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 いつになく真剣な顔をしたユンガロスのことばに、リュリュナたちは戸惑いながらも従った。

 村長、リュリュナそしてチギの三人が大岩のそばから離れたのを確認してから、ユンガロスは岩に当てた手のひらに力を込める。

 すると。


「えっ、光ってる⁉︎」

「なんだこりゃ!」

「え、ええぇー?」


 大岩に走る一本線から、じわりと光が漏れ出した。今度はリュリュナたちもしっかりと目で捉えたらしく、くちぐちに驚きの声をもらす。


 三人の声を背に受けながら、ユンガロスはさらに力を込める。

 赤茶けた線の光は、込める力の強さに比例して輝きを増すらしい。同時に、離れて見守る三人の声も大きくなる。

 それを確認したユンガロスは、力を込めながら「ふむ」とつぶやいた。


「では、これならどうでしょう!」


 声とともに、込める力も一気に強くする。

 ぶわっと羽織が巻き上がり、形を取り損ねた黒い羽が宙を舞った。

 大岩を真横に走る一本線の輝きは、いまや眩いほどだ。


「すごい……線が光って、大岩さまが目を開けてるみたい!」


 リュリュナが悲鳴のような声をあげる横で、チギが目を見開いている。見開かれたつり気味の目は、光を反射しているせいだけでなくきらきらと輝いていた。


「なんだこれ……岩が動くよりよっぽどすげえぞ!」

 

 さらにそのチギのとなりに立つ村長は、ぽかんとくちを大きく開けて立ち尽くしている。村長は予想だにしていない目の前の光景に、まばたきも忘れて見入っていた。


「もう、ひと押し!」


 ひたいに汗をにじませてユンガロスが、声とともに力を絞り出す。

 ユンガロスの背中で黒い羽根の形を作った力は、すぐに解けて大岩へと吸い込まれていく。


「くっ、まだ足りないか……!」


 込めるそばから力が吸い取られていく。力のかけらである透けた黒い羽がユンガロスの周囲に舞っては、大岩に吸い込まれるように消えていく。

 にじんだ汗がひたいを伝い落ち、常にはゆるやかな微笑をたたえる顔がしかめられたとき。


 大岩に刻まれた赤茶色の線がひときわまぶしく輝きを放ち、どっと光をあふれさせた。


「ユングさん!」

「おい、リュリュあぶねえ!」


 まるで岩がふたつに割れて、そこから太陽が生まれ出でたかのように、光が洪水となって流れ出る。

 岩のすぐそばに立っていたユンガロスの姿は、音もなくあふれた光に飲まれて見つけられない。

 目を細め、その黒髪を見出そうと大岩に近づくリュリュナを引き止めたのはチギだった。

 

 あふれ出た光は奔流と評せるほど激しく、勢いよく流れている。ひとが手を伸ばしたところで、そのなかに飲まれた誰かを救うことは叶わないように見えた。


 静かにきらきらと輝く光の流れは、瞬く間に坂を流れ落ち桜の巨木に向かう。そして、当然のように止まることも勢いを失うこともなく流れてゆく。

 その先にあるのは、リュリュナたちの家族が暮らす村だ。


「なっ、村が!」


 血相を変えた村長が慌てて流れる光を追って、坂を駆け下りはじめたとき。


「村長どの、おそらく問題ありませんよ」


 聞こえた声はユンガロスのものだった。

 落ち着き払ったユンガロスの声は、光のただ中から聞こえてくる。


「ゆ、ユングさんっ⁉︎」


 いち早く反応したリュリュナがその名を呼ぶと、大岩があるあたり、光の流れが生じているその場所でゆらりと動くものがあった。

 

「流されて、ない……のか?」


 チギが呆然とつぶやくなか、光の流れをかき分けるようにして黒い人影が見えてきた。

 人影にぶつかった流れは光の粒をこぼしながら飛び散るが、川の流れのように動きを遮ることはしないらしい。

 

 音のない光をかき分けながら、ユンガロスは光のなかからあがってくる。

 川ならば、ぱしゃりと水音が聞こえただろう。そう思わせるような光の飛沫をこぼしながら現れたユンガロスに、リュリュナが飛びついた。


「け、けがは! 痛いところないですか⁉︎ どこか、苦しいところとか!」


 恐る恐る手を伸ばしたリュリュナは、ユンガロスの身体にそっと触れて怪我がないか確かめる。

 リュリュナのちいさな手が触れるたび、ユンガロスの服から光の粒がはらりひらりとこぼれ落ちた。


「心配をかけてしまいましたか。おれは何ともありません」


 すまなそうに、けれどどこかうれしそうに言って、ユンガロスは自身を見上げてくるリュリュナの頭をなでた。


「強いて言えば、力を使いすぎてすこし疲れました。村の様子を見たいので、肩を貸していただけるとうれしいのですが」

「はい。あたしで良ければいくらでも!」


 ユンガロスに背を向けたリュリュナは、ユンガロスの腕を自分の肩に回して、やる気に満ちた様子だ。頭ひとつぶん以上の身長差があるために、支えの役割を果たせていないことには気がついていないらしい。


「ありがとうございます。それでは、行きましょう」

「はい!」


 ユンガロスはにこにこと笑いながらリュリュナをうながした。

 リュリュナは真剣な顔で返事をして、ユンガロスの腕の重たさに負けないように、歩く速さを合わせるように、気をつけながら歩く。

 腕は預けきってしまわないように配慮され、足取りはリュリュナに合わせてゆったりとしたものになっているのだが、リュリュナは気がつかない。


 近い距離にあるふたりの背中を見つめるチギは、呆れと悔しさを混ぜたような複雑な顔をしていた。

 ユンガロスが光の流れから声をあげたとき、驚いたチギはリュリュナを引き止める手を緩めてしまった。

 

 そして、リュリュナはチギの手をすり抜けて行ってしまった。ユンガロスの元へ。

 いま目の前で起きた光景が、チギにとっては大岩からこぼれる光よりも衝撃的だった。


 けれど同時に、リュリュナはそういうひとなのだとチギにはわかっていた。

 目の前で困っている誰かの元へ、迷わず駆け寄れるのがリュリュナだ。ためらわずに手を差し出して、自身の精いっぱいで助けようとするのがリュリュナだ。


 だから、彼女が光に飲まれたユンガロスを心配するのはわかっていた。わかっていたけれど、それでも、チギは自分の腕のなかに留まって欲しかったと思ってしまう。


「村長、行こう」


 もやもやする気持ちを抱えたチギは、坂の途中で止まっていた村長を促して、桜の木の向こうへと歩きだした。

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