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 ロカ村の大岩からあふれた光は、その数刻後にはイサシロの街までたどり着いていた。街のなかを満たした光は当然、イサシロの港にも流れ込む。

 

 街のひとびとは得体の知れない光を気味悪がって、まだ陽のあるうちからそれぞれの家に引きこもった。

 しんと静まり返った街に、騒動を覚悟していた巡邏や守護隊はほっと胸をなでおろす。


 しかし、静かな街とは反対に、港では騒動が起きていた。


「こんなわけのわからん事態になって、わしらも戸惑ってるんです。白羽根さまには悪いけど、この光がおさまるまでは、休ませてもらいます」


 そう言って頭を下げるのは、積み荷の上げ下ろしを行う人足たちのまとめ役だ。


「そんな、困ります! せめて、いま届いている船荷だけでも下ろしていくださいませ」


 悲痛な声をあげるのは、ヤイズミだ。数日前より父親に申し出て白羽根の家のものとして港の船荷の管理を任されたヤイズミは、慣れない仕事で起きた不測の事態に、顔を青くしていた。

 まとめ役はヤイズミを気の毒そうに見ながらも、首を横にふる。


「荷もたしかに大切ですが、わしは皆の暮らしを預かってる身です。今回ばかりはどう言われようと、皆の身の安全を優先させてもらいます」


 それだけ言うと、まとめ役は深く深く頭を下げて港を去っていった。途方に暮れるヤイズミに、船のうえから声が降ってくる。


「白羽根さま。荷下ろしができないなら、おれたちは別の港に行かせてもらいます。おれたちだって気味の悪い光に船を浸していたかねえし、ここにいたって仕事にならねえんじゃ、仕方ねえや」

「そんな! いま、いま家の者たちを呼んで参ります。白羽根の屋敷のもの一同が集まれば……!」


 慌てて呼び止めるヤイズミに、船頭はゆるゆると頭を横に振った。


「屋敷のものって言うと、半分くらいがなよやかな女子おなごでしょう。それに男手は今頃、街中の店をまわったりと大忙しでしょうよ。人手がそろうまで、とっても待ってられませんよ」

「そんな……」


 言うだけ言って、船頭はヤイズミに背を向けた。そのまま乗員たちに錨を出航の準備を呼びかける船頭に、ヤイズミは声をなくして立ち尽くす。


「おい、待ってくれ! 人手ならあるぞ!」


 そこへ、若い男の声が響いた。ヤイズミが振り向くより早く、駆け寄ってきた声の主がヤイズミの肩を叩く。


「遅くなって悪い。男手を集めてきたから、荷を降ろさせてくれ。慣れない連中だから指示をくれると助かる。力も体力も有り余ってるやつばかりだから、良いように使ってくれ!」

「どうして……」


 船頭に向かって声を張る男の背中に、ヤイズミは呆然とつぶやいた。

 ぞろぞろと付いてきた集団と船の乗組員たちにのり積み荷の受け渡しが行われ始めたのを確認してから男、ゼトはヤイズミの元に戻ってにかっと笑う。


「街の連中が家にこもって商売あがったりでな。暇してたらナツ姉が、大きなお家のひとは大変かもね、なんて言うからよ。ちょいと白羽根の家に行ってみたんだよ」


 ゼトは向かった白羽根の屋敷で、顔見知りになった門番の男にヤイズミが港に向かったこと。屋敷も白羽根の店も人手不足で困っており、おそらく港でも困っているだろうことを聞いて駆けつけてきたことを語った。


