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 結論から言えば、村人は全員無事だった。むしろなんだかきれいな景色に喜んで、いつもよりも元気なほどだ。

 家屋にも被害はなく、あえて挙げるとすれば畑の作物が育ちすぎていたことが、被害といえば被害だろう。


「なりそこないのかぶがあんなに大きくなるなんて、びっくりだね」


 まだ驚きの冷めやらないリュリュナが、先ほど見たかぶの大きさを示すために手を広げる。

 その大きさはリュリュナの肩幅よりも広い。


 光に飲まれた村では、植物が軒並み急成長を遂げていた。山のうえの桜が満開になっていたように、光に浸った植物は茎を伸ばし葉を茂らせ、村の至るところで実をつけていた。


 村を回ったリュリュナたちは、そこここで育ちすぎるほど育った野菜に四苦八苦する村人たちの元気な姿を確認して、ほっと胸をなでおろした。


「でも、食うもんの少なくなった春先にこれだけ野菜が採れたのは助かるよな。全部が実になったわけじゃなくて、成長が早まっただけみてえだし」

「そうだね。種で置いておいたものは芽が出ただけみたいだから、植えておけば時間差で収穫できるようになるもんね」


 チギとリュリュナはのんびりとことばを交わしながら、採れたての豆の筋を取っている。突然の収穫を迎えた野菜の処理に、駆り出されているのだ。

 そんなふたりの横で、村長はなにやら古めかしい物入れをあさって、これまた古めかしい紙束を並べている。


「これは……村の記録帳ですか」


 ユンガロスが、村長の手元を後ろから覗き込んで問う。ぱらぱらとめくられる紙束には、細かな文字でなにかしらが書き記されている。


「ああ。代々の村長が記録してるものでな。とは言っても、紙の質が良くないから時間が経つと傷んじまって、せいぜいおれのじいさんの代の頃までしか遡れないんだが」


 次々と紙束を取り出してはめくっていた村長が「あった!」と声をあげた。

 手にしていた紙束を手近な台に乗せて開くと、筆とすずりを取り出して並べる。硯に水を入れた村長は、さりさりと墨をすり始めた。


「差し支えなければ、記録帳を見せていただくわけにはいきませんか」


 村長の横でじっと見つめていたいたユンガロスが、ふと願い出た。珍しく遠慮がちな様子である。

 ちらりと視線をあげてユンガロスの顔を見た村長は、軽くうなずいた。


「構わんよ。ただ、なにぶん紙がもろくなってるから、丁寧に扱ってもらいたい」

「おや、良いのですか」


 あまりにもあっさりと許可を出した村長に、ユンガロスは思わず眉をあげて問い返した。彼のなかで承諾を得るために練りはじめていたことばが霧散する。

 それを見透かしたわけでもないだろうに、村長は軽く肩をすくめた。


「見たいんだろ? 見られて困るようなことは書いてねえ。それにまあ、いまはお客さまだがゆくゆくは身内になるつもりのようだからなあ」


 にっとくちの端を持ち上げて笑う村長に、ユンガロスはにこりと笑い返す。

 村長の向こうでは豆を取り落すチギと、そんなチギに首をかしげているリュリュナが見えて、ユンガロスはますます笑みを深くする。


「では、ありがたく拝見させていただきます」

 

