第8話 霊特殊捜査部・霊能犯係
α棟10階カンファレンスルームC。約30名が収容できる少人数会議室である。
入り口付近には一台のホワイトボード、その横に小型スクリーンが吊り下がり、天井にはプロジェクターとホログラム映写機が設置されている。
ロの字に設置された会議テーブルには、各者がチーム毎に分散して座っていた。
正面の司会進行者を基点として、序列順に時計回りの配置。中級一等位、中級二等位、下級一等位、そして、紅空が所属する下級二等位。
本日の参加者は計16名。ほぼ全員スーツ姿なので、制服を着た紅空の身形は一段と目立つ。
刑事や捜査官のイメージとは違い、容姿も雰囲気も若いこのメンバー達は、霊能官と呼称されている。
霊特殊捜査部・霊能犯係――霊犯と略称されるこの部署の構成は、他部署と比べるとかなり特殊である。
まず、通常の警察官採用試験をパスしていない学生が所属していること。霊犯総員27名中7名が学生だ。
それ故に年齢制限は、十四歳以上と基準が低くなっている。警察組織としての階級が警視以上の者の推薦及び、基本的な霊感知能力と各身体能力値の規定水準を超えた者が採用される。
霊的事案の対抗勢力。霊的被害が増加する近年、特例措置として集められた強者の集団だ。
そして、何よりも一風変わっているのが部内序列のレーティング制度。
個人能力も然る事ながら、社会に対しての忠魂義胆な態度や、任務貢献度を加味して、半年に一回の周期で序列順位が変動する。その順位に基づいて、所属階級が決定するのだ。
階級分けする理由は、殉職率が最も高い部署が霊犯であるためだ。死霊という悪の権化に対抗する武力を数値化し、適正な難易度の任務に割り当てることで、任務成功率と生存率を上げている。
例えば、紅空が所属する下級二等位は、B級死霊下位クラスの討伐任務にしか割り当てられない。
死霊にも脅威ランクと順位が設定されている。ランクはS級、A級、B級、N指定。設定基準は能力脅威、人格脅威など挙げられるが、総合して社会規範を揺るがす程の存在が上位に位置する。
「続いては、中級二等位。進捗を報告してくれ」
会議は中盤に突入。
司会を務める男がレジュメ通りに会議を進行している。
端正な顔立ちで、齢二十四の美丈夫。
すらりとした長身で姿勢が良く、タイト目なフォーマルテイストのネイビースーツを着用し、それを纏った姿からは気品と清潔感が溢れていた。
金髪翠眼とそれを誇張する陶器のような白い肌が織り成す様相は、形式美かもしれないが英国騎士のようだった。
上級二等位――御厨 英士。
霊犯内で5人しかいない能力総合判定A以上の上級霊能官の一人。
容姿と名前、そして彼の紳士的な側面から、霊犯では騎士と称えられている。
死霊にまで轟く、その二つ名は『光誠の騎士』。
「中級二等位の萌園遊鳥です。都内中心に発生している浮遊霊失踪事件の調書を纏めています。データ化してサーバーに上げていますので、まずはそちらをご覧ください」
遊鳥が愛嬌を振りまくように笑顔で報告すると、一同全員は《個人の箱庭》のブラウザを起動させる。警視庁のイントラネットに接続するためだ。
各自の目前には一般PCのディスプレイサイズぐらいの空間画面が展開された。
指輪型の識別端末――《個人の箱庭》は、人間と霊を識別する役割以外にも、日常生活をサポートする画期的なアイテムだ。
遥か昔に流行っていたスマートフォンの機能が近いだろう。通話やメール、その他アプリケーションが利用できる。
そして、メインはグローバルネット経由で接続する仮想世界。科学の叡智はついに、人々が共有できる大規模な仮想世界――《社会の楽園》を創り上げた。
「この三週間の被害人数は判明しているだけで23名。累計被害人数は45名となりますね。何れも除霊届が提出された霊に限りますが、未管理の浮遊霊を含めれば、被害はもっと増えると予想されます」
