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 ロカ村への行き帰りで、馬車を操るチギの腕はずいぶんとあがったらしい。

 ひとの行きかう通りをゆっくりと進む馬の足取りは、危なげがない。ロカ村の周辺ほどではないが街の通りにも淡い光が満ちて、道のそこここに野の花が茂っていた。


「意外と、みんな落ち着いてるね」

「だな。まあ、村の連中なんて『なんかきれいだねえ』とか言って笑ってたくらいだからな」

「う、うーん。うちの村は、みんなのんびりしてるからねえ」

「はは。リュリュに言われてちゃどうしようもねえな」


 チギとリュリュナは、いつも通りに暮らすひとびとの間を通ってナツ菓子舗へたどり着いた。店の木戸は開かれて、のれんが風にふわりと揺れている。

 店の前に馬車を止めて、ふたりが御者台から降りようとしたとき。

 

「リュリュナちゃん?」


 店の戸口に顔を出したのは、ナツメグだった。リュリュナとチギの姿を見つけたナツメグの顔は、ぱあっと明るくなる。


「まあまあまあまあ! おかえりなさい、チギくんも! 村のみなさんはお元気だった? 道中、大変なことはなかった? お昼は食べた? お腹はすいていないかしら?」


 リュリュナたちに駆け寄ったナツメグは、ふたりの手をとりぎゅうぎゅうと抱きしめて矢継ぎ早にたずねる。流れるように店のなかへ連れ込まれかけて、チギは慌てて飛びのいた。


「あの! おれ、もう宿に戻らなきゃ。じいさんが待ってるんで!」

「あらあ、残念ね。でも、戻ってきたばかりなんでしょう? そうだわ、すこし待っていて!」


 言うなり、ナツメグは店のなかに駆け戻る。残されたリュリュナとチギは顔を見合わせて、ひとまずリュリュナの荷物とユンガロスにもらった布団を店のなかに運び込むことにした。

 ふかふかの布団は、ひとまず店を入ってすぐの板間に置いておく。


「あとはあたしが自分で運ぶから。ありがと、チギ」

「ああ。それにしても、すんげえふっかふかなのな。とんでもねえもん、気軽に寄こすよなあいつ」


 板間に置いた布団がふわん、としているのを眺めて、チギがしみじみと言う。リュリュナは真面目な顔でこっくりとうなずいた。


「これは、きっとすごく良いものだよ。二十年、ううん。三十年は大事に使わなきゃ、もったいないよ!」


 ぎゅ、とこぶしを握って熱く語るリュリュナに、チギはうんうん、とうなずいた。あの男のことだからまた数年もしないうちに新しいのを寄こしそうな気もするけど、という思いはそっと胸にしまっておく。


「お待たせ! はい、これ持って行ってちょうだい」


 布団を前にリュリュナとチギがそれぞれの思いにふけっていると、ナツメグがぱたぱたと駆け戻ってきた。

 その胸には、中身がこぼれそうなほど詰められた紙袋が抱えられている。


「これ、少ないんだけれど、行商のおじいさんといっしょに食べてね。おまんじゅうは蒸かしたてだから上に乗せてあるけど、底のほうにくっきぃが入ってるから。おやつにでもしてちょうだいね。どら焼きはたくさん作れなかったから、すこししか入っていないんだけど」

「いや! もう、じゅうぶんです! じいさんとふたりだけだから、夕飯までこれでじゅうぶんです。ありがとうございます!」


 まだまだ詰め足りないと言い出しかねないナツメグに、チギは慌てて声をあげた。頭を深く下げて感謝を示し、ずっしりと重たい紙袋を受け取る。


「あの、村への土産もありがとうございました。保存食がいっぱいあって、みんなすっげえ助かるって喜んでました。そのうえこんなにいっぱい食いものもらって。ほんと、ありがとうございます」

「ほんとうに、みんな大喜びでした。街に向かって手を合わせてるひともいたくらい。ありがとうございました」


 ふたたび頭を下げたチギに、リュリュナも並んで頭を下げる。

 にこにこ笑顔で顔を上げたふたりに、ナツメグもうれしそうに手を合わせた。


「まあまあ。喜んでいただけたならうれしいわあ。次に帰省するときも、ぜひお土産を用意させてちょうだいね。次はなにを用意しようかしら。うふふふふふ」


 早くも土産の品を思い浮かべているのだろう、やる気に満ちたナツメグの笑顔に、チギはそろりと後ずさる。


「あの、それじゃおれ、表に馬車を置きっぱなしてるからもう行きます。これ、ほんとにありがとうございました!」

「気を付けてね。街を発つ前に時間があったら、ぜひ寄っていってちょうだいね」

「チギ、またね。お仕事がんばってね。ルオンさんとあんまりけんかしちゃだめだよ」


 御者台にのぼるチギを見送るべく、ナツメグとリュリュナはそろって店の表に出た。くちぐちに伝えられることばに、チギは気恥しそうにしながらも笑顔を返す。


「そっちも、身体に気を付けて。じゃあ、また!」


 去っていく箱馬車を見送って、リュリュナとナツメグは店に戻る。

 ユンガロスにもらった布団を見たナツメグが「あらまあ、すごいわねえ。真綿で(くる)んで大事にしたい、ってところかしら。ふかふかねえ」と微笑む横で、リュリュナは首をかしげた。


「あの、ゼトさんは……」


 てっきり台所で作業をしていて出てこないのかと思っていたが、声すら聞こえないのはどうにもおかしい。チギやリュリュナが騒ぐ声は台所に届くだろうし、作業が忙しくて手が離せないのならば、ナツメグが交代してでも顔くらいは出しそうなものなのだが。


「ああ、ゼトくんはね。このところお出かけしてるのよ」


 ナツメグの返事は、ゼトの不在を告げていた。リュリュナは今日だけでなくこのところ、というところが引っかかって問いを重ねる。


「え。ゼトさん、どうしたんですか。なにかあったんですか」

「そうなのよ。うちのお店に直接関係はないんだけれどね、謎の光が街に流れ込んできたの。リュリュナちゃんはもう聞いたかしら」


 リュリュナがこっくりとうなずくと、ナツメグはなぜか笑顔を見せた。


「あの光が何なのかわからないけれど、驚いて大騒ぎするひとが何人かいたみたいなのよ。それでね」


 うふふ、となぜかうれし気に笑い、ナツメグが声をひそめる。


「実はね。ゼトくん、ヤイズミさまのお手伝いで、大忙しなの!」

「ええ? ゼトさんが、ヤイズミさんのお手伝い、ですか?」


 ぱちぱちと瞬きするリュリュナに、ナツメグはにこにこ笑って言う。


「そうなのよ。とっても忙しいらしくって、帰ってくる間もないみたいで。白羽根のお屋敷で寝泊まりしてるんですって!」

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