 先ほどの出来事を書き記しているらしい村長の横で、ユンガロスは記録帳をめくっていく。

 ごわついた紙は黄ばみ、しわが入り、ところどころで紙の端が欠落している。もろくなった紙を破かないように、かつ手早く内容を改めて次々とめくっていく。


 筆を走らせる音と紙をめくる音が村長の部屋に響くこと、しばらく。


「このあたりが、三十年前の記録ですね」

「ああ、そうだな。親父の字だ」


 手を止めたユンガロスが確かめるようにつぶやくと、ふと顔をあげた村長が紙面に目をやりうなずいた。

 黙々と豆の筋を取っていたリュリュナも視線を向けて、首をかしげる。


「三十年前っていうと、お城で大変なことがあったころですか?」

「ええ。街では当時の騒動で多くの資料が消失しており、また現場に居合わせて生き残った者は不在という状況でして。当時を知る手立てがないのです」


 応えながらも、はらりはらりと紙をめくっていたユンガロスはある頁で手を止めた。


「ああ、これだ。貴族を束ねる家の男がこのところ様子がおかしいため、村長と息子が出かける、と」


 記されている内容をざっくりと読み上げたユンガロスに、チギが不思議そうな顔をする。


「それ、街の貴族の話か? こんな辺鄙な村の村長に、貴族とどんな関係があるんだ」

「これはおれの推測なのですが」


 チギに問われたユンガロスは紙面から顔をあげ、ひとこと前置きしてから話しだした。


「この村で祭りと呼ばれている大岩での儀式は、イサシロの街までを含む一帯に関係する神事なのではないでしょうか」

「ロカ村からイサシロまで、全部?」


 突然、聞かされた話の規模の大きさにその場にいる全員がぽかんとくちを開けた。

 目をぱちくりさせながらつぶやいたリュリュナに、ユンガロスはうなずいて返す。


「事実、村長どのはかつて貴族が大岩に向けてなにか行なっていたところを見ています。そして、この村で儀式をすることが重要であるならば、あなたがたがこのような山奥で不便な暮らしを続けている理由にもなるでしょう」


 山奥で不便なのはそこで暮らす者こそ実感するところであったので、リュリュナたちは反論のことばもない。


「それで、お祭りのときに来た貴族のひとと村長のお父さんやおじいちゃんが知り合いだったのかな」


 リュリュナのつぶやきに、ユンガロスは「あり得ることです」と頷いた。


「おれが街で見つけた資料には、城を破壊し大勢を死亡させた赤目の男が、猪の牙を持っていたとありました。そして、この記録帳には、近親獣となる猪を狩ることだけでも諌めるべく街に向かう、と。完全な推測ですが、両者が村で知り合っていてもおかしくありません」

「たしかに、うちの村じゃ自分と同じ角やら耳やら、近しい特徴を持つ近親獣は食っちゃいけねえ、って言われてるな」


 ふむ、と書き物をする手を止めた村長が同意すると、ユンガロスはそれまでの勢いを無くして、そっとくちを開いた。


「……三十年前、城で騒動が起き大勢が亡くなったとき、身元のわからない遺体が二体、あったそうです。損壊の具合なども関係した可能性もありますが、貴族であれば衣服である程度判別できるはずですから……」


 遠慮がちに告げられたことばに、村長は声もなく目を見開いた。村長の祖父と父とは三十年前、街に出かけたきり戻らず、また街に向かう、と記された記録帳はそこで途切れている。

 そこから先の動向はこの三十年、ずっとわからないままだった。

 動きを止めた村長に、ユンガロスが静かに続ける。


「おれの家の墓がある敷地のすみに、その身元不明遺体の墓があるのです。ちいさなものですがおひとりにひとつずつ。いつお身内のかたがいらしても良いように、手入れは欠かしておりませんから……」


 やわらかな声が言い終える前に、ふつりと途切れた。

 それで村長にはすでにじゅうぶん伝わっていた。

 片手で顔を覆い、うつむく村長の肩は震えていた。


「そうか……そうか。墓が、あるのか……」


 絞り出すような声が静かな部屋の空気を揺らす。村長の背中ににじむ深い感情に、リュリュナたちはことばもなくただ見つめることしかできない。

 しばらくのあいだ、うつむき何かを堪えるように黙り込んでいた村長が、不意にぽつりとつぶやいた。


「街に、行かなきゃなあ。三十年ぶりに、顔見せに行けるのか……」


 部屋に落とされた静かな声には、悲しみと喜びとが入り混じっているようだった。

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