「その可能性は高いだろうな。それで捜査の進展はあったのか?」
遊鳥がつらつらと喋り終えると、御厨が手を組みながら質問をする。
「識別端末のGPS記録から、被害エリアを地図にプロットしてみました」
遊鳥がそう述べると、会議テーブルで囲まれた中央に地図が表示された。地図は東京二十三区。赤色の点が散布し、その上に日付が付いている。
「被害エリアは日付が進むにつれて、二十三区内の北側から南側へ移動しています。そこで一昨日から港区と品川区で聞き込みをしたところ、妙な情報が……」
「妙な情報?」
「小さな女の子と浮遊霊が新橋近くの歓楽街を歩いているという情報をキャッチしました。気になったので目撃者に協力を仰ぎ、記憶投写させて貰った映像をホログラムにしています」
映写機から立体的なホロ映像が映し出された。白い服を着たツインテールの可愛らしい少女である。
「死霊の赤紙との照合は?」
「既に済んでいますが、該当はありませんでした。一般人か、もしくは死霊ならばN指定かと」
淡赤に染まった画面。死霊に関する秘匿情報を《死霊の赤紙》と呼ぶ。
何れも判明されている限りではあるが、外見や特徴、能力詳細などがリスト化され、脅威ランクと順位が設定されている。
更新権限は上級等位以上。参照権限レベルも高いので、警察組織内でも霊犯のメンバーしか閲覧できない。
「ただ、現場付近で壊れた識別端末が発見されています。意図的に壊した形跡があり、少女が何らかの形で関わってる可能性はあると思われます」
自信満々に答える遊鳥だが、その反面で可愛らしい表情を作ることは欠かさない。女としての美と価値は注目にこそある。耽美主義者の彼女は、愛嬌という仮面を常に被っていた。
「分かった。少女にも視野を入れて、引き続き捜査をしてくれ」
「承知しました!」
御厨が捜査方針を決定すると、遊鳥は快活に返答し、そのまま紅空に目線を移す。そして、若干目を細めて鼻で笑った。
一方の紅空は、胸中ではムカつきはしたものの、別の事を思案していたので、特に表情は変えなかった。
遊鳥とは対照的に紅空は引っ込み思案な性格だった。特に聞き手の人数が増えることに反比例して、紅空の言葉の数は減っていく。ましてや、会議中の発言など以ての外だ。
しかし、御厨のエメラルドの瞳は、そんな紅空の浮かない表情を見逃さなかった。
「紅空君、何か気になることがあるのではないか?」
「えっ!? ……えーと……はい」
咄嗟に自分の名前が挙げられたので、紅空は焦った。挙句の果てに、御厨の質問に肯定してしまった。
「些細なことでも構わない。忌憚のない意見を聞かせてくれ」
「た、大したことではないのですが……そのホログラムが気になって」
既に会議は一時間半経過している。長時間、喉から言葉を発していなかったので、開口一番の声は掠れていた。
「遊鳥が作ったホロに何か文句でもありますの?」
すぐさま遊鳥の横槍が入った。語尾が上がり、明らかに棘がある。
「文句って訳じゃないけど、頭の大きさに比して、体が異様に華奢かなって。輪郭も微妙にヅレてる」
「それを文句って言うのよっ!」
嫌みたらしい発言に聞こえたのか、遊鳥は紅空を睨みつける。紅空はその視線を受け流すと同時に、御厨が仲裁に入る。
「遊鳥君、落ち着け。確かに紅空君の言った通りで少し違和感があるな」
「説明が欠如してしまい、すみません。遊鳥うっかりです。――記憶投写の情報が不足している箇所は、サンプルで補正していました」
即答のフォローをする遊鳥。テヘっと舌を出している。
「補正って、首から下?」
「……目撃者がはっきりと記憶していた情報は、顔だけだったのよ。だったら何なの?」
「なら、少女は参考にならないかも」