「あの方たちは……?」

「まあ、平たく言えば元ごろつきだ。あのなかにちょっと知り合いがいてな」


 ゼトの声が聞こえたのか、積み荷を下ろす一団のなかから手を振る男がいた。

 手を振った魚じみた顔をした男が、横にいた男の肩をつつく。つつかれた男は振り向いて、四角い顔をちょこりと下げて会釈すると、仕事に戻っていった。


「あの方たちは……」

「覚えてっかな。くっきぃを売りだしたころに、うちの店にちょっかいかけてきた奴らだ。あのときは、姫さんが追っ払ってくれたんだったな」


 懐かしげに笑ったゼトは「まっとうな仕事につきてえ連中ばかりだから、安心してくれよ」と言うと、働くひとびとの群れに入っていく。


 勝手はわからないながらも、言われた通りに動くだけの脳はある男ばかり。積み荷は瞬く間にとまではいかなくともすっかり降ろされて、運び先ごとに分けられている。


「姫さん、どうする。運び先が決まってるなら、いま運んじまうか?」

「そうですね……運びたいところではありますが、街の、光の満ちた通りを歩いて行かなければなりませんから……」


 荷を下ろして港を離れた船を見送りながらゼトが問えば、ヤイズミはためらいながら答える。

 それに返したのは、魚顔の男だった。


「こんな光程度でびびるほど、やわな奴はここにゃいませんぜ!」

「元々は、金さえもらえりゃ汚ねえ仕事もしてたおれたちでさあ。そっから足洗う取っ掛かりになるなら、こんな光のなか、泳ぐことだってわけないことでさあ」


 四角い顔の男が言えば、まわりの男たちもそうだそうだと一斉にうなずく。

 くちぐちに「むしろあの光が見えてから気分がいいんだよな」「お前もか。おれも、なんか素直に言われたこと聞く気になるっていうかなあ」「やる気が出るよな。なんなんだろうなあ」と話す男たちは、元がごろつきなだけあって、人相はよろしくない。

 けれども、居並ぶ誰もが言われた通りに積み荷を受け取り船から下ろし、丁寧な仕事をしてくれたことをヤイズミは見ていた。


「そう……ですね。それでしたら、それぞれの荷を運んでいただけますか。もちろん、荷下ろしとは別に賃金を支払わせていただきます」


 素早く頭のなかで算段をつけたヤイズミが伝えると、元ごろつきたちは喜びの声をあげた。


「とは言え、運び先と顔見知りの者が必要でしょうから、ただいま屋敷より何人か呼んでまいります」


 しばしお待ちくださいませ、とヤイズミから丁寧に頭を下げられた男たちは、照れながらもうれしそうだ。

 そんな彼らに「良かったなあ、その調子でまじめにやれよ」と気安く肩を叩いてから、ゼトはヤイズミの横に立つ。


「それじゃ、姫さんとおれが戻るまで休憩がてら荷物番を頼む! もしおれらが戻る前になにかあったら、知らせに来ること。でも、荷を見るやつもちゃんと残すように。白羽根の屋敷の場所はわかるな?」

「わかってますよ。おいらたちゃ、武家屋敷の通りを根城にしてたんですから」

「悪さしてたころは、あのあたりに世話になったからなあ」

「ははは、ちがいねえや」


 褒められたものではない過去を明け透けに語って笑う男たちに、ヤイズミはなんと声をかけて良いかわからない。戸惑うヤイズミの横でいっしょになって笑い、けれど男たちを諌めたのはゼトだった。


「おいおい、あんたら。仲が良いのはいいけどよ、そういうこと大声で喋ってっと、怖がられるぜ。ほめられた過去じゃねえんだからな」


 軽い調子で言うゼトに、男たちは「すまんすまん」「気をつける」と明るく応える。気を悪くした者はいないようだった。


 男たちに見送られ、港を離れてしばらく。


「……ゼトさんは、すごいですね」


 並んで歩きながら、ヤイズミが言った。

 声につられて視線をやったゼトは、ゆるく伏せられたまぶたのしたに隠れた感情を読み取れずに首をかしげる。


「困っているひとの元へ颯爽と駆けつけて、助けてしまわれるのですもの。それに、どんな方とでも分け隔てなく接してらして。まるで、英雄のようです」


 どこか沈んだ声で言うヤイズミに、ゼトは思わず赤面した。

 赤くなった顔を隠すようにことばもなく手のひらで顔を覆うゼトに、ヤイズミがこてりと首をかしげる。


「あの、どうされました?」

「う、あー……姫さんが他意なく言ったのわかってんだけどさ。その、おれが姫さんにとって英雄になれたなら、すげえうれしくって」

 

 照れながらもうれしそうに言うゼトを見て、ヤイズミもまたほほを朱に染める。


「あ……」


 ヤイズミが何事かを伝えようとした、そのとき。

 がらんとした通りの向こうから、地響きと土煙をあげてなにかが迫って来た。


「なんだ⁉︎」


 とっさにヤイズミを背にかばい道の端に寄ったゼトは、目を凝らしてその正体を見ようとする。

 そんなゼトのうしろで声をあげたのは、ヤイズミだった。


「お父さま!」

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