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 乗組員にソルを加えた一行がイサシロの街に到着したのは、翌日の昼過ぎのことだった。

 

「ふはあっ! いい運動したっす!」


 街に入り、道のすみで停車した馬車の横でひたいをぬぐうのはノルだ。

 ユンガロスの機嫌を損ねて馬車に乗せてもらえなかったノルには、ひと晩明けて乗車許可が下りた。けれどそのとき、ノル自身が乗車を拒否したのだ。

 リュリュナとチギにすごいすごいとほめられて、ノルは調子に乗っていた。


 そして、ノルは調子に乗ったまま街まで走り抜いた。もちろん、道中で供された飲みものも食べものも、すっかり腹におさめての元気に完走である。


「ノルさん、ほんとにすごいです……」

「ほんとに同じ人間かよ……」


 ノルを見るリュリュナとチギの視線からはじめの純粋な尊敬は消え失せて、いつしか呆れとも畏怖ともつかないものに変わっていた。


「きみらがすんごく褒めてくれるから、ノルさん頑張っちゃったっす!」


 やや引き気味に言われたことばにも、ノルはきゃっきゃと嬉しそうだ。

 そんなノルを放って、ユンガロスとソルは真剣な表情で話をしている。


「街に混乱は見られないようで、なによりです。このあたりまでくるとずいぶん光が薄いのもあるのでしょうが」

「白羽根の動きがはやかった。それから守護隊」

「ほう、白羽根が」


 こっくりうなずいたソルのことばに、ユンガロスは眉をあげた。けれどソルもそれ以上のことを知らないとわかると、さっと馬車に向かいリュリュナの荷物とふかふかの布団一式を取りだした。


「リュリュナさん、おれはこのまま守護隊に戻ります。慌ただしくて申し訳ないですが後日、暇を見てうかがいますので、きょうのところは失礼します」

「はい。お土産たくさん、ありがとうございました。それに馬車も出してもらって、とっても助かりました。ユングさんも、ソルさんもお仕事がんばってくださいね。休憩もしっかりとってくださいね!」


 笑顔で荷物を受け取るリュリュナに微笑み返して、ユンガロスは布団一式をチギに託す。「わぷ!」とチギを埋もれさせた布団のうえに彼の荷物をぽすんと置いた。


「こちらの布団は、リュリュナさんに。あなたが乗っていた馬車の返却は、後日で構いません。黒羽根の家でも守護隊でも、都合の良いほうにお引渡しください。なんでしたら当家の文様を塗りつぶして、あなた専用にしていただいても構いませんよ」

「あの、あたしこんな立派なお布団いただけません!」

「いっ、いらねえよ! こんなもんもらえるか! ちゃんと返す。遅くなってもいいなら、今日じゅうに返しに行く」


 気軽に言うユンガロスにリュリュナはおどろき、チギは目を剥いた。猫耳をぴんと立てて、布団で身動きが取れないながらも顔と声で受け取りをきっぱり拒否する。

 想定していた通りのふたりの反応に「欲のないことだ」とユンガロスのくち元がゆるむ。


「リュリュナさんのために仕立てた布団ですので、不要ならば処分することになるのですが……」

「えっ! だ、だったら、その、ありがたく使わせてもらいます!」


 物を大切にして生き延びてきたリュリュナは、ユンガロスのことばを聞いて反射的に受け取る返事をしてしまった。そのことに気づいたときには、ユンガロスはすでにリュリュナとのやり取りを終了させていた。


「では、そちらの馬車は頼みます。それと、リュリュナさんをナツ菓子舗まで頼みますよ」

「そんなの、言われなくたってちゃんと送るに決まってんだろ」


 布団を抱えたままふん、と鼻を鳴らすチギに、今度こそユンガロスは我慢できずにくすくす笑った。そして、ノルが御者をつとめる馬車に乗って、守護隊のある通りへと去って行く。