間髪入れずに紅空が反論すると、遊鳥は小さく舌打ちをした。
「なるほど。紅空君は、仮想幻装を懸念しているのだな?」
「はい。もしかしたら、首には仮装用のチョーカーが付いていた可能性があります」
《仮想幻装》とは、対象者の周囲に三次元像を映写するホログラフィーを利用した仮装技術である。主な人々は、服装の着せ替えとして利用している。
利用規約に関連する話ではあるが、難点はチョーカーまではホログラムで隠せないことだ。半年程前から流行し、霊犯内でも導入されている。
御厨の後押しで追い風に乗れた紅空は声量を上げつつ、そのまま発言を続ける。
「後、気になるのは被害エリアの分布です。調書では最初の8件は都外。隠密と安全を考慮するならば、そこで留まるのが最善です。
なのに以降は、都内の外れから徐々に中心に移っています。まるで獲物が多い狩場を吟味するように」
「そんなの拉致が目的なら、浮遊霊が多いリージョンG近辺を狙うのは当然の心理ですわ」
「慎重に事を運んでいた犯人が、急に積極的に動くのはおかしい。その理由に答えがある気がします。
黒幕など第三者の煽り、または、ただの私利私欲か。そして、自身の犯行を試行して生じた、心理の内に芽生えた絶対にバレないという自信」
スイッチが入った紅空は、自分の意見を主張し続ける。他のメンバーは、二人のギスギスとした空気を見守り、ここに居るトップの御厨に完全に旗振りを一任した状態。
「慎重に事を進めるプロセスと大胆不敵な行動。その点から仮想幻装の可能性が浮上する訳だな」
「はい。そこから私が考察する犯人像は、慎重さは徹底しているが、己の慢心や私欲で動き、尚且つ隠密能力に長けた者。
被害状況に対して、情報が少ないのは力任せの強行策ではなく、網を張って霊が釣れるのを待つトラップ型だから……だと思います」
「誘き寄せた霊を捕縛するのに適した呪力だとすると、幻術系統、或いは精神汚染系統だな。
だとすれば……既知の死霊の可能性も有り得る。登録データからB級死霊第十三厄、A級死霊第八厄、そして、S級死霊第四厄辺りが有力候補か……」
S級が絡むとなると厄介だな、と思わせる表情で、騎士は画面越しに溜息をついた。暫し、会議室内は静まり返る。
最大脅威――7人のS級死霊。
一人一人が自衛隊の一師団を壊滅させる程の力を持っており、国家の根幹を揺るがす存在。それに対抗する勢力となれば、上級霊能官以上もしくは――。
「S級死霊第五厄『神隠し』の可能性もありませんか?」
中級一等位の男性が意見を述べる。
「奴は浮遊霊を対象には動かないだろう。それに今は『霊道御三家』が動いている」
S級死霊に対抗できるもう一つの勢力。
古から続く対霊魔の最強家系――霊道御三家。
体内から捻出するエナを利用して霊具を使用する霊能官とは異なり、その一族は大自然の加護からエナを授かり、更に特有の術を持っているらしい。
霊犯メンバーのトップしか会ったことがない、噂レベルの謎に包まれた集団だ。
「中級二等位は、目撃情報周辺の公共設置カメラ及び、店等の監視カメラを洗ってほしい。顔が割れている死霊が映っているか、システムで検証してくれ。他部署の応援が必要な場合は要相談」
「「「了解!!」」」
最後、御厨が補足事項を話して、二時間に及んだ会議が終了した。既に七時近かったので、紅空はノラの事を気にしていた。
「結局、雷前さん来ませんでしたね」
机の上で資料の束をカツカツと揃えながら、一人の女性が御厨に半笑いをする。
「先程、連絡があったよ。『パチンコでフィーバーしてるから会議に間に合わないかも』と。非番じゃなかったら、説法していたところだ」
御厨が呆れ顔でそう言うと、紅空を含めた一同に笑いが起きる。
その中で、資料をくしゃっと握る萌園遊鳥だけは、全く笑っていなかった。