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行きつく先は甘い未来?

 リュリュナの荷物はちいさな背負い袋ひとつ。中身の大半はナツ菓子舗への土産のそばの実だ。

 ユンガロスの荷物はそれよりややちいさく、こちらは土産の品を断ったため最低限の荷物となっていた。


 ルオンは自身の荷物こそ少ないものの、村人と物々交換をして手に入れた山菜や古布で作った布ぞうりなどを詰め込んだ袋がひとつ、ぱんぱんにふくれている。

 そのふくれた袋を背負うのは、チギの役目だ。


「チギ、自分の荷物は?」

「懐に入ってる。肌着しか持ってきてないからな! なんならリュリュの荷物も持ってやるぜ」


 チギはルオンに任された荷物のほかに何も持っていない。それを不思議に思ったリュリュナが問えば、なぜか得意げな顔で応えが返ってきた。


 手荷物は肌着のみ。それは誇っていいことなのかどうなのか。返答に困ったリュリュナはあいまいな笑顔を浮かべて首をかしげ、ユンガロスは残念なものを見る目でチギを見た。


「……最小限の荷物で動けるのは結構なことだが、最低限の必需品ってのはよく考えるんだな」


 ルオンの助言は果たして生かされるのか。いまはわからないながらも、リュリュナたちは村を出発する。


「もう行くのね。道中も、街での暮らしも気をつけてね」

「いつだって帰ってきていいんだよ。きみたちが街で色々なものを手に入れてくれるのはうれしいけれど、無くても村のみんなは暮らしていけるんだから」


 見送りに来たのは、リュリュナの父と母だ。

 チギは照れくさいからと、家で別れを済ませてきたらしい。リュリュナの弟ルトゥも、サニナとトネルが別れを惜しんで離れなくなるだろうからと自宅であいさつを交わし、そこで別れた。いまは家で妹たちの面倒をみてくれている。


「街にもいい人がたくさんいるから、大丈夫だよ。おいしいものは無くても生きていけるけど、あると幸せになれるから。またみんなに届けに来るね。みんなも元気で、頑張りすぎないでね」


 リュリュナが笑って両親とことばを交わす横で、ユンガロスは村長と話しをしていた。


「で、結局のところあの光ってのは何だと思う?」


 大岩から光があふれた昨日、村長とユンガロスは時間の許す限り今回の事象について話し合っていた。

 そのほとんどが憶測の域を出ないため結論には至らなかったが、村長は別れのまえに今一度ユンガロスの意見を聞いておきたいと思ったらしい。


「おそらく、三十年ぶりの儀式で溜まっていたものが一気に流れ出たため可視化されたのでは、と考えています。本来は毎年、この村からイサシロまでの豊穣を祈って行われる神事なのでしょうから」

「たしかに、光の流れは海まで続いてるみたいだったなあ」


 うなずく村長が思い出しているのは、今朝ユンガロスに連れられて見下ろした景色だった。

 大岩に力を注いだあと、おとなしく休んだおかげで力を回復させたユンガロスは、朝早くに村長をたずねて言ったのだ。「あの光の流れの行方を見たくはないですか」と。


 もちろん見たい、と答えた村長は、背中から黒い羽根を生やしたユンガロスに驚く間も無く、空のうえの住人となっていた。

 空から見れば生まれ育った故郷ははるか足のしたで、あまりに遠いと思っていたイサシロの街は山の向こうに広がる青い海に面して、かすかにだが眼に映る。

 

 話に聞くばかりだった景色が確かな像を結び、眼下に広がっていた。そのなかを流れる光の筋は、村を始点として山の合間を縫うように進み、イサシロの街の海まで続いているようだった。


「自分の目で確かめられたのは有り難かったが、あの高さは心臓に悪い……もう勘弁だな」


 いくぶん顔色を悪くして言う村長に、ユンガロスはくすりと笑う。


「おや。街に来ていただければ、いくらでも飛んで見せて差し上げますよ。次は海のうえの散歩など、いかがでしょうか」

「せっかくだが遠慮しとく。今度こそ心臓が止まりかねん。それにこんなおっさんより、連れ歩きたいのがいるだろう」


 肩をすくめた村長の視線がリュリュナを向くのを見て、ユンガロスは否定するでも肯定するでもなく、目を細めて笑った。

 その笑顔になにかを察知したのか、すこし離れてルオンと荷物の確認をしていたチギがぴくりと猫耳を動かす。

 

「それもそうですね。でしたら、村長には街の案内だけにしておきましょう。街にいらしたら、巡邏か守護隊に『黒羽根のユンガロスに会いにきた』と伝えてください。迎えに行きますよ」


 ユンガロスが話題をさらりと村長のことに変えたため、チギの猫耳は「別に気にしてなんかいませんよ」とでもいうようにぱたぱたと意識をよそに向けた。

 そんなことには気づいていない村長は、まだ見ぬ父と祖父の墓を思って目を潤ませている。


「本当に、あるんだな……いや、疑ってるわけじゃなくて、実感がな。まだ、湧かなくてな」


 苦笑をしてみせた村長に、ユンガロスは頷いて返す。その顔に浮かぶ笑みは、含むところのないおだやかな微笑だ。


「いつでも、いらしてください。墓はたしかにありますよ。必ず案内します」


 ユンガロスのそのことばを残して、一行は村を発った。

 街への道のりは、村を満たした光が行く先を確かめながら進む旅だ。光は村の外へつながる道を伝い、道しるべの木のあいだを流れている。

 村を出てすぐに、驚きの声をあげたのはチギだった。


「おいおい、木が左右に移動してないか?」


 チギの目が向けられているのは、村までの道しるべとなる木だ。木の太さは変わらず大層立派なまま、けれど木にはさまれた通路の幅は、明らかに広がっていた。

 

「これだけ広ければ、馬車も通れそうだな」

「山のふもとの村まで、続いてるのかな」


 ルオンが道幅を確かめて、珍しく明るい顔を見せている。

 リュリュナははるか遠いふもとの村を見通そうと、精いっぱい背伸びをしていた。


「光で植物は育ってるみたいだな。道端が花だらけだ」

「そのあたりは村と変わりませんね。ただ、道しるべの木が左右に分かれて道を作った、と」


 チギが足元に咲き乱れる野の花を見回して言えば、ユンガロスはふむ、と考え込んだ。

 そこへ、広くなった道を見ていたリュリュナがぽつりとつぶやく。

 

「まるで、光の流れを通りやすくしたみたい」

「通りやすく……?」


 リュリュナのことばを拾ったユンガロスが顔をあげると、リュリュナがこっくりうなずいた。


「枯れてたり倒れてるわけじゃないのに、道幅が広がってるから。だから、どうぞ通ってください、ってしてるみたいだなあ、と思ったんです」


 付け足されたことばに、ユンガロスは木のようすを改めて見て「なるほど」と納得した。


「そうなると、この木はひとのための道しるべというよりも、光の流れを作るための道しるべといったところでしょうか」

「じゃあこの木はぜんぶご神木みたいなもんなのか? たしかに、離れて二本ずつ立ってるところはそれっぽいけどな」


 あれやこれやと意見を交わしながら、一行は道を歩いて行った。

 道の至るところに春の訪れを感じさせる、おだやかな道のりだった。

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