御心と共に」これにより五名は姫の騎士、ゾディアックナイツとして認められた。ただしかし、この段階ではまだ正式な騎士ではなく、まだ在学中の者は準騎士としての扱いとなるのである。

 騎士道の誓いにより叙任式が終わると、トランペットが鳴り響き、吟遊詩人がにぎやかに音楽を奏で始めた。


 鳴り響く音楽の中、叙任を終えた五人は再び一列に並び生徒の方を向き祝福の歓声に応える。

『よかったねアーサー』アイザックがアーサーに声をかけてきた。

『ありがとう、何もかもアイザックのおかげだよ。不安はあるけど、選ばれた以上やれるところまでがんばってみるよ』

『いやいや、アーサーが勇気を出して頑張ったからだよ。いつか僕がいなくなったとしても、銘に恥じない騎士になれるようにね。君ならきっと出来るさ』

『それにしても、こんな大役をもらえるなんてほんとに信じられない、父上もきっと喜ぶよ。オーウェル家はこれで安泰、繁栄は約束されたってね!』アーサーはいまだ戸惑い気味ではあったが本当に嬉しそうに笑って言った。

「! ……」五人が歓声に包まれる中アイザックはふと不安がよぎり、違うことに心を奪われていた。アイザックの知る限りではアーサーは騎士籍を消されていた、そしてゾディアックナイツに選ばれるという名誉あることなど一切記述にはなかったのである。いますごい笑顔で喜んでいるアーサーがこのあとどうなってしまうのか改めて不安になったし、今更ながらにアイザックは思い出したことがある。

 自分は未来から来ていて、ここは過去の時代なのだということだ。未来から来ているということは、自分はこのあとこの国がどうなるのかを知っている……、学校で勉強しているはずなのだ。初めて名前を聞いたときから何かが引っ掛かっていた、その時は思い出せなかったが、いまその何が引っかかっていたのか理由がわかった。


 アイザックがこの時思い出したこと、アイザックが授業で学んだ歴史の教科書には、いまの王様、ディナダン王の次の王の名前があった。その名は王の隣にいる第一王子、シオン様ではなく、先程アーサーを騎士に任じてくださったオリヴィア様でもない……。

 アイザックの記憶にあった次の王の名前が示していたのは、アーサーのすぐとなりにいる人物――


 ――“ガウェイン”だったからだ。


 歓声が飛び交う中にあってその声が高まるほど、アイザックの中のもやもやとした不安もそれに伴い広がっていくのを感じていた。

「全ては始まったばかり」マルク先生の最後の言葉が頭の片隅で響いていた。


ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

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