「さて、わしは宿に馬を預けてくる。小僧も、今夜は積み荷の確認があるからな。嬢ちゃんを送り届けたら宿に戻れ」

「おう」

「名残惜しいからって、嬢ちゃんのとこで油売るんじゃねえぞ。今日じゅうに黒羽根の馬車を返せなくなるからな」

「わかってるよ! まったく、うるせえじいさんだな」


 ルオンとチギは互いにふん、と相手に鼻を鳴らす。

 その姿があまりにそっくりで、リュリュナは思わず笑ってしまった。


「ふふっ。仲良しだねえ」

「「だれがこんな!」」


 反論する声が、みごとにかぶる。

 あとに続けようとした「年寄りと」と「小僧と」とを飲み込んで、チギとルオンは顔を見合わせた。

 そして同時に顔をしかめる瞬間を互いに目撃してしまい、そろってむう、と黙り込む。


「やっぱり仲良し。ルオンさん、いつも村までたくさんの荷物を運んでくれてありがとうございます。ずっと、村のために良くしてくれてありがとうございました」


 ふたりの姿をにこにこ見守っていたリュリュナは、ルオンに向けてぺこりと頭を下げた。

 ルオンはしかめていた眉をますます寄せて、いぶかしげにリュリュナに視線を向ける。


「村で交換できる物じゃ、ルオンさんが持ってきてくれる物と釣り合ってないのが街にいたらわかります。それなのにいつも、文句……は言ってるけど、持てるだけたくさん運んでくれて、ありがとうございます」


 素直に感謝を述べるリュリュナに、ルオンはとっさにいつもの憎まれぐちが出ないらしい。

 くちをへの字に曲げているうちに、そっぽを向いていたチギがルオンに向き直る。


「……あんたのおかげで、おれたちは暮らしてこられたようなもんだ。それは感謝してる。あんたが埋め合わせてたぶんは、これからおれの稼ぎでなんとかするから、その、まあ、む……むりすんなよ! もういい年なんだからな!」

 

 チギの視線は、ことばを重ねるとともにだんだんルオンからそれていく。終わりのほうにはすっかり横を向いてしまいながら、言い切った。あさっての方向を見ながら言ったチギの顔は、ひとめでわかるほど赤くなっている。


「……ふん。小僧が、生意気言いやがる」


 ルオンはいつもより勢いのない声でそれだけ言うと、くるりと背を向けて馬車に戻った。

 日差しが強いわけでもないのに、ルオンは首にかけていた手ぬぐいを頭に巻く。そのせいで、リュリュナとチギからルオンの顔は見えなくなった。


 深くかぶった手ぬぐいを何度か直しながら、ルオンがくちを開く。


「さきに行くぞ。……はよう戻れよ」


 そうつぶやくように言って、ルオンは馬車をゆっくりと進めはじめる。

 立ち去るルオンを見送らず、さっさと背を向けたチギがちいさな声で「おう」と応えるのが聞こえて、リュリュナはくすくすと笑った。


「なんだよ、リュリュ。なに笑ってんだ」

「ふふ。ううん、なんでもないよ。それより、お店に行こう。馬車にお布団、乗せられそう?」

「やわらかいから、木工品のうえに置いてもだいじょうぶだろ。布団はいいけど、リュリュが乗るには狭いな……お、おれのとなりで良けりゃ、空いてるぜ」

「うん。ありがと。おじゃまするね」


 リュリュナはチギに言われるまま、御者台によじ登ってチギのとなりにちょこりと腰掛けた。

 細身のチギとリュリュナが並んだところで、御者台にはまだ余裕がある。ふたりで座っても互いの足や肩がぶつかることはない。

 これがルオンの馬車だったなら、と思いながら、チギは馬車を進ませた。


「……寒くねえか」

「うん。だいじょうぶ」


 チギが操る馬車は、街のなかをゆっくりゆっくり進んでいく。

 ナツ菓子舗はもう、すぐそこだった。

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